うわさ話
白龍は無事眠れたと思う。
なので今日も帰るかと香華は自らの部屋へと戻った。
艶虎の相手をしなくていいというのは少し気楽な気もするが、代わりにほかの誰かがひどい目にあってないか不安になってしまう。
とくにそういった時八つ当たりされるのは美琳だ。
香華の友人だからと、ひどい目に合わされる。
なので部屋に戻った香華は、無事な美琳の姿を確認しては安堵のため息をこぼすのだ。
「今日も大丈夫だった?」
「うん! あたしなるべく目立たないように裏仕事ばっかりしてたから」
「そう……」
今日もなんともなかったようだ。
安心しつつ部屋に入り、美琳と話をしながらベッドへと腰を下ろした。
「それにしても疲れたわ……」
「それでそれで? 皇太子殿下とはどんな話を……!?」
なにやら興奮して鼻息の荒い美琳に迫られて、香華は目をぱちくりさせる。
恋愛話やうわさ話が好きな子だとは思っていたが、ここまでだとは思わなかった。
「どんなって……普通よ? 体のことを聞いたり……」
「甘い話は!? 胸がきゅんってして、心踊るような甘い話は!?」
「ないない。皇太子殿下が私みたいな女を相手にするわけないじゃない」
ありえないと手を振れば、美琳のほおがぷくっと膨らんだ。
「香華は美人でかわいくて仕事もできるんだから! きっと皇太子殿下だってみそめてくれるわよ!」
「そんなこと望んでないわ」
あの見目麗しい皇太子のことだ。
そのうち美しいとうわさの女性を娶るはず。
きっとお似合いなんだろうな、なんて想像してみるが、なぜか彼の隣に立つ女性の顔が想像できなかった。
やはりあれだけ見た目のいい皇太子だ。
隣に立つならそれ相応の女性でないと、想像すらできないのだろう。
「……そうね、そうだわ」
「なにが?」
うんうんと一人納得していた香華は、不思議そうにしている美琳に慌てて首を振った。
「まあ今は甘い話がないのはわかったわ。残念だけど……。それで? 皇太子殿下ってどんな人?」
「……そうね」
鋼鉄の皇太子なんて呼ばれているから、もっと怖い人だと思っていた。
けれど香華のことを考えて、施術を受けるわけでもないのにその場で時間を潰す許可を与えてくれた。
本当は施術を受けてくれる方がいいが、それに関しては体に触れることから本人の意思が優先されるべきだ。
だから受けないのならそれはそれでいいが、だからといってそのまま帰ったのでは、香華は皇帝の命令を遂行できなかったことにより罰せられてしまう。
それがわかっているからこそ、ああやって待つよう言ってくれたのだ。
「……とても優しい人よ。皇太子なんて立場のかただから、もっと偉そうなのかと思っていたけれど、そんなこともなかったし」
父のように傲慢なのかと警戒していた。
しかし白龍はそんなことはなく、むしろ香華のような他人を気づかえる優しい人だった。
「あの人が治める国を見てみたいと思うわ。……きっと、素敵な国になるでしょうね」
現皇帝のことはしょうじきあまり好きではないが、白龍を皇太子としたことだけは拍手を送りたいと思った。
きっといい国になる。
彼が皇帝として即位するのが楽しみだ。
そんな姿を想像して口元を綻ばせていると、それを見た美琳がにやりと笑う。
「ほうほう。……ほーう。ほうほうほう。なるほどなるほど」
「――なによ」
「いいえいいえ。大丈夫大丈夫。いやあ、とっても素晴らしい話だったわ! 一日の終わりに聞くには最高の話ね!」
一体なにを聞いてそう思ったのか。
にやにやと笑い続ける美琳のほおを軽く掴んで、香華は立ち上がった。
もう疲れたからさっさと寝たい。
そのために髪飾りや洋服を脱いでいると、同じように美琳も寝支度を始める。
「でもよかったわ。皇太子殿下がいい人なら、少なくともここよりずっといいもの」
「その通り過ぎて驚いてるわ。美味しいお菓子にお茶も出て……」
「なにそれ最高じゃない!」
いいなーと唇を尖らせる美琳に、今度お土産を持ってくることを約束した。
「皇太子殿下の体調はよくなりそうなの?」
「たぶん。……というより、よくしないと私の首が飛ぶわ」
「そ……そうだよね。皇帝陛下のご命令だもん……。あーあ。私たちの命ってなんて安いのかしら」
女官の命はあまりにも儚い。
高貴なかたの不興を買えば、鳥の羽のように簡単に空へと舞い上がってしまう。
だからこそ、一挙手一投足気を張らねばならぬのだ。
「美琳も気をつけてね? お姉様いつ不機嫌になるかわからないから……」
「わかってるわ。なるべく近寄らないで、できる仕事をするもの」
安心してちょうだい、なんて言われるけれど、残念ながら安心できる日はこないだろう。
ここ最近の艶虎は機嫌がいいわけではないらしい。
いつ爆発するかわからない爆発がそこにあるのだ。
そう思うととても恐ろしい。
「それにしてもお姉様はなんで不機嫌なのかしら?」
「皇帝陛下が蘭妃のところに通ってるからじゃない?」
「あー……そういえばそうだったわね」
嫌なことを思い出したと、香華は深くため息をついた。




