皇太子という立場
「よくはなってる気がする。……でもやっぱり痛みが消えないんだよね」
翌日白龍からそう言われて、香華は肩を落とした。
やはり改善はするものの、根本の解決にはなっていないようだ。
だがそれなら一体なにを、どうしたらいいのか。
皇帝への謁見のため部屋を出た白龍について行くわけにもいかず、香華は許可を得て春の庭を散歩していた。
様々な花の香りを楽しみつつも、頭の中は白龍のことでいっぱいだ。
どうにか原因を突き止められればいいのだが……と考えていると、突然横の茂みから人が現れた。
「やっほ!」
「きゃあ! ……って、えっと……凰輝様……?」
「そうそう! 香華ちゃん、また会えたね」
人懐っこい笑みを浮かべながら近づいてきたのは、白龍の護衛である凰輝だ。
「皇太子殿下の護衛はいいんですか?」
「皇帝陛下に会いに行くなら護衛はいらないよ〜。あっちの方が怖い人たちそろってるし」
皇帝の護衛のほうが強いと言いたいのだろうか?
まあそうだろうなと納得することにした。
「どうかなさいましたか?」
「いやぁ、普通に護衛相手いなくて暇してたら香華ちゃん見つけてさ! 話しかけちゃった」
「はぁ……」
特に用事はないようだ。
なら花を見ながらでもいいかと軽く歩きはじめると、凰輝もついてきた。
「皇太子殿下どうよ? 元気になった?」
「いえ……。束の間だけで根本の解決にはなってないようです」
「難しいんだなぁ。そりゃ医者が匙投げたんだから当たり前か」
そういえば医師のことを聞いていなかったと、凰輝に質問した。
「医師はなんと?」
「精神的なもんじゃないかって。寝れないのが原因だーって」
まあ間違ってはいないだろう。
精神が関係して、体に不調をきたすことは多い。
だがその判断では治しようがない。
なるほど、匙を投げたというのも間違いではないようだ。
「まあ現皇帝があれだから気苦労も多いみたいだし? 皇位争いってのはどこでも起きるよなぁ」
「……それが原因だと?」
「いんや。皇太子殿下優秀だから。ほかの皇子じゃ歯が立たないよ」
想像と違う答えが返ってきた。
もっと血を血で洗う戦いが繰り広げられていると思ったのに。
一人静かに小首を傾げる香華の隣で、凰輝は頭の後ろで手を組んだ。
「望んだわけじゃない椅子に座らざるをえない能力を持ったことが、殿下の気苦労の一つなんじゃないかなー?」
「…………」
それはつまり、白龍は皇太子になりたくなかったということか?
権力者の子どもはみな、野心家だと思っていた。
だが確かに、望んでいないのにそんな重圧を押し付けられては気苦労も絶えないだろう。
実際、白龍が毎日のように執務に追われているところを見ている。
「本人優秀だしなにより守護獣が龍だからなぁ。皇帝になるべくしてなった男って感じ?」
「龍……」
皇帝の象徴とされる龍を守護獣に持つ皇子。
確かにそんな存在がいるのなら、皇太子にされてもおかしくはない。
「まあそういうわけで、気苦労が絶えないんですよ」
「なるほど。……確かにそれはそうですね」
精神的にもつらいのなら、もっといい香りがあるかもしれない。
それこそリラックス効果の高いラベンダーなどを部屋に漂わせてもいい気がする。
ふむ、と考えるため唇をぷにぷにと摘んでいると、そんな香華の顔を凰輝がじっ……と見つめてきた。
「……? ――っ! 失礼しました」
最初はなぜ見てくるのかわからなかったが、すぐに己のあざを思い出した。
ここ数日白龍がまっすぐ香華を見てくるので、少し気を許していたのかもしれない。
見る人が見れば不愉快になるだろうあざを慌てて手で隠せば、なぜか香華よりも凰輝のほうが慌てた。
「あ! 違う違う! めちゃくちゃ失礼になっちゃうかもしれないけど……。香華ちゃんってちょー美人だよね? そのあざがあってもその美しさ……。昔大変だったんじゃない?」
凰輝の言葉に大きく目を見開いた香華は、慌てて隠したあざを軽く指先でなぞった。
「……そんなことありません。姉のほうが美しいですから」
「姉?」
「艶妃様です。私は姉の付き添いでここに……」
「ああ、あの厚化粧の……」
凰輝は顎に手を当て、あれ? と小首を傾げた。
「でも確か……、幻煌国の生きる宝石って呼ばれてたの……妹のほうじゃなかった?」
ひゅっ、と香華の喉がなる。
なんて記憶力なんだと凰輝を見ると、彼はうーんと唸ったあとに両手を叩いた。
「うん! やっぱりそうだよ! 俺記憶力いいから覚えてる。美しいって言われてたのは妹だよ。――あれ? それってつまり……」
凰輝の金色の瞳が香華に向けられる。
「幻煌国の生きる宝石って……香華ちゃんのこと?」
「――ち、違います! 私は……!」
「あーなるほど納得! あまりの美しさに目が眩むほど、なんて言われてきたのに皇宮に来たの厚化粧だったんだもん。なんか変だなーって思ってたわ」
否定しようにも、もう凰輝の中では決定してしまったようだ。
ならここは否定するよりも口止めするほうがいいだろうと、香華は辺りを見回しながら人差し指を唇に当てた。
「お願いです! 絶対に誰にも言わないでください!」
「えぇ……じゃあやっぱりそうなんだ。…………んじゃあ黙ってる代わりに一つ、質問していい?」
香華にとって怖いことの一つが、艶虎の機嫌が悪くなることだ。
いや、本当は香華が宝石と呼ばれていた、なんて噂が広まれば機嫌が悪くなるどころでは済まされない。
下手したら実家に連れ戻され、一生監禁されるかもしれない。
絶対にそんなことになってなるものかと、香華は頷いた。
「……わかりました。お答えいたします」
「そうこなくっちゃ! じゃあさっそくだけど……そのあざはどうしたの?」
「…………これは」
香華はそっと己のあざに触れながら、過去のことを思い出した。
今でもあの日のことは、鮮明に覚えている――。




