拉致
(いた!)
ヨコエモン通りの商店街からちょっと路地裏に入ったところにあるお店にアリエルが入っていった。
それを私は物陰から見ていた。
ゲームストーリーではアリエルはこの後、お店を出て、別の路地裏に入り、奥で皇帝派の男達に拉致される。
少し待つとアリエルが紙袋を抱えて、お店から出てきた。
(さて、イベントは果たして始まるのか?)
アリエルが路地裏に入り、歩みを進める。
しばらくして十字路で男達が現れて、アリエルの後ろに回る。
そして足音で謎の男達に気付いたアリエルは歩みを速める。
が、正面から別の男達によって歩みを止められ、拉致される。
その瞬間、私は《《本能からか》》今いる場所から急いで離れた。
すると私が先程までいた場所に大きく空を切る音を耳で聞いた。
振り返るとバトルアックスを手にした巨漢の獣人がいた。
高さ2メートルほと。ふくのうえからでも分かる筋骨隆々の体。目つきは鋭く、殺意ましましの雰囲気。呼吸、ただずまいから相当な手練れというのがひしひしと伝わってくる。
普通の人なら正面に向かい合うだけで縮こまってしまう威圧感。それが殺意を持って相対するとなると理性を保つのが大変。
現に私も出来れば戦わずにして逃げ出したいという気持ちに揺らいでいる。
「攻撃のぎりぎりまで気配を消しての一撃を躱すとは。何者だ?」
低く、重い声が私の耳朶に入る。
大男はただの問いにも関わらず、脅迫めいた雰囲気を出す。
それは答えなければ殺すということだろう。
「いきなりレディを後ろから狙うなんて、失礼ね。貴方こそ何者?」
左袖から杖を出して構える。
「強がるなよ」
こっちがビビりかけているのはご存知のようだ。
「私はアリエルの友人」
「そうか」
大男の目が怪しく光。
くる!
私が身構えた。その時、別の声が間に割って入る。
「待て! ここで騒ぎを起こされては困る」
それはローブのフードを深く被った男だった。
「すぐに終わる」
「そいつは強者だぞ。お前だって、本能で分かるだろ」
「……フンッ」
「ノーラ・サルコスだな。一緒に来てもらおう」
「素直に従うとでも?」
ローブの男が指を鳴らすとアリエルの首にナイフを突き立てた無精髭の皇帝派メンバーがやってきた。
「ノーラ!」
「黙れ!」
アリエルの首にナイフを突き立てた男が怒鳴る。
「……分かった」
こうして私とアリエルは両手首を縛られて、口には猿轡を、そして杖を没収されて馬車に乗せられた。
◯
そして着いたのはベネット港の倉庫B329だった。
ゲームイベントと場所は同じ。皇帝派の軍人が20人くらいいた。
ただ違うのはメンバーだ。
1人は大男。あんな奴いなかったはず。
そしてもう1人が──。
「ねえ、そこの貴方」
猿轡を外されて私はローブの男に声をかける。
「うるせえ、黙ってな!」
皇帝派の無精髭男が怒鳴る。
そいつを無視して私はローブの男に聞く。
「貴方、新聞部のイーサン・コーソンだよね?」
「えっ!?」
アリエルが驚き、ローブの男に目を見開く。
ローブ男は溜め息をつきフードを上げ、顔を私達に見せる。
「イーサン先輩!? どうして!?」
アリエルがイーサンに尋ねる。
「私も聞きたいわ。貴方、皇帝派を恨んでいたわよね?」
イーサンは口を強く閉じて、一度俯く。
「ああ、そうだ」
吐き捨てるようにイーサンは言葉を発する。
私に向ける目は怒りと復讐の鈍い光を持っていた。
「俺は皇帝派が嫌いだ。だけど、国王も貴族も嫌いだ! 皆、無くなればいい」
最後に自虐的な笑みをイーサンはこぼした。
「で、そっちの貴方は獣人かしら?」
次に私は大男に問う。
「ほう? どうして?」
「その体つきからしてそう推測しただけ。それとうち学校で東屋が半壊されてね。現場には大きな爪痕。これ貴方でしょ?」
「待ってノーラ。背格好がちょっと違う」
「え? 間違ってた?」
「いや、合ってるよ。ただ、あの時は獣人化していてな」
「そしてそちらは皇帝派達。三者三様ね。それで私達を拐ってどうするつもりなの?」
「君は勘定に入っていないよ。アリエルだけが目当てだったんだ」
知ってる。そしてシリウスを呼ぶためのものだということもね。
でも、ここはあえて素知らぬふりで尋ねる。
「アリエルを? どうして?」
「それはゼツディン・ディーティー・ボーケイを呼ぶためさ」
「なるほどゼツディン…………はあ?」
「彼は国王の隠し子という噂がある」
「アホな噂を信じるな! そこはシリウスだろ? てか、なんでゼツディンを呼ぶためにアリエルを拐うのよ! 意味分かんない!」
「何を言っている? オリエンテーリングでゼツディンが君達を助けに──」
「シリウスだよ! そもそもことの原因はマーガレットで、ゼツディンもマーガレットの悲鳴で駆けつけたんだろ」
「そ、そんな!」
イーサンは自分の大いなるミスで狼狽えて後ずさる。
「今からでもシリウス呼んでこいよ! 本当最悪」
「テメェ、そろそろ黙りな!」
皇帝派の無精髭男が私に詰め寄る。
その時、倉庫に皇帝派のメンバーが、
「列車襲撃チームが戻ってきたぞ」
「襲撃? また懲りずに襲撃をしたのか?」
獣人の男がイーサンに溜め息交じりに問う。
「違う。そんな指示をした覚えはない」
そしてイーサンは皇帝派の男に目を向ける。
「ああ、俺だ。次こそは皇帝の御旗を運ぶと思ってよ」
皇帝派の無精髭男がしたり顔で答える。
「馬鹿か。同じことを何度もしたら、奴らも対策を講じるはず」
「でも成功したらしいじゃねえか」
「ワザと盗ませて、追跡している可能性もあるぞ」
「今までこのアジトがバレなかったんだ。問題ないって」
なんかめちゃくちゃな理論で無精髭男は自信満々に言う。
そして列車を襲撃してきた皇帝派メンバー達が戦利品を持ってきた。
「残念ながら皇帝の御旗はなかったが貴重な魔導書をいくつかあったぜ」
「高く売れるかもな」
「酒が飲みたいぜ」
そこへ新たな人物が闖入してきた。
「待たせたな!」
「お前達の悪事は許さん!」
それはモヒカンと七三分けの男2人。
「誰だテメェ!」
無精髭男が2人の闖入者に向けて叫ぶ。
「おいおい、人を呼んでおいて、なんだそれは? 俺だよ! ゼツディンだ!」
「そして寮長ことヘイジツ・ヒルナンレス」
2人は決めポーズをとる。
「なんで1人増えてんだ?」
無精髭男が七三分けのヘイジツを指差す。
「それはこっちのセリフだ! そっちも麗しき……ええと……麗しき乙女が増えているではないか?」
おい、コラ。
なんで言い淀んだ?
「問おう。お前は国王の隠し子か?」
イーサンがゼツディンに噂の真偽について尋ねる。
「乙女の中では俺は常に王子様さ」
「…………」
「偽物だな」、「キモい」、「恥ずかしくねえのか?」、「年頃の子は……そういう時期があるよ」
「よし。お前ら、やっちまいな」
無精髭男が皇帝派のメンバーに命じる。
今更だが、どうやらこの無精髭男がリーダー格らしい。
「はっ、この我々を止められると思うのか?」
「笑止千万!」
◯
(まっ、そうなるわな)
ゼツディンとヘイジツは速攻でボコボコにされ、現在は地面の上でのびている。
「おい、そこの馬鹿2人をそっちの部屋に入れておけ。それと女も倉庫に閉じ込めておけ」
無精髭男が部下に命じる。
「で、これからどうするんだ?」
「シリウスを呼ぶ。やはり彼が国王の隠し子だ」
◯
アリエルと私、そしてボコボコにされてのびている馬鹿2人は隣部屋に移動させられ、両手首と足首を縄で縛られた。
『ノーラ、聞こえる?』
エリーが念話で話しかけてきた。
『聞こえるわよ。どうしたの?』
『もっと壁に寄ってくれない聞こえないの?』
『私の声聞こえないの?』
『あんたじゃなくて、壁の向こうよ』
『聞こえるの?』
一応分厚い壁だが、耳を当てたら外の様子が聞こえるのか?
『いや、そもそもあんた、耳ないでしょ?』
エリーは現在杖に変身していて、元に戻らない状態。
『何言ってるの? 私は目や耳がなくても、周囲を認識できるのよ。ほら、オリエンテーリングのことを忘れた?』
そういえば夜にライザがテントから出て行き、どの方角に進んだのかを知っていた。
私は壁に寄る。
「どうしたの? ノーラ?」
アリエルが小声で聞く。
「何か聞こえないかと思って」
そして壁に杖を入れた右袖を当てる。
『どう聞こえる?』
『ばっちりよ。彼らの会話が聞こえるわ!』
『何を話している?』
『しっ!』
しばらく待つとエリーが皇帝派の情報を話し始める。
『どうやら彼らはもともと別の班だったらしいわ』
『別の班?』
『ええ。列車テロの時に線路が壊れて、別のルートでの移動になった。そこへさらに学院内の仲間が芋づる式に捕まり、あれやこれやと仲間が減っていき、集まったのが今の彼らみたいね。獣人は仲間が減ったので無精髭男が傭兵として雇ったらしいわ』
『なるほど』
……これもしかして私のせい?
線路壊したり、奴らの仲間を告発したのも全部裏目になってた?
『そして狙いはマルコシアス商会が持つ将軍の御旗に狙いを定めたの。けれど、ローランと列車の襲撃にも失敗して、噂の国王の隠し子を探し出して暗殺に計画は変更したらしいわ』
『にしては、こいつらは馬鹿ね。ゼツディンを国王の隠し子だなんて』
『本当よね……っと、待って!』
『どうしたの!?』
『魔導書が変身魔法に関するものよ!』
そういえば前にキース副生徒会長がマルコシアス商会が変身魔法に関する魔導書を運んだとか言ってたな。その時は別のマジックアイテムだったらしいけど、今回は変身魔法に関する魔導書か。
『読めるの?』
『静かに。今、敵の馬鹿が面白半分に読んでるとこ』
そう言ってからエリーは黙り始めた。
ここにきて自分のこととは。ある意味すごい奴だよ。
私が溜め息をついていると、
「ノーラ、どう? 何か聞こえた?」
アリエルが近寄り、小声で私に聞く。
「さっぱり。壁が厚くて無理ね」
「私達、どうなるのかな?」
「シリウスが助けに来るよ」
(というか皇帝派達に呼ばれているんだけどね)
「……私のせいでシリウスに」
アリエルの瞳に涙が貯まる。
「アリエルは悪くないわよ。悪いのは権力を欲しがる皇帝派よ」
アリエルの瞳から涙が一筋流れようとするので私は手で拭ってあげる。
「最悪、私達も加勢して逃げよう」
「加勢って、どうやって? 杖もないし、腕と脚が拘束されているから詠唱魔法も難しいわよ」
詠唱魔法は文字通り、詠唱の魔法。杖を使わず、詠唱で魔法を繰り出す。けれど、手足を使ったモーションが基本必要。上級魔法使いならノーモーションで自由に魔法を操ることが出来るが1年生では難しい。
「実は私、もう一つ杖を持っているの」
「そうなの?」
「でも、今は待って。そこののびた馬鹿が起きるのを待とう」
さすがに担いで逃げるのは難しい。
だから、自分での足で逃げてもらわないといけない。
◯
『ねえ? 結構時間が経ったよね? どうなの?』
私はエリーに念話で問う。そろそろ馬鹿2人も目が覚めそうだし、杖を使って逃げたい。
『うん。もう終わりそう』
『そうなんだ。で、変身魔法は解けそう?』
『解けそう!』
『そう良かった……ん? 解けそう!』
『ええ。元に戻りそう』
『それにしてはあまり嬉しそうではないわね』
エリーの正確なら嬉しく喚きそうなのに。
『嬉しいわよ。でも、なんか、実感っていうのかな。急に解けるとなると、自分でもびっくりするくらい冷静なのよ』
まあ、長年の願いがこんな時に叶うとなると……ね。
『ま、いいわ。ほら、元に戻りなさいよ』
『でも、杖がないと魔法は……』
そうだ。ここから逃げるためにエリーという杖が必要だった。
『それじゃあ、元に戻るのは後でもいい?』
『ええ。戻り方が分かったからね』
◯
そして馬鹿2人の目が覚めて、私はアリエルに右袖のエリーこと魔法の杖を取ってもらい、魔法で縄を解いた。
「今すぐ逃げたいと思うけど、こういうのは機を伺うものよ」
「何か考えがあるの?」
私は自信満々に首肯した。