かんざし
「香華。こちらに」
「はい、皇后陛下」
あの日以来、皇后との間の距離が近くなった気がする。
それはとてもよかったと思う。
あの手のマッサージで、少しだけ信頼を勝ち得たのだから。
だがもちろん、まだまだ皇后の体の不調については教えてもらっていない。
そこは日々精進あるのみ、だ。
なのでよかったはよかったのだが、なんだかあれから少しだけ、皇后の様子がおかしい気がする。
皇后は香華を近くに寄らせると、じっと見つめた後隣にいる淑威に声をかけた。
すると彼女は美しい装飾が施された、箱のようなものを持ってくる。
蓋を開ければ、そこには目が眩むほどの装飾品が入っていた。
「ふむ……。どれがいいと思う?」
「こちらなどよろしいのではないでしょうか?」
「これは?」
「素敵です」
なんの話だ。
皇后と淑威は箱の中に入っているさまざまなかんざしを手にしては、あれこれと話し合っている。
一体なにごとなのだと見つめていると、皇后はそのうちの一つを香華の頭に刺した。
「――え」
「あげるわ」
「え? ……ええ!?」
香華は慌てて髪に刺されたかんざしに触れる。
刺される直前に見たのは、蝶を模した青色を基調としたかんざしだったように思う。
輝く宝石たちが美しいそれが、今香華の頭に刺さっているのだと思うと迂闊に触れることもできなくなった。
絶対に高価なものだ。
皇后が持っているものなのだ。
安いはずがない。
そんなものが自分の頭の上にあるかと思うと、安心なんてできなかった。
「こ、皇后陛下! 私のようなものにこのような高価なものは……!」
「あなたは普段は殿下の、今は私のところの女官なのよ? もう少し身だしなみに気を使ってもいいのでは?」
「――そ、それは……」
ごもっともすぎてなにも言えなかった。
香華は仮にもいい家の出ではあるため、昔は高価な装飾品も身につけていた。
それこそ幻煌国の生きる宝石、なんて呼ばれていた時は、だ。
しかし顔にあざができたその時から、父は香華に金を使うことをよしとはしなかった。
そのため洋服や装飾品に至るまで、艶虎が着古したものや壊れたものなどをもらうより他になかったのだ。
なのでこんな見るからに高価そうなものを持つなんて緊張すると震えていると、そんな香華に皇后はくすりと笑う。
「ちょうどいいからそのまま殿下に本を届けてくれる? 読み終わったから返したいの」
「か、かしこまりました……」
いいのだろうか?
と頭に刺さるかんざしに恐怖しつつも、香華は皇后から本を受け取り白龍の元へと向かう。
まあいいというならいいのだが……とちらちらかんざしの刺さる方を見ていると、不意に横から声がかけられた。
「香華ちゃん!」
「凰輝様!」
さっそうと香華の隣にやってきたのは凰輝だった。
彼は軽く手を上げて近づいてくると、すぐに香華が身につけるかんざしに気がついた。
「おや。なにやら可愛らしいかんざしをつけてるね?」
「あ、こちら皇后陛下より賜ったものなのです」
いつもはこんな洒落たものをつけないため、なんだか気恥ずかしい。
少し照れたように言えば、それを聞いた凰輝はパチパチと手を叩いた。
「おお! さっそく皇后様に気に入られた感じ? ならすぐ殿下のところに戻ってくるのかな?」
「――あ、いえ。そうじゃないと思います」
これはきっと、あのハンドマッサージのお礼的なものだろう。
なので否定したのだが、凰輝はなぜか納得いってないように小首を傾げた。
「んんん? 皇后様はお礼程度でそんな高価なもの渡さないと思うんだけど……」
「――や、やはりこれは高価なものなんでしょうか……!?」
見ただけで値段がわかるのかと凰輝に問えば、彼はしばらく考えるように顎に触れた後、人差し指をピンっと立てた。
「あ、なるほど。そういう意味で気に入られたわけか」
「ど、どういう意味でしょう……?」
「香華ちゃん可愛いし気も効くし、義母としてはいい相手だと思ったんじゃない?」
「義母……?」
凰輝はなにを言いたのだろうか?
よくわからないと小首を傾げる香華の隣で、突然凰輝がニヤリと笑った。
「この方角ってことは、皇太子殿下に会いに?」
「そうです。皇后陛下から本を返すように、と」
「そのかんざしを付けて?」
「…………よくお分かりですね」
なぜそんなことまでわかるのだ。
もしかしてエスパー的なやつだったりするのだろうかと疑っていると、凰輝は楽しそうに頷いた。
「うんうん、いいねいいね。皇后様のそういうところ大好きだなー」
「……当事者は一切わかってないんですが……?」
「いいのいいの。それがいいんだから。ささ! 皇太子殿下に見せてきてよ。その可愛いかんざしをつけた可愛い香華ちゃんをさ!」
なんだか楽しそうな凰輝はそれだけ言うと、さっさとどこかへ消えてしまう。
凰輝の言いたいことが全くもってわからない。
「……なんなの? まったく……」
まあいいかと、香華は本を持って白龍の元へ向かう。
この間も顔を合わせたというのに、一日会わないだけで少し悲しく感じた。
やはり早く白龍のそばに帰りたい。
「……そのためにも、皇后陛下に認めていただかないと!」




