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始まりは溜息から  作者: このこな
第二章 学園入学編
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遠征3


 ハイドラとティタは言葉も出なかった。


「自滅?」


「どういうことだ?」


 それに対してアリシアは指を立ててくるくると回す。


「ハイドラ、貴方は気付かなかったのだろうけど、奴はまず私の魔力から掌握をはかったのよ。魔力さえなければ抵抗も難しいからかも知れないわね」


 かの悪魔は彼女の魔力量を内心では未だに侮っていたのだ。


「だから、じゃあ魔力をこちらから流したらどうなるかって考えたのよ。そしたら、パーンってね」


 彼女の言う分では実に呆気ない結果であった。


「奴は初めのうちは嬉々として取り込んでくれたわ。けれども直にそれが罠だと気付いたのでしょうね。当然遅かったけれども」


「それでは奴からの情報は得られないではないか」


 彼はアリシアに糾弾する。


「それが……、情報は元から得られる事はなかったと思うわ。都合が良いことに奴が破裂した際にいくつかの記憶の断片を得られたのよ」


 アリシアの弁はこうであった。

 末端の者であった彼には目的として魔方陣の発動と邪魔者の排除。彼女らの存在は既に彼女らとの接触後に報告済みであった。


「そして、奴の計画は失敗しても良かったらしいわ」


「どういうことだ?」


「それが分かれば苦労しないわよ」


 アリシアは小さな溜め息を吐く。


「それより、原因も目的も分かったのだからここから撤収してもいいのではないかしら?」


 アリシアは洞窟の出入口の方へと足を返した。

 しかしティタは反して、動こうとはせずに下を向いて手を組んでいた。


「どうしたのよ?」


「何か引っ掛かる」


「何がよ」


「成否関係ない作戦、そんなもの作戦と言えるのか」


「そうだけれどここで悩む事ではないんじゃないかしら」


「昔見た資料に似た様なものがあった気がする」


 アリシアは顔をしかめる。


「だからといってここで時間潰すのもどうなのよ」


 しかし、彼女は黙り込んでしまった。


「いい加減置いていくわよ」


「私がいないと身分証明は困難なはず」


 ティタはギルドへの紹介状兼身分証明書でもある金属板をちらつかせる。


「しょうがな……」


「デコイ、いや巨視的な視点で……、いけない!早期撤退命令が必要!」


 彼女はいきなり慌てるように大声を出した。


「私の推測ではここでの行動はあくまでも囮、成功すれば僥倖、本命はこの一帯そのもの!」


「どういうことよ」


「遥か昔の話、滅んだ国がある」


 それは周りを城壁で囲まれた大規模な城塞都市であったという。

 その国の歴史は詳しくは省くが偶然か否か街の配置が魔方陣の形をしていて、それによって国が滅びる結果となったらしい。その逸話から建築の際には基本的には幾何学的模様やそれに準ずる事のないように偶然にも魔方陣を描かない様にするか、あるいは意図的に特定の魔方陣をあらかじめ作ってしまうという暗黙の了解が出来ている。


「それが何か関係するのかしら?」


「遠回しであったけれどもこの森自体に大きな魔方陣が描かれている可能性がある。それも意図的に」


 しかし、魔方陣とは完成させてしまえば少しでも自然と魔力を有するものであって、ティタの目であれば明らかである。


「まだ魔方陣は完成していない。発動さえしなければいいのだから完成していないならばまだ間に合う」


「じゃあこの森全体を俯瞰しないといけないわね」


「その様に判別出来るなら苦労しない。一目瞭然であるのならば報告はされているはず」


「でもそれ以前にそうと決めつけるのも変な話よね。おそらく囮であることはあっているとしても、本命は別の場所で小規模ということも考えられるわ」


「この様な所で悩むよりは報告をするべきであることは確かだ」


 彼女らは気にはなるもののただ無意味に時間を過ごすよりはと、洞窟をあとにした。









 無事に村へと戻り報告を済ませた彼女らはその村の食堂へと赴いていた。


「あんな報告で本当によかったのかしら」


「時には嘘も必要。それに要点は伝えた」


 彼女らは村に待機していたギルドの人たちに、何が行われていたのか、そしてこれは成否関係ないと言われた、という事を出会った相手が何者であったかとともに伝えた。


 当然ながら反応は大きく、またそれが虚言などではない事は追加調査――彼女らの向かった地点にて再調査を行う――を行うとの事である。


 ただ彼女らの吐いた嘘とはどの様に打倒したかという点であった。さすがに悪魔に侵食されたものを打開したなどというのは一般的には眉唾物であり、アリシアが規格外である事は明かす必要もない。悪魔を追い払うというまでであればまだ現実的ではあるし、ある程度の手練れ達であればそれも可能だ。アリシアが急速にランクが上げられた事がギルド内では周知であったのだろうかその話はすんなりと通ったのである。


「それにしても……」


「なに?」


「よくそんなに食べられるわね……」


 アリシアが呆れるのも無理はない。置場所に困った食器は床から積み上げられ、その高さは椅子の座面を少し超える程であった。


「それは貴女も同じ。半分は貴女も食べた」


 とはいうものの、それはアリシアも同じであった。ティタ一人で築き上げた塔ではなく半分ほどはアリシアによるものでもある。


「仕方がないじゃないの。魔力使うと疲れるしお腹も空くのよ」


 アリシアはスープに浸った芋を匙で割りながらも答える。


「頭脳労働はお腹が減る」


「甘味なら聞いたことあるわよ」


 仮に甘味だとしても二人して食べ過ぎである。


 彼女らが店を出た後、その店はすぐに店仕舞いをしたのであった。





 そのまま村の宿で一泊し、翌日、ギルドの人が彼女らを呼び出した。


 内容は昨日の件の事であり、夜間調査の結果事実とされた事の報告とその他手続きである。

 仮にも悪魔が出たという訳であり、当初の依頼とは異なるものとなっている補償を中心とした手配、加えて学園による教育であったための後処理が都市のギルドにて行われた。


「では、以上で終了となりますが日程もまだ余ってらしっしゃいますし、いかがなさいますか?」


 ギルド支部の受付奥、少し特殊な事に使われる部屋にて彼女らは係員に問われた。

 別段特殊な部屋と言われても、ギルドの重役や秘匿すべき依頼、個人向けに手配されたものや人目を避けるべき物品の提示など、意外と使われる事も少なくはない。


「そうね……、買い物でも楽しもうかしら」


「帰りたい」


「えっと……?」


 色々な人とギルドに勤めるという職業柄付き合った事がある彼女といえどもここまでマイペースであると戸惑いを隠せなかった。笑顔は絶やさないものの、それも崩れてしまいそうである。


「済まなかったわね、私達は互いにそこまでいい性格をしてないのよ。別行動ってダメなのかしら」


「はい、一応ですね、同伴者とは一緒に行動してもらえますか?」


 行動としては帰ろうが買い物しようが問題はないのだが、研修としての体制のためにティタはアリシアを監督しなければならない。


「そちらとしては帰っても問題ないのかしら」


「え、あ、いえ、帰られても構いませんがこちらとしてもまだ話がいくつかありますし、状況が状況なだけあって出来れば残っていただけると嬉しいのですが」


 係員の彼女は最初は戸惑いながらも徐々に落ち着きながらもアリシアたちに伝えた。


「だそうよ」


「残る」


「……分かりました」


 さすがに彼女も慣れたのか、反応が少し遅れたものの慌てた空気はもうなかった。


「警戒体制を敷きますのでこちらとしても戦力を用意します。また同時に調査班も少しばかり要請します」


「そんなこと言ってもいいのかしら?」


「調査班として学園にこちら側から人を依頼したいと思います。生徒ではなく教師を一人ですが」


 アリシアはそれで何となく意図が読めた。


「当事者の監督と授業としての体裁を両立させてなおかつ私逹も利用しようというのね」


「利用とは言葉が悪いですね、御協力願いたいのです」


 アリシアは苦い顔をした。

 協力とはいうものの半ば命令じみている。ここで断る事も出来るのだが、そのカードは両者に得になるものではない。対して彼女らが協力をすれば両者としても満足の行く形に終着しやすい。

 教師側がギルドに応じるかといえば普通は応じるだろう。学園の教師は選りすぐりの者逹でありながら人格者が揃っている上に人手が足りないという訳ではない。


「生徒もある程度くっついてくるわよ」


「ええ、そちらの方が好都合です」


 調査をするならば人手が欲しいが教師はそんなに多くは割けない。そして経験を発揮する場の提供という餌を吊るすだけで学園は喜んで動く。


 アリシアにはお手上げであった。当然まだまだ抜け道はあるのだが彼女には外堀までもが既に埋まっているとしか思えなかった。


「ギルドに属する者逹が依頼を受けなかった場合、あるいは人手が足りない場合はどうする?私逹しか目撃していないという不明瞭で確証の薄いものを依頼とするには報酬額に期待は出来ない。あまりにもリスクに見合うリターンが少なく見えてしまう」


 普通、ギルドに属する冒険者など呼ばれる者逹は損得で物事を測る。自らの命が懸かっているのだから当然だ。そしてそれに相応しい報酬額をギルドは決定する。

 今回はどうだろうか。悪魔が出たかもしれないから調査をする。調べる内容があまりにも朧気なものに大金は積まれない。


 嘘を調べたり自白させる魔法や道具があるが、それも普通は使われない。

 嘘を調べるとしてもその精度は高いとはいえない。また自白をさせるものを応用するのも手ではあるが、魔法の場合は精神に関わるものとして禁術であり道具も自白剤に近く麻薬の様な依存性や精神に強く作用する取り扱いの厳しいものであり、双方とも扱いにはいくつもの許可を得なければならない。

 こんな薄くてぼんやりとした情報のためだけにいくつもの許可を申請しさらには高位の術師か一人の廃人を生み出すというのは普通ではない。


 多少の被害は免れないものの悪魔そのものが形として存在し、それを討伐させるとなれば依頼も出しやすく、また高額な報酬も約束は出来たのだ。


「大丈夫です。こちらとしても言い方は悪いですが根回しは完璧のつもりです」


 しかしながらティタの指摘に関しても動じる事がなく、やはり外堀は埋められていた。


「どういうこと?」


「確実に依頼を受けてくれる方がいますから」


 2人は疑問符を浮かべながらもその場を後にする事になった。





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