信じてる
「殿下、お話がございます」
「うん。どうかした?」
部屋に戻った香華はすぐに白龍と話をすることにした。
人払いされたところならなんの気兼ねもない。
香華は一歩前に出ると、白龍の赤い瞳をまっすぐに見つめた。
「皇后陛下の件なのですが……」
「……香華のことだから、気にしてると思ったよ」
そう言う白龍だったが、呆れているような雰囲気はない。
どちらかといえば待っていたと言わんばかりで、香華もまた笑ってしまった。
「お見通しですね」
「香華はまっすぐだから。それで? どうしたいの?」
そんなところまでお見通しとは少し恥ずかしい。
とはいえ理解してもらえているというのは気分もいい。
だってそれは、白龍が香華を見てくれているという証明だから。
「私を皇后陛下の元へ使わせてくださいませんか?」
「母上のところに……? なぜ?」
香華は少し考えたのちに、ありのままを白龍に話すことにした。
「皇后陛下にお会いして、お顔の色が気になりました。……はじめてお会いした時の殿下のようで……」
皇后の顔が白龍に似ているから、なおのこと気になってしまったのだ。
青ざめた顔色を思い出して、香華は少し眉間に皺を寄せた。
「皇后陛下はどこかおかげんが……?」
「うん。僕と同じで不眠のようだ。……それに吐き気もあるみたいで、食事もほとんどとれていないみたいなんだ」
なるほど、と香華は下唇をぷにぷにとつまむ。
不眠の原因はやはり精神的なものだろうか?
それによる吐き気の可能性もあるが、もしかしたら……。
「香華。それは今考えてわかるものなのかい?」
「――は! 失礼いたしました」
あれこれ考えても意味はない。
皇后を見たのは一瞬で、あれだけでは情報が足りなさすぎる。
だからこそ、だ。
「私が皇后陛下の元へ向かい、香蝶で少しでもお気持ちを軽くできたらと……」
「なるほどね。というか、香華なら治せるんじゃない?」
「いえ……。私は医師ではないので、治せるという保証はありません」
確かにそうだったと、白龍は納得したように頷いた。
「それでも行くの?」
「……はい。打算がありますから」
皇后に少しでも気に入られる。
それが香華が皇后の元に行く一番の理由だ。
申し訳ないが白龍のそばを離れる気なんてさらさらない。
なら認めてもらえるよう、こちらが動くしかないのだ。
香華の狙いがわかっているからか、白龍は困ったように笑う。
「だけど母上が受け入れてくれるかどうか……」
「そこは大丈夫かと。皇后陛下の望みは、私が殿下から離れることですから……」
「ああ……そうか。そうだったね」
肩をすくめた白龍は、テーブルに肩肘をつくと手のひらに顎を乗せた。
「困った人だよ。いつまでも僕のことを子どもだと思っているんだ」
「皇后陛下のご心配もわかる気はします」
皇太子である白龍に妻の一人もいない。
そこが一番の懸念点なのだろう。
そんな人のそばにこんなあざ顔がいるのだ。
さぞや心配なことだろう。
「……無礼をお許しいただけますか?」
「もちろん。無礼なんて思わないよ」
香華は許しを得てから口を開いた。
「…………殿下はなぜ、妃を娶られないのですか?」
「ああ……、それね。しょうじき子どもの頃から騒がれすぎて話をされるだけで頭が痛くなるんだよ。あとまだ皇帝になりたくない」
「皇帝に?」
どういう意味だろうかと小首を傾げた香華に、白龍は少し嫌そうに話を続けた。
「皇帝には妃が必要。だから妃を娶らなければ、僕はまだ皇帝にならずに済むんだ」
なるほどそういうこともあるのかと納得した。
だがもう一つ疑問があると、香華は白龍に問いかける。
「なぜ皇帝になられたくないのですか? 私は殿下こそ、皇帝の座に相応しいと思いますが……」
「ありがとう。そうだね……まだその時じゃないから、かな? どうせなるのなら憂いをなくしてからがいいしね」
憂い、とはなにを指すのかわからなかったが、白龍のことだ。
きっといろいろ考えてのことなのだろう。
「そうなのですね。……不躾な質問、大変失礼いたしました」
出過ぎた真似をしたと頭を下げれば、白龍は優しく微笑んでくれた。
「疑問に思って当たり前だよ、それより本当にいいの? 母上のところに行ったらだいぶ大変だと思うけど……」
まあ確かに。
皇后が香華を快く受け入れてくれるとは思えない。
きっと苦労は絶えないだろう。
だが……。
「姉の元より大変じゃないと思います」
「……それは……そうだね。さすがの母上も意味もなく罰したりはしないだろうから」
あの地獄に比べればマシだ。
白龍の言うとおりなら、きっと耐えられるはずだ。
いや、耐えてみせる。
全ては白龍に今後も仕えるため。
そのためならどんな苦労も耐えてみせる。
「必ず皇后様に認められて、帰って参ります」
「……うん。信じてるよ。香華が戻ってくるのを待ってるね」
こうして香華は、皇后の元へ向かうことになった――。




