親は子を信じるもの
「アリシア、凄いじゃないかー!」
アリシアは帰ってから合格の件を父に教えると彼は彼女を抱き抱えたのだった。
「止めてください、お父様」
彼女は冷めた声で彼に訴えた。
「パティ、アリシアが反抗期!」
彼はパトリシアに涙目で言った。
「反抗期にはまだ早いですよ。それにアリスちゃんは精神的には大人なんですから」
アルはパトリシアからアリシアが転生して記憶を持っている事を既に聞いていた。
「関係ない。アリシアは俺の愛娘には変わらないんだから」
キリッ、とした顔で子煩悩発言をした彼をアリシアには止める術はない。無抵抗に抱かれているだけである。
「おかーさまー、たすけてー」
彼女は棒読みで助けを求める。
「はいはい」
パトリシアは聞き流すだけである。
このやり取りは昔からよくあった事なので、もう突っ込まないのだろう。
「ところで話は変わるが、アリシアは学園に入ってどうするんだ?難しい話かも知れないが卒業したらどうするつもりだ?」
子煩悩状態も落ち着き、アルはアリシアに将来を尋ねた。
「お父様はどのように今に至るのですか?」
「俺は道具作りのために全てを費やしてるだけだ。物作りは男の浪漫……とか言っても分からねぇか」
彼はしょぼくれてしまった。
「男の浪漫なのかは分かりませんが、その気持ちは分かりますよ、お父様」
彼女も前世は男であったのだ。少なからず共感は出来よう。
「さすがは我が愛娘だー!」
そして、子煩悩モード復活である。
「それで……お母様は?」
再び抱き抱えられながらもまるで気にせずに母へと尋ねる。
「私はとりあえず卒業してからギルドの依頼で荒稼ぎしながら教師をしていました。その時にドラゴンの討伐があって武器を作ってくれたのが当時の最高学年の頃のアルだったのよ」
どうやらアリシアの父は生産職を目指して学園に入った様である。だが物語に登場する程の存在だ。生半可な武器では壊れてしまうのが関の山である。
「もしかして……、お父様って凄い?」
「家にある魔道具はほとんどアルが作ったのよ」
「えっ……、でも丈夫な魔道具は高額ですよね?」
そう、魔道具は壊れやすいのが一般常識である。しかし、家の魔道具は丈夫であまり壊れてはいない。
高額であれば、それなりの技術と時間と材料が必要なのではないかと彼女は思っていた。
「確かに値段が高いがな、アリシア、別に丈夫なものなんて簡単に作れるんだ。あまりに壊れないのを作ってしまえばな、そのうち買い手がいなくなるだろ?」
つまり彼はわざと壊れやすいものを作っていると言ったのだ。
「お父様、何故そんなことを……」
「暗黙の了解ってやつだな。アリシアが何かアイディアを、今までにない魔道具の案をくれれば安くは出来るぞ」
少し困った顔で彼は彼女に告げた。
「分かりました」
「ん?」
「お父様を驚かせてみせます。お母様、今晩のご飯はいりません」
そう告げるとアリシアは早々に部屋へ駆けて行った。
それから数時間後に近代技術よりある程度遅れたレベルの魔道具の案が山積みにされた。
「これは……何だ?」
「お父様の要望に応えました。まず画期的なものはこれです」
アリシアは一枚の紙を差し出した。
「電池というのですが、こちらではあまり発達していない技術で作られています。これを参考に何か作れないでしょうか」
「この筒が何の役に立つんだ?」
「これを用いてあらゆるものが動かせます。一定量のエネルギーを中に溜めておけるものだからです。これは電気を溜めて、電気で動くものを動かせるというものになりますね。エネルギーがなくなるまで誰かが魔力を注がなくとも動き続かせる事が可能になります」
アリシアは熱弁した。
「確かにそれなら消耗品だから、その点では文句はない。だが、電気で動くものはないぞ」
「アリスちゃんは魔法をエネルギーにして電池っていうものを作りたいんじゃないかしら?」
アリシアが一言加えようとしたところにパトリシアが割り込んだ。
「さすがお母様、その通りです。これを使えば従来よりも強力な道具が作れるんです」
従来の魔道具、ランプを例にとるがその光は決して明るいものではなかった。
それなりの明るさを得るには複数のものを組み合わせなければならないので作る側としては値段をあげざるを得ない代物となる。
よってランプをいくつか買い、それら全てをいちいち点けなければならない手間があるのだ。
「だが……どうやって魔力を溜め込むんだ?」
「そうですよね……。魔鉱石にはその様な性質がありますが少し高価ですし……」
はあ、とアリシアが溜め息をつく。アリシアは最初に魔鉱石で出来ないかは思案したのだがコスト面から止めたのだ。
だが、そんな彼女の言葉に二人は驚いた。
「アリシア……、魔鉱石には魔力が溜められるのか?」
「はい、そうですよ?常識なのでは?」
「いや、俺は初めて知った」
「私もですね」
彼女の知る魔鉱石とはアイテムの一つである。
好きな時に魔力を溜めることが出来、また解放する事で魔力が回復出来るものであるが、全ての魔力を解放するといしころに変わってしまうものである。
そして、中級以上のプレイヤーならば誰もが持ってるアイテムの一つである。
「えっと……、本当ですか?」
アリシアはまた失言してしまったか、と思い、手で口を押さえる。
「ええ。しかし……、よくよく考えればそうだと納得も出来ます」
「それもそうだな……」
「何故……ですか?」
今のアリシアの話からはその理由は見いだせない。そこが彼女の疑問となった。
「アリスちゃん、魔鉱石の出来方は知っていますか?」
「いいえ、知りません……」
あくまでもアイテムとしての魔鉱石しか知らないのだから当然である。
「魔鉱石っていうのは、普通の石とかが長い間魔力に当てられてエレメントが定着したものなの。一応、一流の魔法使いが10人くらい魔力を全部込めれば出来る……と、されているのだけれども……」
「……作れるかも知れません」
アリシアは呟く。彼女には無尽蔵の魔力がある。それで出来るかも知れないと思い至ったのだ。
その言葉を二人は疑わしく感じた。
「アリスちゃん、そんな魔法はあるの?」
「なくはないですが……、純粋に石に魔力を込めるんですよね?それなら魔法でなくとも出来るかも知れないという意味です」
「分かりました。アル、どれくらいの大きさの石ならば利用しやすいでしょうか」
なんとパトリシアはアリシアの言葉を信じたのだ。
「パティ、いくらなんでもアリシアの言葉は信じ難い。子供の妄言とも考えられるんだぞ」
だが、当然の事ながら彼は信じはしなかった。親馬鹿であろうともそこまで酷くはない。彼の目にはアリシアがどう映っているかは定かではないが、常識というフィルターはさすがに付いているらしい。
「何故信じないの?親なんだから信じてあげないとダメでしょう?」
「いや、そうだがな……、さすがに……」
むしろ常識フィルターが外れているのはパトリシアであったのだろうか……。さすがにアルでも受け入れ難いのである。
「お父様…………信じてくれないの?」
アリシアはしゅんと俯いてしまった。さらには少し震えている。
「信じるさ、信じよう。だけどな、もう隠し事はしないでくれ」
だが親なら、例え嘘だったとしても、信じてあげてもいいのではないだろうか。
「ありがとう、お父様!」
程なくして出来上がった魔力蓄積装置は(電気を使わないのに)魔電池と名付けられた。材料は魔鉱石であり、大きさは成人男性の親指程度である。
だが今はまだアリシアの魔法によって創造しているに過ぎず、いずれは一般的な作り方をしたいと彼女は思っている。
つまり今は、残念な事にアリシアの魔法によって魔改造された魔鉱石に限り、魔電池と呼ばれる代物になるのだ。その改造とは魔力が底を尽きそうになると色が反転する事である。
これには、魔鉱石は石ころになると魔鉱石に戻すのは容易ではない為、魔法の素質がなくとも変化が分かる様にする必要があるという理由があるからだ。
べつにこれだけの機能であれば魔鉱石を直接使えばいいのだが、それだと商売にならない。完璧な慈善ではないのだから。
そこで更なる改良が加えられる事になった。そこで使われたのが一般的にロックと呼ばれる魔法である。
ある特定の制限を暗号によってかけるもので、その一時的解除及び完全解除に暗号が必要となるものである。
『WORLD』においては選択したものにおいて選択肢―例えば道具において特定の人物は使えない様にするなど―が表示され、それらを数桁の記号や文字の組み合わせの暗号でロックするものであり、解除には魔法をかけた本人は暗号は必要はないものの基本的には暗号入力を必要とするものであった。暗号入力も同様の魔法で行う為、錠前と鍵の両方の役割を果たすものになる。加えて暗号は解析不可であるのは当然といえよう。
この世界においては選択肢なんて便利なものは表示されず、裏を返せば何でも(とは語弊があるものの)制限が可能である。また、暗号も文字や記号だけでなく、絵などでもいいのでそれを思い浮かべながら、というものになっている。もちろん暗号の解析は不可能である。
だが、あくまでも出来るのは“制限する事”だけであるのは共通な点である。
まとめると、“制限する”と“錠前(暗号)を作る”のと“鍵で開ける(暗号入力)”が出来る魔法である。
こうでなければこう、みたいな事や、これ以外はみんなどう、といった事は基本的には不可能だ。この手紙は一度読まれたら証拠隠滅の為に燃え上がる、なんて事は出来ないのだ。
彼女はそれで魔力の放出に制限をかけたのだ。魔法で魔力の放出を防ぐとは実に滑稽なのだが、意味なく制限はしない。
道具にも細工をするのだ。
それによってこの魔法が活きてくる。
道具には魔法系補助スキルの魔法付与が使用された。このスキルは魔法の効果を生物以外にかける事が可能になり、ものによっては発動条件も指定出来るスキルだ。
これを用いて彼女はロックの魔法を道具に付与する事を考えた。
ロックの魔法を一時解除する暗号を入力するというロックの魔法を付与する。発動条件は解除可能なロックの接触。
それによって魔電池がセットされると効力が発揮される様になったのだ。
それからアリシアは、従来の魔道具ではエネルギー不足であった現代科学のものを提案し、製作を手伝ったりした。
魔道具の値段は従来よりも安く、魔電池の値段は魔鉱石よりも少し高め―とはいっても魔鉱石は一般家庭には少し高価なものであり、それよりももう少し高いのだから買えなくはない値段―になった。
道具が幾分か丈夫で電池の再利用も可能な点から従来よりも家計に優しいので、国全土に広く出回るのもそう時間はかからなかった。