お前のせいだ
白龍のマッサージを担当しているが、それは一時的なもの。
本来の香華は艶虎付きの女官であるため、今日もそちらに帰らなくてはならない。
本日も無事マッサージを終え、自室へと向かっていた香華を、同じ艶虎付きの女官が止めてきた。
「あざ顔、艶妃様がお呼びよ」
蔑む名前を呼ばれたのは久しぶりだ。
そういえば白龍のところの人たちは香華に好意的だった。
このあざを見てもなにも言わないし、そもそも見てくることをしない。
やはり主人が変わると使用人も変わるのだなと、軽くため息をつきつつ艶虎のところに向かった。
「香華が参りました」
「……入れなさい」
入室の許可を得て、香華は中に入った。
部屋の中には艶虎しかおらず、彼女は一人酒を飲んでいるようだった。
「遅かったわね」
「申し訳ございません」
「別にいいわよ。皇太子殿下のためだもの」
なんだろうか。
なんだか変な感じがする。
はたから見れば艶虎はただお酒を嗜んでるようにしか見えないのに、なんだか空気が変なのだ。
妙に張り詰めているというか。
こういうときの艶虎には注意しないと、なにをしてくるかわからない。
返答を気をつけなくてはと、香華は背筋を伸ばした。
「それで? 皇太子殿下の体調はどうなの?」
「……改善には向かっておりますが、もう少し時間がかかるかと」
「――」
艶虎はなにも言わず酒をあおるように飲むと、すぐに追加を盃に注いだ。
「もう少しってどれくらい?」
「…………申し訳ございません。具体的な時間はまだ――」
わからない、と言おうとした香華の顔の横を、盃が凄まじい勢いで飛んでいき、壁にぶつかった。
バリンっと音を立てて盃が割れ、破片の一部が香華の頬を引き裂く。
たらり、と血が流れ、そこで香華は返答を間違えたことに気がついた。
「あんた……わかってるの? 本当は私が皇太子殿下に嫁ぐはずだったのよ?」
「そ、それは……」
「それを! 醜いお前が横取りしたんじゃない! そのせいで私は好きでもない男に嫁ぐことになって……。嫌だって言ったのにお父様が無理やり……」
艶虎はキッと香華を睨むと、今度は顔目掛けて酒器を投げつけてくる。
あわてて避ければ、頭の上で酒器か割れる音が聞こえた。
「お、お姉様落ち着いてください……!」
「お前はいつも私から全部奪うんだ……。私が欲しかったものはぜんぶぜんぶぜんぶ!」
酔っているのか、はたまた怒りでどうにかなってしまっているのか、香華の言葉は届いていないようだ。
艶虎は立ち上がると香華の前までやってくる。
「私が皇太子殿下を好きだって知ってて……、殿下につきまとっているんでしょう!?」
「違います! 殿下の件は皇帝陛下のご命令で……!」
「うるさいんだよっ!」
艶虎はそう叫ぶと香華の髪を掴んで引っ張った。
「いっ――!」
「私のほうが殿下のことを好きだったのに……! お前が奪ったんだ!」
髪を引っ張られた拍子に転んでしまい、膝を擦りむいてしまった。
頭も痛く涙目になっていると、そんな香華の顔を艶虎が覗き込んだ。
「もっと醜くして、皇太子殿下の前に出れないようにしてやろうか?」
「お、お姉様……っ、お許しください……!」
「うるさい!」
艶虎はそのまま部屋を出て、外に控えていた女官に言い放った。
「お前たち、杖刑の準備をなさい! 百回は叩くよう言いつけておきなさい!」
「――っ!」
十回叩かれれば肌は赤く腫れ、三十回も叩かれれば血があふれる。
そんなもの百回なんて耐えられるわけがない。
香華があわてて艶虎に許しを乞おうとしたその時、それよりも早く友人である美琳が声を上げた。
「お待ちください! そ、それでは香華が死んでしまいます……!」
「死ねばいいのよ。それともお前が代わる? あの時のこいつみたいに――!」
「っ、あ、あたしは……っ」
「お前みたいな臆病者にはなにもできないんだから、引っ込んでなさいっ!」
叫ぶ艶虎に恐怖し、ブルブルと震える美琳。
涙がこぼれる美琳の目が向けられて、香華は艶虎にバレないように首を振った。
激昂している姉になにを言っても無駄だ。
このままでは美琳まで巻き込まれてしまう。
だからいいのだと首を振ったが、そんな香華を見た美琳の涙が止まった。
「…………あたしが、代わりにやります。だからどうか香華をたすけ――」
身代わりを言い出そうとした美琳の頰を、艶虎が裏手で引っ叩いたのだ。
美琳の体は壁へと叩きつけられた。
「美琳!」
「お前もウザいんだよ! 代わりになんてなるわけないだろ! 黙ってな!」
誰か!
と声を上げた艶虎の元に、数人の女官が集まった。
彼女たちに腕をとられ、香華は無理やり連れて行かれる。
「……っ」
ドクドクと心臓が高鳴る。
痛いのは誰だって嫌だ。
香華は過去三十回、杖刑を受けた。
その時は皮膚が裂け、血があふれ出した。
傷の手当てもしてもらえなくて、痛みに涙したのだ。
それなのに百回もだなんて……。
「お、お姉様……」
「うるさい。お前が全部悪いんだよ」
ああ、本当に最悪だ。
こんなことで二度目の人生が終わるなんて……。
香華はボロボロと涙を流しながら、睨みつけてくる姉と倒れる美琳。
そして青ざめて見つめてくる女官たちを眺めながら、杖刑を行う場所に連れていかれた――。




