第五話
外は少し肌寒い。
奈津子が先程まで居た建物は、外観を見てみるとそれはさながら高級ホテルのようだった。
一階にきらびやかに照明で照らされた大きな出入口があり、2階以降はほぼ等間隔に窓ガラスがある。5階位はあるだろうか。
付近を見渡せば色々と住居らしきものが散見される。
アスファルトによる舗装こそされていないものの、どうやらバーレルへの偏見はいよいよ改めなければならないらしい。
名木田の後を10分ほど付いて行くと、岩石地帯に到達した。
「んじゃあここでお別れだ。生きてたらまた会おうぜ。」
サバサバとした物言いだった。
哀しかった。
奈津子は、無言で歩き出す。
E型障害特異型(別称:魔法使い)に生まれた人間ならば大半が考える事らしい。
<自分の力を存分に使い、暴れたい>と。
奈津子も例外ではない。
一個人である自分が、この力を発揮したとき、どれほど社会に影響を与えることができるのか。
国を揺るがすことさえ可能なのか。
そんな妄想に耽っていた時代もあった。
人と相対するたびに思っていた。
この人間の生死は私の気分次第だと。
少しでもその気になれば、お前の小さな命なんていとも容易く消せるのだと。
お前が死なないのは、法律が私の邪魔をしているからだと。
法を犯せば私の家族が悲しむから、殺さないだけだ。と。
愚かだったと、今なら分かる。
家族が私を気嫌いする理由も、今なら明白だ。
私は何も優れてなどいなかった。
哀れで愚かな自惚れに溺れる馬鹿だった。
私は今、この避けることの出来ない状況を、看破しなければならない。
その「力」で。
私を腐らせた諸悪の根源、いや、私がその弱さ故に口を開けば言い訳に用いている、この「力」で。
死を真横にかすめながら、駆け抜けねばならない。
足が震える。
これまでの予防線に囲まれた生活では、一切あり得ない事だろう。
私は劣っている。
この力に依存して生きてきたせいだ。
ではこの力自体は果たして優れているのか。
この力は、私が思うほどに優れているのだろうか。
少なくともこの状況から私を生還させるほどに、優れているのだろうか。
この戦いに至る詳しい経緯は全く知らないが、今はそんなものどうだっていい。
逃げようと思えば逃げられるのかもしれないが、私は逃げない。逃げてはならない。
相咲奈津子は、奴らを殲滅し、帰還する。
と、奈津子は思案し決意する。
しかし、彼女は矛盾に気付いていない。
その行動源が、単なるストレス発散に過ぎないことに、気付いていない。
今日この時、奈津子は過去20年の人生で一度も使わなかった、全開出力でもって仇討ちメンバーに立ち向かう。
2つの大きな岩山の間に、上下灰色の服に身を包み、ヘルメット、ゴーグル、手袋やらを身につけ、両手持ちの銃で武装した3人の兵士がいた。
彼らは奈津子を視認しても、一切の動きを見せない。
射程範囲外だということか。
歩を進めるにつれ、兵士の姿が段々大きくなってくる。
奈津子は破裂しそうな心臓を抱え、冷静を装ってゆっくりと、歩き続ける。
奈津子の力は肉体を極度に疲労させる。可能な限り近付いておきたい。
カチッ
<死の恐怖>
ゴォオオォン・・・
地雷。
800度以上の熱が奈津子を襲い、
辺りを煙幕が覆う。
同時に四方八方から銃声やミサイルの発射音等が雑然と響き渡った。
連続的に地雷が轟音を上げ始める。
全ての内蔵を抉られるような、爆音。
それは衰えるところを知らずにさらにボリュームを上げ続ける。
銃、手榴弾、火砲、爆弾入り混じる仇討ちチームは、一心不乱に、しかし冷静に、絶え間なく攻撃し続ける。
10分後。
バラタタタッと最後の銃声を最後に、岩石地帯は静寂を取り戻した。
先刻見据えていた巨大な2つの岩山から50キロ程離れた小高い丘に。
いた。
「28人か・・・・多かったなァ・・・。」
地雷によって燃えカスとなったズボンの裾から覗く赤く腫れ上がった右足をかばうようにして、自身の倍以上もある銃の砲身の上にチョコンと座っていた。
側には訳の分からない巨大な兵器と、左肩をゴッソリと削られた人間が附している。
奈津子の両手は肩まで血で染まっていた。
E型障害特異型・3番。肉体操作能力。
あらゆる方面での肉体の強さを操作する。
内臓破裂も、肉体欠損も、筋肉断裂もなく、何の問題もなく、駆け抜ける。
人体など紙くずの如く切り裂ける。
銃弾など止まって見える。
布の擦れる音さえ聞こえる。
地平線上を転がる朝日が非常に眩しく思えた。