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始まりは溜息から  作者: このこな
第二章 学園入学編
14/19

学校の授業3


 カチャカチャと細かな金属音がひしめきあう。

 決して小さな空間ではないのだが、その占める面積は視界的には大きいものであった。


 しかし何故この様な状況かというと、戦闘技術の授業にて1年生には初めての模擬試合が行われるのだ。


 模擬試合は定期的に行われる授業内容で、学園の持つ生徒の情報から実力を割り出し、学年に括らず実力別に対戦相手が指定される。

 装備については自前の物がない場合は学園の備品から貸出してもらえるのだが、なにぶん備品な為に必ずしも良いものとはいえない。故に初めの模擬試合以降は大半が自前の物を使うのが自然となる。

 試合では殺生は禁止であるのは当然ながら、今回は自らにかけるもの以外の魔法も禁止である。


 さて、アリシアはというと備品であり今回は半数程度の1年生が装備しているの鈍色に光るプレートアーマーではなく、黒く怪しい光を仄かに放つ鱗に覆われた手甲と胸当てに脛当てなどといった少し軽めのものを身につけていた。

 さらにその背には緑に輝く抜き身の細い剣があった。

 その剣の名前は『疾風剣-颯迅-』という。ゲームの頃は特殊効果があり、発動すると毎秒最大値の5%のMP消費の代わりにあらゆる行動が秒間消費MPに比例して速くなるというものであった。つまりは最大MPが高い程速く行動が可能となる。

 そして、その効果は健在であった。ただし、消費魔力の調整は自ら行うものとなっていた。短い間だけ爆発的に加速するか長時間微かながら加速するかが選択できるのだ。

 しかし彼女はその特殊効果を用いる気はなかった。そこまでする必要はないからだ。しかし、仮にも必要になるかも知れないので念を押して来たのだった。


 ところで彼女がどの様にしてこの装備を得たのか。それは3日前に遡る。









 その日の戦闘技術の授業にて始まる前に教師から授業連絡があった。


「明明後日に1年生にとっては初めてとなるが模擬試合をする。各自装備を用意しておけ。1年生にはまだ持ってない者もいるだろうが、持ってない奴らには備品の貸出をしているから安心しろ。全員にプリントを配るからそれに使用武器と防具とを書いて明日までに提出しろ。以上!」


 そうして紙が配られてゆく。


 記入するのは、使用武器の種類と貸出か否か、着用防具の貸出か否かであった。

 どうやらこれを集計して対戦相手の調整を行うということらしい。





 アリシアはというと、授業後に倉庫へと足を運んでいた。


 彼女が整頓したにも関わらず混沌とした物量はとても1年生の倉庫とはいえなかった。

 そんな魔の巣窟に改めて足を踏入れ、何かないものかと漁る。


「これは……『疾風剣』だったかしら?」


 『疾風剣-颯迅-』は特殊鍛冶生産武具であった。

 特殊鍛冶とは通常の鍛冶では扱えない物品を材料として用いる事の出来る業であった。例えばモンスターのドロップ品、はたまた解毒作用のある薬草、さらには魔法も、そして魔鉱石も用いる事が出来る。ただし難易度は高く、比率を間違えれば鉄屑、時間を間違えれば爆発、温度を間違えれば蒸発などという失敗も珍しくはないのだ。

 しかしこれは簡単な部類であったのだが如何せん材料がおかしかった。

 ただの変鉄もない鉄の剣に速度上昇の風の魔法まではただの魔法の付加であり問題はない。しかし、加えて最高品質の魔鉱石400kg以上。ゲームでは高レベルならば少し苦労する程度だが、魔鉱石の希少価値が高いこの世界においてあまりにも難しいものであった。


 誰が鍛えたのかは知らないがパッと見る限りは一番の武器であるそれを分かりやすい位置に置いて、彼女は防具探しに移った。





 しばらくして彼女は落胆した。

 どれもこれもが彼女には大きいのだ。


 彼女は自らの出生を少しばかり呪ったが、そんな事をしても無駄だとすぐに止め、最後に目をつけていたものに手をかける。


 それはどうにも重厚ながらも小さな箱であり、開けるのを禁忌とせんとばかりの雰囲気を漂わせていた。


「これに入ってなければ……、どうしようかしら?」


 しばらく考えあぐねるも、とりあえず開けてみなければ始まらないと思い、意を決して蓋を取り払う。

 そこには黒光りする腕甲に、脛当て、胸当てなど軽鎧一式が丁寧に詰め込まれていた。


 どれもが意匠の造りであり、腕甲の片方には赤く光る石が埋め込まれていた。


 彼女にとっては少し大きな代物であるが使えなくはないといった大きさであり、また彼女は少し興味を持ち、その石のある腕甲を手に取って、しばらく石を覗き込んでいた。


 しかし、しばらくすると急に彼女の視界が白み、そのまま彼女は意識を手放してしまった。







 アリシアが再び目を開けると何もない真っ白な空間にいる事が認識出来た。


 また神からの呼び出しか何かなのかと思うも、その時とは何か違う感覚があった。


「まさか次の担い手はさらに小さな小娘だとは予想もせんかったな……」


 彼女は背後から男の大きな声がしたので声の主を探す。


「……ドラゴン?」


 彼女の背後には、圧倒的な存在感を誇る、紅眼の黒い巨龍がそびえ立っていた。


「いかにも。見れば分かるであろう?」


「まあ、それもそうよね。それでここはどこよ?貴方は何者?」


 彼女は龍の顔を見てキッと睨み付けた。


「まあ、慌てるな。ここは貴様の心の中、夢の世界だとも思ってくれても構わん。そして貴様に語る名はない」


「何よ、偉そうに」


「ふむ……、この我に怖じ気付かぬものも珍しい。簡潔に言おう、汝の身体を我に寄越せ」


 彼女は何故こうもコイツは話を聞かないのかと思ったが、それよりも彼の言葉が理解出来なかった。


「身体を寄越せですって?冗談じゃないわよ」


「素直に寄越さぬならば力ずくで奪うまでよ。我に勝てれば諦めてやろうではないか」


「あー、そうくるのね。分かったわ。話を聞かないなら叩きのめしてからでいいわね」


 強引さで比べれば彼女も大概であった。





「我が名はハイドラ!遥か古代より生きし竜なりけり!」


「結局名乗るのね。私はアリシア、一応吸血鬼の特異点よ」


 その言葉に彼は目を見開いた。


「ほう、良き器だ。是非その身体を使いたいものだ」


「黙りなさい、蜥蜴」


 彼女は彼に手をかざす。


「燃えなさい」


 しかし何も起こらなかった。


「えっ?」


 彼女が呆けている間に振るわれた大木にも匹敵する太さの尾に打たれ、払い飛ばされて数回無抵抗に跳ねさせられる。


「不思議そうな顔をしていたな。我は我の知りうる魔法を無と化せるのだ。どんなに強い魔法であろうとも我の知識の範疇にあるであろう。つまりは汝の魔法は全て効かぬ!」


 アリシアはゆっくり立ちながらも苦い顔をした。彼女の知る魔法は殆どが知られてはいない者であるが、彼は知っている可能性があった。使えるか否か分からぬものには頼れまい。彼女はそう判断した。


「ほう、立ち上がれるか」


「ええ、これでも身体は丈夫なのよ」


 彼女は賭けだと思い身体強化の魔法を使うも魔法は結ばれなかった。


「無駄だと言っておろうに。攻撃魔法でなければ使えるとでも思うたか」


「念のためよ」


 彼女はついてもいない埃を払いながら応えた。


「時に貴方、ドラゴンなのよね?」


「見て判らぬか」


「じゃあ弱点は見えたわ」


「なんだと?」


「龍殺しの道具を使えばいいのよ」


「だが道具などはないであろう?我を前にして気が狂うたか」


 彼は彼女を嘲笑った。彼には滑稽過ぎて、小さな者の下らない見栄に見えて、彼女をただ見下す事しか考えなかった。


「貴方は言ったわよね。知ってる魔法なら無効化出来るのでしょう?」


 彼女は弱々しくも魔力を放ち始める。


「ふん、貴様の考えなどお見通しだ。如何に隠そうとしても貴様の放っている魔力なんぞ気が付かぬ訳がなかろう」


「あらそうなのね。安心したわ」


 彼女は安堵の表情を浮かべた。そして怪しげにも笑みを浮かべ始める。


「武器創造『ドラゴンスレイヤー』」


 彼女のその言葉とともに龍殺しの波動を放つ一振りのプレートソードが彼女の手に現れた。

 それを肩に担いでから彼女は手を翳した。


「私はね、もう魔法を使っていたのよ」


 彼の身体の周りに幾多もの光の環が現れ、それが彼を締め付けて拘束した。


「なっ……!何故だっ!我も知らぬ魔法が小娘ごときが知るなんぞ!だいたいどうやってそれを取り出した!」


「貴方の知識は脅威だったわ。でも感じられない魔法までは及ばなかったようね。これは少し賭けだったのだけれど成功して何よりだったわ」


 彼女はティタの言葉を覚えていたのだ。

 魔法とは認知されないであろう、と。

 それは人間に対してなのかあらゆるものに対してなのかは定かではなかったのだが、彼女は感覚的にその魔法は最も魔力の振動が緩やかなものだと知っていた。

 だから賭けに出たのだ。


 彼女はその魔法を発動させ待機させながら話をした。彼の、老齢な者ならではの年下への素直さを信じ、彼女は賭けに出て、見事に勝ち取れた。


「貴方の敗因は……、自らの知識を過信し過ぎた事よ」


 彼女は彼の顔ほどまで飛び、その龍殺しの術を振りかざす。


「小癪なぁぁあああ!」


 彼は唯一自由であった口腔を開き、あらゆるものをも焼き尽くす業火を放った。


「なっ、しまっ……」


 彼女はその業火に瞬く間に包まれて火の玉と化した。

 途端、光の環が弾け飛び、彼は自由を手にした。


「所詮は小娘、考えの浅はかな事よ……」


 彼は彼女の身体の主導権を得て世界を駆ける想いを巡らせる。


 しかし、何時まで経っても変わらぬままであった。


「浅はかなのは貴方よ」


 そんな声を皮切りに彼の身体が足先から石と化してゆく。


「まさか加護が精神的な世界まで及ぶとは思いもしなかったし、ドラゴンスレイヤーが蒸発するだなんて考えもしなかったわ」


 気だるそうに首を回しながら彼女は服も纏わずに彼の鼻先に降り、胡座をかいた。

 ドラゴンスレイヤー――龍殺しの剣であり、龍の鱗を切り裂く為に呪をかけられた龍に対しては絶大的な力を誇る大剣であり、『WORLD』においても決して知名度も流通も低くはない――という武器も蒸発するほどである。服がなくならない道理はなかった。しかし、精神的な世界であり、此処で服がなくなろうとも現実ではなくなりはしない。また、彼女とて人目は避けたい状態だが幸い人目はない。


「今度は何をした?」


 彼はもうすっかり抵抗心を失い、素直に目の前に鎮座する彼女に問うた。


「まあ落ち着きなさい。最初から種明かしをしてあげるわ」


「ぬぅ……、何故そこまでする?」


「話したいからよ、貴方にね」


 彼女はどうにも彼を嫌いにはなれなかった。そして彼にならば自らの口で伝えても問題ない気がしたのだ。


 彼は疑問符を浮かべるのだが、それを意に介さずに話を続けた。


「そうね……、まず魔法の事から説明するわね。あれは特殊な言語であらゆる効果を発揮出来る魔法なのよ」


「そんなものは初めて知ったぞ!?」


「続けるわよ。基本的にはそうね……、稚拙な言い方だけれど何でも出来るのよ」


「説明出来ておらぬぞ」


「しょうがないじゃないのよ。次に貴方の炎を耐えた事ね」


 彼女は言葉が浮かばなかった様で強引に話を進める。


「私は『龍神の加護』を持っているわ。それだけで分かるかしら?」


 『龍神の加護』とは『WORLD』においてある条件を達成する事で受けられる加護の1つである。

 あらゆる龍の吐息(ドラゴンブレス)を無効化し、龍からの物理及び魔法ダメージを半減するという付加効果が付随する。ただし装備品へのダメージには適用されないが。


「『龍神の加護』をだと?」


「そうよ」


「小娘が何者かと思えばとんだ化物だったとはな!!我が勝てぬのも頷けるわ!」


 彼女は少し顔をしかめる。


 彼が笑いながらもそう言うのは理由があった。

 そもそも加護という代物はこの世界において殆どが生まれながらのものである。龍神の加護は非常に稀少な加護であり、また普通吸血鬼族は受ける事の出来ないものである。専ら竜人族という竜に似た力を持つ彼らにおいて稀に持って生まれる程度だ。

 ちなみに彼女はこの事をまるで知らなかった。ゲームにおいては誰しもが困難ではあるものの条件を満たせば得られるものであったからだ。


「気は済んだかしら?」


 彼女は笑い続ける彼に気だるそうに問い掛ける。


「構わぬ、続けろ」


 彼女は苦い顔をしながら話を続けた。


「それで……、私はどうして此処に引き込まれたのかしら?」


 彼女は種明かしを済ませて疑問に移った。

 そもそも彼女は倉庫で防具を弄っていたのだ。何故この様な場所に飛ばされたのかがずっと気になっていたのだ。


「貴様が触っておった防具があるであろう?あれは我から造られたものだ。我は老龍として生涯を閉じたが身体が朽ちようとも意識までは朽ちず、頼み込んでこのように意思ある装備品になったのだ。そして使い手が我に相応しいか否かを我自信が決めるという訳だ」


「私はどうだったのよ?」


「文句があろうはずもなかろう」


「あら、そう」


「まだ何か言いたそうだな」


「……そうね、貴方、暴れたいって言ったわよね?」


「あ、ああ」


 突然の話の転換に彼は少し頭が付いて来れなかった。


「それで……、戦いで貴方を身に付けるでしょうけど、仮に私が気絶させられたら貴方に意識を任せて私を守って欲しいのよ」


「つまりは貴様が気絶したらその間だけ主導権は寄越すと言うのか!?」


 彼は驚きと喜びを隠せずに叫んだ。


「まあ、仮によ。私の身体は魔力もふんだんにあるから暴れ足りないなんて事にはならないでしょうし、私も保険があると思えるもの。もちろん、たまには普通に主導権を渡したりもしようじゃないの」


「何故そこまでする。我は負けたのだから勝者の貴様が要求を押し付ける事も出来るであろう?」


「そうね。それもたしかに良い策よ。けれどそれじゃあ貴方は満足するかしら?私はね、自分の利益を押し付けるだけでは気が済まないのよ。自分が得をする取引は相手にも何か得をさせなきゃ。ましてや条件が命に関わる事よ。相手に不満を持たせたらどうなるか分からないじゃないのよ」


「ふふふ……、はははははは!」


 彼女の言葉を聞いて彼は一段と大きく笑ったのだ。


「何よ」


「確かにその通りだ!そして貴様はとんだお人好しでもあるようだな。気に入ったぞ!小娘、アリシアと言ったな!貴様とならば退屈せずに済みそうだ!」


「それは……肯定と受け取っていいのよね?」


「もちろんだ。前の担い手といい貴様といい、全く人間も、いや吸血鬼も愉快な奴だ!」


 彼は声高らかに笑い続けた。


「ちょっと待ちなさい。まさか貴方の前の持ち主って……」


「たしかパトリシアとかいう娘だったぞ。我と意気投合し、我が寿命で死んだ後にアルとかいう男に我を意思のある武具にしてもらい、再び暴れようと……、まさに貴様の様な取引であったな……。奴もまた身体を貸す取引を持ち掛けたわ」


 彼女は予想していた答えだが一瞬固まってしまった。


「…………そのパトリシアっていうのは私のお母様だと思うのだけど」


「ふむ、たしかに何処と無く似ておる」


 しばらくの間空気の流れが緩やかになった。





「えっと……、つまりは私のお父様が貴方を武器にして、それをお母様が使っていた。それで実は貴方は老衰でお母様がドラゴンを倒したのは作り話って事?」


 彼女は彼から降りて地面にやはり胡座をかきながら話を整理する。


「まあ、そうなるであろうな。ただしかし、奴と戦いはしたぞ?いくら我が衰えていたとはいえども、まさか負けるとは思いもしなかったからな」


「えっ?お母様は貴方を倒したのかしら?」


「ああそうだ」


「でも貴方の死因は老衰よね?」


「倒されただけだ。殺されてはいない」


「ややこしいわね」


 つまりは何か決闘の様な方式で戦い、その戦いにパトリシアは勝ったという事らしく、その後老衰したとの事であった。


「血の繋がりとは恐ろしいものよ。我とてあやつの娘に出会うとは思わなかったぞ」


「あら、そう。ところで、私はどうやって此処から出ればいいのかしら?」


「安心しろ。勝手に戻る」







 アリシアの目が再び覚めた時には彼から作られた装備品の類いが彼女にぴったりの大きさになっていた。


「これはどういうことよ……」


 そんな事より戻って来たのかと彼女は少し安心した。


「我はある程度ならば大きさを変えられるのでな」


 その時、彼の声がした。


「空耳かしら?」


「籠手の宝石を見よ」


 彼女がその言葉に従うと、どうやらその宝石が明滅や点滅をしながら声を発している様だった。


「しゃ……、喋れるのね」


「そうでないと不便であろう?」


「それもそうね……」


 彼女はそれに対して驚き呆れてしまっていた。驚く為の思考を半ば放棄していたのだ。

 そして、最初からこうすれば早かったのではないかと心の底から思ったのだった。





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