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『天神様の申し子と庄屋の娘とプレスマン』

作者: 成城速記部

 あるところにじいさまとばあさまがありました。じいさまとばあさまは、子がないのだけが悩みで、天神様に子を授けてくれるように頼みました。天神様は、じいさまとばあさまの信心に感じ入って、一人の男の子を授けてやりました。

 この男の子は、天神様の子ですから、じいさまもばあさまも、学問の道に進ませようと思って、読み書きやら速記やらを習わせました。しかし、寄る年波には勝てないと申しましょうか、だんだん体力的につらくなってきまして、そもそもいつお迎えが来るかわかりません。じいさまとばあさまは、天神様に、この子の養育を頼みました。

 天神様は、正直なところ、じいさまとばあさまは、勝手過ぎると思いました。子供が欲しいからください、育てられないから育ててください、行き当たりばったり過ぎます。しかし、天神様は天神様ですから、願いをかなえてやることにしました。

 天神様の子は、すくすくと成長しました。余りにも賢いので、神童と呼ばれたりしました。実際、神童ですし。

 天神様は、立派な若者になったこの子を、旅に出しました。お前は私の子であるから、学問と速記にかけては、他の追随を許さないほどだ。その力を使って、諸国を訪ね、しかる後に故郷へ戻り、年老いた両親を養ってやるがよい。

 天神様の子は、虚無僧のような格好をして、時には尺八、時には横笛を吹きながら、隣の町、また隣の町へと、旅をしていきました。まだ、数えられる程度の町しかめぐっていないころ、天神様の子が、ある庄屋様のお屋敷の前で尺八を吹いておりますと、近所の老婆が握り飯をくれました。ついでに、ここのお屋敷には、娘子しかおらんで、まずは奉公人としてもぐり込んで、それから…皆まで言わせるな、と、聞いてもいないことを教えてくれました。さらに、わしの亡き夫の服をやろう、おぬしのなりはよ過ぎる。なりが悪いと、逆に男前が引き立つというものじゃ。わしの夫がそうであった、と、これもまた聞いてもいないことを話したかと思うと、老婆の家まで連れていってくれて、着がえさせてくれて、お屋敷に紹介してくれて、下働きにねじ込んでくれました。

 そんなわけで、天神様の子は、お屋敷で働くことになりました。中から見たお屋敷は、それはまた大きなもので、蔵だけで十を超えますし、母屋の座敷は二十を下らないのです。厠も八つあって、お尻が足りないくらいです。お尻の数、いえ、働く者は六十ほどもいるのでした。

 鎮守の神様のお祭りのとき、庄屋様は、奉公人に暇をやり、娘たちには、祭りを楽しんでくるように言い、馬とかごを用意してやりました。上の娘は馬を選び、下の娘はかごを選びました。お屋敷の中では、男衆は、娘たちに近づかないようにきつく言いつけられているので、天神様の子は、娘たちを見たことはありませんでしたし、娘たちも、天神様の子を見たことがありませんでした。

 鎮守の神様のところにも、天神様が祭られていますので、天神様の子は、お祭りに出かけることにしました。途中、馬とかごに抜かれましたが、このとき、上の娘は、馬の上から天神様の子の姿を見て、心臓を射抜かれてしまったのです。下の娘は、かごに乗っていたので、天神様の子を見ることができませんでした。天神様の子は、天神様にお参りし、おみくじを引いてみたところ、流れに任せよ、と書いてありました。ありがちです。

 お祭りから戻ると、上の娘は寝ついてしまいました。医者に診せましたが、何の病なのかわかりません。山の向こうからも、次々と医者が呼ばれましたが、みんなだめでした。多分、草津の湯でも治せないやつです。あやしげな修験者や、占い師が呼ばれます。ついに、近所の老婆が呼ばれました。後回しにされたところを見ると、信用度は低いようです。

 近所の老婆は、これはいわゆる恋の病というやつじゃ。恋の相手は、近くにおる。当人もよくわかっていないのかもしれぬ。試しに奉公人一人一人と顔合わせをしてみてはどうじゃ、などと、正しいのかどうか、わからないことを言います。

 庄屋様としては、何もしないでいるうちに、上の娘が弱っていくのはしのびないので、奉公人たち一人一人に、上の娘を見舞わせました。奉公人たちは喜びます。しがない奉公人暮らしで、楽しみと言えば、お嬢様の姿をちらっと見るくらいしかなかったのに、間近で見られて、お声をかけることができて、何となれば、婿になれるかもしれないなんて、いえいえ、無理だってわかっていますよ。でも、そういう、根拠はなくても、小さな楽しみが、人生には必要なんです。

 奉公人たちは、水浴びをして、まげを整えて、持っている一番いい服に着がえて、上の娘を見舞いました。上の娘は、奉公人たちを一目見ますと、ぷいっと向こうを向いてしまうのでした。この、こっちを向いてちらっ、あっちを向いてぷいっというのを数十回も繰り返したため、上の娘の病状は、一層悪化しました。

 天神様の子は、上の娘の婿になろうなどという気持ちはありませんでしたので、見舞いに行かなかったのですが、番頭さんにせかされて、行くことになりました。水浴びもせず、よい着物も着ようとしないので、番頭さんが水をぶっかけました。水もしたたる何とやらになってしまったので、仕方なく、手ぬぐいで顔をぬぐうと、すすけていた顔がきれいになりました。濡れた服を着がえると、見違えるほどいい男になりました。

 庭先が何やら騒がしいので、上の娘が、そちらを見ておりますと、若い男が、ずぶ濡れの顔や体を拭いて、どんどん男っぷりを上げていく様子が見えまして、すっかり心を奪われてしまいました。天神様の子が見舞いに訪れたとき、つい、見詰めてしまいました。見詰められたので、天神様の子も、見詰め返してしまいました。上の娘は、同じ男に、またもや心臓を射抜かれてしまいました。上の娘は、体を電気が走ったようになり、急に立ち上がりました。そうかと思うと、急にひっくり返って、ふとんをかぶり、おかゆを食べたがりました。庄屋様が、食欲が戻ったことを喜び、おかゆを用意させ、手ずからふうふうして、食べさせてやろうとすると、上の娘は、顔を真っ赤にして、黙って天神様の子を指さしました。庄屋様に、しっしっという仕草をしました。年ごろの娘は、父親にこういうことをするものです。

 三日もすると、上の娘は、床上げできるようになりました。庄屋様は、上の娘の気持ちを確かめ、天神様の子を婿に迎えようとしましたが、そこに待ったがかかります。下の娘が、天神様の子を横取りしたくなったのです。ありがちです。これまで何とも思っていなかったものが、誰かが価値があると言い出すと、自分も欲しくなるというやつです。若い娘さんは、よく、これで人間関係を壊します。

 下の娘は、自分も、婿を取りたいと言い出しました。庄屋様は、上の娘と同じ歳になったらと言いましたが、下の娘は聞きません。しかも、天神様の子が婿に欲しいと言うではありませんか。庄屋様は、今どき、ああいうのがはやるのか、と、天神様の子をまじまじと観察しましたが、どこがいいのか、よくわかりませんでした。

 庄屋様は困ってしまい、天神様の子に助けを求めました。天神様の子が、上の娘の婿になると言ってくれればおさまる話なのです。目くばせをしました。天神様の子がうなずきましたので、庄屋様は、意が通じたものと思って、天神様の子に任せました。

「婿殿、どうなされる」

「されば、考えがございます」

「ん?」

 どうやら、意は通じていなかったようです。

「お嬢様方、私があれなる梅の木に、プレスマンを刺してまいりますので、取りに行って、持ってきてくだされ。それができたお方の婿になりましょう。ただし、鳥を逃がしてはなりません。鳥を逃がしたら、やり直しです」

 天神様の子がそう言って、梅の木にプレスマンを刺しますと、ウグイス色の鳥が、プレスマンにとまりました。メジロです。ウグイスはウグイス色ではありません。では、なぜ、あの色のことをウグイス色と言うのかは、ここでは言わないことにします。

 それはさておき、下の娘が、先にプレスマンを取りに行きました。下の娘は、遠回りして梅の木に近づき、背後からプレスマンを取りに行きましたが、鳥は、背後が見えるので、メジロに逃げられてしまいました。

 上の娘は、正面から、メジロを見詰めて近寄りました。天神様の子と見詰め合ったときのことを思い出しながら。メジロは、人が近づいてくるなあとわかった上で、自分を目指しているのではないことがわかったので、逃げずに、梅の花をつついておりました。上の娘は、無事にプレスマンを手に入れ、天神様の子に渡しました。下の娘が舌打ちをすると、メジロがちゅんと鳴きました。

 天神様の子は、郷里に戻って天神様に参拝し、じいさまとばあさまに事の成り行きを説明すると、じいさまとばあさまは大層喜び、三人して庄屋様のところへ行きました。庄屋様は、じいさまとばあさまに小さな庵を用意してくれ、何の心配もなく暮らしました。天神様の子は、天神様の言いつけどおり、親孝行をすることができました。

 天神様の子と上の娘は、夫婦となって、梅の木から取ってきたプレスマンを使って、互いに朗読したり速記したりして、仲よく暮らしたそうです。



教訓:うぐいすあん、には、ウグイスの肉は使われていない。普通は。

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