母の告白、娘の発見
「さてアリスちゃん、洗いざらい話しなさい」
「お母様は信じないかも知れませんよ?」
アリシアは魔法の事から他にも隠し事があるのでは、と母親に疑われているのだ。
「アリスちゃんが嘘をつかなければ信じますよ」
ニコニコと返事をするパトリシア。アリシアは腹を括るしかないと判断した。
「分かりました」
アリシアは少し深呼吸して自らを落ち着けた。
「私には前世の記憶があります。その記憶の中の世界は異世界で魔法はありませんでした。けれども技術が発達した世界で生活に不自由は特にありません」
「魔法のない世界で……どうやって魔法を知ったのかしら」
アリシアは言葉に詰まる。ゲーム―特にネットゲーム―の説明を聞いても理解は出来ないだろう。ネットワークから説明しなければならないし、その為には別の説明が必要となるからだ。母親も転生者で同じ世界出身とかいう可能性は無に等しい。
「その世界の物語とこの世界が魔法とかは一致していたんです。だから分かっていたんです」
そう事実を歪曲して話す。確かに世界感の設定などは物語の様なものでもあるのだが。
「そうなの……。分かった、信じましょう」
「お母様、私の作り話かも知れないんですよ!?」
「もし作り話だったらそんな事言わないでしょう?」
彼女がアリシアの話を信じた事は人柄もあるのだろうが、何よりも娘の目の真剣さを見ていたに違いない。母には子の言葉の真偽は分かってしまうものだ。
「お母様!!」
アリシアは母に抱き着いた。純粋に信じてくれたのが嬉しかったのだ。精神がどうあれ、まだ五歳の子供であるのには変わりはない。
アリシアは母の温もりの中、いつの間にか眠りについていた。
「おかあさまぁ……」
「ふふっ、アリスちゃんったら」
そこには母と子の姿しかなかった。
アリシアは未体験の感覚に目を覚ました。どうやら部屋に運んでくれたのだろう、アリシアは自室のベッドの上にいた。
「むぅ〜」
まだ眠気が残っているのか目を擦りながらも母の元へ向かう。困った時の母親頼りであった。
「今、何時なの……?」
向かう途中、窓から見えるのは暗闇。夜なのか、早朝なのかはアリシアには定かでなかった。
扉にノックをする。
「お母様、アリシアです」
「どうぞ」
パトリシアの楽しそうな声が響く。
「失礼します」
他人行儀の様に母の自室に入室した。
「お母様、起きてから背中に違和感を覚えるんです……」
「やっぱりそうなりますよね。アリスちゃん、鏡を見てみない?」
アリシアの頭に疑問符が浮かぶ。鏡を見ても自分の背中は見えないからだ。
だが、アリシアは母の部屋の姿見の鏡で自分を見ると違和感の正体が判明した。
「翼……?」
彼女の背中に蝙蝠の様な黒い翼が一対、パタパタとしていた。
「な、なんなんですか!?」
アリシアが母に振り返ると、また彼女も似た翼を広げている。
「今頃だけど……私達は吸血鬼と呼ばれる種族です。いろいろと魔法でごまかしていたけれど、アリスちゃんに段々と魔法の耐性付いて来たので、これを機にとカミングアウトしちゃいました」
茶目っ気たっぷりに衝撃発言をするパトリシア。
そんな母親の言葉に凍り付くアリシア。
「で、でもお母様、私は日光の下でも何ともありませんでしたよ!?」
この世界には亜人―獣人や鳥人や竜人など―と呼ばれる者たちがいる。人間達が自分達と比較した言葉で差別的な言葉であるがそこが問題ではない。そして一部を除いて特に差別もされていないので、人権も問題ではない。
問題は種族であった。
この世界でもまた、吸血鬼という存在は『彼』の世界のものに近い。
一般的に日光に弱い、見た目に合わない贅力、その他驚異的な身体能力、優れた魔法及び物理耐性(つまりは頑丈)、反則的な再生能力、そして恐るべき頭脳である。
外見は赤い瞳、長めの犬歯、そして蝙蝠の様な翼。これだけであり、翼さえ隠してしまえば、赤い瞳はそれなりにいるし、歯もあくまでも“長い”のではなく“長め”、なので人間と区別が付きにくい。
日光に弱いといえども非常に日焼けしやすく、吸血鬼の能力が弱体化するのであって、即死する訳ではない。そして、より種族的な力が強い程弱点に対する耐性が上がるというものもあるらしい。
また、吸血鬼は基本的に長寿である。身体の成長も遅く、力が弱い吸血鬼でも人間の半分以下の速度で年をとる。
その代わりに繁殖力は他の種族よりも遥かに劣っている。
そしてアリシア。いくら魔法を使おうとも種族的な弱点には敵わない。補助をかけても弱体化に加算されるだけである。にも関わらず、アリシアには一切弱点は表れていない。また、パトリシアは隠蔽しかしていない。
「アリスちゃんは特別力が強いのです、たぶん」
「たぶんって……。お母様、私は何も異常を感じた事はないんです!」
「じゃあ調べてみましょうか」
パトリシアはアリシアに解析の魔法をかける。『WORLD』におけるこの魔法は敵ステータスの開示であり、それなりに有用性もあった。この世界においては、対象の個人情報以外を調べられる魔法であった。
ちなみにこの類の魔法は使用者しか閲覧出来ない。
「あらららら、アリスちゃんったら特異点ですね」
「あの……ぽいんとぜろ?」
聞き慣れない単語に首を傾げる。
「極稀に生まれる純粋な種族の事です。種族としての力を最も扱えるんですよ」
特異点、それはこの世界で天文単位分の一の確率でも生まれない純血種の者たちの総称である。その種族内で最も優れた種族的な能力を持っている。
吸血鬼ならば前述通りだが、獣人の類は耳が良かったり瞬発力が高かったり、人間であれば適応力が高かったり、と様々だ。
しかし、反面、弱点もより強化されてしまう。
人間であれば目立つ程ないのだが、獣人の類は強力な音や臭いに弱くなり、吸血鬼ならば繁殖能力がゼロにほぼ等しくなる。
アリシアが子を成そうと思い、行為に走ろうと、相手が死ぬまで子が出来ない可能性が大いにあるのだ。
そのかわりだが、非常に長寿である。吸血鬼のアリシア以前の特異点はおよそ数万年前の人物であるが未だに存命であるとか噂がある程である。
もちろん、吸血鬼よりも長寿な種族はそれに限らないが。
「えっと……?」
アリシアは混乱していた。
実の母に人外宣言と最強宣言を受けたら誰でも思考は停止寸前になるだろう。
「大丈夫ですよ、眠り難くても意識的に翼は小さくなりますから」
「あ……、はい」
アリシアはただただ呆然としながら部屋に帰って行った。
「ふぅ……」
あの後、一睡していた彼女は落ち着いたのか心の整理をしていた。
別にこの世界において種族数は少なくとも迫害されている存在でもない、そう彼女は割り切った。
そして彼女は椅子に座って日課に移る。
だがしかし、本は読まない。冊子の最後の一頁を埋めるのだ。
それは『彼』だけの魔法。
「イメージよ、イメージ……。他のとは勝手が違うのだから……」
ぶつぶつと呟きながらも魔力を出し、イメージを固めて波長を変えてゆく。
だが、いつまで経っても発動がしないのだ。
「もっと……もっと……」
アリシアは波長をどんどんと短くしてゆく。音でいう超音波は既に通り過ぎている。それは一般的な魔力の可感域を遥かに上回っているのだがアリシアは知らない。
突然、彼女の視界が傾き、尻餅を付いた。椅子が壊れていたのだ。ちょうどアリシアの座っていた部分だけがえぐれた様に壊れていた。
突然の事だったので魔力を霧散させてしまった彼女は椅子を見つめていた。
「まさか……」
何か思い付いたかの様に普段全身に纏う様に集中させる魔力を手だけに集中させ、先程までの波長に変える。
そして残っていた椅子の脚に放った。
すると脚は何かに粉々にされた。
「やっぱり……、高エネルギーの魔力は力を持つのね」
魔力は波であるが、例えば周波数が極端に高い場合はどうなるだろうか。音であれば超音波であり、光であれば紫外線やエックス線などが挙げられる。
さて、それらに共通するのは何だろうか。高エネルギーを持つ為に物理的な干渉能力が大きい事である。
そしてそれは魔力にも言える事であった。
アリシアはその事には気付いたのだが、肝心の魔法が発動出来ていなかった。
そこで一旦冊子を開き、その初めの方に纏めた全魔法の共通のコツの様なものを読み直す。
「むぅ……、そうよね……」
五歳児とはとても思えない様な探究心である。余程その魔法が使いたいのか何度も確認をしていた。
彼の考えた魔法というのは異質であった。一般的には大規模殲滅やらステータスを異常に上げるやら、そんな効果を考えるだろう。当然、その様なバランスブレイカーは消費魔力は馬鹿にならない。
しかし、それらとは違い、その魔法の消費は1ポイントである。そして効果は、全ての魔法効果の使用が可能、アイテムや装備品などの製作が可能、あらゆるオブジェクトの製作が可能、など、多岐に渡る。と、ここだけ見るならば明らかに反則である。
異質な所は発動のプロセスである。消費がゼロに等しい代わりに、その魔法の過程を全て入力しなければいけなかったのだ。
魔法は基本的に効果が出るという結果のみのものであった。しかし、その魔法は過程無しには発動出来ない、裏を返せば過程があれば何でも出来るのだ。
発動するとウィンドウが出現、プログラム言語に似た言葉で『効果』『値』『範囲または位置』などを入力し発動させていた。初期の魔法の再現でさえ20行はくだらない。
これらの作業をキャラクターの操作と並行しなければならなかったので許可を出されたのだが、彼は並行して行っていたのだ。例えるなら片手でゲームをして片手でピアノを弾く様な、例えが悪いがつまりはそんなものである。
ふと、彼女が立ち上がり魔力を操作し始めた。しかし、波長は長く長くしてゆく。
そう、エネルギー量(波長の短さ)=消費魔力量という自論を思い出したのである。
「まだ、まだよ……」
先程とは逆に波長が長すぎて一般的な可感域を超えてしまっているのだが、やはりアリシアはそれを知らない。
―コトン
彼女の目の前に突如として先程壊れたはずの椅子が壊れる以前の状態で現れた。
「ふぅ……成功したようね……」
彼女は安堵して椅子に座り、机に冊子を置いて書き始めた。