第5話 失敗した男の本当の価値——指名依頼の後で、折れた腕に“勝ち筋”を渡す
いつもお読みいただきありがとうございます!
今回は、ギルドで“次の一手”が固まる回です。
倉庫街の失敗が続く中で、レインが淡々と「原因」を積み上げていきます。
そして新たに見えてくる“尻尾”。。。
明日、倉庫街で何が起きるのか――ぜひ最後までお楽しみください!!
ギルドに戻ると、受付の表情がいつもより硬かった。
――いや、正確には二段だ。
最初に、仕事の顔で笑う。
次に、奥の用件で目が曇る。
「レインさん。指名依頼、完了報告……先にお願いします」
「完了。採取地は安全。危険は“夜だけ増える”タイプだった。看板を立てて、導線を変えた」
「……分かりました。報酬、出します。あと、掲示板にも“安全確認済み”で追記しますね」
セリアが小さく息を吐く。
下水路の時とは違う息だ。怖さを越えた後の、薄い達成。
「よくやった」
俺は短く言う。
「……うん。私、ちゃんと当てられた」
セリアの声も短い。
短いほど、迷いが減る。
受付が硬貨袋を渡し――すぐに声を落とした。
「それで……もう一つ。倉庫街。旧区画。今日の昼、また失敗者が出ました」
「……また」
セリアの指が杖を握り直す。
「負傷?」
俺が聞くと、受付は首を縦に振った。
「腕を折りました。落下。……“同じ倉庫”です」
同じ。
それだけで、嫌な予感は確信に変わる。
仕組みが生きている。
「どこにいる」
「治療室。ギルドマスターも呼んでます」
受付は少しだけ言いにくそうに続けた。
「……お願い。煽らないで。今、みんなピリピリしてる」
「煽らない。事実を並べるだけだ」
◇
治療室へ向かう廊下。
冒険者が数人、壁際に固まっていた。
顔は疲労と、薄い苛立ち。
そして、諦め。
「まただよ……」
「倉庫街は呪われてる」
「やめときゃいいのに、なんで受けるんだ」
誰かが俺に気づき、口を曲げた。
「おい、鑑定屋。……今日も行く気か?」
「行く」
即答すると、ざわめきが広がる。
「正気かよ」
「運が良かっただけだろ」
「次は死ぬぞ」
セリアが言い返しそうになったので、俺は手で制した。
「運で死ぬなら、手順で生きる」
それだけ言って先へ進む。
背後で「ムカつく奴だな」と呟く声が聞こえたが、気にしない。
ムカつくのは、怖さの裏返しだ。
治療室の前に、ロウとミクスがいた。
ロウが顎で扉を示す。
「中だ。……本人、荒れてる。自分を責めるタイプだ」
「自分を責めるのは、まだ強い証拠だ」
ミクスが鼻で笑う。
「強いのに落ちた、って話なら皮肉だな」
「強いのに“勝ち方”を間違えた。そういうやつは多い」
扉を叩き、入る。
薄い薬草の匂い。
簡易ベッドの上で、包帯を巻いた男が歯を食いしばっていた。
二十代後半。筋肉はある。
だが目が死んでいる。
「……誰だ」
「鑑定屋だ。レイン」
男が吐き捨てる。
「鑑定? 今さらだろ。俺は失敗した。終わりだ」
隣に、初老の男がいた。
威圧ではなく、重さ。
――ギルドマスターだ。
「レイン。報告は聞いた。倉庫街に“人為”がある可能性……」
「ある。だが断定はまだ」
ギルドマスターは頷き、ベッドの男へ視線を戻した。
「こいつはハルト。Dランク。今日も同じ依頼で落下した」
ハルトが唇を噛む。
「俺が悪い。見てなかった。足元を」
「違う」
俺は首を振った。
「君は“見せられてない”」
「……何言ってる」
「鑑定していいか。本人と装備、そして“失敗の原因”を」
ギルドマスターが短く言う。
「許可する。だが無理はさせるな」
「無理はしない。手順通りにやる」
俺はハルトへ向き直った。
「嫌なら断っていい。ただ、君がこのまま“下手”扱いで終わるのは嫌だ」
ハルトは黙り――やがて小さく言った。
「……勝手にしろ」
「了解」
――鑑定の出力が、昨日より整理されている。
俺の中で、分類が進んだ。
《真理の鑑定眼》
——ハルト(冒険者)
【総合:B/戦闘:C 62/索敵:B 78/判断:B 74/魔力:E 09】
【危険度:3/状態:骨折・軽度脳震盪・睡眠不足/欠陥:焦り(評価への恐怖)】
情報が多い。
積み重ねてきたものがある証拠だ。
セリアが息を呑む。
だが声は出さない。偉い。
次に装備袋。
短剣、ロープ、松明、手鏡。
《真理の鑑定眼》
——手鏡(索敵補助)
【総合:B/戦闘:—/索敵:+/判断:+/魔力:—】
【危険度:0/状態:運用良好/欠陥:なし(角越し確認に有効)】
「……手鏡、使うのか」
俺が言うと、ハルトは不機嫌そうに答えた。
「使う。狭い場所は死角が多い。……でも皆、笑う。“臆病者”だって」
ギルドマスターが低く言う。
「臆病で生き残るなら、臆病は才能だ」
ハルトが言葉を失う。
俺は靴へ視線を落とす。
《真理の鑑定眼》
——ハルトの革靴(装備)
【総合:C/戦闘:—/索敵:—/判断:—/魔力:—】
【危険度:4/状態:摩耗(小)/欠陥や原因:微量の潤滑油付着(人為)】
「……油膜」
俺が言うと、ハルトが顔を上げた。
「油? 俺が踏んだのか?」
「踏んだ。正確には、踏まされた」
俺は淡々と続ける。
「靴底に微量の油。本人の手入れで付く量じゃない。倉庫内に仕込まれてる」
ハルトの拳が震える。
「俺は……ただ、下手で……」
「下手じゃない」
俺は即答した。
「君は“罠にかかった”。それと下手は別だ」
セリアが小さく頷いた。
「……レインさん、罠は先に潰してました。だから落ちなかった」
ハルトの目が揺れる。
「……お前らは、落ちなかったのか」
「落ちない。落ちる道を選ばない」
「……そんなの、分かるわけ」
「分かる」
俺は即答した。
「鑑定で“失敗の導線”が見える。足跡の揃い方、箱の置き方、糸の張り方。全部が『ここを踏め』って言ってる」
ギルドマスターが目を細めた。
「証拠は?」
「これだ」
俺は布を取り出し、靴底を拭う。
薄い光沢が残る。匂いも違う。
「植物油じゃない。工房用の潤滑油だ。倉庫街の外縁で扱うやつ」
ミクスが腕を組む。
「……つまり、倉庫で“落とす”ための下準備がある」
「そうだ。しかも微量。見抜かれないギリギリ」
ロウが頷く。
「玄人のやり口だな」
ギルドマスターが立ち上がり、受付へ命じる。
「正式記録に残せ。布と靴底の情報、添付。――そして、掲示板を追記だ」
受付が駆け込んでくる。顔色が青い。
「え、油……? 本当に……?」
「本当だ」
ギルドマスターが言い切る。
「“呪い”で片付ける段階は終わりだ」
空気が変わる。
諦めが、疑いに変わる。
疑いは、動く燃料になる。
ギルドマスターが俺を見る。
「レイン。お前たちに、倉庫街の臨時調査権限を出す」
「権限?」
「現地判断を優先する。後から『勝手にやった』と言われないための紙だ」
ミクスが口笛を吹く。
「ギルドがそこまで動くのか」
「失敗者が続けば、ギルドの信用が死ぬ」
ギルドマスターは淡々と言う。
「それに、“人為”なら話は別だ」
ギルドマスターの視線が、ハルトへ落ちる。
「ハルト。お前の評価は仮で上げる。Dは今日で終わりだ」
ハルトが呆然とする。
「……え?」
「“死なない役目”を理解している者は貴重だ。暫定でC相当。――だが、証明しろ」
ハルトの喉が鳴った。
痛みじゃない。別の理由だ。
俺は淡々と続ける。
「報酬はいらない。証拠と尻尾が欲しい」
「要る」
ギルドマスターが被せた。
「これは仕事だ。前金だけ受け取れ。金は盾にもなる」
受付が小袋を差し出す。重い。硬貨の音。
「……調査前金。あと、旧区画の鍵束。通れる扉が増える」
「助かる」
俺は袋と鍵束を受け取った。
金も鍵も、使い方次第で刃になる。
ハルトが絞り出すように言う。
「……落ちた時、下に魔物がいた。あれも、仕込みか?」
「可能性は高い」
俺は頷く。
「落下の次に“事故”を重ねる。よくある」
俺はハルトへ聞く。
「落ちる直前、何を見た。何を聞いた。順番を教えろ。恥ずかしいことでもいい」
ハルトは目を閉じ、言葉を探してから吐き出した。
「扉をくぐった。暗くて松明を点けた。すぐ右に箱の隙間があって、そこを通った」
「糸は?」
「……見てない」
「床は?」
「……見てない。急いでた。先に進まないと、仲間に遅れると思って」
俺は頷いた。
「仲間は?」
「二人。俺より上。Cランク。『行ける』って言った」
「今どこだ」
「帰った。『お前のせいで時間が潰れた』って」
セリアが怒りを飲み込む顔をした。
「……ひどい」
「普通だ」
俺は淡々と言う。
「余裕がないほど、人は他人に責任を押し付ける」
ハルトが拳を握る。
「……俺が弱いからだ」
「違う」
俺は言い切る。
「君が弱いなら、手鏡を持たない。ロープを結ばない。逃げ道を考えない」
「君は考えてる。だから才能がある」
ハルトの呼吸が少し落ち着く。
ギルドマスターが俺へ問う。
「レイン。ハルトの評価がDなのは、なぜだ」
俺は答える前に、ハルトを見る。
鑑定に出ていた――焦り。評価への恐怖。
「理由は単純だ」
俺は短く言った。
「“勝てるのに、勝ち方を知らない”」
ハルトが眉を寄せる。
「……は?」
「前に出る。先に殴る。勢いで押す。そういう勝ち方に向いてない」
俺は机を軽く叩く。
「君の才能は索敵と判断だ。危険を見つけ、味方に伝える。隊の事故率を下げる」
ロウが小さく笑う。
「参謀タイプか」
「そう。しかも現場向きだ」
ハルトが苦い顔をする。
「参謀ってのは、後ろで偉そうにするやつだろ」
「違う」
俺は即答した。
「現場で“死なない選択肢”を作るやつだ」
俺は手鏡を指で示す。
「君は既にやっている。角の向こうを見て、死角を減らす。これだけで隊は生き残る」
ギルドマスターが頷く。
「だがギルドは分かりやすい武勇を褒める。だから君は評価されない」
ハルトは目を伏せた。
「……そうだ。俺はいつも『慎重すぎる』って言われた。『前に出ろ』って」
「前に出るな」
俺は即答した。
ハルトが顔を上げる。
「……は?」
「君は前に出ない方が強い」
俺は淡々と言う。
「前に出るのは、君が“確認して安全だ”と判断した後だ」
セリアが小声で言った。
「……私の火と同じ。小さく、確実に」
「そう。確実性が才能だ」
ハルトの目が、少しだけ熱を帯びる。
「……じゃあ俺は、どうすりゃいい」
「組め」
俺は短く言った。
「次の倉庫街、俺たちと組め」
「腕、折れてるぞ」
「治るまで待つ。だが逃げるな」
俺は淡々と続ける。
「逃げたら“罠に勝った”ことにならない」
ミクスが眉を上げる。
「回り道が好きだな」
「近道だ。評価を取り戻すのが最速」
ギルドマスターが腕を組む。
「目的は二つだな。倉庫街の仕掛け人を炙る。ハルトの価値を証明する」
「両方できる」
「どうやって」
俺は短く答える。
「失敗ルートを使う。だが踏まない。仕掛けを逆に利用する」
ロウが首をかしげる。
「具体的に」
「罠を“解除する”んじゃない。“見せる”」
「見せる?」
「罠がある場所を、罠を張った側に見せる。『通用しない』と知らせる」
俺は言い切った。
「そうすれば相手は動く」
ギルドマスターが息を吐く。
「危険だ」
「手順がある」
俺は仲間へ視線を配る。
「役割分担だ。セリアは糸罠を無音で無力化。ハルトは索敵で“危険の種類”を拾って俺へ短く。ミクスは外周監視。ロウは押さえ――逃走導線潰し。俺は全体指揮と、見せて誘う」
「……分かった」
ハルトが震える声で言い、次に腹の底から言い直した。
「乗る。俺は……俺の得意で勝つ」
ギルドマスターが頷いた。
「では明日。倉庫街へ。――黒なら容赦なく潰せ」
「潰すのは仕組みだ。人は証拠が揃ってからだ」
ギルドマスターが微かに笑う。
「温いな」
「温い方が長く勝てる」
◇
治療室を出ると、廊下の空気が変わっていた。
受付が掲示板へ紙を打ち付ける音。
『倉庫街調査:追加報酬/臨時調査班:レイン』
『油膜の痕跡あり:靴底・床面確認』
文字を見た瞬間、ざわめきが嫉妬の色を帯びる。
「鑑定屋が“班”……?」
「ギルドマスター直……?」
「金も出るってよ」
――評価は、こうやって動く。
セリアが小声で言った。
「……レインさん。今日、ちょっと怖かったです」
「何が」
「怒ってないのに……絶対に譲らない顔をしてました」
俺は少し考えてから言う。
「譲らない。評価されない才能は、俺が一番許せない」
セリアが、ゆっくり頷く。
「……じゃあ私も。譲らないです」
その瞬間、背中が冷える。
《真理の鑑定眼》
——視線(未確定/気配)
【総合:—/戦闘:—/索敵:—/判断:—/魔力:—】
【危険度:3/状態:観察・確認/欠陥や原因:攻撃意図は薄い】
「……見られてる」
窓の外。
通りの向こう、フードの影が一瞬だけ動いた。
逃げた。
だが十分だ。
尻尾は見えた。
そしてもう一つ。
ギルドの隅――古い剣を抱えた男の気配が、少しだけ重くなる。
(ガルド。……今は触らない)
――明日。
倉庫街で俺は“落ちるはずの道”を勝ち筋に変える。。。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ハルトの「才能があるのに評価されない」問題を、レインは“手順”でひっくり返しにいきます。
ギルド公認の臨時調査班、そして見られていた視線――尻尾は掴めました。
次回はいよいよ倉庫街へ。
さらに、元パーティとの再会(見下し)も近い気配です。
レインの“譲らない”が、気持ちいい形で刺さります。
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