妹は、御伽噺の王子さま
拙作『推して駄目だったので引くことにした』のコミカライズ配信記念で執筆したスピンオフです
本編ヒロインの姉視点のお話です
単体でもお読み頂けますが先に上記をお読み頂くとよりお楽しみ頂けると思います
「さすがは、あの宰相の後継、と言うか」
もはや笑うしかない、と言いたげな顔で乾いた笑いを漏らした姉に、わたくしは額を押さえた。
「同性は絶対に駄目と、言い含めたのだけれど」
そして、譲れないところ以外は聞き分けの良い妹は、その忠告をきちんと聞いてくれたのだけれど。
「異性でも駄目なのね、やっぱり」
「人生を諦めきった妹の、初めて押し通そうとした我儘だったとしても、あの子に恋愛なんて許しては駄目だったわ。ちゃんと母さまを止めるべきだった」
力なく机に突っ伏して、姉がぼやく。
「でも、でもよ?それまでなんでも大人しく聞き入れて来たシルヴィが、初めて言った我儘だったのよ?聞いてあげたいって思うし、聞いてあげたいって言う母さまの気持ちもわかるじゃない?」
「わかっているわよ。最終的に決断したのはお母さまだし、誰も、お姉さまが悪いなんて言わないわ。なにかが悪かったって言うならそれはもう」
お手上げ、と肩をすくめて告げた。
「わたくしたちの可愛い妹の、運が悪過ぎるのよ。お父さま譲りの悪運よね、ほんとうに」
「あの容姿に生まれついたことで、一生分の幸運を使い尽くしたとでも言うのかしら、父さまも、シルヴィも」
顔を見合わせた姉とわたくしは、きっと同時に父と妹の顔を思い浮かべたことだろう。
血の繋がりがはっきりとわかる、そっくりな色彩を持つ父子の姿を思い浮かべ、乾いた笑いを漏らす。
「あの容姿ならあり得そうよね」
「特にシルヴィはね」
五人姉妹で唯一、母譲りの金髪ではなく父譲りの銀髪で生まれた妹の、華やかな顔立ちを思い起こして首を振る。
「御伽噺の王子さまだもの、あの子」
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わたくしの生家であるアスマントス公爵家は、極めて歴史の浅い家だ。なにせ、始祖は王妹である母。たった四半世紀ほどの歴史しかない、できたての家系である。
それでも、領地を与えられ、守るべき領民がいるからには、家を潰すわけには行かない。
だから男兄弟のいない、女ばかりの五人姉妹の次女であるわたくしは、次期公爵である姉に万一のことがあった時用のスペアとして、三人の妹とは別の扱いを受けて来た。
家に残り、内から家を守ることを定められた姉とわたくし。家を出て、外から家を利することを定められた妹たち。どちらが良いと比べたり、妹たちを羨んだり憐れんだりするつもりはない。どちらにも苦しみがあり、どちらにも喜びは見付けられるから。
だから、そう、すぐ下の妹であるシルヴァーナ・アスマントスを、つい羨んでしまうのは、立場の違いのせいではない。
上二人と下二人が、王家の血を濃く継いだ、琥珀のような金髪に、萌葱色の瞳をしているのに対し、真ん中のシルヴァーナだけは父譲りの銀髪に、深い瑠璃紺の瞳をしている。肌も姉妹でいちばん白く、長身と派手な顔立ちも父譲り。騎士であるが故に筋骨隆々としている父とは違いすらりとした体型で、まるで舞台俳優のような見た目なのだ。
元王女である母だって、決して不美人ではない。むしろ誰からも褒められる容姿で、そんな母に似たわたくしたち姉妹だって、美人姉妹とよく褒められる。けれど、シルヴァーナのような派手さはなくて、並べば誰もが目を奪われるのはシルヴァーナ。華やかさで競うなら、妹に決して勝てないのだ。
妹が自分の容姿を鼻に掛け、周りを見下すような性格だったなら、わたくしは妹を嫌いになっていたことだろう。実際の妹は、自分が段違いな美貌の持ち主である自覚のいまひとつ足りない、ちょっと残念な子なので、妬みより心配が先んじてしまって、嫌うことなんて出来なかったのだけれど。
いずれ政略の駒にされることが決まっていて、幼少から家のための駒として教育され続けた妹は、自分の容姿を、縁談を有利に進めるカードとしか考えていなかった。
「わたくしも、お姉さまたちのような金髪と萌葱の瞳に生まれていれば良かったのに。その方が、王家の血を継ぐとはっきりわかるもの」
そう、本気で言ってのけるのだから、妬むのも馬鹿らしいと言うものだ。
「銀髪の方が持つひとが少ないもの、希少価値があるわ」
「ありがとう、ノジィ姉さま。羨んだって金髪になれるわけではないものね。わたくしは、わたくしの持つ武器で戦うしかないわ」
「そうよ。それにシルヴィは、姉妹でいちばん美人だもの。金髪でなくても、引く手あまたに決まっているわ」
心からの賛辞だと言うのに、ノジィ姉さまはお世辞が上手ねと笑う妹は、本気で自分とほかの姉妹の容姿に、優劣がないと考えているようだった。
そんなこと、ないのに。
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「ねえねえ、ノジオーラ」
妹の容姿が優れている証拠なんて、いくらでもある。
「どうしても銀の君を近くで見てみたいのよ。今度のお茶会に、連れて来て下さらない?」
こんな声が絶えないことも、そのひとつだろう。
幼く、人前に出る機会も多くはないと言うのに、ほんの少し目立つことをしただけで、妹の美貌はたちまちに知れ渡って、"麗しの銀の君"なんて通り名まで生まれていた。
「無理よ。妹は聖ハイペリカム女学院に入学することが決まったからって、前倒しで教育を詰められて、寝る時間さえ削られそうに忙しいところだもの。お茶会になんて呼べないわ」
「そんなぁ」
「どうしても近くで見たいなら、あなたも聖ハイペリカム女学院に入学したらどうかしら?再来年には入学予定だもの、先輩になれるわよ」
気心の知れた友人をそう言ってあしらえば、知らないの、と訊ねられる。
「なにを?」
「銀の君が聖ハイペリカム女学院に入学予定らしいって情報が流れたから、今年のハイペリカムの入学希望者は例年の三倍になったって話よ。ただでさえ、毎年定員超えで希望者の半分以上が入学許可を貰えないのに、そんな倍率で高々子爵家の跡取り娘が入学出来ると思う?無理よ無理」
そんなことになっていたのか。
「……我が妹ながら凄いわね」
「他人事みたいに言うわね」
「そんなつもりはないけれど、だって」
妹の容姿がもてはやされるのには、とある理由があって。
「御伽噺の王子さまにそっくりだからって、そこまで人気になるものかしら?」
「あなたは見慣れているかもしれないけれど、わたしたちは違うのよ!あの舞台を観たときの衝撃と来たら!!」
淑女らしからぬ気迫で、友人は身を乗り出した。
「ほんとうに、御伽噺から初恋のひとが出て来たと思ったのよ!!」
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今から百五十年ほど前に、我が国で書かれた一連の物語がある。
子供向けに書かれた物語の主人公は、とある国の王子さま。生母を早くに失い、悪い継母に殺されかけた王子さまは、命からがら城を逃げ出して、継母の追っ手から逃げる旅をすることになる。
そんな境遇でありながら、王子さまは優しく真っ直ぐに育ち、旅の行く先々で、困っているひとを助けて回る。王子さまに助けられたひとびとは、みんな王子さまを好きになって。
味方をたくさん集めた王子さまは、ついに悪い継母にも打ち勝って、城へ戻ることとなる。城に戻っても優しさを忘れない王子さまは、変わらず困っているひとに手を差し伸べて。優しい王子さまは優しい王さまになり、優しい王さまに治められた国では、みんな幸せに暮らすことが出来た。
そんなあらすじの、御伽噺だ。
あらすじを書けばありきたりな御伽噺だが、ひとつひとつの物語や登場人物が魅力的で、あっと言う間に人気を集め、他国にまで広まって、百五十年経った今では、この大陸で知らない者はいないほど普及した御伽噺になっている。
その、物語の初版本には、当時新進気鋭だった画家が表紙絵と挿絵を描いていて。その美しい挿絵もまた、本が人気を博す後押しとなった。
そのため我が国ではくだんの物語が、初版本のままの挿絵で、未だ毎年大量に印刷され出回っている。
物語の主人公は継母に見付からぬため、自分の名を名乗ることが出来ず、"銀の君"と言う通称で呼ばれている。
おわかりだろうか。
この、御伽噺の王子さまに、妹は見た目がそっくりなのだ。
本人は、絵を現実と重ねないタチらしくて、そのことに全く気付いていないのだけれど。
"銀の君"の御伽噺は、我が国の中流以上の階級の子供なら、必ずと言って良いほど読み聞かされる話だ。下層階級の子供でも、教会での読み聞かせなどで聞いたことのある子供が多い。なにせ有名で、どこでも手に入り、子供なら夢中になるお話だから。そして、読み聞かされた男の子の多くが、格好良く冒険や人助けをする主人公に憧れ、女の子の多くが、見目麗しく優しい王子さまに初恋を奪われる。
そんな、みんなの憧れや初恋泥棒に、そっくりな見た目の妹なのである。
ただでさえ、似ていると囁かれていたところで、数ヶ月前に決定打が入った。
建国記念日に慈善活動の一環で、寄付を募る舞台を行なった。その舞台で妹は、主催者たっての希望で主役を演じたのだ。題材は、国民的な御伽噺。
女の子が王子さまとは言え男の子の役なんて嫌がりそうなものだが、従順な妹は慈善活動だからと、文句も言わずに従い、きっちりと役目をこなした。きっちりと、役目を、こなし過ぎた。
舞台に立つは、まるで挿絵から飛び出て来たかのような"銀の君"。今、"銀の君"に夢中な子供たちはもちろんのこと、かつて"銀の君"に夢中になった大人たちまで、妹の演じる"銀の君"に、釘付けになった。
現実に現れた"銀の君"の噂は、たちまち国中を駆け巡り、それを好機と捉えた主催者は、母に許可を取って妹を連れ、国内数カ所で公演を行なった。舞台は毎回超満員。集まった寄付は、恐ろしい額になったらしい。
妹は、一躍、国中の人気者となった。
当の本人は、どうにもそれを理解していないようだけれど。
「舞台役者になったら売れそうね」
「王女の娘が演劇をやることが物珍しいだけではないでしょうか。すぐに飽きられてしまいますよ」
あっさり言い放った妹は、それからまるで焦がれるように目を細めた。
「舞台も御伽噺も、夢物語です。届かないから美しいのです。ああでも」
こちらを向いた妹が見ているのは、わたくしではなくわたくしの髪だった。母そっくりの、琥珀のような金髪。
「お母さまは、まるで御伽噺を生きているような人生を送っていますね。恋をして、結ばれて、幸せになって」
「お母さまのような人生が送りたい?」
家に残っても、政略結婚をすることは変わらない。それでも、王女の代わりよりは自分の意思を反映させられるだろう。
わたくしは、どちらでも構わないのだ。妹が望むなら、
「まさか」
わたくしの思考は、とんでもないと笑う妹の言葉で途切れた。
「愛なんて、いつ途切れるかわからないものに人生を委ねるのはごめんです。今日の最愛の人間が、明日は憎悪の対象とも限らないですから。だから結婚は契約の方が、ずっと良いと思っているのです」
子供らしからぬ冷めた言葉は、政略の駒としての教育が作り上げたもの。
返答に困ったわたくしに気付いた様子もなく、妹は、でも、と続けた。
「でも、そうですね。限られた時間なら。人生を委ねるわけではなくて、ほんの少しのあいだだけなら」
夢見る乙女のように笑う妹は、なんでもしてあげたくなるくらいに愛らしかった。
「恋に身を委ねてみるのも楽しそうだと思います。政略結婚の相手に恋するわけには行きませんから。その前に、一度くらい、舞台の主人公みたいに恋がしてみたいです」
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その会話が、きっかけだったのかはわからない。
妹は、婚約を結ぶ前に誰かに恋をしてみたいと、政略の駒としては失格の我儘を口にした。
もちろん周り中から難色を示されたが、限られた期間で良い、商品価値を下げたり、醜聞になるようなことはしないと、妹は食い下がった。頑是ない子供のように強請る姿は、姉であるわたくしでも初めて見るもので、それはおそらく、母にとっても同じだったのだろう。最終的には折れて、卒業後は両親の選んだ縁談を受けることを条件に、聖ハイペリカム女学院にいる間だけは、妹の我儘を許すと決めた。
結局のところ母は、愛する夫に良く似た妹に、甘いところがあるのだと思う。それは、わたくしたち姉妹全員がそうだけれど。
自分そっくりの母や姉妹が無茶を言ったなら、きちんと叱って諌めることが出来るのに、あの瑠璃紺の瞳に見つめられると、なんでも聞いてあげたくなってしまう。
もしも妹がそんな立場に甘んじて、好き放題に生きる子だったなら、我が家はとんでもないことになっていただろう。だが、実際の妹は、我儘なんてそれっきりで、あとは自我などないのではないかと感じるほどに、聞き分けの良い子だった。
ああ、この子はきっと約束通り、期限きっかりで恋愛ごっこを止めるのだろう。
そんな確信を持って、だからこそ、わたくしは妹に言い含めた。どうか恋する相手に、同性の学友を選ばないようにと。
性格まで父に似て、他人の機微に変なところで疎い妹への心配が半分。人生を狂わされる相手役のご令嬢への哀れみが半分。そんな心持ちでの、警告だった。
なにせ妹は、"完璧に銀の君を演じて見せた女の子"なのだ。恋をするのだと決めたなら、完璧に、恋するひとを演じて見せるだろう。もしも相手と恋人になったなら、相手の理想の恋人に、なりきって見せるはずだ。
しかし期限が来ればきっぱりと、妹は恋人を切り捨てる。限られた期間の夢だけ見せて、なにごともなかったかのように、恋なんてしていなかったように、親の決めた結婚相手へ嫁いで行くのだ。
妹はそれで良いだろう。だが、残された相手役はどうなる?理想の王子さまに、存分に浸らせてから、突然現実に叩き出される相手役は?
涙に暮れる程度なら、まだ良いもの。妹を恨んでも良い。どうせ妹は、他国へ嫁いでいなくなるのだから。だが、衝撃や悲しみに壊れてしまったり、耐えきれず自殺してしまったら、目も当てられない。あるいは、相手役も貴族の娘と言う運命を受け入れ、割り切ってどこかに嫁いだとして、きっと比べずにはいられないはずだ。夫になった男と、夢のように消えてしまった、理想の恋人を。
聖ハイペリカム女学院は、全寮制の女子教育機関だ。もしも愛し合うならば、まるで夫婦のように長い時間を、共に過ごすことも出来てしまう。父の性質を継いだ妹が、相手を溺れさせるには、あまりにお膳立てが整い過ぎた環境だ。
加えて、友人の言葉を信じるならば、妹が入学するとき、聖ハイペリカム女学院には妹目当ての入学者が、それなりの割合でいるはずで。
そんな状況で妹が、生徒のひとりを恋人役に選ぼうものなら、妹目当ての生徒たちの嫉妬を一身に集めることになりかねない。あるいは、恋人役を奪い合う争いで、とんでもないことになりかねない。良い面ばかり見せられる妹は気付いていないだろうが、女の争いは、とかく陰湿で恐ろしいのだ。
素直な妹は素直にわたくしの警告を聞き入れ、同じく聖ハイペリカム女学院の生徒ではなく、聖ハイペリカム女学院と交流を持つ男子校である、セントローレルカレッジの生徒から、恋の相手を選んだ。
エイジア・ヴァージンバウアー侯爵子息。愚かな王女であった母のことを毛嫌いする現宰相、ヴァージンバウアー侯爵の、長男だ。この、妹の選択を知ったわたくしと姉は顔を見合わせて、あの子は本気で期限付きの恋愛ごっこをするつもりなのだなと、頷き合った。
なにせ、敏腕宰相と名高いヴァージンバウアー侯爵譲りの優秀な継嗣と、幼いながら評判の少年なのだ。王女代わりに他国に嫁ぐことが定められた令嬢と、道ならぬ恋に落ちるはずがない。
それに、文武両道に長け、見た目も整った両家の子息ならば、妹狙いの女学院生たちも、敵わないと諦めがつくと言うもの。
我が妹ながら、なかなかに都合の好い相手を選んだものだと、思っていた、のだが。
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予想通り完璧に恋する乙女を演じて見せた妹に、さすがに危機感を煽られたらしい母が、卒業を待たずして妹へ縁談を持ち込んだ。
何度か断った妹だったが、卒業も近付いたからか、ついに見合いの場を設けることを受け入れ、数人の男性と見合いをした。
見合い相手と恋に落ちる、なんてこともなく、ただ冷静に条件を見比べる妹に、ああ、本当に、恋愛ごっこだったのだなと、改めて実感し、令嬢が犠牲にならなくて良かったと、自分と妹の判断を、褒める気持ちでいた。
だって、完璧に恋する乙女を演じていた妹に、エイジア・ヴァージンバウアーは、一切絆されるそぶりがなかったから。彼は妹の毒牙にかからずに済んだのだと、そう、思っていたのだ。
だが、そんな矢先に発刊されたのは、妹とエイジア・ヴァージンバウアー侯爵子息の、親密な関係を報じる新聞。それも、一社や二社ではない。ゴシップ専門の新聞社のみならず、大手新聞社も含めたかなりの新聞社が、一斉に報じたのだ。学校行事とは言え、公の場で、四曲も続けて踊った上に、二人連れ立って会場を後にしたと。
いくつかの新聞には、エイジア・ヴァージンバウアー侯爵子息へのインタビュー記事まで載っていた。『相手は他国との縁談を控えたご令嬢。私が想って良い相手ではないと、一度は諦めようと思っていました。けれど実際、彼女が見合いをしたと聞くと、居ても立っても居られず、どうしても、気持ちを抑えきれませんでした。貴族として、失格の行為と、きっと責められることでしょう。それでも、私は彼女を、愛してしまったのです』と、記事によって端々は違えど、おおむねそのような内容が。
世間の注目は、あっという間に集まった。そうなれば、新聞社は競い合うように、こぞって妹とエイジア・ヴァージンバウアーについて取り上げる。やれ、政敵同士の悲劇の恋だの、六年越しに想いを実らせた麗しのご令嬢だの、道ならぬ恋に悩む哀れな青年だの。
どう、考えても、エイジア・ヴァージンバウアーの仕込みだと言うのに!
そうして満を持してアスマントス公爵家に叩き付けられる、ヴァージンバウアー侯爵家からの縁談。当然、エイジアとシルヴァーナの、だ。
世論は完全に、エイジアとシルヴァーナは結ばれるべきと言う意見一色。報道に洗脳された者はもちろんのこと、シルヴァーナが他国に嫁ぐことに反対していた者も、便乗して声高に、エイジアとシルヴァーナが結婚すべきだと訴えていた。
これで、否、と言おうものなら、暴動が起きかねない。
アスマントス公爵家に許された返事は、ひとつきりだった。
それでもなにかないかと思い巡らせ、見付からなくて、母も姉も頭を抱えているわけだ。
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「もう、どうしようもないわよ。わたくしたちの負け。大人しく、世論に従いましょう」
肩をすくめて姉に告げ、机の書類を手に取る。
「悪いばかりの話でもないでしょう?ほら、ヴァージンバウアー侯爵の派閥が断固反対していたせいで通らなかった、お母さま発案の施策について、こんなに受け入れてくれるって言っているわ。それ以外もいくつか、前向きに検討してくれるし、今後はもっと、歩み寄ってくれるって」
「でも」
渋面で姉は呟く。
「二代続けて、なんて」
「……最初から、わたくしとシルヴァーナの立場を逆にすべきだったのよ。それに、お母様のときとは状況が違うわ」
首を振って思い浮かべるのは、使用人たちが悲鳴を上げながら捌いている、嘆願書の山だ。すでに山なのに、次々に届けられて刻一刻と増えている。
アスマントス公爵家のみならず、王家にも届いていると言うそれは、シルヴァーナが他国に嫁ぐことを嘆く声だ。シルヴァーナが他国の人間とお見合いをしている情報が漏れてから、ひっきりなしに届くようになった。
そう、母のときとは状況が違う。真逆なのだ。
母は他国へ嫁ぐことを望まれていたにもかかわらず、自国の騎士に嫁ぐことを望んだ。今は、本人が他国へ嫁ぐことを望んでいるにもかかわらず、国民から他国へ嫁がないことを望まれているのだ。
ため息を吐いて、踵を返す。
「どこに行くの?」
「シルヴァーナの様子を見て来るわ。お母さまよりお姉さまより、絶対に、シルヴァーナ自身がこの状況に頭を抱えているでしょうから」
あの、どこか残念な妹は、こんな状況、予想もしていなかったはずだ。そうして、青褪めていることだろう。定められた役割から、外れてしまった自分に。
あまり自分を、追い詰めていないと良いけれど。
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「シルヴィ?入っても良いかしら?」
一連の騒動から身を守るために、シルヴァーナも含めた妹たちは、聖ハイペリカム女学院の寮から家に戻されていた。そうでないと、学院に記者が押しかけるのだ。妹たちはもちろん、ほかの生徒の安全のためにも、学院は休ませるしかなかった。
「ノジィ姉さま。はい、どうぞ」
微笑んでわたくしを迎え入れた妹はけれど、今にも消えてしまいそうに血の気の失せた顔をしていた。ただでさえ色白で、銀髪に瑠璃紺の瞳と言う儚げな色合いの妹なのだ。顔色を悪くし弱った顔をしていれば、どんな悪党でも同情を禁じ得ないほどに、憐憫を誘う姿に見えてしまう。
冷えてしまった妹の頬を、両手で包んで問い掛ける。
「昨夜は、きちんと眠れた?」
「わたくしは、大丈夫です。ですが、」
なんと言って良いかが、わからないのだろう。妹は言葉を途切れさせ、視線を落とした。
「あなたを批判する声は、全くと言って良いほどないわ。みんな、あなたに同情的よ。お見合いすら受けようとしなかったお母様と違って、シルヴィはお見合いに協力的だったもの。貴族からも、シルヴィへの批判は出ていないわ」
報道のなかの妹は、愛するひとがいるにもかかわらず、国のために他国からの縁談を受けようとする、国への忠義に厚い、憐れな令嬢に仕立て上げられていた。見た目もあいまってそんな妹を、継母の手で国を追われた御伽噺の銀の君に重ねる記事も多くあって。
だから、批判を受けているのはむしろアスマントス公爵家と王家だ。そして、ヴァージンバウアー侯爵家からの縁談を受け入れれば、その批判もたちどころに消えるだろう。
「そう、ですか」
自分がどれだけ国民に愛されているかを理解していない妹は、わたくしの言葉を素直に受け入れたとは言い難い様子だった。
「あまり、自分を責めることはないわ。それは、原因を作ったのはあなたかもしれないけれど、こんな結果になるなんて誰も予想していなかったのだから」
「ありがとうございます」
微笑んで言うが、妹の気持ちが浮上したようには見えない。
わたくしの慰めは、どうにも的外れらしい。
もしや。
「……あなたは一度、エイジア・ヴァージンバウアー侯爵子息と、腰を据えて話し合った方が良いと思うわ」
顔を上げた妹が、きょとん、と首を傾げる。
「あなた、六年近くも見て来たのでしょう?彼は、自分の気持ちだけで国を乱すような人間かしら?」
ヴァージンバウアー侯爵はここ数年、妹を他国に嫁がせることに対して、否定的だった。これだけ国内外問わず人気を集めている女性を、他国にやってしまうのは惜しいと。
その息子が同じ意見を持っていても、なんら不思議はない。
「国同士の縁を繋ぐだけが、政略結婚ではないわ」
むしろ、同じ国の貴族同士の政略結婚の方が、ありふれている。王族の血を継ぐ妹が、特殊なだけなのだ。
「彼はあなたを国外に嫁がせるより、国内に残した方が有益と考えているのではないかしら。だからこそ、あなたが自分を想っている状況を利用した。けれど、自分に恋をしているご令嬢相手に、そんな冷たいことは言えないでしょう?百年の恋も褪めて、拒絶されたら思惑が丸潰れだもの。それで、あなたに恋をしている振りをしたのではないかしら」
実際のところエイジアが妹をどう思っているかなんてことは、わからない。
鉄の理性を持つ男でも揺るがせてしまう魅力を、妹は持っているから。
けれどあの宰相の後継者が、恋に溺れて考えなしなことをするとは思えない。なにせ、恋に溺れてろくな根回しもせずわがままを通した母を散々批判した男の息子で、いま万全な根回しをして見せているのだ。
「衆目のない状況で、あなたの気持ちや考えを、冷静にお話ししてみなさいな。そうすればきっと、彼も正直な思惑を話してくれるわ」
実際の思惑や気持ちがどうであれ、あの宰相の後継者ならば、自分の望みを叶えるために巧く立ち回って見せるだろう。だからこそ、妹は素直に自分の考えを伝えるべきだ。でなければ、さきほどのわたくしのように、的外れな言葉を与えてしまう。
誰が思うだろう。あれだけ熱心に恋をして見せていた妹が、六年近くも片想いをしていた相手から求婚され、婚約しなければならない状況に絶望しているなんて!
ああ、本当に、妹はただ、期限を切って恋する乙女を演じていただけだったのだ。
「大丈夫よ」
妹を抱き寄せて、背中をなでる。
母が妹に与えた教育は、間違いだったのだと思う。
そうでないならどうして、この世界一美しい妹が、こんなにも歪んだこころに育つのか。
「嫁ぎ先が国内になっただけのこと。侯爵子息も貴族だもの。結婚が契約であることに変わりはないわ。だから、ね?どんな契約を求められているのか、確かめていらっしゃいな。不安に震えるのは、それからでも遅くないわ」
「ノジィ姉さま……」
可愛くて、可愛くて、可哀想な子。
本当に、御伽噺の王子様さまだったなら、幕が降りたその先なんて心配しなくて良かったのに。愛するひとと結ばれて、めでたしめでたしで終われたのに。
この子は御伽噺から抜け出て来てしまったばっかりに、幕が降りた先の世界まで生きなければいけなくなった。
「ありがとうございます」
肩を軽く押されて、身を離す。
わたくしの慰めが効いたのか、ただ、そう装っただけか、妹は気持ちが落ち着いた様子で微笑んでいた。
「ノジィ姉さまの言う通りですね。わたくし、ヴァージンバウアー侯爵子息とお話ししてみます」
きっぱりと言う姿は、つい先ほどまでの弱り切った姿とは違い、気品と誇りにあふれたものだった。きっと、聖ハイペリカム女学院の総代として、長年見せて来た姿なのだろう。
「どんな結果になるにせよ、多くの方に負担をかけることになるし、国王陛下にもどう顔向けして良いのかわからないですが、わたくしのしでかしたことが原因です。自分の行動の結果は、受け止めなければ」
無意識、なのだろうか。
『自分の行動の結果は、受け止めなければ』それは、御伽噺の"銀の君"が、たびたび口にする台詞。
この顔で、この言葉を口にして、それは、銀の君に初恋を奪われた少女たちが、心酔するのもわかるかもしれない。
そう言えば"銀の君"は、よくこの言葉に続けて言う台詞もあって。確か、『この命は、
「この命は、いままで多くのひとに支えられて来て、これからも多くのひとに支えられて行くのだから、支えてくれるひとびとに、恥じない自分でいなくては」
頭に浮かべたそのままを口にして、妹は微笑んだ。
「ありがとうございます、ノジィ姉さま。わたくしは、もう、大丈夫です」
手を掴んで言われれば、まるでわたくしまで御伽噺の登場人物になった心地だった。そうだ、御伽噺のなかで"銀の君"は、こんな風に手を握って感謝を告げ、次の土地へと旅立つのだ。
『御伽噺から、初恋のひとが出て来たかと思った』と言う友人の言葉を、いまさらながら理解する。
こんな妹にはやはり、物語のような恋が似つかわしい。たとえ本人が、それを望んでいないとしても。
「どんな結果になっても、わたくしはシルヴィの味方よ。シルヴィが幸せになれる道ならば、どんな道でも構わないわ」
「心強いです、ありがとうございます」
わたくしの言葉を微笑んで受け入れて、妹はわたくしから手を離す。
「さっそく、お話しする時間を頂きたいと、ヴァージンバウアー侯爵子息に手紙を書いてみようと思います」
「それなら、わたくしがいては邪魔ね。でも、なにか困ったらいつでも言ってちょうだい」
「はい、ノジィ姉さま」
パタンと閉じた扉の向こうで、妹がどんな顔をしていたのかはわからない。けれどそれは、暴くべきものではないのだろう。
息を吐き、顔を上げる。
妹を、御伽噺の王子さまのままでいさせるために。
わたくしも、出来ることはしなくては。
拙いお話をお読み頂きありがとうございました
本編を応援して下さった方々に感謝を込めて
7月29日にヒロインの妹視点の短編を投稿予定ですので
よろしければそちらもどうぞ




