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【完結】あざ顔女官の宮廷アロマテラピー〜鋼鉄の皇太子を香りで骨抜きにしました〜  作者: あまNatu


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8/40

簡単に

 皇太子の不調が治るまで、ひとまず貸し出し女官的な扱いをされることになった。

 とはいえ香華がやることはあまりない。

 白龍の世話は全て、ほかの女官がやるからだ。

 だから香華がやることは一つだけ。

 それは白龍の日常生活をつぶさに観察することだ。

 彼の不調の原因を知るためには必要なことなのである。

 ゆえに彼をよく見ているのだが、全く変わり映えのしないその景色に、香華は早々に飽きそうになっていた。


「……殿下は書類仕事で一日終わる感じですか?」


「ん? まあそうなるかもね」


 なるほど。

 そうなると原因はたくさんあるかもしれない。

 一つはシンプルな頭痛。

 睡眠不足による頭痛が原因の可能性もある。

 これは今日このあと確かめてみるつもりだ。

 夜も更けてきたというのに、白龍は蝋の灯りで書き物を続けている。

 いつ終わるのかと待ち、やっと終わったらしい白龍は腕を上げて体を伸ばした。


「――っ、はあ……。さて、今日は一旦これで終わりかな」


 流石に疲れたのだろう。

 彼は目頭を押さえながら立ち上がると、待っていた香華の元へとやってきた。


「待たせてすまない」


「いえ。……それより頭痛のほうは?」


「ある。特に夜になるとひどくなるんだ」


 今も痛いようで、頭の後ろあたりをさすっている。


「それで? 僕はどうしたらいい?」


「頭のマッサージ……基、推拿をやってみようと思います。こちらへ寝転がってください」


 そう言って香華は、怖多くも皇太子のベッドへと乗ると白龍に寝るよう伝えた。


「仰向け……天井を見るように寝てください」


「わかった」


 言われるがまま寝転がった白龍の周りを、香蝶が舞はじめる。


「……今日はなんの香りだい?」


「ネロリ、と呼ばれる香りです。鎮静作用があり不眠に役立ちます。臭くはありませんか?」


「大丈夫だ」


 それならこのままこの香りでいこうと、寝転んだ白龍の頭の上に座る。

 皇太子のベッドにいるということだけでも緊張するのに、あまつさえ同衾しているなんて……。

 あまり考えないようにしようと、布を白龍の目に置いた。


「寝れそうなら寝てください」


「わかった」


 さて、と腕をまくって白龍の頭を掴み軽く持ち上げた。

 実際目のところに布を置くのは眠りやすいためもあるが、顔を見られたくないからが大きい。

 下から覗かれるなんて、どんな美人だって不細工にうつってしまう。

 そこはいくつになっても恥じらいを持ちたい。


「……では、やっていきます」


 一言入れてから頭に触れた。

 指の腹を使い、頭の左右を円を書くようにもみほぐす。

 そしてすぐに気がついた。


(――固い……)


 頭皮とは本来、柔らかいものだ。

 子どものころカツラごっこなんて言って、前に後ろに動かしたことがあるのだが、普通はそれくらい柔らかいものでなくてはならない。

 しかし筋肉とはなにもしなければ固くなってしまうもの。

 特に白龍のように事務仕事をしている人は、ここが固くなるのだ。


「――生え際も固い……」


「……少し痛いな」


「凝っている証拠です。痛気持ちいいくらいの力加減でやりたいので、都度おっしゃってください」


「わかった。なら今はちょうどいい力加減だよ」

 

 左右から圧をかけつつ、頭皮を指先でぐるりぐるりと回していく。

 髪の生え際から後ろにかけて、指で押しながら這わすのも忘れない。

 するとやはり、頭の後ろのほうが凝っていることに気がついた。


「痛いのは左側ですか?」


「うん。よくわかったね」


 確かに左側はかなり張っている。

 指が入っていかないし、なんなら筋が少し盛り上がっているのだ。

 そこに触れつつも、もちろん右側も忘れない。

 そちらもじゅうぶん固くなっている。


「…………」


 そのまま下の方へと手を動かして、頭蓋骨の割れ目に指を入れる。

 見事に骨の間に入っていかない指に、これは重症だなと口端を上げた。

 まさか相手が皇太子になるとは思わなかったが、久しぶりにマッサージができるのは嬉しい。

 アロマオイルのマッサージではないが、これも前世でよくやってきたことだ。

 絶対にこの凝りをほぐしてみせると意気込み、耳のほうを触った時だ。


「――……前も?」


 耳の下から首、そして鎖骨のあたりにまで伸びている筋が固い。

 常に下を向き書きものをしているのが原因の一つだろう。

 どうせならこちらもほぐそうと首筋に触れた時だ。


 ――勢いよくその腕が握られた。


「――っ!?」


「……なにをするつもりだった?」


 体が反転した。

 香華の視界には天井と鈍く光る白龍の赤い目がある。

 明らかに殺気を放たれており、香華はそこで己がしくじったことに気がついた。


 ――首は人体にとって急所だ。


 そこをおいそれと触らせるほど、皇太子は平和ボケしていない。

 そんなところに無断で触ったのだから、首に手をかけられていてもおかしくはなかった。


「失礼致しました。首のほうも張っていらっしゃったので……」


「それだけか……?」


「誓って」


 しばし見つめ合う二人。

 香華としてはこのまま他意はなかったのだと、白龍に信じてもらうよりほかに方法はない。

 だからこそいつでも首を絞め殺される状態だったとしても、臆することなく彼の赤い目を見続けた。

 まっすぐ、逸らすことなく。


「……」


「………………わかった。君を信じよう。……すまなかったね」


 どうやら一旦信じてくれるようだ。

 首元から外れた白龍の手にほっと息をつきつつ、香華は起き上がった。


「いえ、こちらこそ。不躾をいたしました」


「次からは事前に教えておいてくれるかい? ――今日は頭だけで頼むよ。寝れそうなら寝たいからね」


「かしこまりました」


 どうやらまだクビにはならないようだ。

 いっそそうなってくれたほうがありがたかったのだが。


「…………」


 さきほどと同じように寝転がった白龍の頭をマッサージしつつも、香華は落ち着くために何度も深呼吸を繰り返した。

 あれは、殺気というものなのだろう。

 白龍はいつだって簡単に、香華の細首を締め上げることができるのだ。

 そしてただの女官である香華に、それを止める権利はない。

 とにかく今は言われたとおり、頭をマッサージするだけ。

 ほかの余計なことはしないようにしなくては。


「――よしっ」


 手の震えは、止まった。

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