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無能と追放された私の魔法は、生活魔法レベルです  作者: 希羽


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第4話 旦那様、実は甘い物がお好き?

 小鳥のさえずりで目が覚めるなんて、いつぶりだろう。

 私は古いけれど清潔なシーツの上で、大きく伸びをした。

 実家の屋根裏部屋とは違い、隙間風も入ってこないし、カビの臭いもしない。

 何より、「おい、朝だぞ! 早く朝食を作れ!」という怒鳴り声で叩き起こされないのが、こんなに幸せだなんて。


「……よし、頑張ろう!」


 私は気合を入れてベッドから飛び起きた。

 今日から本格的な新婚生活(仮)の始まりだ。

 まずは、旦那様に美味しい朝食を作らなくちゃ。

 着替えて台所に向かうと、勝手口から朝日が差し込んでいた。

 硬いパンと、卵、それから少しだけ残っていた牛乳を見つける。


(このパン、このままじゃ岩みたいに硬いのよね。……そうだわ!)


 私は卵と牛乳、少しの砂糖を混ぜ合わせた液に、一口大に切ったパンを浸した。


 じっくりと中まで染み込ませる間に、井戸へ水を汲みに行こう。

 桶を持って裏庭に出ると、朝の冷たい空気が肌を刺した。

 井戸のつるべを下ろし、水を汲み上げる。

 やっぱり、魔法を使わずに水を汲むのは重労働だ。


「よいしょ、よいしょ……」


 私がロープを引いていると、突然、背後から大きな手が伸びてきた。


「……貸せ」

「ひゃっ!?」


 驚いて振り返ると、そこにはジークフリート様が立っていた。

 寝癖のついた黒髪に、少し眠そうな金色の瞳。

 けれど、昨日見たときのような疲労困憊といった重苦しい雰囲気は消えている。

 彼は私の手から軽々とロープを奪うと、片手であっという間に水桶を引き上げてしまった。


「あ、ありがとうございます。……あの、おはようございます、ジークフリート様」

「……あぁ。おはよう」


 彼はボソリと返し、水が入ってずっしりと重い桶を片手でひょいと持ち上げた。

 そして、当たり前のように台所へと歩き出す。


「お前は、こんな重いものを持つな」

「えっ? でも、これくらい平気ですよ。実家ではお風呂の水汲みもやってましたし」

「……だとしてもだ。俺がいるときは、俺がやる」


 彼は背中を向けたまま、ぶっきらぼうに言った。

 その耳が、ほんのりと赤くなっているように見えるのは気のせいだろうか。


(優しい……!)


 言葉は少ないし、顔もちょっと怖いけれど、行動はとても紳士的だ。

 私は嬉しくなって、彼のエプロンの裾を掴みたくなったけれど、ぐっと我慢して後を追った。

 台所に戻ると、彼は水桶を定位置に置き、私の方をじっと見た。

 なんだろう、顔に何かついているだろうか?


「……お前の顔色が、昨日より良い気がしてな」

「え? そうですか? ぐっすり眠れたからかもしれません」


 私は頬をペタペタと触った。

 確かに、目覚めは最高だった。


「ジークフリート様こそ、昨日のような辛そうなお顔じゃなくなりましたね。目の下の隈も消えていますし、お肌もツヤツヤです」

「……そう、か」


 彼は自身の顔に触れ、不思議そうに瞬きをした。

 昨夜。

 彼は数年ぶりに、一度も目を覚ますことなく朝を迎えたのだという。

 毎晩、骨を軋ませるような呪いの激痛に苛まれ、浅い眠りしか得られなかった彼にとって、それは奇跡に近い出来事だった。


「……昨日のスープのせいか?」

「えっ、お腹壊しました!?」


 私が青ざめると、彼は慌てて首を横に振った。


「違う。……調子が、いいんだ。体が軽い」

「ああ、よかったです! やっぱり、温かいものを食べて精をつけるのが一番ですね!」


 私は胸を撫で下ろし、フライパンに火をかけた。

 卵液をたっぷり吸ったパンを、バターの代わりに少量の油で焼いていく。

 ジュワッという音と共に、甘く香ばしい香りが台所に広がった。


「今日は『フレンチトースト』にしてみました。硬いパンも、こうすれば柔らかく食べられますから」


 焼き上がった黄金色のトーストを皿に盛り、食卓へ運ぶ。

 ジークフリート様は、またしても驚いたような顔で料理を見つめていた。


「……甘い匂いだ」

「お嫌いでしたか?」

「いや」


 彼はフォークを手に取り、トーストを口に運んだ。

 外はカリッと、中はプリンのようにトロトロになったパン。

 私がこっそりと込めた「美味しくなぁれ(という名の、無自覚な回復魔法)」が、じんわりと染み渡る。

 彼は一口食べた瞬間、ふうぅ、と深く長い息を吐き出した。

 その表情が、昨日よりもさらに緩んでいく。

 いつも眉間に刻まれていた深い皺が消え、まるで幼い子供のような、無防備で穏やかな顔つきになったのだ。


(うわぁ……)


 私は思わず見とれてしまった。

 怖いと思っていたけれど、笑うと(笑ってはいないけれど)、こんなに優しい顔をするんだ。


「……美味い」

「よかったです! 少し甘すぎたかなって心配だったんですけど」

「いや、この甘さが……染みる」


 彼は切実な声でそう言うと、また夢中になって食べ始めた。

 その様子を見て、私は確信した。


(なるほど。ジークフリート様は、実は甘い物がお好きなんだわ)


 強面で無口な大男が、甘いフレンチトーストを頬張って幸せそうな顔をする。

 なんて素敵なのかしら。

 私は「明日はハチミツを探してこよう」と心に決めた。


 ――ジークフリート様が感じている甘さの正体が、呪いを中和する高純度な魔力の味だとは露知らず。


 食後。

 彼が「腹ごなしだ」と言って、庭に出て行った。

 窓から覗くと、彼は庭に転がっていた巨大な丸太を、斧も使わずに素手で軽々と持ち上げ、移動させていた。


「すごーい……!」


 私は窓に張り付いて感嘆の声を上げた。

 魔力がない代わりに、身体能力がすごく高いんだわ。

 やっぱり、私にはもったいないくらい頼りになる旦那様だ。


 ◇◇◇


 一方、庭のジークフリートは、自分の両手を見つめて震えていた。


(……力が戻ってきている。昨日のスープと、今のパン。食べた直後に、体内の魔力回路が繋がる感覚があった)


 彼は屋敷の窓を見上げた。

 そこには、鼻歌交じりに皿を洗う、小柄な妻の姿があった。


(あいつは一体、何者なんだ……?)


 疑惑と、それ以上の感謝。

 彼はもう、彼女を手放すことなど考えられなくなっていた。

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