第三話
「いや、いい度胸してるよお前。あの状況でいきなり『おい、起きたぞ』だもんな。その発想はなかったわ。
普通そんな事言わねぇよ。もっとこうさ、『え・・・ここ何処なんですぅ?』みたいな媚び売ってみろよ。女ならさ。」
「随分フレンドリーですね。 『エーココドコナンデスー?』 これで満足でしょうか。
それとこのガラスの椅子、滅茶苦茶座り心地悪いです。おしゃれなのは構いませんが、もう少し柔らかい素材をお願いします。」
「ははっ、おもしれーなお前。ホンットいい度胸だわ。あいつが殺されたのも納得できるなぁ。」笑いながら男は言った。
「コロサレタ?」
「あれ、あんた殺したつもりじゃなかったのかい?」
「何の話ですか。」
「2,3日前に人殺しただろーがよ。」
「??記憶にございませんが。」
「って言うか、お前ちょっと前からいきなり敬語使い出したな。」
「あの時は少し気が動転していたんですよ。そんなことより、私は人殺しなどしたことありません。人違いではないでしょうか。」
「いや、そんなわけねーと思うんだが。」
「証拠でもあるんですか?」
「目撃証言やらが大量にあるらしいぜ。なんせ昼間の商店街で騒いだらしいからなお前等。今更知らばっくれたって無駄だ。」
「捏造とかじゃないんですか。」
「まぁ捏造にしろ何にしろ、事実は事実だ。お前はあいつを殺す程に腕が立つんだろ?どうでもいいじゃねーか。」
「よくないね!私の人生が丸々かかってるんだぞ!こんなところで死んだらどうする!!」
「ははっ敬語が抜けてるぞ。動揺したか。」
またも男は笑う。「そんなちゃちな嘘で切り抜けようなんて、本気で思ってんのか?」
ふーーーーーーーーーーーーーーーっ、と御大層なため息をつき、椅子の背に全体重を預け、奈津子は天井を見上げた。
「お前、そうざきなつこって読むのか?あれ。」
「・・・名前ですか?あいざきですよ。相咲。いい苗字だろう?」敬語とタメ口がごっちゃ混ぜだ。
残ったマーボー豆腐を食べる気も完全に失せた。
これは、かなり終了した感じの展開らしい。
もうさっきからことごとく予測が外れているし、何かを考えるのも無駄な気がしてきた。ここは素直に質問してみよう。
「お前の名前は何だ?」
「名木田。」
「そうか、名木田。ここはどこだ。」
「ん?しらねーのか。TVでも結構報道されたって聞いたけどな。」
「ニュースは見るほうじゃない。って、そこまでの大事件なのか!?」
「あぁ、本当に何も知らねーのな。それとも演技か?」
「いいから教えろよ。ここはどこだ。」
「バーレルだよ。」
「・・・!」
無法地帯、バーレル。
法律、政治、元首が存在しない地域。
何処の国にも属さない場所。
その名は、それの接するミリオンバーレルと呼ばれる公海より外部が勝手に付けたものである。
内実の一切が明らかにされていない、謎の土地。
なるほど、『ここで生きていくには直感が大事だ』とは、そういう事か。
「そんな不思議な国に迷い込んでしまったのか・・・。」
「どこかの童話の主人公みたいだな。」
「いやいや、洒落にならねぇ。マジでファンタジーじゃんこれ。なにこれ・・・。」奈津子はそんなことを小声で早口に刻み続ける。
「まぁそういうわけだ。お前は俺らの仲間を殺した。だからお前がここにいる。はい、オシマイ。」
はあああああああああああああああああああああああ!!!?
「意味不明なんですけどマジ意味不明なんですけど激しく意味不明なんですけど。」
「ですけどなんだよ。」
「い、意味不明ですけど・・・・り理屈は通ってますね。」あまりに冷静に突っ込まれ、さっと冷めてしまった奈津子。
「それこそ意味不明だな。」名木田は笑いを含めながら言う。
「あ、え、私のこと、どうするんですか?」
「そりゃあ決まってんだろ。仇討ちされてもらう。」
奈津子はこの時、頭の上にポンッと花が咲いた気がしたがやはりそれは気のせいだった。