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【完結】あざ顔女官の宮廷アロマテラピー〜鋼鉄の皇太子を香りで骨抜きにしました〜  作者: あまNatu


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幻煌国の生きる宝石

 幻煌国の生きる宝石。

 そう呼ばれる少女がいた。

 光り輝く白い肌。

 漆黒の艶めく髪。

 薔薇のように赤い唇からは、金糸雀のように美しい声が溢れた。

 彼女を見た人たちは、口々に言う。

 あれこそまさに、生きる宝石だ……と。


「艶虎。艶虎はいるか?」


「はい、こちらに」


「香華は?」


「おります」


 この頃はまだお腹の肉も少なかった父に、香華と艶虎は呼ばれた。

 なにやら父は嬉しそうで、彼の前には祝いの料理が並んでいる。

 脂っぽい食事と高い酒を貪る父は、このころから醜かった。


「香華。お前の縁談が決まった」


「――え? お、お父様? 私はまだ七歳ですが……!」


 七歳の香華に縁談が決まるなんておかしいと言いたかったが、残念ながらこの時代では割と普通のことではあった。

 ゆえに父は小首を傾げながらも、機嫌良く酒を煽る。


「お前の守護獣が立派だったら、もっと早くまとまるはずだったんだ。まったく……艶虎と守護獣が逆だったらよかったのに……」


 くちゃくちゃと音を立てて肉を頬張る父に、香華は口端をひくつかせた。

 デリカシーというものを根こそぎ落としてきたらしい父の言葉に、香華はなにも言えずにいる。

 ただ隣にいる艶虎の舌打ちだけが聞こえた。


「とはいえ、お前に素晴らしい縁談が舞い込んだ! なんと皇太子殿下との婚姻だ!」


「――え」


 皇太子とはあの皇太子だろうか?

 香華が聞いた話では、年齢は二つ上。

 見目麗しい皇太子で、彼につく守護獣も素晴らしいらしい。

 まさに天に認められし未来の皇帝。

 そんなことを耳にした。


「私が……皇太子殿下の妃に……?」


「そうだ! ああ、なんて素晴らしい日だ! 今日は宴だ! 飲むぞ歌うぞ!」


 いつだって酒を飲んでは騒いでいるのに。

 なにが嬉しいのか、父は大声で笑いながら踊りだした。


「香華が皇子を産めば、わしは皇子の後見人だ! 香華! お前は必ず男を産め! 女なんて産んだら、わしが許さんからな!」


「…………」


 香華は呆然と父を見る。

 なんてひどい発言だろうか?

 これを実の娘に言う親がこの世にいるなんて恐ろしい。

 前世の感覚が残っている香華にとって、この父はただの最低最悪な親だった。

 だが残念ながらこの世界ではこれが許されてしまう。

 こんなことを言われてもなお、香華は自分の父親に従うしかないのだ。

 さあ飲めや歌えやと騒ぐ父のことを、呆然と見つめる。


「……結婚……?」


 自分が?

 本当に?

 恋すら知らない香華としての人生が、こんな形で終わりを迎えることになるとは思わなかった。

 大きくため息をついた香華に、父が言い放つ。


「おい、香華! 酒のつまみをもっと持ってこさせろ!」


「……かしこまりました」


 この家にいる限り、香華はこの父から逃れられない。

 ならいっそ嫁いだほうがいいのかもしれない。


「……いいえ」


 嫁いだ先の相手も、きっと似たようなものだろう。

 いや、むしろもっとひどいかもしれない。

 相手は皇太子。

 父よりももっと香華に対して、威圧的に接してくるかもしれない。

 兎にも角にも人生終わったとため息をつきつつ、厨房へと向かう。

 女性たちの活気のいい声と食欲をそそる香りにふと肩の力を抜いた香華は、扉を開けて中に声をかけた。


「誰か」


「これはこれはお嬢様! このようなところになんのご用ですか?」


「お父様が酒のつまみをもっと持ってくるようにって」


「まあいけない! みんな、さっさと持って行くわよ」


 恰幅のよい女性がそう言うと、厨房の女性たちみな出払ってしまった。

 大食らいの父のため、たくさんの料理が用意されたのだろう。

 まだテーブルの上に数種類の料理が置いてあるので、すぐにとりにくるはずだ。

 これだけあればさすがに満足するだろうと、どんどん肥え太っていく父を思い出しゾッとした時。

 厨房の扉がぴしゃりと音を立てて閉められた。


「――お姉様。どうしたんです?」


 扉を閉めて中に入ってきたのは、姉の艶虎であった。

 彼女は長い髪を垂らし顔を伏せていたが、香華の問いにゆっくりとその表情を見せた。


「…………お姉様?」


 姉の艶虎と香華は似ている。

 さすがに同じ母から生まれただけのことはある。

 しかしそんな姉妹だが、幻煌国の生きる宝石と呼ばれているのは香華だけであった。

 理由は二つ。

 艶虎の唇は父に似て薄く、さらに顔にはそばかすがある。

 そのことに深いコンプレックスを持っている艶虎は、いつだって香華に冷たく当たっていた。

 いつだって香華なんて見たくないと言いたげに、視界にすら入れないようにしていたのに。

 一体なんのようだろうか?


「珍しいですね。お姉様が厨房にくるなんて」


 そう問うたが、艶虎からの回答はない。

 ぶつぶつとなにやら言っているようだが、香華には届かなかった。


「お姉様? 一体なにを――」


 と、その時だ。

 艶虎はなにを思ったのか、その場にあるぐつぐつと煮えたぎる湯の入った小さな鍋を掴む。


「――おねえ、さま?」


「おまえが……お前がぁぁぁぁ!」


「お、落ち着いて……お姉様! 落ち着いてください」


「全部全部全部! お前が悪いのよ……! 私がこんなに惨めなのも……こんなにかわいそうなのも……!」


 普通じゃない。

 姉の様子がおかしくて、香華は彼女の手元から目を離さないようにしつつ、ジリジリと後ずさった。

 なんだか嫌な予感がする。

 そう思ってとにかくこの場から去ろうとした時だ。


 ――艶虎が鍋を持った手を大きく振りかぶった。


「お前さえいなければ、こんなに苦しむ必要なんてないんだから――!」


 そう叫んで、艶虎は香華に煮湯を浴びせた。

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