第19話 妹、魔法で攻撃を仕掛ける
視界が真っ赤に染まった。
姉のエレノアが放った巨大な炎の渦が、轟音と共に私たちに迫ってくる。
熱い。怖い。
本能が警鐘を鳴らす。
けれど、私の体は逃げることよりも、後ろにいる旦那様を守ることを選んでいた。
ジークフリート様は強いけれど、生身の人間だ。あんな炎を浴びたら、ただでは済まない。
(絶対に、傷つけさせない!)
私は両手を広げ、喉が裂けるほどの声で叫んだ。
「やめてぇぇぇッ!!」
その瞬間。
私の胸の奥――心臓のあたりから、ドクンッ、と熱い塊が弾けた。
カッッッ!!!!
目が眩むような、純白の光。
それが私の掌から噴出し、私たちの目の前に巨大な「光の壁」を作り出した。
ドゴォォォォンッ!!
エレノアの放った紅蓮の炎が、光の壁に衝突する。
普通なら、炎が勝つはずだ。
けれど、私の光は炎を飲み込み、そして――弾き返した。
「えっ……?」
エレノアが間の抜けた声を上げた。
彼女の目の前で、自分の放った炎が、倍以上の勢いを持って逆流してきたのだ。
「きゃぁぁぁぁッ!?」
爆風が巻き起こる。
エレノアの体が、木の葉のように吹き飛ばされた。
彼女は悲鳴を上げながら宙を舞い、後ろにいた両親もろとも、玄関の壁へと叩きつけられた。
ドサドサッ!!
土煙が舞い上がる。
やがて静寂が訪れると、そこには無惨な光景が広がっていた。
「げほっ、ごほっ……!」
壁際で、三人が折り重なるように倒れている。
エレノアの自慢の巻き髪は爆発したように広がり、顔は煤で真っ黒だ。
高級なドレスの裾は焦げ、見る影もない。
父と母も、腰を抜かして震えている。
「あ……」
私は自分の手を見つめた。
震えが止まらない。
今のは、何?
私がやったの?
「リナリア」
背後から、温かい手が私の肩を抱いた。
ジークフリート様だ。
「怪我はないか?」
「は、はい……。旦那様こそ……!」
「俺は無傷だ。お前が守ってくれたからな」
彼は私の手を握りしめ、目の前の惨状――煤だらけになった家族たちを見下ろした。
その目は、驚きよりも、どこか納得したような色を帯びていた。
◇◇◇
(やはり、な)
ジークフリートは確信していた。
今、リナリアが発動したのは、ただの防御魔法ではない。
『聖域』。
あらゆる害意、物理攻撃、魔法攻撃を完全に遮断し、攻撃者へと跳ね返す、伝説級の神聖魔法だ。
国を守る大結界すら凌駕するその出力を、彼女は無意識に、しかも「夫を守りたい」という一心だけで発動させたのだ。
◇◇◇
「あ、あぅ……」
エレノアが呻き声を上げて起き上がった。
彼女は自分の黒焦げになったドレスを見て、半狂乱の悲鳴を上げた。
「私のドレスがぁぁッ! 顔が、顔が煤だらけじゃない! なによこれ、なんなのよぉぉ!」
彼女は血走った目で私を睨みつけた。
「リナリアァッ! あんた、何をしたの!? 魔力もないくせに、何か卑怯な魔道具でも使ったんでしょう!」
「ち、違います! 私はただ、やめてって……」
「嘘よ! あんた如きに私の魔法が防げるわけない! この化け物! やっぱりあんたなんか、生まれてこなきゃよかったのよ!」
エレノアが喚き散らす。
父も立ち上がり、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「そうだ! 親に向かって攻撃するとは何事だ! やはりお前は呪われている! この穀潰しめ!」
彼らは理解していなかった。
自分たちが放った攻撃が返ってきただけだということを。
そして、リナリアの力がどれほど強大かということを。
罵詈雑言が浴びせられる。
私は唇を噛み締め、体が竦んだ。
やっぱり、私はダメな子なんだろうか。家族を傷つけてしまった。
その時。
ジークフリート様が、私を強く抱きしめ、私の耳を塞いだ。
「聞くな。……あんな雑音、聞く価値もない」
そして、彼は家族たちに向かって、氷の刃のような声を放った。
「……まだ喋れる口があるようだな」
ゴォォッ……。
今度こそ、ジークフリート様自身から、物理的な殺気が黒い靄となって立ち上った。
それは『聖域』とは真逆の、破壊と蹂躙を司る英雄の力。
「俺の妻を殺そうとした罪。そして、今なお侮辱し続ける罪。……万死に値する」
彼はゆっくりと右手を上げた。
その指先に、バチバチと蒼い雷光が収束していく。
本気だ。
彼は本気で、この場にいる全員を消し炭にするつもりだ。
「ひぃッ!?」
「ま、待て! 話せばわかる!」
父たちが悲鳴を上げ、後ずさりする。
しかし、逃げ場はない。玄関の扉は、さっきの爆発で歪んで開かなくなっている。
「裁きの時だ」
ジークフリート様が魔法を放とうとした、その瞬間だった。
ヒヒィィィンッ!!
ガシャン、ガシャン、ガシャン!
外から、多数の馬のいななきと、重厚な金属音が響き渡った。
何十、いや何百という軍靴の音。
それが屋敷を取り囲むように展開していく。
「な、なんだ!? 軍隊か!?」
父が窓に駆け寄った。
そして、絶望的な声を上げた。
「お、王家の紋章……!? 近衛騎士団だ! なぜこんな所に!?」
ドンドンドンッ!!
歪んだ扉が激しく叩かれた。
「王立近衛騎士団である! 中へ入るぞ!」
聞き覚えのある、よく通る声。
バリバリッ! と扉が強引にこじ開けられ、銀色の鎧をまとった騎士たちが雪崩れ込んできた。
その先頭に立っていたのは、先日ハンバーグを食べて感動していた、騎士団長のレオンさんだった。
「ご無事ですか!!」
レオンさんは剣の柄に手をかけ、鋭い視線で室内を一掃した。
そして、煤だらけでへたり込んでいる父たちを見て、冷ややかに鼻を鳴らした。
「……ほう。随分と楽しそうなパーティの最中でしたな、ベルベット伯爵」
そこへ、騎士たちの間を割って、一人の人物が静かに歩み出てきた。
豪奢なマントを羽織り、頭上に輝く王冠を戴いた、初老の男性。
「陛下……!?」
父がその場に土下座した。
この国の頂点、国王陛下その人が、辺境のボロ屋敷(今はピカピカだが)に降臨したのだ。
事態は、私の想像を遥かに超える方向へと動き出していた。




