図書館
杖を袖に入れて、私は寮を出て、図書館のある学院へと向かう。
寮と学院は隣接はしていなかいが、道を挟んで隣にあるのでそう遠くはない。
──そう思っていた。
寮のある敷地が広かったのだ。
敷地には4つの寮と職員寮、大庭、玄関庭、学院長の屋敷、芝生広場、森がある。
私の住む寮から校舎のある敷地に向かうには、まず玄関庭を越えないといけない。
玄関庭は大庭のように広く、門扉までの道のりが──。
『遠すぎ!』
私は念話でエリーに文句を言う。
『まだ寮を出て5分くらいしか歩いてないでしょ? この距離なら朝はごきげんような会話をしながら登校じゃない?』
確かに貴族のような品のある優雅な登校も一興だろう。
『でも遠い。まさか意外にも遠いとは』
『若い奴が5分歩いて音を上げないでよ』
『私は転生っ子よ』
前世の日本では買い物なんて全部通販よ。
『ん? なんて?』
『なんでもない。言い間違い。か弱い現代っ子』
『情けないわね。これだから貴族は。というか寮に来る前に気付かなかったの?』
『その時は違う道。昨日は南門で、学院へは西門なのよ』
そうこう話していると門扉が近づいてきた。
『到着』
『どうなの? 向こうの門が見えてきた?』
『ちょっと、待って』
開かれた門扉を越えて、道を挟んで向こうにある学院の門扉を見る。
『……開いてる』
『よし! 行くわよ!』
「まじかー」
私は声に出して、嫌だなと吐露した。
◯
学院からも門扉から長い道が校舎まで続いていた。
木々に挟まれ、少し左に曲がった道。
『つらい。これを明日から毎日……』
『寮側と学院側を合わせて10分程度じゃん』
遠くはないが、近くもない。
校舎に忘れ物したら、明日でいいかなと諦める距離。
『昨日の買い物はもっと距離があったろ?』
『そうだけどさー』
それとこれは別だよね。
そして校舎が木々の頭から見えてきた。
「でっか! てか、お城?」
どう見ても学校には思えなかった。
普通の学校は四角いが、目の前の学校は城にしか見えない。
なんかハ◯ポタみたいな学校か?
学校に近づいた私は顔を上げて、校舎を眺める。
「あら? 新入生?」
声の方へ向くと黒のローブを着たおばさんがいた。
「はい。図書館は開いていますか?」
「ええ。開いてるわよ。そこから入って、奥に進み、突き当たりを右に。あとは真っ直ぐ進めば辿り着くわ」
「ありがとうございます」
「城のように見えるけど、それは正面から見たらそう見えるだけで、中は要塞みたいな校舎よ」
「そうなんですか」
私はおばさんに一礼して、校舎の中に入る。
人がいないせいか、どこか不気味な感じがする。
塗料や豪奢な建築様式がなければ薄暗い洞穴かカタコンベに近いものだっただろう。
私は長い廊下を進み、言われた通りに突き当たりを右に曲がる。
曲がった先はさらに長い廊下だった。
コツコツと音を鳴らして、私は進んでいく。
『長い』
『文句を言うな。ほれ、もうすぐなんだろ?』
『いや、それがまだまだ廊下は伸びているんだけど』
奥が遠くて本当に小さい。これって城の端に着くのでは? 図書館は本当にあるの?
そんな疑念を感じながら私は黙々と歩き続ける。
そして奥に辿り着いた。
ドアがあり、開けるとそこは屋根付きの渡り廊下だった。
……外か。
ま、王立魔法学院の図書館だもんね。城の中にはないよね。でも、城なら収められそうな気もするな。
『どうした? 着いた?』
『あ、いや、渡り廊下があって、たぶんここを渡った先らしい』
渡り廊下はそれほど長くはない。渡り廊下の向こうに別の建物がある。その建物は城とは違い、荘厳さはなく、普通であった。
あれが図書館なのだろう。
私は外に出て、渡り廊下を歩く。
『なんか歩いてばっか』
『最後なんだから文句を言わない』
短いのですぐに図書館のドアに辿り着く。
開いてるかな?
壁には開館時間が書かれているけど、休館日は書かれていない。
ドアの窓から中を様子見しようとするも、曇り気味のためと見える景色が本棚くらいで中の様子が分からない。分かるのは明かりがあるので閉館中ではないことらしい。
「失礼しまーす」
私はドアを開けて中に入る。
図書館は紙とインク、黴臭いにおいが──なかった。
ほぼ無臭。
入ってすぐ左手に受付カウンター。図書館中央は机と椅子が並べられていて、2階まで吹き抜け。
「広いね。どの棚を調べたらいいのかな?」
『分類されているから、魔法学ね』
「呪いではなく?」
『変身魔法よ』
私は館内マップから魔法学の棚を見つける。
2階の左側エリアが魔法学の棚があるらしい。
私は館内の階段で2階に上がり、魔法学の棚に辿り着くのだが──。
「うおっ、多すぎ。これ全部魔法学」
棚が奥まで続き、ざっと見ただけでも何百冊もありそうだ。しかも棚は一つではない。
「どれよ?」
『変身魔法に関する本よ。それ以外は無視よ』
「と言ってもさ、背表紙に変身魔法の題がある本が多いよ」
本の背表紙を見るだけですぐに変身魔法の本が見つかる。
「どうしてこんなに変身魔法が多いのかしら?」
変身魔法は高度な魔法のはず。
「行き着く先がそういった古の魔法なんだよ」
後ろから声がしたので振り向く。そこにいた人物を見て私は驚く。黒髪の理知的なイケメンがいたのだ。
「おっと、驚かせたかな? 私は生徒会長のキース・ジェラルド」
キース・ジェラルド!
永遠のフリージオ、攻略対象キャラだ。
魔法大臣の次男坊で3年生の副生徒会長。
「新1年生かな? 入学式もまだなのに勉強熱心だね」
「いえ、ちょっと好奇心といいますか」
「1人なのかい? 会話をしているように聞こえたけど」
「1人です。すみません。ちょっと独り言が多くて」
誰もいないと思って念話をするのを忘れていた。
「私は新1年生のノーラ・サルコスと言います」
私は副生徒会長のキース・ジェラルドに自己紹介をする。
「ノーラ……ああ! 君があの」
「あの?」
「昨日の件は聞いてるよ。大活躍だったんだってね」
昨日の件といえば皇帝派残党の列車テロだろう。
「誰からそれを?」
「うちの生徒会長のキャサリンだよ」
なるほど。同じ生徒会だもんね。聞いていておかしくはない。
「それで君は何を探しているの? 変身魔法について調べていたらしいけど」
「はい。変身魔法の……特に解き方について調べてたんです」
「解き方?」
普通は使い方。それを解き方ときた。訝しんでもおかしくない。
「ええと……はい、物に変身させられた妖精の話を聞いたことありまして」
「お伽話か何か?」
「そうです。昔、そういうのを聞いて。それで気になって」
魔法で杖に変身したけど元に戻れない妖精と知り合い……というか私の杖だなんて言えない。
「へえ。なんてタイトル?」
「それが忘れてしまって」
私は肩を竦める。
「それで変身を解く方法ってあります?」
「んー? 変身魔法の本は見ての通り、いっぱいあるけど変身を解く……か」
キースが顎に人差し指を当てて、本棚に差し込まれている本の背表紙を眺める。
「それだとやはり……」
「ないですか?」
「いや、あるとは思うけど、それはここの棚ではないな」
「どこの棚ですか?」
「闇魔法の棚かな?」
「闇魔法?」
闇魔法は黒魔法より邪悪な魔法。
黒魔法が人の不幸や事故、社会への悪影響を与える魔法に対して、闇魔法は人の死や不幸、社会の破滅をもたらすという魔法。
変身を解くだけなら、せいぜい黒魔法扱いのはず。
「変身ではなく、封印という線もあるからね」
「封印?」
「悪きものが悪さをしないために、物に封印するということがある。もしかしたら変身が解けないのでなく、封印という線もあるね」
『あんた、封印されてたの?』
『馬鹿、封印じゃないから。言ったでしょ? 悪い魔女から隠れるために変身魔法を使ったって』
そう言うがはたして?
もしかしたら私を騙そうとしている?
『変なこと考えてない?』
「考えてない」
「ん?」
やば! つい念話を忘れてしまった。
「あ、いえ、ええと……そうだ! キース先輩、封印なら光魔法では?」
「普通はね。でも、物に変身させるのであれば、それは完璧な封印とは言えないからね。だから光ではなく闇だろう」
「変身を解かせない魔法。確かに闇魔法ですね」
『変身したのは私自身の意志なんだけどね』
「では闇魔法の棚に……」
「それは無理だよ」
「え?」
「黒魔法じゃないんだから闇魔法は一般の棚にはないよ」
闇魔法は危険な魔法だもんね。それに関する本は一般的には開架されてないか。
「どうすればその棚に?」
「そういう棚はここにはないね。魔法省管轄の国立国会魔法図書館、閲覧は教授クラスじゃないとね。しかも魔法省に申請しないといけない。一応、ここの校長なら本を何冊か持ってそうだけど」
「なら諦めるしかないですね」
『ちょっと!』
「おや? 諦めるのかい?」
「あくまで変身魔法を解く方法は何かなと興味があっただけで本気というわけではないから」
私はキースに一礼して、その場を離れる。
『ちょっと、ちょっと! どうするのさ?』
『どうするもこうも、解除の魔法が分からないんだから。そもそも求めているのは闇魔法じゃないでしょ?』
『そうだけどさ。何かヒントになるかもしれないじゃん』
『でも、ここにはないし』
『校長が持ってるかもしれないんでしょ?』
『生徒が校長と仲良くなれるわけないでしょ』
ハリ◯タの世界じゃないんだから。
「君!」
後ろから呼び止められて私は振り返る。
「なんですか?」
「呪いの可能性もあったね」
「呪いですか?」
『んなわけないじゃん。自分で自分に呪いをかけるかっつうの』
「なるほど」
「呪いに関する棚は黒魔法の隣だよ。2階左奥の棚から2つ前」
「ありがとうございます」
私はまたキースに礼を言う。
『とりあえず向かおうか』
『だから呪いじゃないって』
『もしかしたら間違って自分に呪いをかけたのかもしれないじゃん』
『んなわけないっつうの!』
◯
呪いに関する本棚に向かい、何冊かを取って、中を確かめて調べるがこれといってエリーの変身魔法を解く方法に関するものはなかった。
『ふぅ、ちょっと疲れたわ。今日はこれで終わりにしましょう』
『ちょっと! まだたくさんあるんでしょ?』
『これ全部を1日で調べられないわよ。それにどれもこれも呪いの解き方ではなく、呪いついての話が先にあって、こっちの読みたい部分が少ないのよ』
まるでネット検索みたい。
答えだけを知りたいのに、問題や事例の説明から長々しく入って、なかなか答えが見つからず、あげくには答えは不明という結果になる無駄な感じ。
『今日はもう目が疲れたからまた今度で』
私は図書館を出てると外は赤かった。
『げっ、夕方?』
そんなに長く、図書館にいたの?
『懐中時計が欲しいわ』
『懐中時計? 何それ?』
『ゼンマイ式の小さい時計。今の時間が分かるの』
この世界では電池が存在しないため腕時計はないが、ゼンマイ式の懐中時計は存在する。
『でも高いのよ』
私は校舎へ入り、廊下を進む。
茜色の夕陽が差し込む校舎はどこか幻想的であった。
長い影が伸びる廊下を私は歩く。
そこへ速い影が廊下を進んだ。
「へっ、何?」
私は身構えた。
人影にしては速い。
窓の向こう側を見る。
鳥……にしては大きい。
なら獣?
「ノーラ?」
廊下に見知った声が響く。
「ライザ?」
声の主は同居人のライザだった。
「どうしてここに?」
「それ、こっちのセリフでもある」
「私は図書館に。ちょっと見てみたくなって。で、ライザは?」
「……散歩」
淡々とした答えが返ってきた。
「そう。何か面白ものでもあった?」
「別に」
そして私達は並んで寮へと帰る。
部屋に向かうのではなく、食堂に向かい、夕食を食べることにした。
「ちょっと早いけど開いてるかな?」
「5時からだから開いてる」
「時間分かるの?」
「学校の日時計をみたから」
「なるほど。でも、5時か6時くらいと思ってた」
「今日は夕陽が早かったね」
そして寮の食堂に着いて私達は早めの夕食を食べることにした。
夕食はハンバーグセットだった。デミグラスのハンバーグとライス、それとコーンスープ。
なんで異世界にハンバーグがあるのと思われるだろうが、ここはゲーム『永遠のエリーシオ』の世界。製作者は日本人。だからハンバーグもあるのだ。
「昼、食べてなかったからお腹ぺこぺこだよ」
私はハンバーグにナイフを刺す。すると中から肉汁が溢れてきた。
「ノーラはずっと図書館にいたの?」
「そうだけど。あれだよ。新聞部のインタビューのあとでだから」
「インタビュー後に食べなかったの?」
「インタビューもそんなに時間はかからなかったんだけど、昼食には早いからさ。てか、ライザは昼以降何してたの? 一度、部屋に戻ったらいなかったからさ」
「散歩」
そう言って、ライザはハンバーグを頬張る。
「どこを?」
「色々」
「ここらへんにはもう詳しくなった?」
「……まあ、そうなのかな」
ライザは少し考えてから答える。
「そうだ。変身魔法の解き方って知ってる?」
「えっ!?」
何気なく聞いたことなのだが、なぜかライザは警戒したような雰囲気をだす。
なんで警戒するの?
「昔、魔法で変身したのはいいけど解けなくなったというお伽話を聞いね」
「それで図書館に?」
「うん。ちょっと調べてたの。そしたら副生徒会長に会ってさ」
私は図書館のくだりを話した。
「闇魔法……校長」
「ライザ?」
「ううん、なんでもない」
なぜかライザは闇魔法について強く反応した。
イケメン副生徒会長はアウトオブ眼中ですか。