第7話 足元で勝つ——装備欠陥を暴く
第7話です!
今回は“倉庫街は足元で死ぬ”を徹底して、装備と記録の両面から勝ち筋を固める回。
そして、内側の手がさらに露骨に動き出します。
どうぞお楽しみください!
ギルドの朝は、昨日よりも静かだった。
静か――というより、皆が声を落としている。
あの掲示板の追記が、喉に引っかかっているのだ。
『倉庫街調査:追加報酬(特)/早朝出発者優先』
『注意:走る者ほど落ちる』
文は短い。
短いから、刺さる。
俺たちが扉を押すと、視線が集まった。
だが第六話みたいな“見物”じゃない。
今日は半分が、本気の確認だ。
「……レイン、今日出るのか?」
「旧区画、鍵束持ってるって……」
「靴底、替えた方がいいのか?」
俺はうなずくだけで返事をした。
言い合いは要らない。
必要なのは、準備だ。
セリアが小さく息を吐く。
「……昨日の追記、効いてますね」
「効かせた」
俺は言った。
「紙は武器になる。だが武器は、持ち方で自分も傷つく」
ハルトが吊った腕をかばいながら、周囲を見た。
「……視線が多い。けど、昨日より敵意が少ない」
「敵意より、焦りが増えた」
ミクスが肩をすくめる。
「内側のやつ、嫌がってるだろうな。情報が回るのは」
ロウが短く言った。
「で、今日はどこからだ」
「装備から」
俺は即答した。
「倉庫街は足元で死ぬ。だから足元から勝つ」
◇
鍛冶場の裏手。
ギルドと提携している修理屋が並ぶ通路は、朝から煙の匂いが濃い。
「おう、調査班さんか」
年嵩の職人が、口元だけで笑った。
「今日は混むぞ。早い者勝ちだ」
俺は封筒を出す。
前金の札と、ギルド印のある紙。
「優先は“勝ち筋”にする」
そう言うと、職人の目が一瞬だけ丸くなった。
「……へぇ。紙が効くってのは、こういうことか」
「紙が効く場所を選ぶ」
俺は言って、最初に自分の靴を台に乗せた。
《真理の鑑定眼》
——レインの革靴(装備)
【総合:D/戦闘:0/索敵:0/判断:2/魔力:0】
【危険度:4/状態:使用中/欠陥や原因:溝が浅い(油膜で滑りやすい)】
溝が足りない。
倉庫街に“合わせた”靴じゃない。
「滑り止めの刻み、追加できるか」
職人が鼻を鳴らす。
「できる。だが急ぎなら雑になる」
「雑でいい。代わりに、条件を付ける」
俺は淡々と言った。
「油膜に強い刻み。硬さは中。砂利でも欠けない」
職人が、ふっと笑った。
「……細けぇな。だが嫌いじゃねぇ。やる」
次にセリアのブーツ。
《真理の鑑定眼》
——セリアのブーツ(装備)
【総合:D/戦闘:0/索敵:0/判断:2/魔力:1】
【危険度:3/状態:良好/欠陥や原因:踵の金具が緩い(静音解除の邪魔)】
「踵が鳴る」
俺が言うと、セリアが目を丸くした。
「……え、そんなに?」
「鳴らない程度でも、倉庫街では足音が“合図”になる」
セリアは唇を結び、うなずいた。
「……締めてください。無音、優先で」
職人が金具を指で弾く。
チン、と小さな音がした。
「確かに、鳴る。これじゃ糸罠に触れる前にバレるな」
次はハルト。
吊った腕のせいで、彼は普段より不器用になる。
だからこそ装備の欠陥は致命だ。
《真理の鑑定眼》
——ハルトの短剣(装備)
【総合:D/戦闘:2/索敵:1/判断:2/魔力:0】
【危険度:5/状態:刃こぼれ(微)/欠陥や原因:柄の芯ズレ(握りが滑る)】
「短剣の柄、芯がずれてる」
俺が言うと、ハルトが青ざめた。
「……昨日、握った時に、変だと思った。でも――」
「言葉にしろ。嫌な感じは、理由になる」
俺は言った。
「理由にしたら、直せる」
ロウが自分の小盾を台に乗せる。
《真理の鑑定眼》
——ロウの小盾(装備)
【総合:C/戦闘:5/索敵:1/判断:2/魔力:0】
【危険度:4/状態:使用中/欠陥や原因:縁の留め具が摩耗(強打で外れる)】
ミクスの弓も、弦にゆるみがある。
《真理の鑑定眼》
——ミクスの短弓(装備)
【総合:C/戦闘:4/索敵:3/判断:2/魔力:0】
【危険度:3/状態:良好/欠陥や原因:弦の撚りが甘い(湿気で緩む)】
職人が舌を鳴らした。
「……お前ら、よく今まで無事だったな」
「無事じゃなかった」
ハルトが小さく言った。
「俺は落ちた」
俺は言う。
「だから直す。落ち方を知ってる側が、次は勝つ」
職人の手が止まった。
一瞬だけ、顔の影が濃くなる。
「……倉庫街、か」
「何か知ってるか」
俺は問い詰めない声で聞く。
職人は鼻の頭を指でこすった。
「知らねぇ。……と言いたいが、最近“艶出し油”の注文が増えた」
「靴用じゃねぇ。床用だ。量も変だ」
ミクスの目が細くなる。
「誰が注文した」
「伝票は……ギルドからだ」
職人が言って、すぐに口を閉じた。
言ってしまった、と顔に出ている。
ハルトが息を呑んだ。
「……内側」
ロウが低く言う。
「帳簿が動いてるって話と繋がるな」
俺はうなずく。
「繋がる。だから、今日は二本立てだ」
「二本?」
セリアが首をかしげる。
「現場で死なない準備と、ギルドの中で負けない準備」
俺は淡々と言う。
「どっちが欠けても、評価は落ちる」
◇
修理の間、俺たちはギルドの記録室へ回った。
ギルドマスターが“臨時調査班”に許可した閲覧の範囲。
その範囲で、過去の倉庫街の事故記録を見るためだ。
記録室の扉を開けると、紙の匂いが濃い。
棚の間で、若い記録係が背中を丸めていた。
俺たちを見るなり、彼の肩が跳ねた。
「……調査班の方ですか。えっと、閲覧は規定で――」
「規定の範囲でいい」
俺は言って、机の上を見る。
注意事項の写し。
掲示板に貼る前の控え。
その一枚の端に、違和感があった。
《真理の鑑定眼》
——注意事項の写し(文書)
【総合:D/戦闘:0/索敵:0/判断:3/魔力:1】
【危険度:5/状態:差し替え途中/欠陥や原因:単独禁止の文が削除されている】
「これ、削ったな」
俺が言うと、記録係の顔から血の気が引いた。
「え……な、何のことですか」
「『単独禁止』が消えてる」
俺は紙を指で叩く。
「消えた理由を言え」
記録係は口を開けて、閉じた。
言えない沈黙。
それが答えだ。
ミクスが鼻で笑う。
「やる気満々じゃねぇか。事故を増やしたい」
「ち、違っ……! 僕はただ……上から――」
「上は誰だ」
ロウの声が低い。
記録係は震えた。
だが名前は出ない。
俺は追い詰めない。
代わりに、手順を増やす。
「紙を二重化する」
俺は言った。
「控えをここに残す。掲示板用は、俺が持っていく」
記録係が焦った声を出す。
「そ、それは……」
「規定の範囲だ」
俺は封筒を見せる。
ギルド印は、嘘を許さない。
記録係は唇を噛んで、うなずいた。
負けたのは俺にじゃない。
紙にだ。
「ギルドマスターにも報告する」
俺は淡々と言う。
「“差し替えようとした事実”だけで十分だ」
ハルトが小さく息を吐いた。
「……嫌な感じが、ここにもあった」
「材料が揃ってきた」
俺は言った。
「分類できる」
セリアが不安そうに問う。
「……でも、内側の敵って、私たちのことを知ってますよね」
「知ってる」
俺はうなずいた。
「だから次は、もっと露骨になる。装備か、鍵か、導線か」
ロウが短く言う。
「全部だろ」
「全部だ」
俺は否定しない。
「だから、全部を見る」
◇
鍛冶場に戻ると、職人が短い声で呼んだ。
「できたぞ。急ぎだが、手は抜いてねぇ」
靴底に、新しい刻みが入っている。
セリアの踵の金具は、鳴らない。
ハルトの短剣の柄は、芯がまっすぐになり、握りが吸い付く。
ロウの小盾の留め具は、余分な遊びが消えた。
ミクスの弦は撚り直され、湿気に強い油が薄く引かれている。
――ご褒美は、こういう形で来る。
前金と権限。
紙と印。
それが、準備の速度を上げる。
セリアがブーツで床を軽く踏む。
音がしない。
「……すごい。足が、軽い」
「軽いと焦る」
俺は言った。
「焦ると走る。走ると落ちる」
セリアは頬を膨らませて、うなずいた。
「……走りません」
ハルトが短剣を握り直す。
目が、昨日より定まっている。
「……俺、今なら言えます」
「昨日の短剣、握るたびに“逃げたくなる”感じがした。芯がずれてたからだ」
「言語化できたなら勝ちだ」
俺は言った。
「それが、お前の武器になる」
ミクスが外へ顎をしゃくる。
「で、次は現場か」
「現場の前に、鍵束をもう一度見る」
俺は鍵束を取り出した。
金属は、嘘をつかない。
だが人は、嘘を混ぜる。
《真理の鑑定眼》
——旧区画の鍵束(物品)
【総合:C/戦闘:0/索敵:1/判断:5/魔力:1】
【危険度:6/状態:一部すり替え/欠陥や原因:一本だけ歯形が合わない(偽鍵)】
――一本、違う。
俺は問題の一本を掌で転がした。
金属は冷たい。
だが“冷たさ”の質が違う。
《真理の鑑定眼》
——旧区画の偽鍵(物品)
【総合:D/戦闘:0/索敵:0/判断:4/魔力:1】
【危険度:7/状態:精巧な偽造/欠陥や原因:鍵穴に噛むが抜けなくなる(閉じ込め用)】
「噛む。でも抜けない」
俺は言った。
「閉じ込めて、救助を遅らせる。――それが“失敗”になる」
ハルトの喉が鳴った。
「……僕が落ちた時と、同じだ。助けが遅れた」
「遅れたんじゃない」
俺は淡々と訂正する。
「遅らせられた」
セリアが唇を結ぶ。
「……ひどい」
「ひどいほど、効く」
ミクスが肩をすくめた。
「『運が悪かった』で終わるからな」
ロウが短く言う。
「で、どうする。捨てるか」
「捨てない」
俺は即答した。
「証拠だ。だが――証拠は、見せ方を間違えると消される」
俺はギルドマスターの部屋へ向かった。
扉の前に立つだけで、番の男が道を空ける。
紙と印は、通行の速度も変える。
「入れ」
低い声。
中にはギルドマスターがいた。
机の上には帳簿が一冊、開かれている。
目が冷たい。
昨日よりさらに。
「……鍵束を出せ」
俺は束を差し出し、偽鍵だけを机に置いた。
ギルドマスターは手袋のまま、それを摘む。
一瞬で分かったらしい。
眉一つ動かさず、言った。
「精巧だな。……誰が触った」
「断定はできない」
俺は淡々と答える。
「だが、紙が削られた。鍵がすり替えられた。床に油膜。――全部、同じ線だ」
ギルドマスターが短く笑った。
笑い声には温度がない。
「線は一本か。……良い。なら、こちらも一本で返す」
彼は机を指で叩いた。
「記録室の控えを封鎖する。閲覧は調査班経由に限定。掲示板の貼り替えは受付二名の立ち会いだ」
「鍵束は“管理番号付き”にする。お前が持つ一本一本に印を入れろ」
受付の外でも分かる、硬い命令。
それだけで空気が変わる。
ミクスが小さく笑う。
「上が動くと早ぇな」
「遅いと死ぬからな」
ギルドマスターは淡々と言った。
それから俺を見る。
「そして――偽鍵は戻せ」
セリアが息を呑む。
「え……戻すんですか」
「戻す」
ギルドマスターは迷いなく言った。
「相手に“成功した”と思わせる。動いた手を炙り出す」
「お前は、真物を持て。偽物は、釣り針だ」
ロウが口角を上げた。
「……釣りが好きだな」
「好きじゃない」
ギルドマスターは短く返す。
「必要なだけだ」
俺はうなずいた。
「手順は?」
「簡単だ」
ギルドマスターは机の引き出しから、小さな布袋を二つ出した。
中身は白い粉と、黒い粉。
「白は足跡。黒は油の縁取り。撒けば誰でも見える。誰でも言える。――言語化だ」
「お前の勝ち方に合わせた」
……ご褒美は、こういう形で来る。
「追加報酬(特)の前金も、ここだ」
ギルドマスターが銀貨の袋を机に置く。
重い音がした。
「勝て。生きて戻れ。俺のギルドの“評価”も守れ」
「守る」
俺は短く答えた。
「評価は、武器だから」
ギルドマスターが鼻で笑った。
「言うようになったな。……行け」
扉を出る瞬間、背中に声が刺さる。
「レイン。お前の鑑定眼は、剣より厄介だ」
「相手はそれを嫌う。――嫌うほど、必ず動く」
「動かす」
俺は振り向かずに言った。
「動いたら、見える」
俺は鍵束を握り直した。
偽物は戻す。真物は持つ。――釣り針は、こちらの手順で扱う。
ミクスが黒い粉の袋を振って笑う。
「これ撒けば、転んだ瞬間に“理由”が残るな」
「残す」俺は言った。「残った理由は、評価を守る。――そして相手の評価を落とす」
◇
昼過ぎ。
倉庫街へ向かう道の途中、荷車が二台、すれ違った。
片方は木屑と布。
もう片方は――油の樽。
匂いが薄いのに、確かに鼻に残る。
ミクスの目が光る。
「……あれ、見覚えある。工房の裏から出てた荷車だ」
「追うか?」
ロウが問う。
「追わない」
俺は即答する。
「追うと、隠す。隠されたら証拠が消える」
セリアが不安そうに問う。
「じゃあ……どうするんですか」
「見せてもらう」
俺は言った。
「運ぶ先を」
ハルトが鏡を出し、視線を拾う。
「……後ろに影。荷車の後ろ、一定の距離で付いてる」
《真理の鑑定眼》
——荷車の後ろの影(気配)
【総合:C/戦闘:2/索敵:5/判断:3/魔力:0】
【危険度:4/状態:追跡/欠陥や原因:視線が焦っている(急がせたい)】
「急がせる」
俺は淡々と言った。
「“早朝出発者優先”の紙は、そのためだ」
セリアが唇を結ぶ。
「……走らせるため」
「走らせるため」
俺はうなずく。
「だから、俺たちは走らない。代わりに――順番を崩さない」
ロウが笑う。
「いいね。単純だ」
ミクスが肩を回す。
「単純な方が、強ぇ」
◇
夕方、ギルドへ戻ると、入口の床がわずかに光っていた。
見えない程度の薄さ。
だが俺の目には、はっきり見える。
《真理の鑑定眼》
——ギルド入口の床面(環境)
【総合:D/戦闘:0/索敵:1/判断:4/魔力:0】
【危険度:5/状態:微量油膜/欠陥や原因:転倒誘導(視線を集める狙い)】
「……ここにもか」
ミクスが低く言う。
「ここにもだ」
俺は淡々と答えた。
「内側は、“俺たちが転ぶ姿”が欲しい」
ハルトが息を呑む。
「……評価を落とすために」
「そう」
俺はうなずく。
「だから――落ちない」
セリアが一歩前に出る。
昨日より、迷いが薄い。
「私が……止めます」
「最小で」
俺は言った。
「消すと“なかったこと”になる。残して、言える形にする」
セリアは短くうなずき、杖を床に向けた。
「《ウィンド》……固定」
風が薄い膜になり、油膜の端だけを囲う。
そこに黒い粉を落とせば、誰でも見える。
理由が言える。
ミクスが笑った。
「評価、武器にしてんな」
「武器にするのは“事実”だ」
俺は言った。
その時、背後の気配が動いた。
入口の柱の影。
一瞬だけ、布が揺れる。
《真理の鑑定眼》
——フードの影(気配)
【総合:B/戦闘:3/索敵:7/判断:7/魔力:2】
【危険度:7/状態:観察→撤退/欠陥や原因:こちらの“言語化”を嫌っている】
ロウが低く言った。
「……いたな」
「いた」
俺はうなずく。
「そして、見た。これでいい」
セリアが小さく震えながらも、顔を上げた。
「……逃げました」
「逃げたんじゃない」
俺は言った。
「次の準備に入った」
ハルトが硬い声で言う。
「……明日、旧区画で、偽鍵を使わせる気だ」
「使わせない」
俺は鍵束を握り直す。
「偽物は、こちらの武器にする」
ミクスが口角を上げた。
「おいおい。性格悪いな」
「手順だ」
ロウが笑う。
「で、最後の確認だ。明日――どう勝つ」
俺は一つだけ言った。
「足元と紙と鍵。全部、先に“言える形”にしてから入る」
その夜。
倉庫街の暗い床に、薄い油膜がもう一段、伸びた。
そして、旧区画の扉の前に――鍵穴と同じ形の、浅い削り跡が一つだけ残されていた。
まるで、『その鍵を使え』と命じるみたいに。。。
読んでいただき、ありがとうございます!
「欠陥を見抜く=強い」ではなく、「欠陥を言語化して直せる=勝てる」に寄せて、レインの“手順で勝つ”を強化しました。
次回はいよいよ旧区画へ。偽鍵・油膜・急がせる運用――全部まとめて“言える形”にして踏み込みます。
続きもぜひ!




