魔法とは
彼女は四歳の誕生日を迎えた。
「お母様、わたしはもう三歳じゃありません!魔法を教えてください!」
母は半ば驚いていた。まだ五にも満たない子供が半年以上前に言った事を覚えているという事を。
「本にかいてあるのも覚えました。どれくらいあぶないものかも知りました!」
「けれど、後にしなさい」
「なぜですか!?」
「それくらいは分かるでしょう?」
母が言うのは正論であった。これから彼女の誕生日のパーティーをするというのだから。そんな時に大声で言われてもさすがに後回しにされるのは当たり前である。
その翌日、彼女らは家の近くの森にいた。ちなみに父は仕事である。
それはさておき、これから彼女は魔法を教わるのだ。
「アリスちゃん、一番初めに必要な事は?」
アリス、そう呼ばれた彼女の名前はアリシアという。アリスとは彼女の愛称であった。彼女もといアリシアは踊る心を落ち着けながらそれに答えた。
「自分の魔力を感じることですよね」
「そうね。こればっかりは教えられないの……」
「分かっています。本に載っていましたから」
にこにこと楽しそうにアリシアは笑う。しかし、母は裏腹に訝しむ。
「なんで魔力が……」
「ごめんなさい、楽しみだったので予習してしまいました……」
アリシアから魔力が立ち込めていたのだ。
アリシアの表情が少し暗くなるが、母はそれよりも驚きを隠せず娘の様子には気付かない。
本来、魔力を感じるのには早くとも半年、長い者であれば五年はかかるからだ。
この世界の暦は『彼』の世界とは違い、四季は――少なくともアリシアの住んでいる所には――あるものの呼び方もそれを構成する月も違っている。
『彼』の世界の春夏秋冬は青朱白黒と色で表され、それぞれの季節に第一月から第四月まであり、一年が16ヵ月ある。更に一月と四月は30日、二月と三月は29日、一つの季節で118日あり、よって一年は472日ある。閏年はない。
例えば秋の第三月は『白の三月』と、何のひねりもなしに言われる事が多い。
なお、一日の時間は24時間である。
さて、アリシアが本を渡されたのはおよそ5ヵ月前である。つまりは150日程前だ。一般的に早くとも半年、つまりは240日程かかるのだから6割程度早い計算となる。
この事に驚くなと言うのは無理な話だろう。
「アリスちゃん、怒らないから顔を上げて」
彼女はアリシアの様子に気付き、柔らかい口調で語りかける。
「はい……」
アリシアがゆっくりと顔を上げると、彼女の予想に反して微笑んだ顔があった。
「大丈夫よ。魔力だけじゃ魔法は発動しないの」
「ふぇ?」
「はっきりとしたイメージも必要なのよ」
彼女の渡された本には魔法の原理は書いていなかった。『彼』の知る魔法とは魔力を用いて起こす現象であり、それは架空であって原理は存在していない。
この世界の魔法はエレメントと呼ばれる粒子が魔力によって何らかの現象を起こす事で発動する。
魔力はあらゆるものが持っている。また、魔力と一概に言われるが個々で違ったものを持っている。例えるなら声の様なもので他人の声は似せる事は出来ようとも出す事は出来ないし、人が鳥の鳴き声を出そうにも同じだ。しかし、一概に声である。魔力も同様であるのだ。
また、魔法を扱うには何かを媒体にし、尚且つ鮮明な魔法のイメージが伴わなければならない。
声や指を鳴らす、極端だが口笛などといった音、エレメントに働き掛ける魔力を増幅出来る水晶などといった道具など――他にも媒体と成り得るものはある――が必要である。
しかし例外とはあるもので強固な意思を媒体とした、俗に言う無詠唱魔法というものもある。
と、ここまではこの世界における一般常識である。
更に加えると魔力とは波であり、あるいくつかの特定の周波において特定の現象を発現する。しかし、音と同様に高周波を作るならばそれなりのエネルギーつまりは魔力と魔力制御力も必要となる。しかし、周波数が高ければより効果の高い魔法が放てるのである。
また、波でいう振れ幅が強さと比例する。
そして複数の魔法を組合せる場合は、音でいうハーモニー、つまりは波形を合わせる必要がある。
また、音や光に可聴域や可視域が存在する様に魔力にも可感域が存在する。これが広ければ魔力感知に長けている事にも同意である。鍛える事で拡げる事も出来るが基本的に行使される魔法は一般的な人の可感域内である為、鍛える事はまずしない。
そして、感知出来るのと行使出来るのは、やはり音同様にちがう。高い声が聞こえ様とも出せるかとなれば、また別の話である。
魔法を覚えるという事は基本的には行使された魔法を感じて、模倣する形をとる。楽器でいうチューニングがこれに近い。その為、実技が一般的である。しかし、ある程度経験を積めば、だいたいどんな魔法が発動するかは予想出来るという。
アリシアに渡された本にはエレメントの存在、魔力が万物に宿る事、どんな魔法があるか、程度しか載っていなかった。
「私が今から魔法を使うから感じて感覚を覚えるのよ」
「はい」
照らせ、と呟くと母の手には淡く光る球体が顕現する。昼間である為にあまり目立たないが。
「照らせ!」
アリシアも真似をする。
しかし何も起こらない。
「イメージが足りないのかしらね?魔力の操作は間違っていないのに……」
イメージか……、そうアリシアは呟く。
そして、それならばと声を発した。
「輝け!」
瞬間、まばゆい光が辺りを包む。
慌てたアリシアが魔力を弱めると光も弱くなり、最終的には消す事も行った。
「お母様、出来ました!」
「良く出来たわね。初めてにしては上出来よ。これなら次は……」
むむむ、と考えてから何かを思い付いた。
「こういうのもあるのよ。水よ水よ、集まりて、冷えよ冷えよ、流れ出ぬまで」
歌う様に言葉を紡ぐと今度は掌に氷が現れる。
「すごーい!」
「やってみなさい」
アリシアは母の言った言葉は忘れていた。覚える必要がないと判断したのかは定かではないが。ただ、魔力を込めて強く氷をイメージした。
「わっ、冷たい!」
「えっ?」
そんな素っ頓狂な声を彼女は出してしまっていた。魔法を行使したばかりの娘が無詠唱を成功させたのだ。
彼女はそれなりに魔法を扱えるが、音を媒体とする程度であり、無詠唱までは至らない。
魔道具に頼る魔法はそれを使う為のものである為、殆どが魔力を流せば扱える。また、声に出す場合はイメージと結び付き易く成功しやすい。
無詠唱魔法は一握りしか使えないものなのだ。
「お母様、どうしたの?」
「アリスちゃん、聞きなさい」
母は真剣な眼差しでアリシアを見直す。
「さっきアリスちゃんがした魔法は凄い事なの」
「そうなんだ!」
「でもね、凄い事が出来ない人がいっぱいいるの。そんな人達から怖い目で見られちゃうのよ。だから大きくなって有名になるまでは声を出したり手を叩いたり指を鳴らしたりとかして魔法を使うのよ」
アリシアは妬みを一身に受けたいなどという特殊な思考は当然持っていない。大きな力は危険であると理解出来る。だから母の言葉は守るべきだと判断した。
「分かった!でも、誰も見てない時は……ダメ?」
しかし、彼女はただでは引き下がれなかった。条件付きでの行使を持ち掛けたのだった。
しかも意図的ではないものの自然と母を見上げる形となり一層その効果を高めていた。
「うっ……、ダメです」
一瞬たじろいだものの何とか彼女は踏み止まった。
「小さなアリスちゃんには危ない事なのよ」
アリシアに宥める様に説明する。その一方で心の内で、娘はこんなにも聞き分けが出来なかっただろうか、と疑問に感じていた。
「いつ誰がどこで見ているか分からないからですか?」
アリシアは真剣な眼差しを返した。
「心配は要りません。私は夜に部屋で少し魔法を使いたいだけなんです。お母様のお気持ちは分かりますが、少しの我が儘は許してくれませんか?この力を狙って襲われるのを危惧して戴けるだけでも私は嬉しいですから」
「ま、まあ、それならいいでしょう。約束を破ったら……」
「はい、その時は罰を覚悟しておりますから」
アリシアが喜ぶのとは裏腹に母は必死に驚きを隠していた。娘の言動が年齢に不相応にも程があるからである。少なくとも四歳の子供が、自らの行動で起こり得る危険性をそこまで考えて発言するなんてしないだろう。
同時にアリシアには教育をするべきだと判断した彼女は早速手配した。
夜、アリシアは自室で魔法の探究をしていた。彼女は魔法が魔力の出力―つまりは魔力の周波、波形の事―とイメージの一致で発動したと判断し、特定の強固なイメージを持ちながら出力を変えれば魔法を発見出来ると結論付けた。
事実、この世界の魔法の開発とはそのようにして行われるのだが、彼女は四歳にして(前世から換算しても)短期間で魔法を開発していた事になる。勿論、無詠唱魔法が出来る事が前提の方法である。
彼女は一度行使出来れば、その記憶力から忘れる事はない。葦の如く魔法に関しては成長していったのだ。
さて、彼女の行使しているのは『WORLD』内での運営側の開発した魔法である。威力、つまりは込める魔力を少なくする事で安全に行う事が可能となる。
彼女はいくらか試している内に、『WORLD』内で消費の激しかった魔法は高出力で発動、尚且つ魔力を多く篭めなければ効果が薄くなる事を発見。同魔力でより高出力の魔法程、威力が薄まるのである。
例えば波(正弦波や余弦波)を描くとする。それの上から下までの幅が同じであれば細かい波の方が結果的には長い線を書いている事になる。まさにその長さが魔力の消費に直結していたのだ。
アリシアはそうして夜を過ごす様になっていった。