卒業試験
ある日、アリシアは学校へ意気揚々と足を運んでいた。
いつもならばつまらない授業中に話を聞いているふりをしながら彼女だけの魔法で様々な物を作り出したり、昼休みに近くの森まで行って魔物を魔法の的にしたり、あるいは普通に戦ってみたり、とやんちゃをするのだが、この日ばかりは違った。
半年に一度行われる卒業試験があるのだ。
アリシアはなんだかんだで授業は受け、相当に優秀な成績(とは言っても授業が小学4年レベル程の内容までなのだが)を修めているので受験資格を既に獲得している。
アリシアが通い始めたのは10ヵ月程前、つまりは一回目の頃は資格がなくパスせざるを得なかった訳だが、その僅か半年後に試験を受ける者がいるというのは先例のない事であった。
卒業した後の道についてだが主に2つある。
1つは家業を継いだり、その他仕事に従事する事。これはやや一般的であり、アリシアの住む地域であれば決して珍しい事でもない。
もう1つは進学である。こちらは更に2つに分かれる。1つは高等な教育を受けたいという理由から試験を受け、入学する事。もう1つは卒業試験の結果から推薦されて入学する事。いずれにせよ簡単な事ではない。特に後者は。
アリシアが学校に着くと一部の教師がせっせと動いていた。
この試験、ただの試験ではなく毎回試験官が高等教育機関から派遣される。そして試験官が推薦を行うのだが、その眼鏡に敵う者はそういないのが現状である。しかし、貴重な人材を逃すまいとする国の意向からか様々な者が集まるのだ。
もっとも、高等教育機関は国の管轄外であるのだが。
この世界の高等教育機関は15ある。そしてそれらの土地の中は治外法権となる。これには理由があり、生徒も教師も自由に学び教える事が必要となるからであり、その為には身分やその他立場は邪魔でしかないからだ。これはこの世界にある複数の国のほぼ全てが承認している。
まずはその機関の中枢も構えるラタニア大学園、その下に14の学園が設置されている。大学園といっても機関の本拠地があり、他の学園よりは大きい為にその名が付いているだけであり、基本的には他の学園と変わりはない。
さて、アリシアはというとその学園からの派遣者達を眺めていた。
いくら学園は一機関が統制しているとはいえ、それにはムラが生じる。学園の財布がしっかり詰まっていた方がいいに決まっているのだ。
なのでアリシアが狙うのはラタニア大学園の推薦。あるいは次に金持ちのシリア学園である。
推薦であれば特待生扱いで学費は免除かつ優遇が得られる。
ところで何故アリシアが学園にこだわるのかというと、彼女の母に理由がある。
現在の名称をパトリシア・イットリアという彼女の事をアリシアは疑問視していた。教師が彼女の名を知っていたからだ。
彼女が彼の教え子かも知れないというのも考えられなくはないのだが、彼は恐らく人間であり、仮に人間でないにしろ吸血鬼の彼女の学生時代には生まれていたかすら疑問である。
つまりはアリシアが生まれる前、彼女は何か名を知らしめる事をしたはずなのである。名が有名でなければ知っている事はない。
生徒の名前だけが学校側に知られ、親などの名前は基本は匿名。これも自由な勉強環境の為である。親の名は家の看板、分かると支障が出てしまう可能性も考えられる。
まあ、偶然知っていた事も万一であるが。
そんな事からアリシアは早く試験を受けたがった。しかし、まだ準備は済んでいないのだ。彼女は張り切ってしまった結果、開始時間より遥かに早く到着してしまったのだ。
アリシアは暇潰しにと彼女だけの魔法を発動する。
この魔法について彼女は様々な発見をしていた。
1つは入力である。今までキーボードで打ち込んでいたテキストを考えるだけで入力が出来る事が分かった。これは大きな事であり、より速く魔法が発動出来る事に繋がる。
また、範囲などの選択である。確かに今まで通りに入力が必要ではあるのだが、『任意の値』という入力ならば思い通りなのだ。しかし、彼女は欠点も見付けた。自らの知覚の外では任意外となってしまうのか効果がなかったのである。自らの認識から外れていれば任意とは言えないのである。
そして、彼女は魔法で栄養剤を作って飲んでいた。テスト前にはこれだろうと思ったのだろう。よく、テスト前にその類を飲む者を前世で見ていたのだろうか。
テストが終わり、彼女は結果待ちをしていた。卒業試験というものはそんなにたくさんの人が受ける訳ではない。その為、当日に採点をし、結果発表を行うのだ。
だが、彼女はそんなにゆっくりと待っていられなかった。彼女の落ち着きがない訳ではない。どこで知られたのか、彼女を引き抜こうと既に画策している者があらゆる手で誘惑をしているのだ。
「是非どうですか?」
物で誘惑され、
「いらないです」
断る。
「魔法に興味は?」
「既に済んでいます」
「新たな魔法を……」
知的好奇心を刺激されるも同じであった。
「……っるさいわね!少しは黙ってちょうだい!まだ私が合格するかも分からないのに勧誘してんじゃないわよ!だいたい貴方達は何なの?私は自分で行きたい所を決めるわよ。しつこいのよ!そこの貴方!物で私を釣れるとでも!?そっちは魔法?貴方よりは出来るわよ!それから貴方!色男並べたって意味ないわよ。そして貴方は脅し?やってみなさいよ。貴方にそんな権力あるのかしら?私じゃなくて他の人を誘いなさい!」
彼女にしては珍しく本気で怒っていた。もとより彼女は彼等には興味はないのだから。
だが少し考えて欲しい。五歳児が八重歯を覗かせながら上目遣いで睨んでいた所でさして恐怖は感じない。
「むぅ〜」
むしろ何か別のものを掻き立てかねない。
しばらくして彼女は結果を確かめに行った。試験の合格者の名前が貼り出されるのでそれを確認に足を運んだのである。
「えっと……、ああ……」
一番頭に彼女の名前があった。その右隣には数字が書いてある。上に行く程大きく、当然アリシアの数字は一番大きい。
「すみません、隣の数字って何ですか?」
彼女は近くの教師らしき人に聞いてみた。
「ああ、あれかい?どうやら君は初めて受けたみたいだね。あれは獲得得点だよ。それにしても今回の一番の人は凄いね。満点じゃないか」
「そ、そうなんですか?それは……凄いですよね……」
顔を若干引き攣らせているがしょうがない。答えてくれた彼に気付かれていないのは幸いか。
「では私は合格の手続きをしなければいけませんので」
彼女は手続きの為に職員室を目指す。
「ああ、君。名前は?」
「聞かないでくださいっ!」
彼女は心の中でやばいやばいと叫びながら逃げる様に手続きに向かった。
「奇妙なものだ。彼女の様な小さな子が合格とはな。それにあの眼……彼女にそっくりだったな……。逃す訳にはいくまい」
彼はくつくつと笑みを浮かべ職員室へ向かった。
「私を学園に推薦ですか……?」
「君の成績を考えれば当然だろう」
担任の彼が何か書類を見ながら彼女に告げる。
「でも私は今年で六歳ですよ?」
「その割には授業で暇して魔法使いまくってたよな」
「う゛っ……」
彼女は思わずたじろいだ。
そう、彼女の行為はばれていたのだ。
彼も一介の教師であり、当然魔法についての学も少なからず持っている。時には指導する事も立派な務めであるからだ。そんな教師一同が彼女の行動に気付かない訳がない。
「どこに行きたいんだ?」
「えっ?」
「どこに行きたいかを聞いているんだ」
そして彼女の希望も見通されていたのだった。
「……ラタニア大学園です」
彼は答を聞いた後に鸚返しをした。
「だそうですよ?」
しかし実際は彼は彼女の後方に言葉を投げ掛けた。
彼女が振り向くと、
「久しぶりだね。でもほんのちょっと前だけどね」
先程彼女が逃げた彼がいた。
「君がパトリシアさんの娘さんか……」
「母をご存知で?」
「ああ。我がラタニア大学園の首席だったからね。在学中は学年首席をキープしていたよ。大変な努力家だったからね。それはそうとやっぱり君は吸血鬼かな?」
「あ、はい。そうです。あ、でも解析かけないでくださいよ」
自らフラグを立ててしまったと彼女はすぐに気付く。
「どちらにせよ入学の際に必要だ」
担任の彼が補足する。
「えっ?」
「この私、グレイ・ラタニアが直々にアリシア・レイ・イットリアを学園に推薦しよう」
「えっ?……ええええぇぇぇええ!!?」
余りにも話がぶっ飛んで彼女はついていけなかった。
しばらくの間放心状態で固まっていた彼女はハッと正気に戻り、口を開いた。
「あ、あの……、私なんかが?それよりも貴方の名前にも疑問が……」
「彼はそこの教頭だ。偶然ここに来たんだろう。ちなみに学園長の御子息だ」
「あー、私は偶然来た訳じゃないだ。学園長に頼まれたんだ。これから毎回赴いて、イットリアの娘を何としても確保しろ、ってね」
「は、はあ……」
彼女は彼の言葉にもはや驚きを通り越して呆れていた。
「ただし、才をしっかりと確認しろ、とも言われたな。という訳で入学試験前に特待生とすべきかのテストを行わせて貰う」
「はい……。いつどこで?」
「そうだね……、広ければどこでもいいし、今日明日くらいに出来ればいいかな?」
「準備は必要ですか?」
「心の準備だけでいいよ。私はここで待たせて貰うからね」
家に帰った彼女は事の顛末を母に母の部屋で語っていた。
「……という訳です」
「アリスちゃんったら凄いですね。なかなか推薦なんて貰えませんよ」
パトリシアは両手を合わせて微笑んでいる。その行為から余程嬉しい事だと感じ取れた。
「お母様、私は試験というものが不安です」
しかしその反面、アリシアは顔に影を差していた。
「アリスちゃんが精一杯やれば大丈夫ですよ。本来の特待生の試験の目的は無能な権力者をふるい落とす為に行うものですから。よく貴族が権力を濫用していたので七光などで個人の技量を測らないというのも問題がありますから」
つまりは結局立場がどうあれ実力が伴わなければ特待生にしないという意味である。この事は実に利に適っている。
しかし彼女は1つ疑問が浮かぶ。
「何故お母様は知っているのですか?」
本来、その様な裏事情は公には曝されず、一般に知る事は不可能ともいえる。首席とはいえど、生徒であったパトリシアには知る術がないはずだ。
「提案したからに決まっているじゃないですか」
「そうですよね。……って、ええぇっ!!?」
彼女は思わず椅子から立ち上がる。その拍子で椅子は軽い音を起てながら床に倒れるが気にしてはいられなかった。
「そんなに驚く事ですか?」
「そうに決まっているじゃないですか!」
彼女は内心頭を抱えながらも本心で叫んだ。
念を押す様だが、一介の生徒の意見が通るというのは伊達ではない。異例の部類に属するだろう。
「まあまあ、それはともかく、明日は疲れるでしょうから早く寝なさい」
「話が逸らされた気がしますが……、お母様の忠告とあらばそうします」
未だ不安が渦巻く中、彼女は部屋へと戻って行ったのだった。