第21話 愚者たちの末路と、暴かれた真実
国王陛下がジークフリート様に跪いた。
その衝撃的な光景を目の当たりにし、ベルベット伯爵一家の思考は完全に停止していた。
彼らの脳内では、必死の計算が行われていただろう。
自分たちが見下していた木こりの男が、実は公爵で英雄だった。
つまり、自分たちは公爵を誘拐犯扱いし、公爵本人に暴言を吐き、あまつさえ王族に連なる者を魔法で攻撃したことになる。
「……あ、あ……」
父の口から、ヒューヒューとか細い音が漏れる。
不敬罪。国家反逆罪。
どんな罪状が適用されても、一族郎党、極刑は免れない。
「れ、レオン様……騎士団長様……!」
父は縋るような目で、かつて面識のあったレオンさんを見た。
「ご、誤解なのです! 私たちは知らなかったのです! まさか閣下だとは露知らず……知っていれば、このような無礼は……!」
「知らなければ、人をゴミのように扱って良いと?」
レオンさんは氷のような冷徹さで言い放った。
「相手が英雄でなければ、娘を道具のように扱い、暴力を振るい、人身売買同然に売り飛ばしても許されるとでも思っているのですか?」
「そ、それは……親の教育権で……」
「黙りなさい」
レオンさんは懐から、一束の書類を取り出した。
「ここには、ベルベット伯爵家の裏帳簿と、興信所の調査報告書があります。……読み上げましょうか?」
レオンさんは朗々とした声で読み上げ始めた。
「ベルベット伯爵家は、長年の放漫経営により破産寸前。その穴埋めとして、ガマール男爵より多額の融資を受ける契約を結んでいる。担保は『三女リナリアの身柄』。……実の娘を借金のカタにするとは、貴族の風上にも置けませんな」
「ひぃっ……!」
「さらに、屋敷内でのリナリア嬢に対する虐待の証拠も揃っています。過度な労働強要、食事の制限、暴言、暴力……。これらは近隣住民や、元使用人たちの証言で裏付けられています」
次々と暴かれる罪の数々。
ジークフリート様の眉間の皺が深くなり、部屋の温度がさらに下がる。
「……聞くに堪えんな」
ジークフリート様が低く呟くと、父はビクッと震え上がり、床に額を擦り付けた。
「お、お許しをぉぉッ! 魔が差したのです! リナリアのためを思って……!」
「嘘をつくな」
ジークフリート様は冷ややかに見下ろした。
「リナリアのため? 笑わせる。お前たちは、リナリアが持つ『力』に気付いていながら、それを搾取し続けていただけだろう」
「ち、力……?」
父が顔を上げる。
ジークフリート様は、私の手を引き寄せ、皆に見せつけるように掲げた。
「リナリアは、俺の呪いを解いた。……神殿の最高司祭ですら匙を投げた、魔王の呪いをだ」
「なっ……!?」
その言葉に、一番反応したのは姉のエレノアだった。
彼女は信じられないものを見る目で私を睨んだ。
「嘘よ……! そんなの嘘! だってリナリアは無能なのよ!? 魔力測定だって最低ランクだったじゃない!」
「測定器が壊れていたか、あるいは測定限界を突破していたか。どちらにせよ、結果がすべてだ」
ジークフリート様は淡々と告げた。
「この屋敷を見ればわかるだろう。数日前まで廃屋同然だった場所が、彼女の『掃除』だけで聖域と化した。……お前たちが何年も快適に暮らせていたのは、リナリアが毎日、屋敷中の穢れを浄化し続けていたからだ」
姉の顔色が、嫉妬の赤から絶望の白へと変わっていく。
彼女たちも薄々は気付いていたのかもしれない。リナリアがいなくなってから、屋敷が急にカビ臭くなり、空気が淀み始めたことに。
自分たちが当たり前だと思っていた快適さが、実は妹の犠牲の上に成り立っていたことに。
「そんな……まさか……」
母が崩れ落ちた。
「じゃあ、私たちは……金の卵を産むガチョウを、自分たちで追い出したっていうの……?」
「その通りです」
レオンさんが冷酷に追撃した。
「リナリア嬢の能力が公になれば、彼女は『聖女』として国賓待遇を受けていたでしょう。ベルベット家も、その恩恵で安泰だったはず。……それを、あなた方は自らの愚かさで全てドブに捨てたのです」
決定的な敗北宣告。
父たちは言葉を失い、ただ呆然と私を見つめた。
その目には、もはや怒りも侮蔑もなく、ただ「惜しいことをした」という浅ましい後悔だけが浮かんでいた。
(……あぁ、やっぱり)
私は彼らの目を見て、どこか冷めた気持ちで思った。
この期に及んでも、彼らは私を「愛して」はくれないのだ。
ただ、「損をした」と思っているだけ。
「リ、リナリア……」
父が、擦り寄るように膝を進めた。
急に猫撫で声を出して、私のドレスの裾を掴もうとする。
「お前は優しい子だろ? パパが悪かった。謝るから、戻ってきておくれ。な? 家族じゃないか。水に流そう」
「そうよ、リナリア」
母も媚びるような笑みを浮かべた。
「お母様、あなたの作ったスープが飲みたくて仕方ないの。やっぱり、あなたの料理じゃないとダメみたい。一緒に帰りましょう?」
醜い。
なんて醜いんだろう。
かつては、この人たちの笑顔が見たくて、必死に働いていた。
でも今は、その笑顔の裏にある強欲さが透けて見える。
私は、一歩後ろに下がった。
そして、掴まれそうになったドレスの裾を、パシッと払った。
「……いいえ」
私は静かに、けれど明確に拒絶した。
「私は戻りません。二度と」
「なっ……!?」
「あなた方は、私を家族だとは思っていなかった。道具が便利だから、手放したくないだけでしょう? ……私はもう、ジークフリート様の妻です。ここで、人間として生きていきます」
私が言い切ると、ジークフリート様が嬉しそうに私の肩を抱いた。
「聞いたな。……これが、彼女の答えだ」
ジークフリート様は、騎士たちに目配せをした。
「連れて行け。二度と俺たちの前に顔を見せるな」
「はっ!」
騎士たちが一斉に動き、父たちを取り押さえる。
「ま、待て! 離せ! 私は伯爵だぞ!」
「嫌ぁぁッ! 牢屋なんて嫌! 私のドレスが汚れるぅぅ!」
「リナリア! 恩知らずめ! 覚えてろよぉぉ!」
泣き叫び、喚き散らす家族たち。
彼らはズルズルと引きずられ、出口へと消えていった。
その声が遠ざかるにつれて、屋敷には元の静寂が戻ってきた。
「……終わったな」
ジークフリート様が、ふぅ、と息を吐いた。
そして、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「リナリア。……辛くないか?」
「……少しだけ」
私は正直に答えた。
血の繋がった家族との、永遠の決別。
胸が痛まないと言えば嘘になる。
でも。
「でも、スッキリしました。やっと……本当の意味で、自分の人生を始められる気がします」
私が微笑むと、ジークフリート様は優しく私の頭を撫でてくれた。
「あぁ。これからだ。……俺たちが、お前の新しい家族になる」
「ワフッ!」
足元でポチも同意するように吠えた。
そうだ。私にはもう、本当の家族がいる。
国王陛下が、穏やかな顔で私たちを見守っていた。
「……雨降って地固まる、というやつだな。さて、ジークフリートよ。邪魔者は消えた。……そろそろ、本題に入っても良いか?」
「本題……ですか?」
嫌な予感がしたジークフリート様が身構える。
陛下はニヤリと笑い、爆弾発言を投下した。
「うむ。そなたの呪いが解けたのなら、公爵位の復帰と、王都への帰還を命じねばならん。……リナリア嬢の『お披露目』も兼ねてな」
「……ええええええッ!?」
私の叫び声が、森にこだました。
平穏なスローライフは守られたけれど、どうやら普通の生活に戻るのは、もう少し先になりそうだった。




