第六話
「そんな事ねーよ。むしろ、あいつらは生きたくて堪らなかったんだと、俺は思うぜ。」
奈津子の右足に消毒液を豪快に掛けながら、名木田は答えた。
「お前があっちの国で殺した奴、サイモンっつー名前なんだけどよ。
あいつら四六時中サイモンの側にいてさ、ホント、心底崇拝してるみたいだった。
あいつらにとっちゃ、サイモンの死を受け入れて生き続けるなんて有り得ない事なんだろうさ。
カタキであるお前に全力でぶつかって死ねたならあいつらも本望だったろうと、俺は思うぜ。」
「死ぬ事が生きる事だった。って訳ですか。」心地の悪い例の椅子に座りながら、奈津子は応える。
「お前からすりゃ子供のままごとに付き合うような心持ちだったんだろうがよ、
何度も言うようだが、死ぬこと前提であいつら戦ってなかったっつーの。
サイモンが死んでからあの親衛隊達よ、本気でお前を殺すために作戦立てたり武器を仕入れてたりしてたんだから。まぁ仮にお前を倒せたところで、あいつら結局自殺してたかもしんねーがな。」言って名木田は笑った。
<ままごとだなんて冗談じゃない。私も死ぬ気で戦ったんだ。>と奈津子は反論しようと思ったが、熱弁を振るう名木田の話の腰を折ることは出来ず
「結局あいつら死ぬんすか。」と他愛も無い相づちを打つに留めておいた。
「心は生き続けるって奴だな。信念を曲げて生きられるような人間じゃあ無かっただけ、って話だ。心を真逆の方向に曲げるなんて自分を殺すようなもんだ。特にあいつらの信念はハンパなく強かったから余計に、だな。」
次に名木田は包帯を取り出す。
「なるほど。」と奈津子は感心した。
「ありゃ、お前はこういうの否定すると思ったんだが。」
「いやいや、わかりますよ。『理想を求めてこの世からサヨナラ』なんて、よくある話じゃないですか。ウチの国は自殺率めちゃくちゃ高いんですよ。」
「んー、お前のいる国って社会性を強く重んじるらしいじゃん。自殺行為は何よりも悪だってことになってんだろ?特に魔法使いってのはどこの国でも洗脳的に社会的規範を教え込まれるって聞いたぜ。」
「例外ってのは何処にも居ますよ。半年に一回だけ性格診断テストを受けて合格すればそんなものありません。」
「そりゃ初耳だ。」名木田は少し驚いたようだった。
「でも本当に例外的ですからね。試験はやたらと長いし、合格基準は大分厳しくなってます。
ホント、自分の本質を見抜かれるって感じですよ。あまりいいもんじゃありません。」
「へー、で、お前はそれに合格し続けてんのか。」
「ええ、そうですね。」
「凄いな。」
「私も最近まではそう思っていたんですけど、良く考えてみればそんなテスト、合格する方が人として劣ってると思うんですよ。要するに、自分のわがままを押し通そうなんて全く思わないような人間だってことです。E型障害者なんて、頭でチラッと想うだけで人や物を傷つけられるんですから。私ね、昔から信念を持ったことなんて、無いんですよ。
この力のせいだとは言いませんが、私には生きる目的があったことなんて一度も無い。何かを思うことはあっても、その思いが『力』を引き起こす程に強かったことなんて無い。想うことの無いE型障害者なんて、脅威でも何でもないんです。」
「なんだお前、今度はえらくネガティブになったな。昨日は随分威勢が良かったのに。」
「そりゃネガティブにもなりますよ・・・。」奈津子はため息をつき、少し間をおいてから話し始めた。
「私、そのサイモンさんって人を殺した記憶・・・、本当に無いんです。
記憶喪失、らしいです。
多分私、何らかの理由があって、きっとこれまでに無い出力で能力を使ったんですよ。
それに心が耐えられなくて、精神崩壊でも起こしたんです。
それでその人を襲ってしまったんだと思います・・・。
私の心が弱すぎたから・・・ですよ。」
奈津子はその弁に嘘を混ぜた。
精神崩壊を起こした理由。
記憶をなくす直前、奈津子は投身自殺を試みていた。
足元が地面から浮いた瞬間、深い穴に自分が吸い込まれていく瞬間が、祖国での最後のシーンである。
おそらく自分は死ぬ直前になって恐怖に身を乗っ取られ、能力を使用したが故に落下の際の衝撃に耐え、ここにこうして生きているのだろう。
と、奈津子は思う。
『力』に心が耐えられなかったのではなく、死の恐怖に心が耐え切れなかったのだ(自ら死を選んだというのに)。
故に心が破壊され力が暴走してしまったのだろう。
そしてサイモンを襲い、殺した。
こんな事を名木田に話す必要は全く無く、また話したくも無い。
奈津子は喋り続ける。
「能力使用って結局、意志によるものですからね。能力発現時のあの高揚感は物凄いですから。
強すぎる力に理性を奪われ、そのまま能力を使い続ければ、それはそれはどうしようもない事にしかならないでしょうよ。」
しかし名木田は反論する。
「いや、お前は自虐に走り過ぎだよ。精神崩壊云々は実際記憶喪失になってるわけだから正しいんだろうけどよ。大体、『何らかの理由』って何だよ。そんな事態になることを防ぐためにも、性格診断テストってのがあるんじゃねぇのか?」包帯を巻くその手は少し前から休みっぱなしだった。
「まぁ、仮にお前がその『何らかの理由』とやらで精神崩壊した状態に陥って人を襲った。つまり無差別殺人を起こしたとしよう。
だとしたら、その被害者が偶然にこんな物騒な国の、しかも多数の崇拝者を持つような厄介者である確率なんてかなり低いと思うぜ。
それとお前は知らないだろうが、サイモンってのは結構な殺人狂でな。お前の方から襲うより、サイモンの方がお前を襲った、とする方が、理に適ってると俺は思うぜ。まぁどちらにしたって確率は限りなく小さいがな。」名木田は前日とは異なり、奈津子の記憶喪失を疑ってはいないようだった。
「言っておくと、性格診断テストは絶対じゃありませんよ。あくまで目安です。過去に何度も改訂されてますし。でも、それも確かに有り得ますね。飽くまでも『どちらかと言えば』の話ですが、そちらの方が可能性は高いでしょう。」
「って言うか、実際そうなんだよ。」
「あぁ・・・、あなた事件の事知ってたんでしたっけね。」奈津子は驚いたふうに言った。
「『商店街を歩いていた女性に男がナイフで斬りかかったが、女が人外の動きをして撃退した』ってのが事件のあらましだってよ。」
「人外の動きて・・・。」
「それにお前、結構あいつ好みの女だしな。運悪く目に止まっちまったんだろ。運が悪かったのはあいつの方だがな。
まぁ、その時にお前の精神が壊れたにしろ何にしろ、お前が殺したのはあいつ1人だけだ。お前は無差別殺人なんかしていない。ただの正当防衛だよ。」言って名木田はフフッと笑った。
しかし名木田の推理は奈津子の偽証に基づくものであり、やはり若干の修正を加える必要がある。
自分の記憶が、山中にあった深い竪穴に身を投じた瞬間に途切れているということは、やはりその時点で私の精神は破壊されていたのだろう。
そして精神が崩壊したまま商店街を歩いていた私が、偶然にもその殺人狂の目に止まってしまったというわけか。
類は友を呼ぶと言うが、恐ろしい偶然もあるものだ。
普段の私ならば、襲われたと判断した瞬間に自分がE型障害特異型だとバレない程度の速さでその場から逃走していただろうに。
「いやー、にしてもあいつはダメだな~。
なんでお前みたいなモンのいる場所に旅行行って、しかもお前と出会っちまうんだろうな。
びっくりするほど運悪いな。アイツは。」雰囲気をガラリと変え、名木田は一転して明るく言った。
「まぁ私のいた国じゃ、あの区域は結構有名な観光スポットですからね。」
「ってかお前、今になって自分の魔法に耐えきれなくて精神崩壊するとかさ、これまで全力で魔法使った事とかねーわけ?」
「魔法じゃなくて能力、又はエルファ作用と呼んでください。」
「あー、はいはい。」奈津子の台詞後半に若干被せながら、名木田は気怠るそうに返事をした。
「そうですね。小さい頃からこの力はとっても恐ろしいと、誰に教わるでもなく知ってましたから。
全開なんてもうありえないですよ。周囲はもちろん、自分の身だってそれに耐えられるか分からないですし。
いや、実際耐えられなかったからこそ精神崩壊した訳ですしね。」
仇討ちの際に全力を出したにも関わらず何の問題もなかったのは、身体が全開出力に慣れていたからだろうか。
今思えばあの時の判断は迂闊だったなぁ。と奈津子は少し後悔した。
「へー、そーなのか。」ふむふむ、と名木田は頷いていた。
にしても、この名木田と言う男。
そのサイモンと言う人間と大分親しかったように思えるが、私に対しては何の殺意もないのだろうか。
殺意はあるが、E型障害特異型である私に対して事を起こす気がないだけなのだろうか。
私に仇討ちを挑んだ奴等が異常だっただけなのだろうか。
「ホイッ終わったぜ。」包帯を巻き終えた名木田は、パンパンと奈津子の右ひざを叩いた。
「遅いですよ。」
「お前が変なこと言い出すからだろ。」
「どれくらいで治ります?コレ」
「さあ?包帯なら1週間も経てば解けると思うよ。」
ハサミや消毒液などを袋にしまいながら、名木田は続けた。
「あ、そうそう。お前の付き人が用あるってよ。」
「その前にご飯下さいよ。お腹空きました。」
「あいよっ。」
付き人は一体誰なんだ、と奈津子は例のギャルに思いっ切り言ってやろうと思った。