原因と犯人?
彼女として生を受けて三年が経っていた。
この間に彼女は自分の知らぬ世界に転生した事を認め、『彼』としての知識を持ちながら生まれた事を幸とも不幸とも感じた。
というのも数年間で慣れたものの彼女は『彼』であったのだから。その精神的苦労は容易に想像出来るだろう。しかし、前世の膨大な知識の中には一応あったので礼儀なども含み吸収は早く、この歳にしては妙に落ち着き礼儀正しい少女に育っていた。
「おかあさま、おやすみなさい」
「お休みなさい」
今日も挨拶をして彼女は自室へ向かう。
言葉は脳が幼い為なのかあっという間に覚えてしまい、両親が文字を教えると、すぐに習得。言語に関しては舌足らずなものの既に一人前であった。
そこまでの才能に礼儀や落ち着きを持つという理由から、幼いながらも個室を与えられたのだった。
彼女が部屋へと足を踏み入れると多量の本が迎え入れた。この世界の知識を知りたいと思ったが故。ほとんどが譲り物であったが本来この世界の本は値が張る。
彼のいた世界で換算すると今いる世界は中世程度。製本は疎か製紙技術も低い時代に本は貴重品であった。
そんな本を読んでいて、彼女は一つだけ元の世界とは異なる現象を発見する。
魔法だ。
この世界では魔法技術が発達していた。
日常ではあまり使われないものの、それを利用した魔道具は蔓延っている。
家の灯に始まり、料理、掃除、あらゆる面で使われていた。かくいう彼女の部屋の灯も同様である。
彼女はこれを両親に教えてくれる様に頼んだ。しかし答えはノー。三歳にはまだ早いと言われてしまった。
しかし、その代わりにと一冊の本を渡される。
彼女は寝る前にそれを読むのが日課になっていた。渡された本の名は『魔法入門〜ビキナーズガイド』、魔法を扱うにあたって最低限必要な用語や知識が分かりやすく纏められたものである。
そんなに教えて欲しければこの中身を完全に覚えろと告げられて。
しばらくして、まどろんできた彼女は本棚に本を返し、それからベッドに身を投げた。
身体が揺すられている。彼女がそう感じ、目を開けると見知らぬ少女が犯人だと分かった。
「だれ!?」
彼女は寝ていた状態からすぐに跳び起き、その場から退いていた。
「初めまして。貴女に話したい事があります」
その少女は落ち着いた様子で彼女に語りかける。しかし、彼女は動揺していた。
「あなたはだれ?ここはどこ?」
無理もない。真っ白な空間に二つの陰が映るだけ。何もない場所に二人だけが存在している。
「私は俗にいう神様です」
「はあ!?そんな物語みたいな事あるわけないじゃん」
思わず『彼』が出てしまう。それに気が付き、しまった、とばかりに口元を押さえた。
「大丈夫です。以前の貴方も知っていますから」
その言葉で彼女は少女を認めざるを得なかった。『彼』を知る者はいないはずだから。
「貴方の死因は私の溜息です」
「はあ!?」
「その……寿命の蝋燭を溜息で消してしまって……。それで罪滅ぼしにと転生させました!」
パタパタと手を振りながら必死に少女は説明する。怒られまいと必死なのだ。
「腑に落ちねえ……」
怒る事もせずに逆に落ち込んでしまっている彼女。
「で、でもですね、転生特典付けちゃいました!」
少し焦った様子で少女がより大声で言うと彼女は急に期待の眼差し一色に瞳を染めた。
「まず世界は貴方の良く知る世界に近いはずです!」
そういえば……、と考え込む。
「それと貴女の潜在魔力をすっごくいっぱいにして、それと記憶力も抜群のはずです!魔法の才能も抜群のはずです!」
更に彼女を思考の海に飲み込む。
「そしてですね……、貴方のしていた『WORLD』から今の貴女に全ての能力値を引き継ぎさせました!アイテムとか装備品などは無理でしたが貴方の魔法でどうにでもなるでしょう?」
「本当か!?」
彼がいきなり思考の海から浮上して食いついた。
「はい。但し当面は年相応になりますが」
少女は後半彼女に握られた手をブンブンと振られながらも応えた。
「落ち着いてください。それともう一つ、これはおまけ程度ですが……今の私は貴女と同じ容貌です」
「そうなのか?」
「はい。本来、神様には決まった姿がないので。だから敢えて貴女の姿を借りました」
この白い空間に立つのは二人の少女。
共に短く黒い髪に赤い大きな瞳、透き通る様な白い肌を持ち、小さな口からは八重歯が少し覗いていた。
彼はしばし見とれていたが、自惚れではない。今まで自分の姿を見た事がなかったからだ。それなりに整った顔を見れば相手が幼かろうと見てしまうのもしょうがない。
「満足ですか?」
「特に文句はないが……」
「では最後に、今生においても私のミスでない限りはこの様な処置は出来ませんので、精一杯生きてください」
少女がそれを伝えると、白が黒へと徐々に変わり、彼女を追い出した。
その夢を見て以来、彼女は時折紙に記号らしきを書いている行為が増えた。両親は覗き込むも意味も分からない記号の羅列に疑問を抱く事しか出来なかった。
「何を書いているの?」
「んーとね、ひみつ!」
こんな応酬が何度か繰り返されていた。
その後、両親は疎か他の誰も彼女の書いた記号の羅列に意味を見出だす事はなかった。