第11話 旦那様からの贈り物
騎士団長のレオンさんが嵐のように去っていき、屋敷にはまた、穏やかな時間が戻ってきた。
レオンさんが置いていった大量の王都土産(主に保存食や高級な紅茶など)を整理し終えた私は、ふぅ、と一息ついてソファに腰を下ろした。
「……リナリア」
不意に、ジークフリート様から声をかけられた。
彼はなぜか、部屋の隅で背中を向けたままモジモジしている。
「はい、何でしょう?」
「その……少し、こっちへ来てくれないか」
「?」
私は首を傾げながら、彼のそばへ歩み寄った。
ジークフリート様は、まるで悪戯が見つかった子供のように、気まずそうな顔で私を振り返る。
その大きな手は、後ろで何かを隠すように組まれていた。
「目を、閉じていろ」
「えっ? 目ですか?」
「あぁ。……開けるなよ」
言われるがままに、私は目を閉じた。
衣擦れの音。
ジークフリート様が近づいてくる気配。
心臓がトクン、と跳ねる。
(な、何をされるのかしら……?)
少しの緊張と、それ以上の期待。
すると、私の髪に何かが触れた。
彼の大きな指先が、私の前髪を優しく掬い上げ、何かを留める感触。
「……よし。いいぞ」
彼の合図で、私はゆっくりと目を開けた。
目の前には、少し顔を赤らめたジークフリート様が立っていた。
「鏡を見てみろ」
私は壁に掛けられた姿見を覗き込んだ。
そこには、いつも通りの私が映っている。
けれど、サイドの髪には、キラリと光る銀色の髪飾りが留められていた。
小さなスズランの花を模した、繊細な銀細工。
中央には、朝露のような淡い水色の宝石が埋め込まれている。
「わぁ……!」
私は思わず息を呑んだ。
派手すぎず、でもとても上品で可愛らしい。
「これ、どうされたんですか?」
「……先日の、街へ行った時だ」
彼はそっぽを向いて、ボソボソと言った。
「お前がハチミツを選んでいる間に、隣の露店で……目が留まってな。その、お前の瞳の色に似ていると思ったんだ」
「私のために、買ってくださったんですか?」
「……あぁ。今まで、まともな礼もしていなかったからな。契約成立の祝いというか、その、日頃の感謝だ」
私は胸がいっぱいになった。
あの時、彼は周りから避けられて、居心地が悪かったはずだ。
それなのに、私のためにこっそりとプレゼントを選んでくれていただなんて。
私は髪飾りにそっと触れた。
ひんやりとした銀の感触が、今はとても温かく感じる。
「ありがとうございます、旦那様。……でも、こんな素敵なもの、私にはもったいないです」
実家では、姉たちのお古や、地味な色のリボンしか許されていなかった。
こんな綺麗な装飾品、私がつけても浮いてしまうんじゃないだろうか。
私が少し自信なさげに俯くと、ジークフリート様が一歩踏み出し、私の頬に手を添えた。
「顔を上げろ、リナリア」
「……はい」
恐る恐る顔を上げると、金色の瞳が至近距離で私を見つめていた。
そこには、いつもの鋭さはなく、溶けるような熱が宿っている。
「似合っている。……すごく」
「そ、そうですか……?」
「あぁ。お前は、自分が思っているよりずっと……」
彼は言葉を切り、一度唇を噛み締めてから、意を決したように告げた。
「綺麗だ」
ドキンッ!!
心臓が、早鐘を打った。
お世辞なんて言えそうにないこの人が、真っ直ぐな目でそう言ったのだ。
顔から火が出るかと思った。
「そ、そんなっ! 私なんて地味ですし、背も低いですし……!」
「俺には、世界で一番可愛らしく見える」
「うぅぅ……」
これ以上の追撃は心臓に悪い。
私は茹で上がった蛸のようになって、両手で顔を覆った。
「旦那様の、ばか……」
「……すまん。言い過ぎたか」
ジークフリート様も我に返ったのか、耳まで真っ赤にして咳払いをした。
「と、とにかく。それはお前のものだ。大事にしてくれると嬉しい」
「はい! 一生の宝物にします!」
私は髪飾りを撫でながら、満面の笑みで答えた。
窓の外では、ポチが蝶々を追いかけて飛び跳ねている。
穏やかで、優しくて、甘やかな午後。
この幸せが、ずっと続けばいいのに。
私は心からそう願った。




