花火大会に静寂を
孤独な少年と、少女が、互いに居場所を見つけるお話です。
ヒロインが儚げで可愛い。
「はぁ〜〜〜」
大きくため息をついて握っていたシャーペンを投げ出す。
何度やっても合格点に届かない。
夏休みだというのに、周りの同級生たちは遊びに出かけているというのに、浪人してしまった僕はこうして勉強しなければならない。
「とはいえ、たまには気分転換しないとな……」
今はまだ16:00だが、朝から勉強していたし、さすがに疲れてしまった。
少し外で散歩でもしたい。
大きく伸びをして早速パジャマから服を着替える。
オシャレなんてものには気を使っていられない。
中学生の頃から着ていたような柄のTシャツをタンスの手前から取り出して、適当なズボンを履いて外に出る。
そうやって家を飛び出すと外は浴衣を着た人々で溢れかえっていた。
「あー……」
そうか、今日は花火大会だったのか。
少し外が騒がしいなとは思っていた。
この花火大会は最近始まったばかりで、今年で3回目とかだから、自分の地元とは言え僕もまだ慣れていない。
これから毎年きっと騒がしくなるのだろう。
僕は人の多いところがあまり得意ではない。
人が多いところがと言うか、騒がしい所と言うか……。
でも、花火自体は好きだ。
空に打たれてすぐ散ってしまうあの儚さに何処か惹かれてしまう。
暗い夜空がパッと彩られる瞬間がなんとも感慨深い。
しかたない、折角なら静かな場所に行こうと、いつも気晴らしに登っている小さな丘の方へ向かう。
花火大会は海辺の方でやるからちょうど反対の方向だ。
家の前から少し歩き、海辺へ向かう大通りへ出る。
この大通りは最寄り駅とも繋がっていて、ちょうど駅から花火大会で行く人々で溢れていた。
道には屋台が立ち並び、浴衣を着た人々がりんご飴だの、わたあめだの、チョコバナナだの、定番の屋台の食事を頬張っている。
そして僕はその人の流れに逆らうようにして丘の方に向かう。
例の丘はこの通りの、駅を挟んで海辺の反対側にあった。
人をただ掻き分けて進む。
賑やかな音楽や熱の入った声がしきりに屋台から聞こえてきて、僕は少し急かされた気分になった。
さっきも言ったけれど、別に僕は花火大会が苦手な訳では無い。
ただ今の僕は静寂と儚さを求めている、それだけの話だ。
ずんずんと丘の方へ向かう中、駅を越えたあたりで僕は違和感に気づいた。
おかしい、屋台が途切れる気配がない。
去年は駅の前あたりで屋台は終わっていた。
しかし、今年はなんだかもう少し先まで続いていそうなのである。
「うむ……」
どうしようか、と迷った。
丘の方まで行けば静かな場所があるかもしれない。
でもこのまま屋台が続いていたら……。
でも無性に、僕はそれをどうしても信じたくなった。
僕の居場所はまだそこにあると信じたかった。
儚いものを僕一人が掴める静かな場所が、そこにある、と。
家にいたって両親はうるさいし、予備校も殺気立っていて嫌いだ。
スマートフォンを覗けばもっと騒がしい世界が広がっている。
生きているのも虚しい日常が続いている。
だからこそ、静かな場所がそこにあると、僕の居場所があると信じたかった。
うまく言語化できない葛藤に苛まれながら、僕は丘の方に向かい続けた。
さっきとは違って人の流れに乗って道を進んでいく。
なんだか妙な安心感を覚えるとともに、みんなが僕の居場所を脅かしていくような恐怖心にも苛まれた。
人の頭が邪魔をして全然先のほうが見えない。
ただ人々と共にゆっくりと進んでいった。
「あ……」
そうして随分と丘に近づいた時だった。
人々が列をなして、丘の方に登り続けていることに気づく。
下の方からも見える丘の展望台には、レジャーシートを敷いて座っている人だかりが見えた。
あぁ、僕の居場所は本当になくなったんだなと思った。
こんな自分の故郷でさえも、誰かに奪われてしまうのか、と。
せっかく期待した癒しが奪われた事に、僕は想像以上のショックを受けた。
よく考えれば至極真っ当なことだった。
花火大会の会場から少し離れているとはいえ、こんなに見晴らしのよい丘があって、ちょっとした展望台があるのだ。
誰だって好きになるだろう。
そう、誰だって。
そんな切なさに心を焼かれて、僕はまた人の波を掻き分け駅の方へ向かった。
もう家に戻る気持ちにはなれなかった。
財布のなかに数枚紙幣が入っていることを確認して僕は電車に飛び乗った。
花火大会に静寂を求めたことが間違いだったのだ。
僕の愛していたものも、他の誰かに愛されて、僕の前から消えていく。
平穏な日常もまた、その一つのように思われた。
電車はカタンコトンと静かな音を鳴らして走っていた。
ふとアナウンスを聞いていると、飛び乗った電車が急行電車であると分かる。
「うむ……」
やってしまったと思った。
急行電車だからしばらくは降りられない。
このまま乗り続けていると、忽ち都内の方へ行ってしまうだろう。
しかし、だからといってすぐに降りる気にもなれなかった。
諦めてふと電車を見回すと、くりんとした目を大きく見開いて、僕の方を見つめる少女を見つけた。
白いひらひらとしたドレスを身にまとった彼女は、ちょうど僕と同じくらいの年に思われた。
身長は少し低くて、でも履いているハイヒールがすごく様になっている。
黒い長髪が夕日に照らされて、ただただ美しかった。
その少女は僕が見つめ返していることに気づくと、かつかつと音を鳴らして僕の方に近づいて来た。
「大輝、くん……?」
少女は首をこてんと傾げて僕に問いかける。
僕と同じくらいの年のようなのに、それにしては少し幼い仕草に確かな懐かしさを覚えた。
「まさか、小夜、か……?」
そう言うと、まだ寝ぼけているみたいにぼーっとした顔をしていた彼女は、光が差したように表情を明るくして、満面の笑みで僕に飛びつく。
「大輝くん……!会いたかった……!」
あはは……と照れくさく笑いながら、飛びついてきた彼女の頭を撫でる。
小夜は端的に言えば僕の幼馴染だった。
中学校2年生くらいまでこの街に住んでいたが、突然、仕事の事情とやらで転校してしまった。
数年見ない間に彼女はとても綺麗になっていた。
決して、元はそうでなかった、という意味ではないが。
それでも、久しぶりに遠目から見ても本人とわからないくらいには、以前より随分美しいという他なかった。
彼女に会えるだなんて少しも思っていなかったので、正直驚いた。
一歩下がって吊り革を掴む彼女に問いかける。
「どうしてここにいるんだ……?」
「ふふん」
何処か誇らしげに、でも全く覇気の無いふにゃりとした笑顔を向ける。
「どうしてでしょう」
「僕に会いたかった、とか……?」
冗談のつもりで問いかけると、小夜はぴくっとその言葉に反応して驚いてみせた。
そして伏せがちな目で僕を見つめてくるので、軽く睨むみたいな格好になる。
口を横に結んだ様子を見ると、少し不満だったらしい。
「半分当たりだけど、そうじゃなくて……」
彼女がここにいたころ、正直友達が多い方ではなかった。
昔から容姿は端麗であったから、決して人目を引かないわけではなかったし、関わろうとする人間も少なくなかったが、なにせ彼女が人を寄せ付けようとしなかった。
だから、何かやたらと関わってくる人がいても、持ち前の不思議オーラで撃退していた。
かく言う僕も、10年近くは彼女のそばにいたけれど、決して彼女のことを理解できているつもりはない。それくらい彼女は不思議な人だった。
「この街にね、また来たくなったの」
「そうか」
彼女にとってこの街は拠り所であるのかもしれないと思うと少し嬉しくなる。
「でもね、花火やってるんだって」
「あぁ……、そうみたいだね」
まるで他人事のように返す僕に、彼女はくすりと笑って面白がっている。
「小夜、花火嫌いだっけ」
「ううん、花火はね、好きだよ」
そう言ってさらに一歩、僕の方に近づく。
その途端電車がガタンと横に揺れて、バランスを崩した彼女が僕の肩に手をつく。
「わ、ごめんね」
「大丈夫だよ」
申し訳なさそうに彼女はまた一歩下がる。
そうこうしているうちに、電車がスピードを落としてきたのを感じる。
もうすぐ駅に着くみたいだった。
次の駅に着くと、ちょうど隣の席の人を含め随分多くの人が降りたので、僕は少し寄って空いた場所に彼女を座らせる。
「で、花火の何が不満だったんだ」
また夢の中みたいにぼやけた目をしていた彼女に問いかける。
儚くて、消えそうだ。
「私はね、懐かしい地元に来たかったんだよ……?なのにね、花火やってるの」
また目を大きくしてわざわざ僕の方を向いては、むすーっとした顔で僕に訴える。
でもなんだか、彼女も僕に似ているような気がした。
「懐かしい場所が誰かに取られたなぁって……?」
「そう、それだ……!」
まるでずっと宿題で解けなかった問題が解けたみたいな、大げさなひらめきと喜びを表現する彼女は、とても可愛らしかった。
「でもね、大輝くんは全然変わってない」
ガタンゴトンと電車が走る音がする。
ずっと僕の方を見つめる彼女と目を合わせると、なんだか少しいたたまれなくなって視線を落とす。
「だからね、会えてよかったなって」
意外なことを言われて、僕はまた彼女の方に視線を戻す。
夕日に照らされた彼女は、やはり綺麗と言う他なかった。
今にも夕日に溶けて消えてしまいそうな、儚い雰囲気を身に纏いながら、言葉とは裏腹に物悲しそうな表情を浮かべる。
電車はトンネルに入った。
高速で進む電車は静かにトンネルを通過していく。
トンネルの中の明かりが、通り過ぎるたびにぴかぴかと光って見えた。
まるで花火みたいに光るそれは彼女を照らして、それがまたすごく美しく見えた。
「そういえば、」
静かな車内に彼女の声が反響する。
「どうして大輝くんは電車に……?どこに行くの……?」
前の駅が主要駅であったこともあってか、降りる素振りのない僕に彼女は問いかける。
「いや、なんとなく電車に飛び込んでしまって」
自分でも可笑しくなって少し笑うと、彼女は神妙そうに僕を見つめて、そして頭を撫でた。
「生きててくれてありがとう」
「え……?いやいや、そうじゃなくて……」
ふふっと彼女は笑う。
そうだ、小夜はそういう子だった。
今回のは少し不謹慎な気がして思うところがあるが、彼女はそういう優しく言葉の揚げ足を取るような、人を傷つけない不思議な冗談が好きだった。
「僕はね、まだ受験生なんだけどさ」
ほう、と彼女は言って僕の瞳を見つめる。
そして、変わらず綺麗な目だねと言って笑った。
「受験勉強とか色々嫌になってしまって」
「なるほどね。それで花火を見ようと」
「いや、花火というか、お散歩したかったんだ」
そういうと、あぁ〜と彼女は唸る。
いつの間にかトンネルを出ていて、また彼女は夕日に照らされていた。
もう夕日は沈みかけ、窓の端には月が映っている。
「つまり私と似た感じかな」
そうやっててまた彼女は柔らかく笑って見せる。
顔ばかり見て気づいていなかったが、小夜は両耳に綺麗なイヤリングを付けていることに気づいた。
さらによく見てみると、右耳は太陽を、左耳は星をイメージしたデザインのようだった。
透明で透き通ったそれらは儚い雰囲気の彼女によく似合っている。
「居場所、見つけたかったの」
少し顔を暗くして彼女は透き通った声で僕に言う。
「ここになら、ある気がして。そしたらね、大輝くんに会えたの」
今度はほんの少し声を震わせて、そしてまた、少し目を潤ませて、じっと僕を見つめる。
口元は少し緩みながらも少し噛み締めたような仕草は、消えてしまいそうな幸せを必死に抱えているように見えた。
しばらく電車に揺られていると、また彼女が口を開いた。
少し前に暗い顔を浮かべていたとは思えないほど、再びぼーっとした、ぽわぽわした笑みを浮かべている。
「そういえば、大輝くんは大学どこ行くの?」
「うーん、京都のほうかなぁ」
「おぉ、それはいい」
何故か興味深そうに僕の目をじろじろと見つめてくる。
そして、やっぱり綺麗な目だねと言って頭を撫でてきた。
「むぅ……」
さすがに照れくなって目を逸らす。
そしてまた彼女の方を見直すと、受験の話に戻ったことを心配したのか、はたまた関係がないのか、子供を見るような優しい目で僕を見ている。
彼女は、大丈夫?と言わんばかりに首をこてんと傾げると、一緒に両耳のイヤリングも揺れているのが目についた。
そして僕がこくりと頷くと小夜は、待ってるね、と嬉しそうに笑いかけた。
「私ね、今京都の大学にいるの。今は夏休みだから、都内の方に帰省してるんだけど。だからね、待ってるね」
言えば来てくれると言わんばかりに、まるで流れ星にでも祈るような目で、僕に語り掛ける。
「うん、頑張る」
そう言うと同時に、体が横に揺れて、電車が減速していくのを感じる。
「あ、私ここで降りるよ」
彼女は慌てたように、持っていた鞄を肩にかける。
そしてまた僕の目をじっと見て、続けて左耳の方に手をやった。
「待ってるから。今日は大輝くんに会えて、ほんとによかった」
そういって彼女は左手に握った何かを僕の僕の右手にねじ込む。
「頑張ってね。私が応援してるから」
ちょうど電車が駅に着いた。
白いドレスをなびかせながら眩い夜の駅の中に彼女は消えていく。
その様子があまりに綺麗でじっと見つめていると、ついに扉が閉まって電車が動き出す。
それからふと思い出して、握りしめた右手の中を見る。
右手にあったのは、彼女がさっき付けていたらしいイヤリングだった。
綺麗な星を模ったそれを見て、一人じゃないんだ、と力が抜ける。
目からは自然と涙がこぼれていた。
僕の居場所はここにあったらしい。
涙をぬぐってから、ふと思い立って立ち上がり、窓から見知らぬ都内の夜景を眺める。
こんな場所にいても一人じゃないんだなと思えた。
静かな花火は見れなかった。そこに僕の居場所はなかった。
けれど確かに、ここに、僕の居場所があった。
儚く消える花火と僕を繋ぐものが、この右手にしっかりと握られている気がした。
感傷に浸りながらも、ふと電車を降り逃したことに気づき、大輝は焦って慌てておうちに帰った、というのはまた別のお話。
受験を乗り越えた大輝は、大学でまた小夜に出会えたとさ。
(大学での再会以降のお話は、『幼馴染が、儚くて、ミステリアス。』という長編で2026年8月中旬ごろから連載予定です。良ければこの二人の行方を一緒に見届けてもらえると嬉しいです)




