体質
「皇后陛下の具合はお悪いのですか……?」
「…………そう、ね。けれどあまり聞かないほうがいいわ。探っていると思われるやも……」
「私は皇太子殿下より、皇后陛下のお心を少しでも軽くするようにとのご命令できております」
「…………そうだったわね」
皇后に仕えるものたちは忠誠心が高いようだ。
よそからやってきたばかりの香華に対して、警戒心を持って接してくる。
なので皇后の話を聞くのは難しい。
しかし彼女たちの対応は正しいため、香華は最終奥義『皇太子の命令』を出すことにした。
すると渋っていた女性たちは、おずおずと口を開き始める。
「皇后様は気苦労が耐えないでしょう? 陛下はああやって若い女性の元へばかり。特に艶妃がきてからは、こちらに最低限しか近寄らなくて……」
「艶妃も艶妃で皇帝陛下の寵愛を受けているからと、皇后様を蔑ろにして……。知ってる? この間皇后様主催のお茶会があったのに、あの女こなかったのよ!?」
「体調不良とか言って。絶対嘘よね」
ねー、とそろって声を上げる女官たち。
なるほど、彼女たちは皇后をちゃんと主人として認めているようだ。
だからこそ、そんな皇后を苦しめる艶虎が気に食わないらしい。
口を開けば艶虎への恨みつらみで、香華は慌てて話を逸らした。
「なるほど。皇后陛下の不調の原因は精神的なものと?」
「医師はそう言ってたわ。……殿下はお妃様を娶っていないでしょう? そこもやはりおつらいみたい」
「お子の一人二人いてくだされば、話は変わるのでしょうけれど」
「次期皇帝はもちろん皇太子殿下でしょうけれど……。油断はしてられないもの」
白龍の守護獣が龍だから、次期皇帝は彼に決まった。
しかし油断ばかりはしていられない。
白龍には七人の弟がおり、さらにはまだ産まれてくるかもしれないのだから。
実際艶虎が懐妊し、その子どもが男の子だった場合どうなるかわかったものではない。
それに白龍以外にも、龍を守護獣に持つ子どもが産まれないとも限らない。
考えれば考えるほど、皇后の気苦労は絶えないだろう。
「詳しく知りたいのなら、淑威様に聞いてみたら?」
「淑威様って確か……」
「皇后様が一番信頼している女官よ。彼女なら私たちも知らない皇后様のことが聞けると思うわ」
確か常に皇后のそばにいる女官のことだ。
確かに彼女ならいろいろ詳しい話を聞けそうだが、果たして香華に話してくれるかどうか。
「ありがとうございます。淑威様に会ってきます」
「ええ。礼儀に厳しいかただから気をつけてね?」
「はい」
話をしてくれた女官たちに挨拶をして、香華は淑威の元へと向かう。
うわさによればこの時間、皇后は昼寝をしているようだ。
その間淑威は自室で写経に勤しむらしい。
そんなところも皇后付きらしいなと思いつつ、淑威の部屋へと向かった。
「淑威様、香華です。少しだけお話をお聞きしたいのですがよろしいでしょうか?」
「…………」
返事はない。
やはり皇后に好かれていない香華に、いい気はしていないのだ。
これは出直したほうがいいかと踵を返そうとした時、扉が開いた。
「――入りなさい」
「……ありがとうございます」
中から現れた淑威は少しふっくらとした四十くらいの女性だ。
彼女に案内され部屋へと入れば、そこは質素倹約という言葉が似合うような、簡素な部屋だった。
「皇后様のことを聞きにきたのでしょう?」
さっとお茶を出されたと思ったら、すぐにその質問が投げかけられた。
やはりバレているかと、香華は頷く。
「はい。皇后様の不調の原因にお心当たりはありませんか?」
「…………あなたが皇太子殿下のおそばを離れれば、皇后陛下の不調も少しはよくなると思うのだけれど」
痛いところをついてくる。
だが残念ながら香華にその気はないので、静かに首を振った。
「心労の一つが減ったとしても、よくなるとは思えません」
「…………まあ、そうね」
おしゃべりをして喉が渇いているため、ありがたくお茶をいただくことにした。
女官が飲むにしてはいいお茶で驚いていると、淑威は香華をまっすぐ見つめてくる。
「あなたが聞きたいことは、皇后陛下がお話にならないと決めたのなら私の口からは言えないわ」
「……ですよね。急に押し入って申し訳ございません」
淑威が皇后に対して忠誠を誓っているのなら、そういう行動に出るだろうことは予測できた。
なのでやはり無理だったかと少しだけ残念に思いはしたが、特に驚くことはない。
迷惑をかけて申し訳ないと謝りつつ、さっさとお茶を飲んでお暇しようとした香華に、けれど、と淑威は続ける。
「皇后様によくなっていただきたい気持ちもあるの。……あなたが殿下を治し、殿下があなたを信頼している。だから少しだけ、あなたに教えてあげる」
淑威は声をひそめると、香華にしか聞こえないようつぶやいた。
「皇后様の不調の原因はわかっているわ。……わかっていて、医師もどうにもできないとなったのよ。原因は体質……昔からのものだから」
話はそれだけだと、淑威は香華の前に置いてある茶器を片付け始める。
そんな彼女に頭を下げて、香華はその場を後にした。
「…………体質、か」
昔からそうだった。
原因は分かっていても、医師にはどうすることもできない。
淑威の話し方的に、不治の病等のものではないのだろう。
「……吐き気、吐き気ねぇ」
まださすがに答えを導き出すピースが足りない。
香華は唇をむにむにとつまみつつ、自らの部屋へと戻ったのだった。




