姉と妹
「…………艶妃様。……あの、あざ顔……が、やってきました……」
「…………通しなさい」
そうして艶虎の元へとやってきた香華は、通された部屋で彼女と対峙することとなった。
「――お前」
「お久しぶりです。お姉様」
香華を見た艶虎の瞳が大きく見開かれた。
じっと見つめてくるのは、香華の顔だ。
そう。
あざのない、顔だ。
「…………どういうこと?」
「皇太子殿下の妻になります。……だからあざは、守護獣の力で消しました」
耳元でバリンっと大きな音が鳴った。
艶虎が待っていた盃が顔の横をとおり、壁に激突したのだ。
割れたそれを見ることもなく、香華は艶虎と向き合う。
「お姉様。どうかもう、人を傷つけるのはおやめください」
「お前という存在に私は傷ついてるのよ!?」
「……わかっています。私と比べられて、お姉さまがいつもおつらい思いをしていたことは」
けれど、と香華は艶虎を真正面から強く見つめた。
「だからと言って、人を傷つけていいわけではありません。……今の世、父親に意見を言うなど難しいことはわかっています。ですが、お姉様が戦うべきはお父様です」
「わかったような口を聞くな! お前に……お前になにがわかるの!?」
「お姉様に私の苦しみがわからないように、私にもお姉様の苦しみは分かりません」
誰だって苦しいしつらいことばかりだ。
けれどそれを人のせいばかりにはしていられない。
もういい加減、艶虎も進まなくては。
「お姉様はもう、皇帝陛下の妃です。お父様に付き従う必要はありません。……どうか幸せになってください」
「…………なんなの、お前」
「まだ小さかったころ、お姉様と一緒に遊んだことがありましたね。……あの時私がお姉様の人形を欲しがって。お姉様の大切なものだったのに、笑ってくださいました」
艶虎の顔が歪む。
それからすぐに顔を背けると、香華に背中を向けた。
「覚えてないわ。そんなこと」
「はい。……でも私は覚えています」
優しかった頃の艶虎を覚えているのだ。
香華は静かに頭を下げて、ゆっくりと上げた。
「それではお姉様。……さようなら」
香華は踵を返しその場を後にした。
もう振り返ることはしない。
艶虎もきっと、変わることができるはずだから。
優しかったあの頃の姉のように……。
「――香華」
「――殿下……!」
「心配で迎えきちゃった。……大丈夫?」
外に出た香華を待っていたのは白龍だった。
彼は無事出てきた香華をみると、安堵のため息をつく。
「いざとなったら出て行こうと思ってたんだ」
「……ありがとうございます。ですが大丈夫です。……お姉様ももう、きっと……」
「…………そっか」
白龍は優しく微笑みつつ手を差し出してきた。
恥ずかしいし恐れ多いとあわてて断ろうとしたが、そもそも白龍とは夫婦になるのだと思い出す。
ならばそんなこと言ってられないと、顔を真っ赤にしながら彼の手に己の手を置いた。
「なれていかないとね?」
「……な、なれるでしょうか?」
「んー……香華次第かな?」
「が、がんばります……」
彼と触れ合うことになれるのだろうか?
わからないけれど、躊躇いなくできたらそれは嬉しいなと思う。
「さあ、行こうか。母上が結婚式の準備にものすごく乗り気なんだ。もう日取りまで決めてるんだよ」
「そ――それはすごいですね」
「うん。だからもう逃げられないよ」
「……逃げる気なんてありませんよ」
ここまできたら突き進むのみだ。
やれるだけやってみよう。
そばに白龍がいてくれるのなら、きっと大丈夫だと信じられる。
「――殿下?」
「ん? なんだい?」
「えっと……末長く、よろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げれば、白龍は少し驚いたように瞳を開いた。
しばし沈黙したのち、深く頷く。
「こちらこそ。よろしくお願いします」
「――はい!」
「それじゃあ、行こうか」
白龍に引っ張られて足を進める。
胸が痛いくらい緊張しているけれど、でもきっと大丈夫だと思えた。
「香華はどんな結婚式にしたい?」
「え、決められるんですか?」
「………………無理かも。母上のあの様子じゃ……。あ、でも香華の望みは叶えるから言ってね?」
「……はい! ありがとうございます!」
こうして香華は白龍の妃となり、娘と息子二人の子どもに恵まれた。
その美しくも聡明な女性のことを、人々はこう呼んだ。
――幻煌国の生きる宝石、と。
完




