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暗闘・4

 髪が緩く編み上がったのを確認した侍従に、ロベルト王が「さあ、明日もビシビシ勉強でしごくぞ。では、おやすみ」と言い置いたのとほぼ同じころ、ファリドとキアーは兵を引き連れて、市場の側の曲者と関わりが有りそうな家を取り囲んでいた。

 今年からファリドとキアーは新たに軍の教官を務めていて、一応将校の端くれでもあるのだ。


「お前たちも割合と歳を食っているから中尉でいいさ」などと言う何ともあいまいな基準だが、ファリドもキアーも腕っ節の強さだけではなく、将校に必要な戦略的・合理的な思考も身についている事と、なにより皆が賢王と認めるロベルトが信頼して直接任命した人物だという事で、異民族であっても割合にすんなりと組織に馴染んだ。もっとも、直接自分の管轄する小隊が有るわけでは無い。籍を置いている格好の近衛の部隊から、適宜必要な人間を借りる形だ。


「私達はやっぱり異民族扱いで、何かと色眼鏡で見られがちなので、やりやすい人間を必要に応じて貸してもらう形の方が気楽です」


 ファリドとキアーはそのようにロベルト王に申し出て認められたのだ。セレイア王国に奴隷と言う存在が無くなってかれこれ百年は経つが、社会の思わぬ所に偏見は残っている。苦労人である彼らは、そのあたりも考慮したのだ。


 二人が近衛から借り出した兵士たちは、東方の武芸を教えたり、一緒に酒を飲んだりする中で親しくなった気心が知れた者ばかりだ。


「どうやら、中に居るのは間違いないな」

「では……行くぞ」

 

 ひっそりと突入作戦は実行された。


 その翌朝、王は突入作戦の結果について報告を受けたようだった。

 侍従はいつものように王の朝食の給仕をしていた。毒見もいつも通りだ。つつがなく朝食が終わると、食後のコーヒーを淹れる。王に言われて、一緒にコーヒーを飲む。王に自分が女である事が知られていると分かった後も何も変化は無い。ただ、王の視線が何かにつけ意味深に感じられる。


「ファリドとキアーは、雑魚しか捕まえられなかった様だな。一人手ごわい曲剣の使い手がいて、そいつが若い男を庇っていたようだが、使い手も若いのも逃げたらしい。若い男だが……お前に顔が大層似ていたそうだ。夜目の効く二人が揃って言うのだから、あながちウソとも思えん」

「……その曲者は、僕と血縁関係に有る者……でしょうか?」

「そう考えるのが、自然だろう」

「僕は、一体どこの誰なんでしょう?」 

「……知りたいか?」

「はい」

「この報告書に出てくる人物は大半がお前と血縁関係にあるようだ。読むがいい」


『神聖帝国皇室の血統に関する調査』という題の付いた分厚い報告書をどさっ、とテーブルの上に置かれて、侍従は目を丸くした。非常にややこしい血縁関係と、独特の習俗、皇帝の継承に関する様々な習慣や決まり等々、正直言って侍従の理解を越えていた。


「この……複雑極まりない系図に名を書き込まれた人物の内、誰が僕の血縁者なのですか?」

「一応全部さ。だが、凄まじく長い神聖帝国の皇帝の一族の系図で、お前に深く関係しているのは無論一番新しい部分だ。ほれ、この最後の皇帝の後に、疑問符と共に名が記されているのが姉とお前とお前の双子の兄らしき者で、現在も生き残っている皇帝の子供たちだ」

「僕が神聖帝国の皇帝の子だなんて……信じられないです。それに僕は子供の時の記憶が有りませんし」

「なぜ記憶が無いのかについては、色々推理を巡らす事は出来るが、少なくとも関係者の証言が無いと確かな事は分からん。だが、お前が神聖帝国の皇族に多かったと言う男女の双子の片割れだと言うのは、ほぼ間違いなさそうなのだ」

「じゃあ、夜中に逃げたのは僕の双子の片割れですか?」

「多分な」

「もと帝国の皇族なんて、ろくなもんじゃ有りませんね」

 若い侍従は、吐き出すように言った。

「そう、自分の身内を悪く言うもんじゃない」

「僕は親に捨てられたんでしょう? 男女の双子の内、女の子はよその家にやっちゃうみたいじゃないですか。忌み子……ですか? 勝手に生んだくせにいらないとか、勝手な親ですね」

「まあ、因習と言う奴なんだろうな。歴史が古いと、そういう困った習慣も排除するのは難しいのだろう。親でもどうにもできなかったのだろうよ」

「そういうものでしょうか?」

「そういう国だから、帝国は滅んだのだろう」

 確かにそうだろうと、侍従は思った。

「なんだかこの報告書では、ずいぶんと変てこな習慣とかしきたりが有ったようですね。僕自身もどうやら、その変なしきたりの被害者みたいですが」

「セシリアも被害者の一人らしい」

「母上が、ですか?」

「そうなのだ。帝国の習慣では、お前の片割れの子は『兄』と見なすようだ。その子は……恐らく本来なら皇太子であったのだろう。お前、セシリアから何か聞いて居ないのか?」

「陛下がお話になるまでは、何も話せないと申しておりました」

「お前が着ていた服には、出生の秘密を示す印がついていたようだ。そのあたりの細かい事情はセシリアに聞いてみよ。セシリアの産みの母は皇帝の姉だったらしい。お前が皇帝の子だとすれば、セシリアとお前は、恐らく年の離れた従妹同士なのだ」

「僕の兄だか弟だかは、今は何をしてるのやら……この国で怪しからん事をしているみたいですね」

「そのようだな」

「陛下にとって……僕は果たして必要ですか?……もしかして大君主国に派遣された後、もう、お会いする事も出来ないのですか?」

「そのような事、考えてもおらんよ。大君主やあちらの後宮の女たちと話をして、我が国が大君主国と平和に付き合っていきたいと考えている事を理解させるのが、一番の役目だ。その結果をお前自身が持ちかえり、私に報告するのだからな、しっかり任務を果たして欲しい」

「はい。では、本当に外交官としての御役目なのですね?」

「そうだ」

「その後は? その後はどうなりましょうか?」

「まだ決めていない。お前次第だ」

「僕次第とは……どういう事ですか?」

「お前は、どうしたいのだ?」

「僕は、ずっと陛下のお側にいたいです」

「そうか。ならば、そうする」

「でも、僕の兄弟が、何かおかしな事を……」

「兄弟が何かしたにしたって、お前とは関係無いさ」

「陛下がそう思って下さっても……そうもいかないのかも……」

「宮中の皆の思惑が、気がかりか」

「はい」

「逃げた男がお前と似た顔であったのは、恐らくファリドとキアー以外知らぬはずだ。そして二人には固く口止めをした。それに……」

「……それに?」

「お前が本当に私の側で生きていくつもりなら、方法は有るさ」

「そうですか?」

「ああ。だから、心配しないで、お前は勉強に励め」


 侍従はいきなり明かされた自分の出生の秘密と、何をしているのか皆目つかめない『兄』の事と、そして何よりロベルトの気持ちがどのようなものなのかが分からず、心細くてならなくなった。


「ぼ……僕は……死ぬまで、陛下のお側にいたい」

 感極まって、若い侍従の目からは涙がこぼれる。それを王は静かな表情でじっと見ていたが、急に強く侍従を抱きしめた。

「そうか……ならば、私も決心を固めなくてはいかんのだろう」

「でも、ご迷惑をかけたくないです」

「何、今まで散々掛けて来ただろうが。何を今さら……私もな……」

 侍従は抱きしめられながら、王の言葉を待った。

「最近、はっきりしたのだがな……私も、死ぬまでお前と共に居たいのだ」

「うれしい!」

「そうか、うれしいか」


 その時部屋のドアがノックされ、ファリドとキアーが、目通りを願っていると伝える従僕の声がしたのだった。

主人公の自称はここまでの段階では「僕」で統一が正しいです。すみません。訂正しました。

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