第4話 倉庫街に残る“失敗の理由”
いつも読んでくださってありがとうございます!
今回は旧区画の倉庫街へ。レインとセリアの「考えて勝つ」回です! お楽しみください!
追記:4話 修正しました!!
旧区画の倉庫街は、昼でも薄暗かった。
石造りの建物が密集し、通路は狭い。
上を見上げても、空は細長い帯のようにしか見えない。
湿った空気が肌にまとわりつく。
歩く音だけが妙に大きく響いて――それが逆に、不自然だった。
「……ここ、空気が重いですね」
セリアが小声で言う。
杖を抱える腕が、わずかに強ばっている。
「音が反響しない。人の出入りも少ない。倉庫街としては不自然だ」
俺は歩きながら視線を巡らせた。
《鑑定眼》――いや、《真理の鑑定眼》が、微弱だが継続的に反応している。
——違和感:複数
——魔物反応:点在
——共通点:導線の偏り
「導線……?」
「人が“同じ場所”で失敗してる」
セリアが不安そうに杖を握り直す。
「……また、下水路みたいに……?」
「似てるが、少し違う。今回は“人”の匂いが濃い」
俺は立ち止まり、地面を見る。
古い足跡。
複数人分だが、方向が揃っている。揃いすぎている。
「……皆、同じ倉庫に向かってる」
「偶然、じゃないんですか?」
「偶然が三回続いたら、仕組みだ」
セリアは眉を寄せたまま、周囲を見回す。
「……皆が同じ場所で失敗してるなら、皆が同じ風に“考える”ってことですよね」
「そうだ」
俺は頷く。
「怖いと、人は“早く終わらせたい”って判断を選ぶ。明るい道、広い道、入り口が大きい方……つまり“選びやすい道”だ」
「……選びやすい道が、罠?」
「罠にしやすい道だ。人間の癖を利用する」
セリアは唇を噛んだ。
「……嫌ですね。私も、たぶんそっちを選びます」
「だから今、癖ごと矯正する」
俺は足元の石畳を指差す。
「歩幅を一定に。視線は“入口”じゃなく“床”。焦ったら、口に出して確認しろ」
「口に出して……?」
「自分の判断を、言葉で固定する。曖昧なまま動くと誘導される」
セリアは小さく息を吸って、頷いた。
「……分かりました。『今は急がない』」
「いい」
俺は短く笑う。
「その一言だけで、もう“駒”じゃない」
◇
問題の倉庫は、通りの奥にあった。
扉は半壊。
中は暗く、静かだ。静かすぎる。
「……ここですか」
「ここだ。だが、入る前に確認する」
俺は扉の前で立ち止まり、《鑑定眼》を集中させた。
——倉庫(旧)
——構造:老朽化
——危険:落下/視界不良
——魔物反応:小〜中(複数)
——特記事項:侵入誘導の痕跡
「……誘導?」
「足跡の向き、扉の壊れ方、魔物反応の配置。全部“入れ”と言ってる」
「じゃあ……」
「普通の冒険者なら、疑わず入る」
俺は視線を下げ、扉の影を見る。
——影の奥
——反応:罠(簡易)
——効果:転倒・分断
「入った瞬間に、足を取られる」
セリアが息を呑む。
「……それで、今までの人は……」
「最初で体勢を崩す。次に視界を奪われる。最後に、数で押される」
淡々と続ける。
「判断ミスの連鎖だ」
「……でも、どうしてそんな回りくどい……」
「魔物が“狩ってる”わけじゃない。狩らせてる」
セリアがはっとする。
「……人、ですか?」
「可能性が高い。魔物は、ここまで器用じゃない」
セリアは扉の奥を見つめたまま、喉を鳴らした。
「……正面の罠って、見た目じゃ分からないんですよね」
「分からないように作ってあるからな」
俺は壁に手を当てたまま言う。
「だが、罠は“人の動き”を想定して作る。想定があるなら、逆に読める」
「読む……」
「例えば転倒罠。人は入った瞬間、足を前に出す。だから入口の影。逆に入口を避けたら次は何だ?」
セリアは少し考え、答えた。
「……視界、ですか?」
「そう。暗い場所で火を灯すと、目が慣れるまで一瞬止まる。そこを狙う」
「じゃあ、入ってすぐ火を大きくしたら……」
「相手の思う壺だ。小さく、足元だけ」
俺は言葉を切る。
「セリア。今から“やること”を三つ言え」
「えっ?」
「焦った時ほど、手順を口に出す」
セリアは一瞬迷ってから、はっきり言った。
「①足元を見る。②火は小さく。③合図があるまで走らない」
「合格だ」
俺は壁を軽く叩く。
「これができるなら、罠は怖くない。怖いのは“自分が慌てること”だけだ」
その時――通りの向こう、二つの影がこちらを見ているのが分かった。
尾行だ。
「……誰か、います」
セリアが震える声で言う。
「ああ。俺たちの後をつけてきてる」
「えっ!?」
「落ち着け。まだ何もしない」
セリアの耳元に、小さく言う。
「今日は“正解を見せる日”だ」
◇
俺は扉の横に回り、壁に触れた。
《鑑定眼》。
——壁材:脆化(表面)
——内側:空洞
——最適解:側面突破
「正面は罠だ。横から行く」
「壊すんですか?」
「壊す。静かにな」
小さな鉄杭を取り出し、壁の弱い部分を突く。
コツ、という鈍い音。……一箇所だけ音が軽い。
「ここだ」
慎重に数回突くと、石が崩れた。
埃が舞うが、音は最小限。壊しているのに、騒がしくない。
「……すごい……」
「鑑定すれば、“壊していい場所”が分かる。無理に力を使う必要がない」
穴から中を覗く。
倉庫内部。木箱が積まれている。
奥で影が揺れた。
「セリア。火は小さく、足元だけ」
「は、はい!」
薄い火が灯る。
その瞬間――きぃ、と嫌な音。
「来る」
小型の魔物が三体。
倉庫用のゴミを纏ったネズミ型だ。目が濁っている。
「数は少ない。焦るな」
セリアが詠唱し、火を放つ。
一体、倒れる。もう一体。
最後の一体が、壁に張り付き――
「右!」
俺が言うより早く、セリアが杖を振った。
火が当たり、魔物が落ちる。
「……できました!」
「いい反応だ」
短く褒める。
「判断が早い」
セリアの表情が、少し明るくなった。
だが、ここで終わらせると“気持ちよさ”が半分だ。
セリアは胸に手を当て、息を整える。
「……火の量、いつもより少なくて済みました」
「それが正解だ。強い魔法は、派手なだけで偉くない」
「でも、強くした方が安心で……」
「安心は感情だ。戦闘の基準にするな」
倒れた魔物の焦げ跡を指差す。
「見ろ。外側は燃えたが、中の核まで熱が届いてない。だから動く」
セリアが覗き込み、顔をしかめた。
「……気持ち悪い……」
「嫌なら、なおさら“狙い”を固定しろ」
俺は指を二本立てる。
「魔法は二段階だ。①当てる。②効かせる。今のは①だけだった」
セリアの目が、真剣に変わる。
「……②まで、やります」
「やってみろ。細く、奥へ」
セリアは頷き、火を“針”みたいに絞った。
熱が一点に集まる。小さな音と共に、核が焼ける。
魔物は完全に止まった。
「……私、できました」
「できたな」
短く言って、少しだけ間を置く。
「今のが“成長”だ。明日も同じことをやれ」
セリアは、いつもより少しだけ胸を張った。
◇
倉庫の奥へ進む。
箱の配置が、不自然だ。
“通れる場所”だけが、わざとらしく空いている。
「……わざと、道を作ってる」
「そうだ。誘導路だ」
俺は箱の間を避け、別のルートを取る。
《鑑定眼》が警告を出す。
——床材
——注意:抜ける(下層に落下)
「……下、ですか?」
「落ちた先に魔物がいる。連携だな」
セリアが唾を飲み込む。
「……人が、仕組んでるんですよね」
「人か、人に使われた魔物か」
視線を上げた。倉庫の梁。
——反応:糸
——用途:音検知
「……上にも、罠」
「気づかず触れば、全体が起きる」
俺は一歩、後ろに下がる。
「セリア。火で“切る”な。熱で“歪ませる”」
「……え?」
「切ると音が出る。歪ませれば、鳴らない」
セリアは一瞬考え、頷いた。
「……やってみます」
杖先から、弱い火。
糸がじわりと伸び、たるむ。……音は出ない。
「……成功です」
「よし」
俺は頷く。
「これで“失敗ルート”は潰した」
セリアが不思議そうに聞く。
「……失敗ルート?」
「今までの冒険者が、必ず踏んだ道だ」
「……じゃあ私たちは」
「踏まない」
即答する。
「それだけで、生存率は跳ね上がる」
セリアは、恐怖より先に“納得”の顔をした。
考えるほど怖くなくなる。
それを体で理解し始めている。
◇
倉庫の最奥。
空気が変わった。
魔物の気配が濃い。重い。
——反応:中型
——数:二
——位置:左右
「挟まれる」
「……どうしますか」
「先に左を潰す」
「……どうして?」
《鑑定眼》の情報を整理する。
——左:攻撃性高/耐久低
——右:攻撃性低/耐久高
「危険なのは、速い方だ」
セリアが頷く。
「……分かりました」
「合図で行く」
一歩。二歩。
「今」
セリアが火を放つ。
左の魔物が悲鳴を上げ、倒れる。火が一点に刺さっている。
右が動くが、遅い。
鈍い耐久型だ。
「次」
「はい!」
二発目。
セリアは迷わず、核を焼く。
魔物が崩れ落ちた。
静寂が戻る。
「……終わり、ですか」
「ああ。少なくとも“表”はな」
俺は周囲を見渡す。
床の隅に、糸罠の巻き取り金具。
普通じゃない。加工が雑なのに、糸だけが異様に質が良い。
——金具:量産品(粗悪)
——糸:高級加工糸(希少)
——用途:音検知/誘導補助
「……これ、売れますか?」
セリアが小声で聞く。
「売れる。というより、ギルドが欲しがる」
俺は糸と金具を回収袋に入れた。
「“証拠”にもなる。報酬が付く」
セリアの目が、少しだけ輝く。
怖い場所で得をする――この感覚が、冒険者の背骨になる。
◇
《鑑定眼》が、奥の影に反応した。
——人物反応
——位置:裏通路
——意図:観察
「……誰かいる」
セリアが息を詰める。
「……敵ですか?」
「まだ、分からない」
俺は声を張る。
「そこだ。出てきた方がいい」
しばらくして――影から人影が二つ現れた。
見覚えがある。
ロウとミクスだ。
「……やっぱり気づいてたか」
ロウが苦笑する。
「後をつけてきた理由は?」
「確認だ」
ミクスが答える。
「この倉庫で、何が起きてるのか」
俺は頷く。
「罠と誘導。人為的な仕掛け。魔物は“使われてる”」
ロウが舌打ちする。
「やっぱりか……」
「今までの失敗は、判断ミスじゃない」
俺は言い切る。
「“判断させられてた”」
ミクスが目を細める。
「……誰が?」
「断定はできない」
俺は通路の奥を見る。
《鑑定眼》が、微かに反応する。
——逃走痕
——方向:倉庫街外縁
「だが、逃げた奴はいる」
セリアが不安そうに言う。
「……追いますか?」
「今日は追わない」
首を振る。
「証拠を揃える。無理をすると、相手の思う壺だ」
ロウが腕を組む。
「……お前、鑑定屋ってより、参謀だな」
「役割はどうでもいい。結果が出れば」
ミクスが歩きながら、回収袋をちらりと見た。
「その糸、随分いい素材だな。普通の倉庫にある代物じゃない」
「だから証拠になる」
俺が答えると、ロウが鼻で笑った。
「証拠、証拠って……。お前、いつも用意周到だな」
「用意しないと、正しいことほど潰される」
セリアが驚いた顔で俺を見る。
「……正しいことが、潰されるんですか?」
「世の中、正しいだけじゃ勝てない」
俺は淡々と言う。
「正しいと“証明できる”ことが、勝ちだ」
ロウが肩をすくめた。
「嫌な現実だな」
「だから俺は鑑定する。相手が隠すなら、見える形にする」
セリアは小さく頷き、握った杖に力を込めた。
「……私も、見える形にできます。火で」
「いい」
俺は短く褒める。
「それで十分だ」
◇
ギルドへ戻る途中。
セリアが、ぽつりと言った。
「……私、今日……」
「何だ」
「戦ってる時より、考えてる時の方が、怖くなかったです」
「それでいい」
俺は言う。
「考えられるなら、もう“駒”じゃない」
セリアは驚いた顔をして、そして笑った。
「……はい。駒じゃ、ありません」
◇
ギルドに入ると、いつもより視線が刺さった。
受付前にいた冒険者たちが、こちらを見てざわつく。
ロウとミクスが一緒にいるのもある。
だが何より――セリアの表情が違う。
怯えた顔じゃない。
“できる”顔だ。
受付嬢が俺たちの回収袋に目を留め、目を見開いた。
「……それ、倉庫街の……?」
「音検知の糸。誘導罠の金具。あと魔物素材」
袋を少し開いて見せると、受付嬢の顔色が変わる。
周囲の冒険者が、息をのむのが分かった。
「……本当に、あそこを……?」
「失敗ルートを踏まなければ、いける」
ざわっ、と空気が動く。
噂が走る音が、目に見えるみたいだった。
「嘘だろ、あそこだぞ」
「また死人が出たって聞いたのに……」
「一人じゃなくて二人? しかも女の子……?」
ロウが低く言った。
「これ、ギルドに報告しておけ。放置したら死人が出る」
ミクスも頷く。
「証拠は揃ってる。少なくとも“偶然”じゃない」
受付嬢は一度奥へ引っ込み――すぐ戻ってきた。
態度が変わっている。背筋が伸び、声の張りも違う。
「レインさん。ギルドから臨時の買い取りが出ます。糸と金具、そして魔物素材も含めて……通常の二割増しで」
「……二割」
セリアが目を丸くする。
「危険区域の改善に繋がる証拠ですから」
そこで、受付の奥から年配の男が出てきた。
支部の職員――いや、帳簿を抱えている。立ち居振る舞いが現場じゃない。
「失礼。副担当のラグンだ」
男は袋の中身を一瞥し、すぐ判断した。
「……本物だな。倉庫街の“事故”報告と一致する。糸の質が良すぎる。金具は安物だが、意図は明確だ」
周囲がざわつく。
「副担当」――それだけで、ギルド側が本気だと伝わる。
ラグンは受付嬢に目配せし、素早く指示を飛ばした。
「掲示板に注意喚起を上げろ。『旧区画倉庫街、侵入は単独禁止。導線誘導の疑いあり』……文面は俺が作る。すぐだ」
受付嬢が頷き、奥へ走る。
それを見て、冒険者たちの顔色が変わった。
「まじか……公式で出すのか」
「導線誘導って……誰かがやってるってことかよ」
「じゃあ、今までの失敗って……」
噂が噂を呼ぶ。
だが俺が欲しいのは、噂じゃない。評価が“形”になることだ。
ラグンは俺の方を見た。
「提出用に簡易報告を書いてくれ。形式は問わん。どこで、何を見て、何を回収したか。――お前の鑑定結果も含めてだ」
「分かった」
短く答えると、ラグンは小さく頷いた。
「それと……」
男は机の引き出しから、薄い札を取り出した。
木札に焼き印が押してある。ギルドの印だ。
「危険区域の調査協力の暫定札だ。今後、同種の依頼が来る可能性がある。受付での手続きが早くなる」
セリアが目を丸くする。
「……そんなの、あるんですか?」
ラグンは淡々と答えた。
「ある。結果を出した者にはな」
周囲の冒険者が、それを見て完全に黙った。
“札”は、口より説得力がある。
受付嬢が戻ってきた。
手には、封蝋の跡がある依頼書が一枚。
「それと……」
彼女は依頼書を丁寧に差し出した。
「今日の件を見て、指名が入りました」
「指名?」
俺が受け取ると、依頼書の紙が妙に厚い。
普通の雑用依頼の紙じゃない。
セリアが覗き込み――報酬欄を見た瞬間、息を止めた。
「……え、これ……!?」
周囲がどよめく。
「なんだその額……」
「初依頼でそんな……嘘だろ」
「……あいつ、何者だよ」
俺は依頼内容をざっと読む。
——依頼:街外れの採取地の安全確認/小型魔物の駆除
——期限:明朝
——備考:鑑定ができる者を希望
なるほど。
倉庫街の件で“判断ができる”と見られた。
なら次は、分かりやすい成功で評価を固めるだけだ。
「明日、朝一で受ける」
俺は言った。
「初クエストだ。成功させる」
セリアは、まだ報酬欄を見たまま固まっている。
しかし、その目はもう不安ではなく――火が点っている。
その瞬間、《鑑定眼》がほんの一瞬だけ別のものに引っかかった。
——警告
——関連:封印剣
——進行:条件接近
……まだ早い。
だが、確実に何かが動き始めている。
俺は依頼書を折り、懐に入れた。
――次は、結果で黙らせる。。。
読了ありがとうございます!
第4話は「考えて勝つ」「失敗ルートを踏まない」を徹底しました。セリアの成長も一段上がったので、次はいよいよ“初クエスト”で結果を出しに行きます!
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