学生寮と杖①
王立魔法学院アルビオンは全寮制の学校である。そこに貴族とか平民の差はなく、分け隔てなく生徒は寮生活をさせられる。
(319号室。ここが私の寮部屋ね)
部屋は2人1組で基本同級生。
ノブを回すと鍵はかかってなく、先客がいるようだ。
私はノブを離して、拳でトントンとドアをノックする。
「失礼します」
返事を待たずに私はドアを開ける。
「ん?」
中にいた人物は窓際に立っていて、ドアへと振り返る。
「……」
相手は青いショートヘアーの少女だった。背は低めで童顔。瞳は髪と同じ青色で、閉じた口からの表情はどこか意志の強さが垣間見える。
(一瞬、男の娘かと思った)
「初めまして、私は新1年生のノーラ・サルコスです。今日からよろしくね」
「ん。僕はライザ・ブラウツ。よろしく」
おいおい僕っ娘かよ。
こいつは当たりを引いたかな?
「よろしくね。気軽にノーラって呼んでね」
「ん。僕もライザって呼んで」
ライザの口元が微かに緩む。
(うっひょー)
「どうした? 顔がすごいことになってるけど?」
「なんでもないわ」
部屋にはベッドと机、タンスが2つずつあって、右側のベッドと机、タンスをライザがすでに使用中らしい。
それじゃあ、私は左側を。
「荷物それだけ?」
「それが道中の列車で皇帝派のテロリストに襲われて……」
「え? あの列車に乗ってたの?」
「ええ。それで列車の積荷が吹き飛ばされて。残ったのはこれだけなんです」
そう言って私は肩を竦める。
「そりゃあ大変だったね」
「あれ? そういえば、テロのこと知っているんですか?」
テロは数時間前に起こったことだ。
ネットのないこの世界でどうやって知ったのだろうか。
「うん。学院内でも話題だよ。なんでも皇帝派のテロリストは学院や貴族生徒父兄に身代金を要求していたの。それで色々と右往左往していたらしいよ」
ライザは溜め息をついた。
「なるほど。そこから生徒に情報が流れたのね」
「だから、この学院内でテロのことを知らないのは寝てた奴かぼっちくらいだね」
私は鞄からもう一つの学生服と部屋着、訓練用学院指定防護服をハンガーにかけてタンスに納める。次に下着やタイツはタンスの引き出しに。
化粧箱は机の上に、歯ブラシ等は洗面所に置く。
「日用品は無事だったんだ」
カバンを閉じるとライザが私に声をかける。
「ええ。ダメになったのは学院で使うものですね」
「なら、外に出て買いに行く? 案内するよ」
「ライザはここに詳しいの?」
「僕は3日前に着いたんだ。で、学院の外で日用品とか学院で使うペンやインク、その他を買った」
「では、お言葉に甘えて案内を頼もうかしら」
私達は部屋を出て廊下に。そして階段を下りて1階へ。
「まずはどこに?」
「そうだね。まずは杖かな?」
外へを通じるドアを開けようとしたら、向こうから勢いよくドアが開けられ、しかも入ってきた人とぶつかった。
「「きゃあ」」
お互い地面に尻餅をつく。
「ご、ごめんね。急いでいたものだから」
そばかすに黒縁メガネの女子生徒が立ち上がって、私に手を差し伸べる。
黄色のネクタイから察するに2年生だ。
「いえ、こちらこそ不注意でしたので」
「私は2年のジニー。新聞部。よろしくね」
「よろしくお願いします。私は……」
「ジニー、何してんだ。レインの奴らに先越されるぞ」
どうやらジニー先輩の後ろに人がいて、そのお方が文句を言う。
「そうね」と、ジニー先輩は後ろの人に対して言い、次に私に「ごめんね。新1年生ちゃん」と謝った。
ジニー先輩はウインクして私の横を通り過ぎる。
残されたのはジニー先輩の後ろにいた小さい男性のお方。
「入らないんですか?」
「俺は男だ!」
彼は忌々しげに言う。きっと私が女の子と勘違いしたと考えたのでしょう。
それはそうと、殿方は女性寮には入れないのでした。
私達は会釈して、その場を離れる。
「よかったね。バレる前に外に出れて」
「え?」
「新聞部は君に用があったらしいよ」
「そうなの?」
「うん。後ろからジニー先輩が319と言っていたからね」
「えっ? ああ、まあね」
急にライザが歯切れ悪くなる。
「でも、どうして私に? 私に用があるなら戻った方が……」
「よしなよ。どうせテロの取材だ。構ってたら買い物ができなくなる」
「少しくらいなら」
「少しで終わらないよ」
ライザが溜め息交じりに言う。
「何か知ってるの?」
「前に新1年生の商会のなんとかシウスって奴がインタビューを受けて、うんざりしていたらしい」
「ローラン・マルコシアス?」
「そいつだ。知り合いか?」
「いえ、有名な方なので」
ローラン・マルコシアス。マルコシアス商会の会長の長男坊。『永遠のアリーシオ』の攻略キャラだ。
「あいつ、香水のにおいがぷんぷんして嫌なんだよ。しかもいっつも女を侍らせてよ」
ローランは浮き名を流す人物ではあるが、それは厳格かつ仕事で家庭を顧みない父親への反骨心によるもの。
実際は誰よりも家庭愛を求める純朴な男性なのだ。
◯
学院を出て、左へ曲がり、そのまま進んで行くと徐々に蛇行した道になる。そしてヨコエモン通りの札を越えると景色は商店街になった。
色々なお店が軒を連ねていて、通りには生徒が大勢いる。
「ほー、いっぱいあるね。まずはどこから見るべきかな?」
「一般的に杖ならそこのグルタン堂だね。ただお金に余裕があるなら奥にあるマジルミナ。学生御用達ならミルーナ魔法店」
マジルミナは一般人でも名が知れている超高級店。王立魔法学院アルビオンは大貴族や商会のお坊ちゃんや令嬢が通ってるもんね。
「他にも路地を進んでいくと面白い店があるよ。ただ、そういうとこはうるさい店主が多い。冷やかしで入ったら怒られるよ」
「ほお。ライザは詳しいのね。まだここへ引っ越しして間もないのでしょ?」
「まあ、暇だったから、あちこち見てまわったから」
「猫みたいね」
「猫とは失礼な」
「あら、ごめんなさい。一応、褒めたつもりのんだけど」
と、私は言っておいて褒め言葉なのかなと迷う。
自由気ままは……悪口? ん〜? どっちだろう?
「せめて狼と言って」
「狼?」
自由気ままな狼。……怖いよ。
「で、そういうお店は入らないほうがいいと」
「そうだね。ああいうところは生徒ではなく教職員を相手にしているね」
「なるほど。それじゃあ、学生にお財布に優しいグルタン堂にしましょうか」
けれどそのグルタン堂に入ると、中は満員だった。
私達はドアを開けるも中に入れないのですぐドアを閉めた。
「何これ? どういうこと?」
そこで中から見知った顔がドアを開けて出てきた。相手も私に気づいたらしく。
「ん? お前は…………何だっけ?」
現れた人物はヘイジツ・ヒルナンレスだった。
「名乗るほどものではありません。では」
「待て待て、同じテロ被害に遭った仲ではないか」
「なんですか、その仲は?」
「お前も、もしかして杖を買いに来たのか?」
「ええ」
「ならここは諦めな。今からでは間に合わないな」
「もしかして中にいる人達はテロで杖を紛失した人達?」
中には生徒達がぎゅうぎゅう。
「そういうこと」
「なら杖は改めて別の日に──」
「それもやめときな。予約順だから手に入るのはだいぶ後だぜ」
「それでここは諦めるべきと」
「学生御用達の──ぎゃっ!」
「邪魔だ」
お店の中から慌てて出てきた生徒に店前で立ってたヒイジツ・ヒルナンレスは突き飛ばされる。地面に転がる。
「痛え! てめえ、何を──ぐぎゃ!」
「邪魔よ」
次は女生徒に踏まれる。
その後も次々と店から出てきた生徒達にヘイジツ・ヘルナンレスは踏まれたり、突き飛ばされる。
「あれは何だったのかしら?」
ボロ雑巾になったヘイジツ・ヘルナンレスは答えることは出来ないようだ。
「たぶん学生御用達のミルーナ魔法店に向かったのでしょうね」
「なるほど。……て、私達も早く向かわなきゃあ」
私とライザは急いでミルーナ魔法店に向かう。後ろで「助けてくれ」というヘルナンレスの言葉を無視して。
「ノーラ、こっち」
そう言ってライザが路地を進む。
「皆の向かった方角と違うわよ」
「こっちの方が近道」
「分かった」
ライザが先頭、その後ろを私が路地を駆ける。
路地はくねくねしているが、ライザの言う通り、グルタン堂から出てきた一団より早くにミルーナ魔法店に辿り着いた。
けれど──。
「すみません。杖の方は売り切れました」
私達が入る前からミルーナ魔法店もかなりの人が駆け込んでいて、列に並んで待っていたのだが、残念売り切れていた。
しかも予約もいっぱい。一応、予約はしたが1学期の授業初めには間に合わないだろうと言われた。
「あとはマジルミナだけど」
「いやいや、あそこは高級店。他を探そう」
「それならいいとこがある」
「いいとこ?」
ライザがまた路地を進んでいく。
かなり入り組んでいて、階段で下へおりて、トンネルをくぐり、細い路地をくねくねと曲がって、謎のお店の前に辿り着いた。
年季の入った木造のお店で、魔法店というより古物商よりのお店だ。
「ここは?」
「魔道具のお店」
魔道具ということは魔法のジョークアイテムとかでなく、危険なものを取り扱っているお店だ。
「さっき言っていた冷やかしすると怒られるお店?」
「そっちじゃない」
「教職員用の?」
「そっちでもない」
「え? なら、どんなお店なの?」
ライザは私の問いには答えず、お店のドアを開けて中に入る。
「おや、また来たのかい? 野良猫や」
しわがれた声が奥から発せられた。
声は小さいのに不思議と言葉が伝わってくる。
(詠唱の達人かしら?)
「猫じゃない。狼だ」
ライザは歩きつつ反論する。
「そりゃそうかい」
そして奥のカウンターに辿り着いた。
黒の三角帽子が一つ見える……いや、帽子がくるり回った。
老婆がそこにいた。
黒の三角帽子に黒のローブ。
「おや? そこのは?」
大きな目が私を見る。
足先から頭まで、ねっとりと視線が注がれる。
「同居人。杖を探して、ここにきた」
「どうも」
「ふん! 杖ならヨコエモンに大量生産された、安くて、どんな素人でも使える、壊れても心がいたまないのがあるだろ?」
「売り切れていたの」
「なら、学生御用達のミルーナ魔法店もあるだろ?」
「そこも売り切れ」
「なんだい、なんだ……って、そういえばテロがあったらしいね。それでかい?」
「はい。テロリストから杖が奪われて、その後、紛失。それで列車に乗り合わせていた生徒全員が杖を買いにきて、あちこちで売り切れになったんです」
と、私は説明する。
「なるほどね」
「婆さん、この店は杖も扱っていたよね?」
「まあ……扱っているけど」
お婆さんは私を見る。まるで測るように。
「いいだろう。持ってこよう。しかし、売るわけではない。まずは試させてもらうよ」
そしてお婆さんは店の裏へ行った。
「大丈夫なの?」
「分かんない。でも、あの老婆、懐かしい」
「ん?」
「なんでもない」
お婆さんが箱を持って戻ってきた。
箱は黒く、赤文字が蓋の上に書かれている。なんと書かれているかは分からない。
「これは文字ではなく、マークだよ」
「マークですか?」
「そう製作者のね」
「もしかしてプライオリティ・ワンでは?」
「そうさ」
お婆さんはケッケッケと笑った。
「無理ですよ。そんな大金持ってません」
「安心しな。これは売れ残りさ。何百年経っても売れなくてね。ちょいとクセが強くてね」
「どうしてですか? まさか使用者の命を吸うとか?」
「そんなんじゃないよ。まずは使ってみな。そこの水差に入った水をコップに移しな」
それは初心者がよくやる練習の一つだ。
王立魔法学院に通う生徒は初心者ではない。
ある程度基本技術を持っている者ばかり。
「わかりました」
私がそう言うとお婆さんはニヤリと笑いました。そして箱から杖を取り出し、私に差し出します。
私は杖を受け取り、見渡します。
特に変なところはない。
普通の杖だ。
キャサリン生徒会長のような立派さはない。
「どうした?」
「いえ、装飾も刻み文字もないので」
「杖は魔法を使うためのもの。それ以外に何が必要なんだい?」
そう言って、おばあさんは鼻で笑う。
私は水差しに入った水をコップへと移す。
「これでいいんですか?」
「…………」
「あのう?」
「ああ! そうだ。それでいい。まさか簡単にやっちまうとは驚きだ。よし売ろう」
「あ、でもお金が……」
「安くしとくよ」
杖の値段はミルーナ魔法店と同じくらいの値段だった。
「それでクセとは?」
「そうだね。おい、ライザ、やってみな」
「ん? 僕が?」
私はライザに杖を渡す。
ライザは瓶を魔法で動かそうとするが……動かない。
「ん?」
ライザは息を吐いて、魔力を杖に注ぐ。今度は強く。
けれど、瓶が割れて、中の水が飛び散る。
「そういうことさ」
お婆さんはケッケッケと笑う。