心配ごと
白龍が戻ってきた。
凰輝と美琳を連れて。
「――殿下! ご無事ですか!?」
「大丈夫だよ。なにを心配していたの?」
あの艶虎のことだ。
無理やり白龍を襲ったりする可能性もある。
だからこそ警戒していたのだが、白龍はまるで何事もなかったかのように部屋に入ってくると、執務用の椅子に腰を下ろした。
「香華ぁぁぁ! 無事でよかったよー!」
「美琳! あなたが皇太子殿下に知らせてくれたんでしょう? ……ありがとう。あなたは命の恩人だわ」
「そんなことどうでもいいよー! うぇぇぇん!」
号泣する美琳に抱きしめられて、香華はその頭を優しく撫でる。
彼女のおかげで白龍が来てくれたのだから、命の恩人であることに変わりはない。
改めてお礼をしないとと思っていると、もう一人命の恩人がいることを思い出した。
「香華ちゃん体はどう? もう大丈夫?」
「――凰輝さん……」
凰輝とまた、命の恩人であることに変わりはない。
香華は流れるように土下座しようと膝を折ろうとしたが、それを察知したのか白龍に声をかけられた。
「まだ無理はダメだからね」
「――……はい。凰輝さん、その節は本当にお世話になりました」
とはいえお礼はせねば。
深々と頭を下げた香華に、凰輝は八重歯を見せて笑った。
「いえいえ。元気になったならよかったよ。鳳凰もすごい心配してた」
「……鳳凰様が心配してくださってたんですか?」
「めちゃくちゃ。治した後もずーっと香華ちゃんの周り飛んでて一向に消えようとしねぇの。大変だったよ」
「……かわいいっ」
心配してくれていたこともうれしいのに、周りを飛んでいたなんてかわいすぎる。
できればその姿を見たかったと、心の中で悔しがった。
「とりあえず無事そうでよかった。それで? まさかの殿下付きになったんだって?」
「そうなんです! こんなに素敵なことありますか? ないですよ!」
美琳は両手を祈るように繋ぐと、瞳をキラキラと輝かせた。
「意味のわからないことで杖刑されない! そんな安全な場所に行けるなんて……!」
「今までどんなところにいたの……?」
「今回の香華が見本みたいな……?」
「地獄じゃねぇか!」
驚く凰輝は、そういえばと香華に視線を向けた。
「なんで杖刑なんて受けたの……?」
「………………それは」
艶虎が白龍のことを好きで、香華が彼と一緒にいることを嫌がったからなんて、伝えられるわけがない。
気まずくで黙っていると、まるで白龍が助け舟のように声をかけてくれた。
「そういえば香華、少しいいかな?」
「あ、はい! もちろんです」
慌てて白龍の元へ向かえば、残りの二人も軽く近づいてきた。
聞かれることはダメじゃないらしく、白龍はそのまま話し始めた。
「もしかしたらだけど、皇帝陛下からなにかお叱りを受けることになるかもしれない」
「――え?」
「君の姉がね、納得してなかったみたいなんだ。陛下に相談するみたいでね」
「……それって…………」
それはつまり、また白龍に迷惑をかけてしまうということだろうか?
艶虎は皇帝の寵愛を受けており、そんな彼女からお願いされれば皇帝が動く可能性がある。
いくら皇太子とはいえ、皇帝から命じられたら断ることはできないだろう。
それはつまり……。
「……私は、やはり姉の元に――」
「ん? 戻らなくていいよ?」
「…………ん?」
そういう話ではないのか?
目をぱちくりさせる香華の隣で、凰輝が頭の後ろで手を組みながらあーと声を上げた。
「ほら、あれじゃないっすか? 普通は、てきな」
「…………ああ! そうか、そうだね」
なんだか白龍と凰輝の二人だけはわかっているかのように話を続ける。
「香華、心配はないよ。いざとなれば僕が動くから」
「ですがそれでは殿下の迷惑に――」
「迷惑なんかじゃないよ。今君にいなくなられてしまう方が、僕にとっては大変なことだよ」
本当にそれでいいのだろうか?
白龍が大変な思いをするのは嫌なのだが、なぜか当人と凰輝だけはさして気にした様子もない。
「まあ本当になにかあったらすぐ殿下に言いな。美琳ちゃんも香華ちゃんのそばにいてあげてね?」
「もちろんです! なにかあれば即皇太子殿下にお伝えします!」
「俺でもいいからねー?」
「かしこまりました!」
なにやら美琳と凰輝が仲良くなっている。
それはまあいいだろうと、香華は改めて白龍と向き合った。
「あの……。本当に大丈夫ですか? 私は……」
「本当に大丈夫だよ。君が心配することは一つもない」
「…………はい」
とはいえ不安は消えない。
だって相手は皇帝の寵愛を得る妃。
自分は一介の女官にすぎない。
どちらの願いをとるかは明白だ。
そうなった時にはたして白龍はどうするのか。
まさか皇帝に楯突くなんてそんなことしないよなと、香華は心配そうに白龍を見つめた……。




