第23話 逆転裁判(断罪)
王都、王城内にある高等法廷。
普段は重苦しい空気が漂うこの場所は、今日に限って異様な熱気に包まれていた。
傍聴席を埋め尽くすのは、噂を聞きつけた高位貴族たち。
彼らの視線の先には、被告人席に座らされた三つの影――ベルベット伯爵、夫人、そして長女のエレノアの姿があった。
「冤罪だ! これは陰謀だ!」
「私たちは被害者なのよ! 娘を誘拐されたの!」
父と母は、ボロボロの服(拘置所の囚人服)を着て喚き散らしている。
数日前までの傲慢さはどこへやら、今の彼らはただの見苦しい罪人でしかなかった。
ガアンッ!
裁判長席に座る法務大臣が、木槌を叩きつけた。
「静粛に! これより、ベルベット伯爵家による『英雄公爵への不敬罪』ならびに『リナリア嬢への虐待・人身売買未遂』に関する審理を行う!」
その声と共に、法廷の扉が重々しく開かれた。
「――原告、ジークフリート・ヴァン・ハイゼル公爵。ならびに公爵夫人、リナリア様、入廷!」
そのアナウンスに、傍聴席がざわめいた。
現れたのは、漆黒の礼服に身を包み、圧倒的な威圧感を放つジークフリート様。
そして、その腕に手を添え、清楚な紺碧のドレスを纏った私、リナリアだった。
(うぅ、緊張する……)
たくさんの視線が突き刺さる。
私はガチガチに固まっていたけれど、ジークフリート様の手が、私の手を力強く握りしめてくれた。
『大丈夫だ。堂々としていろ』
目線だけでそう言われ、私は小さく頷いた。
そうだ。私はもう、あの家の道具じゃない。公爵夫人として、胸を張らなきゃ。
私たちが証言台に立つと、被告人席の父が食い気味に叫んだ。
「リナリア! 目を覚ませ! その男に脅されているんだろう!?」
「そうだわ! リナリア、証言しなさい! 『無理やり連れ去られた』って! そうすればパパもママも助かるのよ!」
母とエレノアも必死の形相で叫ぶ。
彼らはまだ、私が「気弱で言いなりになる娘」だと思っているのだ。ここで情に訴えれば、私が証言を翻すと信じている。
裁判長が私を見た。
「公爵夫人。被告人らの主張について、どう思われますか?」
私は一度深呼吸をして、ジークフリート様を見た。彼は優しく頷いてくれた。
私は被告人席に向き直り、静かに、しかしはっきりとした声で告げた。
「……脅されてなどいません。私は、自分の意志で家を出ました」
「なっ……!?」
「彼らの主張は、すべて嘘です」
会場がどよめいた。
父の顔色が土色に変わる。
「ば、馬鹿な! 親を売る気か! 誰が育ててやったと思っている!」
「育てていただいた覚えはありません」
私は淡々と事実を述べた。
「食事は使用人の残り物。衣服は姉のお下がり。教育も受けさせてもらえず、十歳の頃から家事労働を強制されてきました。……それを『育てた』と言うのなら、あなた方の辞書には『虐待』という言葉がないのでしょうね」
「出鱈目だ! 証拠はあるのか!」
父が吠えた。
証拠。そう言われると、屋敷の中でのことだから難しいかもしれない。
父はそれを見越して、ニヤリと笑った。
「証拠がないなら、それはお前の妄想だ! 感謝知らずの娘の戯言だ!」
勝ち誇る父。
しかし、その時だった。
「――証拠なら、ここにございます」
凛とした声が響いた。
証人席に立ったのは、銀縁眼鏡を光らせた知的な女性――『王立婚姻斡旋ギルド』のミレーヌさんだった。
「王立婚姻斡旋ギルド、上級職員のミレーヌです。本件に関し、当ギルドが保管しているリナリア様の登録データ、および実態調査報告書を提出いたします」
ミレーヌさんは分厚いファイルを掲げた。
「ここには、リナリア様が実家でどのような扱いを受けていたか、近隣住民や元使用人への聞き込み結果が詳細に記されています。『真冬に冷水で洗濯をさせられていた』『高熱を出しても医者に見せてもらえなかった』……枚挙に暇がありません」
「そ、そんなもの……!」
「さらに」
ミレーヌさんは父の反論を遮り、冷徹に続けた。
「ベルベット伯爵が、ガマール男爵と交わした『借用書』と『念書』も入手しました。そこには明確に、『借金の返済期限までに、三女リナリアを後妻として差し出す』と記されています。……これは明白な人身売買契約であり、王国法第13条違反です」
決定的な証拠。
傍聴席からは「なんてことだ」「貴族の風上にも置けない」という軽蔑の囁きが漏れ始めた。
「ぐ、ぬぬぬ……」
父は言葉に詰まり、脂汗を流した。
言い逃れができないと悟ったのか、今度はターゲットを変えた。
「だ、だとしてもだ! リナリアは無能な娘だ! 魔力もない、役立たずだ! そんな娘を、親心で嫁がせてやろうとしたのが何が悪い!」
「無能?」
今度は、ジークフリート様が口を開いた。
彼は一歩前に出て、私の肩を抱いた。
「俺の妻を無能と呼ぶか。……ならば聞くが、お前たちはなぜ、あんなにも屋敷の環境が悪化したんだ?」
「そ、それは……使用人が辞めたから……」
「違うな。リナリアがいなくなったからだ」
ジークフリート様は、裁判長に向かって言った。
「ここに、王宮筆頭魔術師による鑑定書がある。リナリアが実家の屋敷で放った『防御魔法』の残滓を解析したものだ」
彼が合図をすると、廷吏が一枚の羊皮紙を広げた。
「解析結果……『聖域ランクS』。王都の大結界に匹敵する、最高純度の神聖魔法であることが証明された」
「ええええええッ!?」
会場中が驚愕の悲鳴に包まれた。
ランクS。それは、歴史上の聖女にしか使えない伝説級の魔法だ。
「馬鹿な……! あいつは魔力検査で最低ランクだったはずだ!」
「お前たちが使っていた測定器が安物だったか、あるいは……」
ジークフリート様は冷ややかに笑った。
「リナリアの魔力が、常識の範囲を超えていて測定不能だっただけだ。お前たちは、ダイヤの原石をただの石ころだと勘違いして捨てた、愚かな採掘者ということだ」
父、母、エレノアの顔が、絶望に歪む。
自分たちが虐げていた穀潰しが、実は国一番の宝だった。
そして、それを自らの手で放り出し、英雄公爵の元へ送ってしまった。
「あ、あぁ……なんということを……」
母がその場に崩れ落ちた。
失ったものの大きさに、ようやく気付いたのだ。
裁判長が木槌を叩いた。
「判決を言い渡す! 被告人らには、爵位の剥奪、全財産の没収、ならびに辺境鉱山での強制労働20年を命ずる!」
「いやぁぁぁッ! 鉱山なんて嫌ぁぁ!」
「私は伯爵だぞ! こんなことが許されるかぁぁ!」
衛兵に引きずられていく家族たち。
その見苦しい姿を見送りながら、私は胸の中で静かにつぶやいた。
(さようなら。……今まで、育ててくれてありがとう。反面教師として)
彼らの姿が消えると、ジークフリート様が私の頭を優しく撫でてくれた。
「終わったな」
「……はい」
「帰ろう、リナリア。俺たちの家に」
その言葉に、私は今日一番の笑顔で頷いた。
「はい! お腹空きましたね。帰ったら、ハンバーグ作りましょうか?」
「……あぁ。楽しみにしている」
法廷を出ると、そこには突き抜けるような青空が広がっていた。
私の心にかかっていた雨雲は、もうどこにもなかった。
――こうして、過去との因縁は完全に断ち切られた。
しかし、物語はまだ終わらない。
次なる舞台は、公爵夫人としての社交界デビュー。
王都中の貴族が注目する大舞踏会で、元・地味令嬢のリナリアが、どんな奇跡を起こすのか。




