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密談・2

「お聞き苦しい点は御容赦ください」


 その声は、まるで中年の女性のようで、目の前の巨大な肉体の持ち主が発しているとは信じがたい。そんなことを侍従は思った。連日猛勉強を続けているが、外国語の習得は難しい。国王と宦官長の会話は侍従にはとても聞き取れなかった。最初は真珠に関係した話だろうか? などとお門違いの事を考えてしまった。「ルゥルゥ妃」と言うロベルトの言葉で、ようやく自分の間違いを悟った侍従であった。それまで「ルゥルゥ」が女性の名前だと言う見当すらもつかなかったのだ。情けない限りだと、侍従は不機嫌だった。

 十四という自分の年齢についてロベルトが言及したのは理解できたので、どの程度自分に関係が有る話なのだろう……などと考え込んでいた時に、急に言葉が西大陸の標準語に切り替わった。その事にほっとしてしまい、その瞬間に何か大事な事を聞き落したような気がするのだ。


「ならば、直接これがルゥルゥ妃にお会いすれば、何事か思い浮かぶかな?」


 侍従はその言葉に緊張した。いよいよ大君主国の後宮に使いとして赴く事が本決まりなのだ。陛下はいったい自分に何を期待しておいでなのか、どうも良くわからない、そんな事を考え侍従は悩んでいた。そのすぐ後から、また会話は自然に大君主国の言葉に切り替わってしまったので、さっぱり内容が理解できなかった。噛んで含めるようにゆっくり話してくれれば、どうにかなるかも知れないが、二人ともサッパリ手加減をしてくれないのだ。

 気が付くと、会談は終了していた。友好的な雰囲気であいさつを交わし、宦官長からはにこやかに「お使いとしてお越しになる日をお待ちしております」などと言われてしまった。


 国王と侍従は王家の紋章も何もついていない小型馬車の後部座席で、寄り添うようにして座っていた。


「さて、明日から言葉の特訓に加えて、女としての立ち居振る舞いをしっかり学んでもらわねばな。そうだ、お前、セシリアの所に籠って特訓を受けろ。やたらの教師を頼むより、お前も安心だろうし、それが一番近道だろう。セシリアには以前から、心がけて準備をしておくようにして貰っているからな。うん、今日帰ったら早速開始だ」

「き、今日から……ですか?」

「ああ。お前の振る舞いは貴族の男としては合格だが、女の場合ドレスを着て一番優雅に美しく見えるようにしなければならんのだからな。色々勝手も違うだろう」

「ズボンを脱いで、スカートですか……苦手です……僕は、僕は……女の子になりたくない」

「だが、お前の本当の名前はアンヌ・テレーゼだし、本当は女だ」

「あんなひらひらぺらぺらした物が色々くっついた服なんて、嫌です。それにあのスカートは足元が何だかスースーして気持ち悪いんです」

「嫌でも耐えろ。それとも何か? お前が死ぬまで私の傍に居たいとかなんとか言ったのは、嘘か?」

「いえ、滅相も無い。一生お側にいて、お仕えしたいです」

「お前の体は、これから更に女らしく成長する。いつまでも男のふりは出来ん」


 侍従は国王の上衣の裾を掴んで、すすり上げている。


「あの……コルセットに……耐えなければいけないのですか?」

「コルセットなしで正式なドレスを着るわけにはいかん。はるばる実の姉上を訪ねるのに、見苦しいなりをするわけに行かぬだろうが? コルセット無しなどと言うしどけない恰好は、夫と二人でいる時か、さもなければ娼婦になるかでもしなければ、許されんぞ。西大陸ではどの国でも、良家の結婚前の女性は公衆の面前ではコルセットを着用するものだ」

「体が……ガチガチに締め上げられて、死にそうなのです……ああ……コルセットは、嫌です」

 まだ、ベソをかいている。

「お前なあ……私が何を言ったか、ちゃんと聞いていなかったのか」

「あー、大半が大君主国の言葉ですから、正直言ってお話の内容に付いていけなかったのです」

「それは分かったさ。お前はすぐに機嫌が悪くなると顔に出るからな。だが、私が一番問題にしている部分は西大陸の標準語で言ったのだから、お前にも聞き取れたはずだ。ああして、宦官長相手にはっきり言ってしまったのだぞ『私も決心がついた』と。後には引けん。それとも私に大恥をかかせ、役目を放り出すのか」

「とんでも有りません! そんなつもりは有りません! 本当です!」

「ならば、どうすべきなのかわかるな?」

「はい、頑張ります。お役目を果たします。でも……そんなにすぐ、ドレスですか?」

「ああ。そうだ」

「あの……せめて……」

「せめて何だ?」

「せめて、あの、必殺の一撃を……教えて下さると仰せなら……頑張れそうですが……」 

「お前なあ、必殺の一撃って、あの剣の技の事を言っているのか?」

「はい」

 王は笑い出した。

「私がどのような決心をしたのか、分かってないのか、ああ、そうだな、そうとしか思えんぞ。宦官長との会話で、お前に関わる重大事についての部分を聞き洩らしたのか? ん?」

「ルゥルゥという人が実の姉らしい位という事は理解しました」

「宦官長がお前の身分待遇について聞いた事を、さては聞き洩らしたか?」

「あの……何でしたか?」

「馬鹿め。一生私の側に仕えるとして、どうしようと考えているのだ」

「男か女か判然としない不格好な侍従でも……陛下が生きておいでの間ずっと身近で使って下さるのだ、と思ったのですが……」

「おい! 本気か! お前がそこまで馬鹿で迂闊だとは知らなかったぞ。やれやれ」

「……死ぬまで、陛下のお側にいたいという願いが……そんなに馬鹿げているのですか?」

「男のままで私の側に居ることが出来ると、本気でお前が思っているなら、それは有り得んぞ」

「どういう事ですか?」

「お前は女になるのだ。いや、戻るのだ。その先は……全く、もう、私の決心を何だと思っているのだ、愚か者が!」

「僕は、陛下のように賢い方と違います。だから、難しいお話は時々わからなかったりしますし、毎日教えて頂いている大君主国の言葉も、まだ使いこなせません」


 どうやら自分が非常に重要な言葉を聞き逃したか、大きな誤解をしたかのどちらかなのだということは、侍従にもわかった。そして、ロベルトがその事に怒り呆れている事も感じた。


「お前は結局、まだまだ子供なのだな……まあ、良い」

 王はしがみついた侍従を抱きしめてくれた。

「姉上だっていう方の事も、全く思い出せません。思い出せそうな気がちょっとしたのに……僕は……頭に傷が有るし……きっと、きっと、どこかが壊れてるんです」 

「落ち着け。そんな事は無い。思い出さなくたって、どうにかなるさ。大丈夫だ」

「僕は、僕は馬鹿ですけど、陛下のお傍で……僕なりに頑張ったんです。でも、でも」

「それは分かっている。ああ、十分すぎる程分かっているさ」

 

 王の唇が自分の唇に重ねられたのを感じて、侍従は自分が夢を見ていると思った。


「私は、お前を好きだよ。だから、ずっと一緒に生きていきたいと思っている。その為には、姉上にお前が実の妹だと認めて頂いた方が良いんだ」

「そうなのですか?」

「ああ、絶対に必要なのだ」

「ならば……ドレスもコルセットも、我慢します」

「それは結構な事だ。では、あの剣の技を近いうちに教えてやろう。良い気晴らしになるだろうからな」

「ありがとうございます! 陛下、大好き!」

「さっき泣いたくせに、もう笑うか。現金な奴め」

「さっき仰せになりかけた事って、何でしたか? 僕が聞き逃した事って……」

「ん? さらわれた赤子は、実は男子であったということか?」

「え? ええ? 姫君ではないのですか?」

「世継の男の子だ。宦官長が断言するのだから、本当だろう」

「どこかにさらわれたとして、話も出来ない赤子を、どうやって見分けるのでしょう?」

「どうやら体に特徴的なホクロがあるようだ。他にいくつかの特徴があるようだが、私が教えて貰ったのはホクロだけだな」

「なぜ、さらわれたのでしょう?」

「他のお妃の陰謀らしい。既にそのお妃は牢に入れられて、取り調べを受けているようだ。さすがに命までは奪ってないようだが、セレイアのどこかにいる可能性は高いそうだ」

「ならば、陛下、やっぱりその子は陛下が見つけ出しておやりになりませんと!」

「そうだな。その子を連れて、お前が姉上に御挨拶に行けたならば、一番良いな」

「大丈夫です、きっと」


 若い侍従は、この賢い王ならばきっとその赤子を見つけ出せると心から信じているようだった。

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