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暗闘・3

 昨夜からファリドとキアーはロベルトの居室にやってくる回数が増えた。毒の後遺症でまだ片手が上手く動かないハムザは、療養中だ。


「この剣の鞘だが……大君主国のものではないよな」

 ロベルトは昨夜侍従が曲者と争った際に拾った小型の剣の鞘を、穴のあくほど見つめていた。

「さようですな。これはクスカンチ殿が王宮内の廊下で拾われた物ですな?」

「ああ、そうだ。これは元の帝国で作ったものかな」

「元の帝国で兵卒に支給されるものでしょう。見覚えが有ります」

 傭兵暮らしも結構長かったらしいファリドが、はっきり言い切った。

「ならば、曲者は帝国の兵士か? それにしては暗がりで振るった太刀の感じが、西大陸のものでは無く、大君主国式の大型曲刀だったようだと言う証言が有るのだが」

「元の帝国で、大君主国式の曲刀を使う部隊が一つだけ有りました。曲者はその部隊に所属していた者だったのでは?」

「ああ、通称宦官部隊か」

 ロベルトは納得が行ったようだ。

 帝国出身者で、大君主国に少年奴隷として送り出され宦官となり戦闘奴隷として仕込まれた者達が、改めて生まれ故郷の軍隊に貸し出された部隊だ。宦官になった者たちが旧帝国の農奴の息子たちであったのに対して、旧帝国軍の将校たちは貴族か皇族なので折り合いが良くなかったが、戦闘能力は高い事で知られていた。帝国軍は弱い事で有名であったので、余計になじめなかったのだろう。他の部隊と共同作戦を取る事は無く、大抵は一部隊で皇帝の身辺警護に当たっていた。

「宦官部隊の兵士なら西大陸の言葉の読み書きは出来ず、大君主国の文書の読み書きもあまり程度は高くないでしょうなあ」

 キアーはどうやら昨夜の、置手紙の筆跡などについて考え込んでいたらしい。

「確かに……あの手紙の粗末さは、ちょうど見合っているよなあ」

 ファリドもキアーの言葉に賛成のようだ。


「さて、そろそろ言葉を切り替えるか」

「まだ、クスカンチ殿が姿を見せませんが」

「書き取りの宿題を終えるまで、こちらに来るなと言ってある」

「それにしても、クスカンチ殿とは、ちと気の毒な言い方であったかもしれませんな」

 最初に言い出したファリドが苦笑する。クスカンチとは「焼き餅焼き」という程の意味合いだ。

「だが事実だ」

「昨夜おいでになった女性も、あの光る眼が怖いとおっしゃいましたか」

 キアーの言葉に、ロベルトは苦笑しながら頷いた。

「ああ。他にも六人ばかり、あの者の視線が突き刺さるようだとか、言っていた。皆、私の寵童と勘違いしてくれたようだがな。私にそんな趣味はまるで無いのだが、勝手に思わせておいたよ。事情を説明をするわけにも行かないからな」

 ロベルトは苦笑しているが、誤解されても大して気にしていないらしい。

 そこへ、市場の側の家を見張らせていた者達からの繋ぎが有ったようだ。

「どうやら帝国の残党どもが何か企んでいるようです」

 市場の商人の息子らしい若者は、慣れない王宮に全身固くなっている。

「よし。兵たちを連れて行け」


 ちょうどファリドとキアーが礼をして出て行ったのと入れ違いに、宿題を終えた侍従がやってきた。


「よしよし、真面目に頑張ったな。共に食事をしよう」


 王は自分と同じ食器を使わせて、互いに食べ物を少し交換して毒見をした事にさせた。


「このように略式では……」

「気にするな。それより大君主国の言葉をどの程度覚えたかな? 目につく物を言って見よ」


 そう命じて、食卓に乗った食材や食器類を大君主国の言葉でどのように呼ぶか、確かめさせていた。後は、スープが冷めるとか、ワインを注げとか、肉の焼き加減がどうだとか、果物はどれが好きだとか、ごく簡単な内容の会話を交わした。


「クスカンチ、何?」

 侍従は大君主国の言葉だと、そうしたたどたどしい言い方になる。敬語も使えないわけである。

「私を訪ねて来た女たちの何人かが『あの侍従の方が、すごいにらみ方をなさった』とか『目が怖いです』とか言うのだ。その話をすると、ファリドとキアーもお前の目つきが険しすぎると感じたようでな、お前が何をすると言う訳では無いにせよ、間違いなく焼き餅を焼いているのだろうと言う話になったのさ。ファリドの産まれた辺りでは嫉妬深い者を『クスカンチ』と呼ぶそうな。何やら音の加減が面白いから、お前の事をこっそり呼ぶときには私も『クスカンチ』と呼ぶ事にした。お前の人を睨む鋭い目つきはシャヒーンの方が合っているような気もするがな」


 ハヤブサを意味する「シャヒーン」は分かるのだが、わざとロベルトが長々と大君主国の言葉で話したので、侍従にはほとんど何もわからなかった。ただ、何やら自分の目つきに関係が有るらしいと言う見当がついたばかりだ。


「意味は、わかったか?」

「目、どうした?」

「おお、よしよし。目に関係が有ることは、わかったのか。他には何かわかったか?」

「無理。わからない」

「無理ではない。頑張れ」

「王、賢い。私、馬鹿、難しい」


 ロベルトは手を伸ばし、幼い子供にするようにワシワシと言う感じで頭を撫でた。そして尚も大君主国の言葉で話を続ける。


「私は三人の護衛たちと意識して大君主国の言葉で会話もしていたし、師匠の教えも受けている。子供時分から独学もしていたし、こう見えて学習歴も長い。お前はつい最近始めた割に、良く頑張っているさ。だがな、もっと頑張ってもらわねば。いずれ大君主国の奥向きに使者として、お前に行ってもらう必要があるだろう。何しろ女か宦官でなければ、宮殿の奥には入れないようだからな」

「大君主国、行く? 私?」

「今じゃないが、いずれな……いや、案外早いかもな。ならば、一層頑張って貰わねば」

「が、がんばる!」

「えらいぞ」


 侍従が気が付くと、食事は終わっており、そこからロベルトは言葉を切り替えた。


「昨夜の曲者は、大君主とは直接は関係無いのだろうと思われる。むしろ、滅んだ帝国が絡んでいるのだろうが、大君主国と我が国の関係が良い状態に無いのは確かだ。行方不明の赤子が見つかるかどうかはわからんが、見つからなくても、一度はお前が使者として話をしておくべきだろう」

「帝国の残党は、何を画策しているのでしょう?」

「東の大君主国と、西の我が国が正面衝突して、元の帝国領に対する締めつけが緩めば、国を再興出来るかもしれない、ぐらいの事は考えそうだ」

「ということは、神聖帝国の元の皇帝の血筋の者でしょうか?」

「そうなるかもしれんな」

 それから王が急に黙り、じっと自分の顔を見詰めはじめたので、侍従は何やら急に恥ずかしくなってきた。

「何か……顔についておりますか?」

「いや、お前にであった最初のころの事を思い返してな。ようも無事にここまで大きくなったものだ」


 若い侍従は、王が嘘を言っているとは思わなかったものの、何か絶対に隠しごとをなさっている……そんな風に思われてならなかった。


「なあ……」

「はい?」

「私がなぜ、女たちを王宮に呼ぶのを止めたか、理由を存じているか?」

「緊急事態で、安全の確保がいささか難しい状況だからでしょうか?」

「……と、確かに言いはしたが、それは違うぞ」

「そうなのですか?」

「ああ」


 王はまた、侍従の頭に手を置いてくしゃくしゃとかきまぜる様な感じで撫で、それからちょっと意地が悪い子供のような表情になったかと思うと、こう行った。


「一番の理由はな、お前がクスカンチだからさ」

「ですから……クスカンチとはどのような意味合いの言葉ですか?」

「そのぐらい、考えろ」

 王は余計に髪をくしゃくしゃにした。それから、こんな妙な事を言うのだった。

「すっかり髪をくしゃくしゃにしたなあ。とかしてやるから、さあ、ブラシを持っておいで」

「それは、一体どの様なお考えで?」

「私がくしゃくしゃにしたから、詫びだよ、詫び」

「そうなのですか?」

「それも有るが、お前の髪をもっと触っていたいのだ」


 その言葉どおりに、ロベルトは髪をきちんととかした。それだけでは無い、入浴を終えた後、以前より伸びた侍従の髪を、今度は器用な手つきで緩やかに編み込んでくれたのだった。いかにも女の髪に馴染んでいると言う様子が、侍従は少し嫌ではあったが……


「これで髪に花でも飾れば、すっかり年頃の女の子だな」


 ロベルトの顔はどこか満足そうで、その顔を見た侍従はひどくうれしく感じたのだった。仕上がった髪を見せられた手鏡には、確かにロベルトの言うように少女が一人、どこか満足げな表情で写っていたのだった。

襲撃は「昨夜」です。訂正しましたが、抜け落ちが有るでしょうか?

誤字脱字の御指摘大歓迎です。

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