学校の授業1
黒い影が波の様に蠢く。
その影は落ち着きながらも空間を満たしてゆく。
影はよくよく見ると点の集まりであり、その点は人であった。人海とはまさにこれを差すのだろう。
今、ここラタニア大学園の講堂には人がひしめきあい、その表情は一部は緊張感を持ち、大半は面倒な顔をしていた。
アリシアは他の新入生とは違い、後者であり、理由は先日の件であった。
例年ならば彼女の立場の生徒は緊張により、金属を超える程に成りかねない。しかし、彼女は生を受けてからは10に満たないものの、精神的には前世の経験も相まって、適度に緊張を装うレベルとなっていた。
入学式、いや学園であるので入園が適当かとも思えるが、必ずある長い話(睡眠魔法)。
どの世界においても大半は要領を得ている様に要領の得ない話を連ね、無駄に長引かせる。不可避で容赦のない口撃である。
彼女の前世の日本においては、背が嫌でも丸まる姿勢で、副交感神経が刺激される中、立っていて副交感神経が働きようのない教師陣に、理不尽に起こされる地獄が多かった。
それに比べて話に無駄を省き、聞く側に立たせるスタイルは感心に値する。
彼女は自らの出番まで何度も心中で復唱して、耳を傾ける事はあまりなかったのだが、それでも心に引っ掛かるフレーズは存在した。
『皆等しく始まり、努力しただけ差が生まれる。例え天賦の才があろうとも長きに渡る努力には劣る』
彼女がその言葉に深く感心していると遂に彼女の出番となった。
彼女がゆっくりと壇に近付き、階段に足を響かせる度に、緊張が走り、静寂が広がってゆく。
その姿は小さいながらも大きく見えた事であろう。
その足取りは幼いながらも気品を漂わせ、彼女を名家の出だと錯覚させる。
彼女は黒い海を俯瞰した。不規則に時折揺れる海原は彼女を緊張の波に巻き込もうとする。しかし、彼女は意に介さずに口を開くだけであった。
「私が言いたい事は非常に少なく、学ぶ事は手段でしかない、という事です。結果的には自らの実力がものをいいます。ここに入学した時点で私達はもう貴族も平民も、種族の違いも関係がありません。等しく扱われます。と、私の言いたい事はこれだけです。ご清聴ありがとうございました」
彼女は一礼して壇から降りた。ただ拍手も何も起こらない空間には再び彼女の足音が響くだけであった。
その後、式も滞りなく終わり、一行は次にギルドの学園支部へと向かっていた。新入生へ教育を一斉に行うのだ。
「暇ね……」
そして到着してから全員の登録が終わるまで説明は始まらない。彼女は既に登録済みなので最初から最後まで待機となる。
彼女は着いた時に空いていた席に適当に腰掛けて、特にやることもなく、朧気にただただ彼らを眺めていた。
「あ、アリシアさん」
「あらルイス、久しぶりね。元気かしら?」
「はい、お陰様で。……暇そうですね」
「えぇ、暇よ。暇で暇でしょうがないわ」
彼女は小さく溜め息を吐いた。
「登録は済ませたんですか?」
「訳ありで昨日済ませたわ」
「……そうですか」
彼は彼女の意思を恐らく理解したであろう色を見せた。
「効率悪いわよね、これ」
「そうですね」
「暇ね」
「暇ですね」
「暇つぶしでも作るとするわ」
彼女は指を鳴らして魔法で15パズルを作り出した。そしてそれで遊び始める。
「えっ?どうやって、何ですか?それ」
「ただの暇つぶしよ。数字が順番にな様に……ってこれアラビア数字ね」
説明を中断して彼女はもう1つ作り出す。それを彼に渡した。
「あげるわ、それ」
「あ、はい。ありがとうございます。……これ、何ですか?」
「パズルよ。数字が順番になる様に動かすの」
彼女は自分の持っているのを渡しても良かったのだが、彼女の持つのは数字がアラビア数字になっている。
彼に渡したものは、こちらの世界の言語に書き換えたものである。
ただ、アラビア数字を教えるのが面倒だったのだ。
「意外と頭使いますね」
「でしょう?」
彼女は応えながら48パズルを作り出して遊んでいた。
しばらくして、彼女が120パズルに挑戦し彼が80パズルに挑戦し始めた所で、全員の登録が終わったらしく、全体に声が響いた。
その声の主は彼女が先日顔を合わせたアリシア(電池開発者)のファンである事務の女性であった。
「皆さん、ギルドカードを見てくださーい。えっとですね……、」
彼女の説明は既にアリシアは聞いていた事も多かったので基本的に割愛する。
ただ、彼女の疑問であった、ランク横の括弧内については説明する。
数字はギルドポイントと呼ばれるものであり、依頼達成によって加算される。
ランクの獲得や様々なサービスはこれと引き換えになる。実力のない者にはサービスすらも与えられない。
依頼の達成時に貰えるポイントは難易度に比例するが、依頼にはランクが定められており、自らのランクより1つ下ならば半分に、2つ下ならば更に半減する。逆に1つ上なら2倍に、更に上なら4倍になる。
だが、安全上、Bランク未満には1つ上までが限度と奨めている。何故なら、大半の者はCランク、逆をいえばB以上は実力者と見られるからだ。
また、ポイントの贈与や人物の推薦にはギルドコインと呼ばれるものが必要である。これはAランク以上の者に限り金貨1枚で作ってもらえるもので、信頼の塊である。各個人によって柄が違うそれは、本人の証明物であり、信頼そのものでもある。
これは一枚につき一回限り、ある程度の無理すら通せる代物であるが、話が違う事になったならば信頼を大いに失う。なので余程の事がなければ作られもしない。
アリシアがパトリシアから貰ったのは、まさにそれなのであった。
と、要約するとこうである。
彼女の説明が終わると全員に紙が配られた。内容は先程の説明に加えて、ギルドでのルールが書かれたものであった。
主に規約や注意事項が書いてある。
「後は今配った紙を参考にしてくださーい。分からない点は随時質問に応答しますからー」
彼女はそう告げた後に、各教室への移動を促した。自分のクラスは貼り出された紙を見ておく事になっていたのだが、彼女は理事長の元へ向かったのが理由で知らなかった。
赤の他人のクラスを覚えてくれる者なんて普通はいなく、残念ながら例に漏れる事もなかった。
「すまないけど全生徒の名簿か何かないかしら?所属組が分からないの」
馬鹿正直に先程退散した事務の彼女を捕まえて聞いた。
「サインくれたら教えますよ」
「はあ……、もういいわ」
「嘘ですよ!イットリアさんは……、そこの彼氏さんと一緒ですよ」
彼女はルイスを指差した。
「ただの友人よ。……それにしても、よく覚えてるわね」
「生徒を全員把握するのは事務の役目ですから」
どうやら彼女は全員把握しているらしい。どんな記憶力なのだろうか。
「仕事熱心ね」
「事務って意外と暇なんですよ?」
「そうなの?」
「はい。最近の仕事は専ら電池の獲得ですし。教材に使える様な道具は安いのですが、電池は値が張りますし……」
「魔力の充填が出来るのは知っているわよね?」
「はい……」
アリシアは魔力の充填に関しては制限をしなかった。よって、電池は魔力が操作出来れば誰でも魔力を補給出来るのだ。
理由は単純で、今後の発展で道具は増えて、必要な電池も増える為に、使い捨てに近いのももったいないからだ。
「そういえば電池開発者ですよね?学校に提供とか出来ませんか?」
「金は取るわよ」
「現金ですね」
「材料費くらいは取らないと赤字よ」
「材料?」
「魔鉱石よ」
「まこ……、えぇぇぇええ!?」
驚くのも無理はない。今や電池の市場価格は魔鉱石の半分以下だからだ。
「いやいやいやいや、それこそ赤字では?」
「大丈夫よ」
彼女はどこからともなくへんてつもない石を取り出して握り締める。
再び手を開くと独特の光を放つ魔鉱石へと変わっていた。
「ほら」
「……ほら、じゃありませんよ!?そんな簡単に魔鉱石作られたら堪りませんよ!」
「だから悟られない様に安価にしてるんじゃないの」
「……成る程」
「ところで……」
「はい?」
「もういいかしら?」
周りには既に人はほとんどいない。先程の彼女の叫びも幸い聞いた者はなかった様だ。
「教室に行かせてちょうだい」
「あ、はい」
アリシアはさりげなくルイスから彼のクラスを聞いていたので後を追った。
彼女が教室に入ると、既に人で埋め尽くされていて、一見空席が見られない程であった。
教室は小さな講義室の様で、後方が高い階段状になったそれぞれの段に机と椅子が2組ずつで構成された列が3つあり、各列7程ずつ、つまりは40人程座れる事になる。
彼女は空いている席を探そうと見回すと、窓際の一番後ろの席が空席となっていたので足を運んだ。
席へ向かう途中で教師が入ってきたので彼女は慌てて席へと向かい(幸い先客はいなかったので)腰を下ろした。
席に着きなさい、と男性の教師からの怒号によって、残り数名の気付かなかった人物も殊更に慌て、席に着いた。
「今日からこのクラスの担任になったキャサリン・パーカーです。よろしくお願いします」
そう告げた彼は軽く礼をした。
しかし、キャサリンとは明らかに女性名である。だが、周りは明らかに動揺していない。普通に受け入れていた。
「何か質問はありますか?」
彼の言葉に反応し、女子たちが一斉に手を挙げた。その内容は明らかに目上の女性に対するものだった。
彼女はゆっくりと手を挙げた。
「じゃあ、窓際の一番後ろの女の子」
アリシアが手を挙げた瞬間、彼は彼女を指名した。
「私の錯覚かも知れないけれども……、貴方は男よね?」
教室が暫し沈黙に包まれてからどよめきに溢れる。
「合格だ」
彼の声が一層響いた。
今度は男の声だ、と騒ぎ始めた。
彼女には初めから何ら変わりないままなのであるが、周りは違う様である。
「アリシア・レイ・イットリア、よく見破った」
彼曰く、姿を誤魔化す魔法を使っていたらしく、毎年行うそうだ。例年数人は見破るそうではあるが、本当に数人である。
方法は様々ではあるのだが、一様に違和感があったので解除魔法を使ったらしく、一目で『見て』分かった人物は過去を振り返っても彼女で3人目だという事である。
ちなみに行う理由は実力を調べるのが主だという。
なお、キャサリン・パーカーとは偽名であった。
「では、これからこの学校についての説明をする。詳しくは先輩方から聞いてくれ。まず初めに授業についてだが……」
今さらながら説明をするが、学園の最高学年は4年である。が、特に気にせずに在学し続ける者もいる。追い出されないから。
進級には一定の学問を修め、かつギルドのランクを1つ上げる事が条件である。つまり、Cランクにならないと最高学年には到達しない……というのが普通の場合である。
アリシアの場合は現状Bランクである。つまりはSランクになろうとも最高学年には到らない。なので過去のあらゆる先人達を凌駕しSランクを超えろということなのか、と彼女は勝手に解釈して頭を抱えた。
実際はAランクになった時点で無条件に卒業資格を得られるという特例があるのだが、彼女にはそれを知る由もない。
次に彼は授業の詳細を説明し始めた。
必修と選択授業があり、前者は言語と歴史と数学、後者は魔法実技と政治経済と武器技術と総合戦闘技術と芸術とその他専門技術が幾つか(別紙参照らしい)の中から2つ選ばなければならない。
今日は取り敢えず全て選択科目を見学し、決めてもらう事をするらしい。
それと課外活動というものが学園には存在し、今日から勧誘が解禁なので気をつけろという警告もあった。
一時解散し、夕刻に再度自教室に集合、集計らしい。場所は別紙参照との事。
用紙が配られ解散するとアリシアは早速自分の興味あるものに向かう事にした。
彼女興味ははっきり決まっていた。その1つが魔法技術だ。
彼女が赴いた時、授業風景は派手な魔法で飾られていた。
傍ら花火が上がる中、少し目をずらせば身長5mはあろう土人形が筋トレしていたりと、混沌としていた。
それでも新入生には刺激が強く、輝いた目で見回されていたそれらを披露している先輩方は満更でもない様子である。
他にも彼女は様々な場所を回ったのだが、特に印象が強い場所は総合戦闘技術の授業場所にあった見上げる程の大剣である。
毎年、いや見る度に度肝を抜かされる大きさは飾りではなく、一撃で巨龍を葬ったという逸話まである代物であった。
しかしながら、何者かによって、がんじがらめに鎖が架けられ、施錠と魔術的封印まで成されたそれは、鍵がなければ開かないらしい。
彼女は耳に挟みながらも見物していた。
結果として彼女は総合戦闘技術と魔法技術を選択したのであった。
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