第10話 旦那様の友人は騎士団長
街への買い出しから数日が経ったある日の昼下がり。
私は庭で、ポチのブラッシングをしていた。
「よしよし、気持ちいい? ここの毛が絡まってるわね」
ポチはお腹を上に向けて寝転がり、されるがままになっている。
巨大なモフモフを堪能していると、ポチが急にガバッと頭を上げ、森の入り口の方を睨んで低く唸った。
「グルルッ……」
「どうしたの? お客さん?」
私が顔を上げると、森の小道から一頭の馬が現れた。
乗っているのは、いかにも武人といった雰囲気の男性だ。
銀色の軽鎧を身につけ、腰には立派な剣。整った顔立ちだが、眉間に深い皺を寄せている。
(うわぁ、強そうな人……。もしかして、山賊!?)
私は身構えた。ここは辺境だ。治安が悪い可能性もある。
すると、薪割りをしていたジークフリート様が、斧を持ったままゆっくりと歩み寄ってきた。
「……レオンか?」
「閣下!」
馬上の男性は、ジークフリート様を見るなり目を丸くし、慌てて馬から飛び降りた。
そして、その場に片膝をついて深々と頭を下げた。
「ご無事……いえ、ご無沙汰しております! 王都より馳せ参じました!」
「……声がデカい。立て」
ジークフリート様は呆れたように言い、私の方を手招きした。
「リナリア、こっちへ来い。……昔の、部下だ」
「部下? お知り合いだったんですね」
私はホッとして、ポチと一緒に二人の元へ向かった。
男性――レオンさんは立ち上がり、私を見て驚いたように瞬きをした。
「閣下、こちらの女性は……?」
「俺の妻だ」
「つ、妻!? 閣下が、ご結婚を!?」
レオンさんは口をあんぐりと開けた。
私はスカートの裾をつまんで挨拶をした。
「初めまして。リナリアと申します」
レオンさんはハッとして姿勢を正した。
「こ、これは失礼いたしました! 私はレオンハルト・ヴァン・アスター。王都で騎士団の団長を務めております」
「騎士団長様!?」
私は仰天した。
騎士団長といえば、国の軍事トップだ。そんな雲の上の人が、どうしてこんな辺境に?
それに、さっきから気になっていたことがある。
「あの……騎士団長様は、旦那様のこと『閣下』と呼んでいらっしゃいますが……」
閣下といえば、将軍とか、高位貴族への敬称だ。
貧乏貴族(だと思っている)の旦那様には、少し大袈裟すぎないだろうか?
私が首を傾げると、ジークフリート様がサッと割って入った。
「あー……こいつは堅物でな。俺が昔、軍で小隊長をしていた頃の癖が抜けないんだ」
「えっ、旦那様、隊長さんだったんですか?」
「……まぁな。少しだけだ」
ジークフリート様はバツが悪そうに目を逸らした。
なるほど。元上司だから、敬意を込めてそう呼んでいるのね。体育会系の縦社会ってすごい。
「今日は……その、あなた様のご様子を伺いに参りました。王都では『呪いで瀕死の状態』と噂されておりましたので」
レオンさんは、ジークフリート様をじろじろと観察した。
そして、信じられないものを見るように呟く。
「しかし……これはいったい。お顔の色も良いですし、肌艶も……。それに、あの禍々しい瘴気が、綺麗さっぱり消えているではありませんか」
「……まぁな」
ジークフリート様は咳払いをした。
「詳しい話は中でしよう。リナリア、昼飯の用意を頼めるか?」
「はい、お任せください! 騎士団長様のお口に合うかわかりませんが、腕によりをかけますね!」
私は張り切って台所へと向かった。
お客様だ! しかも旦那様の元部下の方。
これは、妻としてのおもてなしスキルを見せる絶好の機会だわ。
◇◇◇
ダイニングルームで待つ二人の前に、私は湯気の立つ皿を運んだ。
「本日のランチは、『煮込みハンバーグ』です」
挽肉を丁寧にこね、中にチーズを仕込んだ特製ハンバーグ。
それを、完熟トマトと赤ワインでじっくり煮込んだソースと一緒に盛り付けた。
付け合わせは、庭で採れたジャガイモの素揚げと、人参のグラッセ。
「おお……これは美味そうだ」
レオンさんは喉を鳴らした。
長旅で疲弊していたのだろう。目の下のクマがひどいし、肩もガチガチに凝っているように見える。
「どうぞ、冷めないうちに召し上がってください」
「では、いただきます」
レオンさんはナイフを入れた。
ふわり、と柔らかい手応え。中からトロリとチーズが溢れ出し、トマトソースと絡み合う。
それを口へと運ぶ。
パクッ。
「……ッ!?」
その瞬間。
ガタンッ! とレオンさんが椅子を鳴らして立ち上がった。
「き、騎士団長様? どうされました!?」
私が驚くと、彼は自分の体をペタペタと触り、それから目をカッ! と見開いて私を凝視した。
「お、奥様……! こ、これには一体、何が入っておられるのですか!?」
「えっ? えっと……挽肉と、玉ねぎと、パン粉と……あ、隠し味にナツメグを少々……」
「ナツメグ……? まさか、伝説の霊薬『エリクサー』の別名ですか?」
「いいえ、ただのスパイスですけど……」
レオンさんは戦慄していた。
どうやら食べた瞬間、爆発的な魔力が体中を駆け巡ったらしい。
連日の激務で蓄積していた疲労が霧散し、古傷の痛みが消え、さらには魔力枯渇寸前だった回路が瞬時に満タンまで回復したようだ。
彼は震える指でハンバーグを指差した。
「こ、これはただの食事ではありません! 噛むたびに生命力が湧いてくる! もしや奥様は、国宝級の錬金術師であらせられますか!?」
「錬金術師? いえ、ただの主婦ですけど……」
私が困惑していると、向かいに座っていたジークフリート様が、低い声でドスを利かせた。
「……レオン」
「は、はいっ!」
「飯が冷める。黙って食え」
その目は、「余計なことを言ったらシメる」と雄弁に語っていた。
レオンさんはハッと悟った顔になり、冷や汗を拭った。
「し、失礼いたしました! あまりに美味だったもので、つい取り乱してしまい……」
「お口に合ったなら良かったです。おかわりもありますからね」
「は、はい! いただきます!」
レオンさんは猛烈な勢いでハンバーグを食べ始めた。
涙を流さんばかりの感動ぶりだ。
(よかった。騎士団長様って、意外とリアクションが大きい楽しい方なのね)
私はニコニコと彼らを見守った。
◇◇◇
食後。
ジークフリート様とレオンさんは、テラスで深刻そうな顔をして話し込んでいた。
私はお茶のおかわりを持っていこうとして、ふと足を止めた。
「……閣下。あの奥様は、危険です」
レオンさんの真剣な声が聞こえた。
「あのような治癒能力、隠し通せるものではありません。もし王家が気付けば、必ず利用しようとします」
「分かっている。だから、お前を呼んだ」
ジークフリート様の声は冷静だった。
「リナリアの実家――ベルベット伯爵家が、最近不穏な動きをしているらしい。あいつを連れ戻そうとしている、という噂は本当か?」
「……はい。調査によれば、ベルベット家は事業に失敗し、多額の借金を抱えています。どうやらリナリア様を他家に売り飛ばして、その金で穴埋めをするつもりのようで……」
「下衆が」
吐き捨てるような、氷の声音。
テラスの空気が一瞬で凍りついたような殺気を感じて、私は思わず身震いした。
「レオン。俺は、リナリアを渡す気はない。……たとえ、この国を敵に回してもな」
「フッ……閣下。そう仰ると思っていました」
レオンさんの声色が、楽しげなものに変わった。
「ご安心ください。騎士団は、常に『英雄ジークフリート』の味方です。それに……」
彼はダイニングの方を振り返った(私は慌てて隠れた)。
「あんなに美味いハンバーグをご馳走になって、恩を返さないわけにはいきませんからね。奥様をお守りするためなら、一肌でも二肌でも脱ぎましょう」
「……ふん。口の軽い男だ」
「口止め料として、帰りにあのクッキーを包んでいただけますか?」
「……一袋だけだぞ」
そんなやり取りが聞こえてきて、私は胸が熱くなった。
(旦那様……。私の実家のこと、知っていたんだ)
知っていて、守ろうとしてくれている。
それに、騎士団長様も味方になってくれるなんて。
私は涙をこらえ、深呼吸をしてから、努めて明るい声でテラスに出た。
「お茶のおかわりをお持ちしました! あと、お土産のクッキーも用意しましたよ!」
二人は驚いた顔をしたけれど、すぐに優しい笑顔を向けてくれた。
こうして、私たちは最強の味方(騎士団長)を手に入れた。
迫りくる実家の魔手に対し、迎撃準備は着々と整いつつあったのだ。




