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始まりは溜息から  作者: このこな
第二章 学園入学編
10/19

歓迎会


 翌日の昼下がり、一行を乗せた馬車は学園のある都市に到着した。とは言っても学園都市に近いが。


「ウォルフさん、感謝するわ」


「え、あ……、僕も貴重なお話をありがとうございました」


 2人は馬車守に礼を告げた。

 続いて馬の操者にも礼を告げ、運賃を支払う。


 この世界のお金は全て貨幣であり、6種類ある。簡単に述べれば金銀銅の硬貨、そしてそれらの中心に穴が空いたものである。穴が空いたもの10枚で穴のないもの1枚分。空いていないものが10枚で1つ上の穴の空いた硬貨1枚分である。

 例えば穴のない銀貨10枚で穴の空いた金貨1枚分、穴の空いた銅貨10枚で穴のない銅貨1枚分である。

 実際にはそれぞれ正式名称があるのだが、あまり一般には用いられない。正式な書類に示す時くらいしか用いられないのだ。

 一般には穴銀貨やら銅貨やら見た目通りの呼ばれ方である。


「またな!」


「そうね、また会いましょう。今度は依頼か何かで」









 ルイスとも別れたアリシアは大量の荷物を魔法を併用して持ち、とりあえず学園の窓口へ向かった。


「すみません」


「はい、なんでしょう」


「こちらをどうすればいいか……」


 彼女は受付嬢に推薦状を渡す。


「御本人ですか?」


「魔法でも何でもお調べください。本人ですから」


 受付嬢は木板にガラスの板を埋め込んだ様なものを取り出した。


「では一応確認のためにこちらに触れてください。こちらは本名を探る事の出来る魔道具なんですよ」


 なかなか便利なものが、と思いながら彼女は手を触れた。


「あ、あれ?起動しませんね……」


「スイッチは入っているのですか?」


「あ、はい。電池切れでしょうか?最近開発されて使い回したので……」


「電池ならありますよ。いくつ必要ですか?」


「あ、すみません。3つです」


 彼女は受付嬢に荷物から電池を取り出して渡した。


「ありがとうございます……って何で電池を持っているんですか!?」


 電池は決して安いものではない。


「あげますよ、それくらい」


「それくらい!?どれだけ金持ちなんですか!?貴族様ですか!?」


 あまりの驚き様に彼女は少し距離をおいた。


「まあ、その……、電池を作っていますから……」


 電池作りには未だに魔改造が必要でイットリア家の専売特許である。が、電池は有名だが家名は有名とはいえない。


「え?あ、ああ、はい。お名前確認しますね。えっと……、確かに確認しました。えっと……、まずはこちらの通路を進んで理事長室へ向かって下さい」


「ありがとうございます」


 彼女は荷物を再び持った。


「あ、待ってください!」


「何ですか?」


「電池の製作者なんですよね。……サインくださいっ!」


 彼女は聞かなかった振りをした。







 コンコンとノック音が廊下に響く。


「どうぞ」


 了承を得てアリシアは入室する。


 中ではいかにもな机に座している妙齢の女性がいた。大事な事だが机に座している。


「……行儀悪いわね」


「何か?」


「いや……、文句しか浮かばないわ」





「さて、本題に移りましょうか」


「早くして欲しかったわ」


 談話室の様な場所で彼女と女性が対面していた。どうやら場所を変えた様だ。

 あの後、何故か数分程そのままであったのだが、もはやそれは余談であろう。


「まずは自己紹介からですね。私はグリーン、グリーン・ラタニアと申します。種族は人間ですね」


「私の事は知っているとは思うけど、アリシアよ。アリシア・レイ・イットリア。種族は吸血鬼の特異点(ポイント・ゼロ)よ」


 彼女は包み隠す事はしなかった。どちらにせよ無理なのだ。ギルド登録時には種族はばれてしまう。


「驚きましたね……、特異点ですか。まあ、ともかく歓迎します。ですが親の権威は……」


「通用しない。分かってるわよ。どこぞのボンボンじゃないわ。いくら囃し立てられようが実力が伴わければ意味がないわ」


「そうですね。ところでギルド登録を今済ませませんか?厄介の種は蒔きたくないでしょう」


 その厄介の種は特異点である事にある。

 因縁付けはないだろうが騒動にはなるだろう。


「よろしく頼むわ」


「では話が終わり次第で。さて、貴女は推薦されましたが、同時に特待生でもあります。ですから、明日の入学式で新入生代表スピーチというものをしていただきたいのです」


「こんな10も生きていない人に頼むのかしら?」


 彼女は挑発気味に返した。

 その口調やら仕種から間違え兼ねないが彼女は未だに7歳である。


「私は頼みます。年齢は関係ありません。ただ出来ると思っただけです。」


「そう……、ならいいわ。」


「では次に……」


 グリーンが指を曲げると水晶と何かで出来た板が飛んで来た。紛れも無い無詠唱魔法である。


「ギルド登録をしてしまいましょう。簡単な事です。手を水晶に触れるだけですよ」


 アリシアは無言で右手で水晶に触れた。

 すると板に文字が刻まれてゆく。


「原理は自分で調べてください。さて、これが学生証代わりにもなりますから紛失には注意してください」


 アリシアは板もといギルドカード兼学生証を渡された。


 記された内容は

名前:アリシア・レイ・イットリア

性別:女

ランク:F(0)

種族:吸血鬼・特異点

身分:学生

魔力ランク:測定不能

加護:未知数

総合ランク:未知数


 他にも生年月日なども記されていた。


「そういえばお母様からこれを預かっていたわ」


 彼女はパトリシアから渡されたコイン状のものと封筒を渡した。

 それを受け取ると封を切って中を読み出した。


 しばらくするとグリーンが口を開いた。


「真実とは俄かに信じ難いですが認めざるを得ませんね。貴女の母は貴女を推薦しました。なのでランクをBまで上げましょう」


「いったい何が書いてあったのかしら?」


「練習でとはいえ、魔物をいくらか討伐した事です。しかも危険度がAと判定されているレベルのものも」


 アリシアの行動は母には筒抜けであったのだった。


「ちなみにAランクの魔物とは?」


「バットイーターです。分かりますか?」


「分かるわ」


 バットイーターとは黒いバレーボール大の球体に口だけがあり、蝙蝠の様な翼が一対生えている。驚異的な移動速度に、猛毒を持つ牙がある為、討伐は困難を極める。


「飛んで来たから翼を掴んでもぎ取っただけよ」


 グリーンは絶句してしまった。それと同時に有り得なくもないと思ってしまう。アリシアの母も同様にしていたからだ。


「あの……、いくつか質問してもいいかしら?」


 彼女は少し困った顔をしながら聞いた。


「もちろん」


「一部情報は隠せないかしら」


「名前と性別とランクだけは隠せません。他は触りながら念じれば自由に隠せますよ」


 アリシアは早速、特異点以下の記述を隠した。


「それとランクの場所の括弧内は何かしら?」


「それは説明されますから」


 アリシアは少しむっとしたが落ち着いた。


「では最後に貴女の寮部屋を教えます」









 寮の外観は漢字の『凹』の様な形であり、入口は真ん中に一つ。左右の棟に男女の部屋があり、一階中央だけは男女関係なしの公共スペースである。

 左右とも一階には浴場があり、各階トイレは完備している。

 また、中央には売店と食堂と談話スペース、何故か混性浴場がある。稀に恋仲の男女が用いるとか。

 各部屋には鍵はしっかり付いており、また炊事洗濯は出来る様になっている。

 基本的には異性の棟には立ち入らない暗黙の了解があるが、誘われた場合などはその例にあらず。無理矢理突入すればどうなるのかは想像に易い。

 男子ならば袋だたき、女子ならば言葉にするまでもない。


 また地下には個人用貸し出し倉庫がある。主に服や装備などを入れておくらしい。ちなみに一ヶ月に穴銀貨1枚という格安さである。


 彼女は寮長から説明を受けながらそういえばと思い、両親から預かった鍵を取り出した。


「あの……、これを渡されたのだけど」


「……それは紛失していた鍵じゃないの!?」


 ちなみにこの寮長は若い女性である。

 彼女は驚きを隠しもしなかった。


「うーん、そーだなー、いいや。貴女がその倉庫使っちゃえばいいよ」


「はあ……」


 腕組みして自己完結させた寮長に半ばアリシアは呆れる。だがすぐにその倉庫の中が気になった。


「で、それはどこかしら」


「あー、こっちだよー」





「それじゃあ後で来る人たちの案内もあるから私はここでー。あ、それと今夜は食堂で歓迎会やるからー」


 手をひらひらと振りながら彼女は去って行った。


 アリシアは彼女の姿が見えなくなった後、鍵を開けて倉庫へと入った。


 明かりがなく、彼女は照明魔法を使って照らすと、そこには様々な魔道具や装備類が鎮座していた。


「これは……」


 彼女が持ち上げたのは一見するとただの小太刀である。しかし鞘から抜かれたそれは全く光を反射しない漆黒に染められていた。

 それは『WORLD』におけるユニーク武器の一つ、『死神之小太刀』と呼ばれるものである。攻撃力は皆無で、装備するとクリティカル率が1000分の1%に固定される代わりに、敵に対してクリティカル攻撃が成功すれば一撃で葬る代物であった。


「まさか……」


 彼女は辺りを見回す。


 片や、モーンブレイドやピコピコハンマー、エスカリボルグなどが無造作に置かれていた。勿論武器だけでなく防具類も鎮座していたが、共通するものがあった。

 『WORLD』におけるユニークアイテム、あるいはそれに凖ずるものである事。つまるところ数に限りがあったものだ。


 そんなものが雑多に詰め込まれているのだから彼女は何も言葉が出なかった。


 それから少し冷静になった彼女は、ある程度整理して出来たスペースに当分の間必要のない日常的私物をいくつか置いた後、一旦その場を後にしたのだった。





 寮内散策も一息吐き、部屋を経由して荷を下ろし、彼女は少し早めに食堂へ到着していた。

 そこでは準備を楽しげに行う男女の生徒の姿が多々見られた。


「まだ入っちゃいけなかったかしら……」


 せっかくのパーティーを歓迎される側が準備段階からいては、と気まずく感じた彼女は踵を返そうとしたが、そこで左肩を掴まれた。


 彼女が振り返ると頬に指が刺さる。


「何よ……」


「無愛想だなー」


 寮長が愉快そうにかつ残念そうに彼女に愚痴る。


「寮内の案内は済んだのかしら?」


「年上に敬語を使わないとは関心しないが答えよー。ずばり……、投げ出した!」


 彼女は胸を張ってとんでも発言をした。その揺れる双胸にアリシアは内心舌打ちしながらも顔を少し綻ばせる様に努力していたが、笑みが引き攣っているのはご愛嬌である。


「嫌な奴みたいな顔をするなぁ、お姉さん落ち込んじゃうぞー」


「私だけしっかり案内したのは不公平ではないかしら?」


「君に好印象与えとかないとなー、って。普通の新入生なら理事長がわざわざあんな時間に連れて来ないだろーし」


 彼女はガシガシと己の後頭部を右手で掻きながら、そう応えた。見た目に反して抜目ない様だ。


「そんな事よりも一つ聞いていいかい?」


「何よ……」


 アリシアは仏頂面で睨み付けた。


「小さい……よね?」


 実際、彼女の身長は寮長の胸元にも届いていない。普通の新入生ならば胸元までは背はあるはずなのだ。


「それは……まだ七歳なのに加えて吸血鬼だから……、どうしようもないわよ」


「……ごめん。だけど凄いねー、飛び級みたいな感じ?普通みんな10歳くらいだからさー」


 再度頭を掻きながら彼女はアリシアに申し訳なさそうに言った。


「でもさ、つまり頭が凄くいいとか何か素晴らしい特技があるとか、そんな感じー?」


「今、根掘り葉掘り聞かないでちょうだい。周りの動きが止まっているわ」


 両者の会話を耳に挟んだ者達が耳を傾けていた。証拠に手元が緩やかか或いは止まっている者が増えていたのだ。


「そーだねー。うん、分かった。自己紹介タイムに……」


「嫌よ、そんなの」


「いけずー。ちびっ子の癖にー」


 アリシアは彼女の言葉を無視した。





「ではっ!これから新入生の歓迎会を始めまーす!司会進行はー、わたくし寮長こと、エリナ・アルスタが務めさせていただきまーす!」


 一斉に拍手が起こった。それはあまり大きくないものの、この場を盛り上げるには十分足りるものであった。


「えーっと……、今年はだいたい150人くらい入ったらしいけど、この寮に新たに来てくれたのは47人です!」


 この学園は基本全寮制であり、彼女の言は矛盾を孕んでいた。


「あー、他は貴族様だからー、この寮よりも豪勢な貴族舍ですよー」


 だが、彼女は間違えてはいなかった。


 寮には3種あり、普通の寮、貴族の寮(通称、貴族舍と呼ばれる)、教員の寮がある。それぞれにそれぞれがいるのだが、アリシアも入った普通の寮は特に何もない。

 貴族舍には使用人やら、管理人やらがいて、寮長はいない。寮費は当然高い。

 教員用は広いが寮長も管理人もいないが、警備が厳重である。ちなみに寮費は給料から差し引かれている。


「ではではっ!初めに自己紹介ターイムっ!質問は後だからね!じゃあ最初に……」


 エリナは名簿を取り出して名前を呼ぶ。そして呼ばれた者が次々に名前と年齢と種族と各々違った事を言ってゆく。





 しばらくするとアリシアが知る人物も番が回って来ていた。


「えっと……、ルイス・スティブムです。11歳でエルフと人間のハーフです。みなさんこれからよろしくお願いします」


 可も不可もない挨拶を終えた彼は軽く息を吐いた。彼も少し緊張していたのだ。


「うん、よろしく!じゃあ次は……」


 またアリシアの知らない人達の番となった。彼女は顔と名前くらいはと、とりあえず覚えてゆく。

 そうして時間は過ぎて行った。





「じゃあ最後に!アリシア・レイ・イットリアちゃん!」


 アリシアが気が付いていたかは定かではないが、実は年齢の高い順に呼んでいた訳で、当然彼女はトリを務める事になる。というかエリナが仕組んだのである。


 呼ばれた彼女は、とりあえず注目させようと翼を広げて全員に見えるくらいの高さで滞空した。


「アリシア・レイ・イットリアよ。見ての通り吸血鬼で……、7歳よ。これからよろしく頼むわ。せっかくお世話になるのだから、そうね……、魔道具の修理とかある程度お父様から教わったから気軽に頼んでも構わないわ。最後に、敬語を使わずに済まないとは思っているけれど、これから年上年下とか関係ないと思うから敢えて使わない事にしたわ。でも敬意を払うべきと判断したなら、ちゃんと使えるから覚えていてちょうだい。長々と失礼」


 彼女は一礼して地に足をつけた。





「それじゃあっ!最後に料理が冷めちゃう前に乾杯するよー。この時に質問とかもしちゃえー。じゃあグラスを持ってー」


 みんな各々グラスを手に取った。中にはなみなみとラズベリー色の液体が注がれている。

 心なしか酒くさいので、アリシアは水のグラスに持ち替えた。


「持ってない人いるー?いないね!じゃあ、乾杯っ!!」





 それぞれが飲めや騒げやとしている中、アリシアは、もきゅもきゅと口を動かしていた。


「アリシアちゃーん、聞いてるー?」


 寮長を無視して。


「アリシアちゃんて何でミドルネームあるのー?」


 エリナは幾度となく同じ質問をする。

 彼女の疑問はよくある事だ。普通は貴族の類の者にやたらめったら長いミドルネームがついているもので、それに準じていれば短くともついているものだ。


「ねぇ、どうしてー?」


 アリシアは気分が立ち始めていた。

 しつこい、あまりにも喧しい。


「貴族には縁もゆかりもないわ。だから理由はお父様かお母様に聞くしかないわ」


 アリシアは咀嚼を一旦止めてから応じた。


「そうかー。そうだったんだー。じゃあさー、……どーやって特待生になったの?」


 低く小さな声色でアリシアは問われた。


「答える義理はないわ」


 彼女も負けずと気を張る。


「そっかー、残念だー」


 アリシアは少し睨み付けているのだが、エリナからは仏頂面で見上げられている様にしか映らない。そもそもアリシアも敵意はないのだ。本当に嫌ならば殺気なども放ってしまうだろう。満更でもないのである。


「今はまだ、よ」


 彼女は軽く微笑む。


「そっかー、ならいいやー」


 そして、彼女は癖なのか頭を掻いた。






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