序章
「あぁぁぁぁ――っ! 熱い熱い熱い――っ!」
幻煌国の生きる宝石。
そう呼ばれる少女がいた。
雪のように白い肌。
濡鴉のように黒く艶めく髪。
赤く色づいた唇をほんの少し動かせば、鈴を転がしたような声が溢れる。
彼女が髪を靡かせれば、甘い香りがあたりに漂った。
そんな人々が息を呑む美貌の少女は今、焼け爛れた顔を手で覆いながらのたうち回る。
「誰か――! 誰か助けて……っ!」
少女は涙を流しながら手を伸ばす。
救われたいと願ったその手は、簡単に振り払われた。
「お前が――! お前が悪いのよ!」
目の前の女は歪に笑う。
それは、少女の姉であった。
「お前なんて死んでしまえばいいのよ!」
生まれた時に人の価値が決まる世界。
それがこの世界だ。
魂の片割れとして生まれ落ちた瞬間から、この世界の住人たちには守護獣が現れる。
主人を守り、支える存在はその人の一生を表すという。
だからこそ、この世界では守護獣は強ければ強いほどよいとされていた。
そんな世界に生まれた秀香華は、過去の記憶というものを持っていた。
とある小さな島国で、社畜として働いていた日々の記憶だ。
しょうじきな話をすれば忘れ去りたい過去ではあるけれど、残念ながら持って転生してしまった。
だからこそこの世界の異常さにもすぐに気づけたのだが……。
「香華! さっさと動かんかこの無能が!」
「…………はぁ」
でっぷりと太った初老の男性に怒鳴りつけられ、香華はため息をもらす。
こんな男が自分の父親だなんてと嘆きつつも、これ以上無視すれば叩かれるのはわかっている。
しぶしぶと立ち上がった香華は、最後の荷物とともに馬車へと乗り込んだ。
――そう、今日は皇宮入りの日だ。
もちろん香華ではなく、腹違いの姉、艶虎のだが。
香華が向かうのは艶虎の身の回りの世話をするため。
腹違いとはいえお嬢様である香華は、その存在をなき物として扱われていた。
――守護獣が弱いという理由で。
「――大丈夫よ」
馬車の中、パタパタと羽が動き鱗粉が煌めく。
香華の守護獣である蝶たちが舞い、馬車の中にほのかに甘い香りが漂う。
それが香華が好きで、かつリラックス作用のあるジャスミンの香りであることはすぐにわかった。
「いい香り……」
前世はアロマテラピストとして働いていたからか、嗅ぐだけでそれがなんの香なのかわかるのだ。
だからなのか、香華の守護獣は香蝶と呼ばれる蝶であり、その弱さから無能と言われている。
確かに香りで人を傷つけることはできないゆえ、そう言われても仕方ないと思っているが……。
「――香りは人間にとって大きな影響を及ぼすというのに……」
まあ無能と言われるのもなれたし、下手に期待されない分気楽ではあると、香華は腕を上げ背伸びをした。
これから先暮らすのはあの後宮だ。
皇帝の寵愛を得ようとする女たちの花園であり戦場。
目立つことだけは避けねばならない。
「……穏便にすみますように」




