【番外編】路上ライブと隣に座ったブラック企業にお勤めらしきお疲れおねーさんの話 その2
さて、筆者はいつもながらに曲を聞きながら宵涼みをしていた。
ぼーっと3丁目に集う人達に目を向けながら、曲に耳を傾ける。
これが筆者の宵涼みスタイルである。
弾き語り青年が何曲目かを歌っている最中に、一人の若いスーツ姿のおねーさんが筆者の座っているベンチの横へと腰掛けた。
確かこの女性は、一度筆者の前を通過したのを覚えている。
それ程時間を置かずに戻ってきたという事は、座れる場所が見つからなかったのかもしれない。
ドンッ!と重さのある荷物が置かれ、次にどさっとその横に彼女は着席した。
二度の衝撃が座っているベンチから筆者へと伝わり、少しだけビクッと内心驚いてしまった。
所作が豪快な人である。
その印象を裏切ることなく、次にガサゴソと荷物を漁る音が耳に届き、飲み物の缶のプルタブを勢いよく引き上げる音、一口飲んでから缶をベンチに置く音、コンビニで買ったと思われるおにぎりの包装を開ける音……という彼女の一挙一動が自然と筆者の耳に届き、なんとなく彼女が何をやっているのか見ずとも分かってしまう。
これは果たしてどうしたものか。
人の出す生活音に聞き耳を立てているような、そんな居心地の悪さを感じる。
かと言って隣合って座っているだけで、筆者も何か疚しいことをしているわけでもない。
何なら筆者のほうが先に座っていたわけだし……。
そんな風に一人悶々と悩んでいると、隣でおにぎりを頬張っているであろうおねーさんの元へと、一本の電話が入ったのだった。
ところで、このおねーさんは所作が豪快な人だが、やはり電話口での声も大きかった。
外出先(しかも賑やかな外)で出た電話なのだから、声が大きくならない人などいないだろうとも思うのだが、彼女の声は素晴らしくよく通る上に何故だか聞き取りやすい。
つまり、隣に座っている筆者には何を話しているのか筒抜けなのであった。
(もちろん相手の声は聞こえないので、おねーさんの言葉からの推測になるのだが)
そんな訳なので、電話をかけてきた相手が親しい同僚であるという事と、仕事の確認か何かで電話をかけてきた事、そしてそれが勤務時間外に路上で質素な夕食を摂っている人間にも電話がかかってくる程度には忙しい職場……いやこれってブラック企業なのでは?とつい察せられてしまうには十分な内容だった。
暫くはお互い本題に入らず、当たり障りのない今食べているおにぎりの具(鮭だった)の話とか、会社の愚痴とか新しい上司から無茶振りされている愚痴なんかを楽しげに話していたように思う。
今にして思えば仕事の話にならないよう、空元気で精一杯引き伸ばしていたのかもしれない。
さて、ここで少し弾き語り青年の方に話を戻そうかと思う。
彼の方は、筆者がここに座る前から淡々と弾き語りライブをしており、それはおねーさんが座ってからも同じだった。
おねーさんが明るい声で愚痴を話している間、あいみょんの「マリーゴールド」とかを歌っていたように思うのだが、その次の選曲はaikoの「カブトムシ」だった。
甘く切ない系の恋の歌が、男性の歌唱とアコースティックギターサウンドで3丁目に響き渡る。
通りかかる度に歌っている曲の一つなので、筆者には最早聞き馴染みがありすぎるくらいなのだが、歌い慣れているだけあって流石に上手い。
もしかしたら弾き語り青年の十八番の一つなのかもしれない。
カブトムシがサビへと入った。
静かに歌い上げていたAメロBメロよりも青年のギアが一段階上がり、歌声にも熱さが篭る。
観客もピューっと指笛を吹いたりして盛り上がりを見せている。
突然、隣から「ヤバッ、泣けるぅ~~」というおねーさんの感極まった声が聞こえた。
見てはいないが、泣いてはいないと思う。多分。
でも泣きそうな、鼻に詰まったような声にはなっている。
さっきまでの愚痴はどこへやら、電話口へ歌声が聞こえるかどうかを聞いたり、サビの部分を歌おうとしたり、何か別の話をし始めても「やばい」「沁みる」を連発してカブトムシの方に話が戻るので、隣はちょっとしたカオスな現場となっていた。
多分、大通公園で一番盛り上がっているのは、このおねーさんなんじゃないかと思ったくらいに。
決して口には出さないけれど。
さて、カブトムシを歌い終わり盛大な拍手を貰ったアコギ弾き語り青年は、また別の曲を演奏し始めた。
おねーさんの方はというと感動して心の澱がすっかりと取れたのか、それとも鮭おにぎりを食べ終わったからなのか、すっかりお仕事モードへと移行していて何やら会社関係の難しい話をしている。
さっきまでの熱が嘘みたいだ。
そのうち資料を見て話す必要があったため、バタバタと慌しく荷物をまとめると、おねーさんは場所を移すために急いで去って行った。
台風一過。
やはり最後まで豪快な人である。
カブトムシの何がここまでおねーさんの感動を引き起こしたのか?
やはり楽曲の良さと青年の歌声の良さ、この両方が噛み合わさって起こったことだとは思う。
だが、それとは別に、子供の頃の記憶や体験に紐づくものがあって感動したのではないかとも思った。(会話から恋の歌詞で感動しているようには見受けられなかった)
aikoの「カブトムシ」は息の長い曲である。
1999年に発売されていて、それはちょうど20代半ば頃と思われるおねーさんが生まれた辺りの年である。
だから子供の頃、aikoが一番活躍していた時期に触れていた可能性があるのではないか?と思ったのだ。
ブラック企業(と勝手に筆者は推測している)に勤めている今の疲れているおねーさんにとって、無邪気でいられた子供時代の記憶や体験ににアクセスしやすい曲の一つがカブトムシだったのではないか、なんて。
何となくそう思ってしまう筆者なのだった。
もちろんこれはただの推測であり、真実では無いのだが。
ところで、おねーさんはカブトムシを聞いている最中「お金払ってもいいくらいだよね~路上で聞けるなんて最高」と言っていたが、慌しく去っていったのだから、もちろんおひねりの類は支払っていない。
あんなに感動していたのに世の中は全く世知辛く、厳しいものだった。
もしかしたら、後日またこの二人が邂逅することがあれば支払われるのかもしれないが、それは筆者の知るところにはならないだろう。
でもそうなれば、きっと面白い。




