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始まりは溜息から  作者: このこな
第二章 学園入学編
13/19

それぞれの朝


 早朝、静かな武器修練所で1人の小さな少女が独り立っている。

 その少女の傍らには重さも測りかねる巨大な鎚が鎮座している。


 少女はそれをあろうことか片手で持ち上げ、そのまま自由自在に振り回す。それは型にはまった様な綺麗な動きでありながら、実戦的でもあった。


「さすがにまだまだ使えないわ」


 一部の者からは卒倒ものの言葉が少女――アリシア・レイ・イットリア――の口から零れる。

 彼女は鎚(練習用)を元あった場所へ戻してから次の武器へ移る。


 この学園の方針として彼女の行動は咎められる事はまるでなく、むしろ彼女の様な者にはもっとやれと言わんばかりである。

 施設は授業外の時間には夜間を除いて生徒に開放している。

 朝から武器を好んで振り回す生徒はそう多くなく、彼女は人のいない間に事を済ませようとしたのだ。


 彼女とてさすがに理解はしていた。

 自分が体躯に見合わぬ武器を振り回せばどれ程珍妙に映るかを。

 しかし、彼女は『WORLD』時代に扱っていた武器の感覚を一度は体験したかったのだ。


 『WORLD』において、高ランカー低レベラーであった為に、時間あたりの攻撃力をどうしても重視しなければならなかった。

 スキルフリー(槍のスキルを弓矢でも使えなくはないという無茶苦茶ぶり)であったので攻撃力はプレイヤースキルと武器の選択によって大きく変動する。

 武器には重さがあり、それによって当然動きの差も生じる。重さに比例して筋力が必要になり、また速度は反比例する。

 つまりは個人のステータスに見合った武器を選んで然るべきなのだ。


 さて、彼女の場合、好んで重量級の武器を使っていたのだが、今の彼女からしてあまりにも違和感がある。そして小さな体躯では戦闘時には武器に振り回されかねない。

 彼女が先程鎚を振れたのは型にはまっていた――最も効率良く扱える方法で振るっていた――からであり、実戦ではその様にいく訳もない。


「倉庫を漁ってみようかしら……」


 そこで彼女は自らの倉庫を思い出した。そこには『WORLD』時代のユニーク級――数の限られているもの――まで存在するのだ。見た目と重さが必ずしも一致しないものもあり得るだろう。


 そう判断した彼女は練習を切り上げ、汗を流しに浴場へと向かった。







「さて、準備も出来ましたわ」


 メリー・ラ・ピュート・ブリタニア・カシター・スタナンの朝は早い。



 先々代の出世により貴族位を賜ったスタナン家の長女であり、魔法の才――殊更音に秀でた魔法――に溢れる血統であり、彼女も例外ではなかった。若干12歳という年にして基礎の魔法を全て発動出来、初級から中級に属する魔法をも不完全ながら発動出来ている。

 入学当初、自らの実力に自信を持ち、また溢れる才を伸ばそうと次々と難位の魔法の発動に勤しんだ。

 また、学業も抜かりなく、お世辞なしで学年では五指に入るといえた。


 しかし、彼女の価値観はある日を境に変わり始めた。

 それは初めての実習授業だった。

 自らの力を信じきっていた彼女は森の奥へと躊躇なく進んだ。

 そして、初めて本当の才能を垣間見た。


 それからというものの彼女は一層努力をした。

 難位の魔法の練習を保留にし、彼女は今まで覚えた魔法を使う訓練を始めた。彼女の中で魔法は発動から使う事の重視へと変わったのである。

 また、魔法だけでは不足だと考え、武器の扱いにも手をつける。彼女は武器の扱いに関する授業は選択しなかったので人を雇ったのだが。


 こうして、彼女は贅沢を少し減らしてまで才能に金と時間を注ぐ様になったのだ。



 彼女は毎朝、武器修練所へ足を運び、練習用の刺突剣の基礎の動きを行う事が日課となっていた。

 その日も何時も通りに修練所へ向かうと既に先客がいた。


「あれは……」


 彼女の目に映ったのは大きな鎚を振り回しているアリシアの姿であった。


「あの様な才まで……」


 メリーは少々妬きながらも彼女の姿を見続けた。その小さな体躯からは決して想像の出来ない豪快かつ繊細な動きに目が離せずにいた。

 アリシアが動きを止め何か呟きその場を去った後、彼女は落ち着いて自らの練習に移行した。







 ティタ・メナカイトには朝も何もなかった。

 研究をまとめる為に完全に徹夜した彼女はゆっくりと朝日を拝みながらも入浴準備を始める。徹夜して入っていなかったのだ。もちろん彼女も女の子であるから身嗜みには少しは気を遣うのである。





「先客がいる?」


 脱衣場に着いた彼女は浴場からお湯の流れる音がするのに気が付いた。この時間、普段は誰もいないはずであった。


「まあ……、いいや」


 彼女はどうでもよさそうに、いや、実質どうでもいいのだろう、躊躇うことなく一糸纏わぬ姿になり、その白く細い身体を隠しもせずに浴場に足を踏み入れる。


 ざっと見回すと彼女の目には黒く長い髪の小さな少女が浴槽に彼女に背を向けて浸かっているのが映る。最近見知った彼女は着太りしていたのか知らないが一層幼く見えた。


「やっぱりお風呂は心のオアシスね。あがったら牛乳とか飲みたいわ」


 鼻歌を奏でながら少女は独り言を呟く。

 少女の様子からして彼女には気付いていない様である。


 彼女はしばらく少女――アリシア・レイ・イットリア――を観察する事にした。幸いにも始業までにはまだ時間は十分にあり、アリシアもそれを分かっているのかのんびりしていた。


 しばらくするとアリシアがおもむろに手を掲げ、そこに魔力を集め始めた。

 しかし、ティタにはそうは映らなかった。確かに緩やかな魔力しか感じる事はないが、その目に映るのは確かに未知の魔法であった。


 魔力の集まったそれは徐々に形となり、淡い紫色の砂岩の様なものになった。

 アリシアがそれを浴槽に放り込むと泡立ちながら形が崩れてゆき、お湯が淡い紫色に染まってゆく。


「やっぱりお風呂といえばこれよねー」


 アリシアが目を細めて寛ぐ一方、ティタは唖然としていた。

 それでも表情は崩していないのだが、唖然とした拍子に手に持つタオルを落としてしまう。水を十分吸ったタオルは音を発てて床に項垂れた。


「えっ?」


 その音に反応して、ようやくアリシアは彼女の存在に気が付いた。


「え、あ、いつから?」


「牛乳とか何とかあたりから」


「何も見てないわよね?」


「ばっちり魔法を見た」


「魔力を集めただけよ」


「私の目は誤魔化せない」


 しばらくの間両者は沈黙する。


「あああああー!!!」


 先に声を発したのはアリシアであった。


「もう、いいわよ!確かに私は魔法を使ったわ。使いましたよ!」


 いつになくアリシアは自棄になっていた。


「どうしたの?貴女が未知の魔法を使いそうな事は前々から分かっていた」


 対してティタは至って冷静であった。


「それは私も承知よ!けれど見られたものが問題よ!」


「どうして?」


「あんな何でも出来る魔法がばれたら大問題にな……、あ……」


 彼女は急に言葉を止めた。


「何でも出来る?」


 ティタはさらに彼女に追い打ちをかけた。


「え、あ、その、あれよ」


「大丈夫、問題ない」


 要領を得ない喋りに彼女は助け船を出すことにした。アリシアはもしかしたら気付いていないのではと思ったのだ。


「何が大丈夫なのよ!」


「私には視えた。けど普通は魔法だと感じる事は出来ない」


「えっ?」


 彼女は思わずティタの方を向いた。


 対してティタは頷く。


「な、なななな……」


 しかし、アリシアの反応は安堵したものではなかった。


「す、少しくらい恥じらいを持ちなさいよ!?」


 実に叫んでばかりで忙しいが、アリシアには一大事であった。


「別に同性だから問題ない」


 素っ気ないが彼女のタオルは未だに床に臥している。つまりは隠しもしていない。もちろん、そこまで問題はない訳でもないのだが、アリシアの反応は異常であった。


「も、問題しかないわよ!」


 アリシアの中身は根本的には男である。

 それこそ女としても過ごしていたので大丈夫かと思われるが、彼女には女性――特に年頃――の裸に対する耐性はないのだ。

 見ることがあったのは自らの幼い肢体と母親の成熟した躰。少なくとも前世の住んでいた環境よりは発育の良い世界であり、ティタも例外ではなくそれなりであり瑞々しい。

 そんなものに耐性がなく、ただでさえ興奮していた頭にあっという間に血が満たされた。


 さて、お風呂で頭に血が上ればどうなるであろうか。


「あ、のぼせてる」


 アリシアは目に渦を巻いてぐったりしていた。







 アリシアが目を覚ますと、彼女はベッドに服を着せられて寝かされていた。


「ここは……、ティタの部屋ね?」


「ご名答。授業は休みにしておいた」


「感謝するわ」


 アリシアは上体を起こして礼を言う。


「ところで」


 ティタはアリシアに詰め寄った。


「さっきの魔法の説明を」


「うっ……、な、なんのことかしら?」


「とぼけても無駄」


「あぅ」


 アリシアは軽く頭を小突かれた。


「分かったわよ。説明するわ」


「わくわく」


「棒読みなのは突っ込まないわよ。あれは簡単に言うと何でも出来るのよ」


「難しく言うと?」


「そう来るのね……。とある特殊な言語で魔法の効果を記述してそれを実行する魔法よ。私以外に使える人は知らないわ」


「当たり前」


 彼女の言葉に対してビシッと指を差してティタは言った。


「一般的な人たちの魔力の感知範囲を遥かに下回っているから魔法とは気付けない。仮に気付けても無理だとは思うけれど」


「そ、そうなの?」


「そう」


 小さく頷いて肯定を示した。


「そもそも人が感じる事の出来る魔力には限界がある。魔力を傾斜に例えると、緩やかすぎては坂とは分からず、急すぎては壁と判断してしまう。少し違うけどだいたいそんな感じ」


「けれども人目は避けるに限るわよね……」


「ごもっとも」


 両者はうんうんと頷きあう。


「ところで」


「何かしら?」


「私を疑ったりはしないの?貴女を利用するかも知れない」


 ティタがアリシアに問う。


「別にいいわよ、利用したって」


「……何で?」


「悪用されると分かれば自ら避けるもの。無理矢理させようとしても私には高い魔法耐性に加えて幾つかの神の加護で洗脳とかは不可能よ。だから悪い様に使われてもそれは私の落ち度でもあるわ。私に有無を言わせず言うことを聞かせるのは実質難しいと思うわ」


 アリシアは腕を組んで自らの言葉に頷きながら言った。


「親を人質にされたら?」


 対して彼女は残酷の可能性を掲げた。


「それこそ不可能よ。お母様に勝ちたければドラゴンに匹敵はしないとダメよ。過剰表現じゃなくて、ね」


「分かった。私は貴女を利用する気だと教えておく」


「そ、そう……」


 突然の暴露にさすがにアリシアも少し距離を離したくなった。だがベッドにいて逃げ道も碌に見当たらず、また彼女に逃げる必要もなかった。


「私は魔眼をどうにかしたい。その為に貴女が必要」


 その言葉に対してアリシアの表情に喜悦が浮かんだ。


「なら、私も貴女を利用させてもらうわ」


「なぜ?」


「私はその眼に興味があるのよ」


 その言葉はティタの言葉に対しての肯定を示していた。







 壁に耳あり障子に目あり。火のない所に煙は発たぬ。


 彼女らが邂逅した少し前、まだ朝食の時間であるが1つの話題が飛び交っていた。


「あの不思議先輩が吸血鬼ちゃんを拉致ったとかマジかよ」


「どうやら朝早くに意識のない彼女を抱えているのが目撃されたとか」


「でもおかしくないか?あの2人の部屋って隣だろ?」


「ちょっと待てよ。なんでお前が女子側の部屋割り知ってるんだよ。俺にも教えろ」


 そんな男子の少しふざけた噂話に対して、女子側では少し黒いものも渦巻いていた。


「なんかあの人って人体実験してるとか私は聞いたけど?」


「それはさすがにないでしょ」


「いや、でもね、夜中に変な音がしたりとかするらしいよ」


 目撃情報は正確であったが人の噂は曲解されてゆく。実際にはどれもが的を射てはいなかったのだが、その様な噂はティタの方に問題があったのだ。


 彼女は自らの眼を嫌悪するあまりに他人との接触を避け、また、魔法と科学に没頭するあまりに――それらをあわせるのは非常にマイノリティであり、この世界においては少し難解である為に――興味が向けられなかった。

 その為なのかよく分からないという印象が多いが、彼女がどの様な名前の課外活動をしているかという事実から根も葉もない噂が芽吹いていたのだ。


 そんな彼女と普通に会話をしていれば当然ながら同類あるいはそれに準じた人物像として捉えられるのも無理はない。

 幸い、アリシアは日頃の行動から、その様な一面もあるといった見方をされるだけで留まったのは救いであろう。


 彼女らの違いは人との接触の差であり、ティタに対してアリシアは積極的ではなくともそれなりに人との接触をしてきたから噂の成長もまた変わった形になったのであろう。


 しかし、当然ながら噂に感化される者もいればされない者もいる。


 それから彼女らの噂は少し波乱を生むのだが、それはまだまだ後の事である。



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