オリエンテーリング②
就寝時間の夜にテントで誰かが起き上がり、外に出た。
永遠のエリーシオをプレイ済みの私にはそれがアリシアであると知っている。
少し夜風に当たろうと外に出て、そこでシリウスとのイベントが発生する。
ここで私は悩んだ。
今までさんざん出歯亀をやっていたが、さすがにこのイベントはそっとしておくべきかなと自重を感じ始めていた。
けれど、見たいという欲求もあり、私は悩んだ。
そこへ誰かの身じろぐ音が聞こえた。
(ヴェラか? いや、寝てる。なら……)
ライザだった。
アリエルを気にして外に?
いや、ちょっと様子がおかしい。歩いて行った方角も違う。
(トイレ?)
でもトイレとも方角が違うし……。
どうする?
…………。
迷った末、私はライザを追いかけることにした。
ヴェラを起こさないように私は杖を持って、こっそりとテントを出る。
魔法で小さな灯りを作って歩く。
(確かこっち方面だったような?)
『違うわよ。ちょっと右よ』
エリーが念話で方角を指示する。
『あんた、杖のくせにどうして見えるのよ』
『知らないわよ。それよりほら早く!』
私はエリーが示した方角へと歩くのだが、そっちは花畑のはず。
ライザはあまりお花とか興味がなかったのだが……やはりライザも乙女だったということかな?
そして私は花畑に踏み入れた。
「うわぁ」
私は幻想的な景色に言葉を漏らした。
大きな白い満月が夜空や地上を照らし、世界は青色の世界。その中で白やピンク、黄色の花が平原いっぱいに咲き誇っている。
「……きれい」
私はその花畑の真ん中に佇んでいるライザへと近づく。
こちらからではライザは背を向け、満月の夜空を見上げている。
私はなるべく花を踏まないように慎重にライザへと近づく。
そして5メートルほどのところで私はある異変に気づいた。
それはライザが大きな尻尾と大きなケモ耳、そして莫大な魔力を携えていることだ。
「……ライザ?」
私は立ち止まり、ライザに声をかける。
ライザはケモ耳をピクリと反応させ、ゆっくりと振り返る。
そして私は振り返ったライザの目を見て驚いた。
金の虹彩にアーモンド型の瞳孔。
「……獣人なの?」
ライザは目を伏せ、頷く。
「ごめん。隠してた。普段は耳も尻尾もないんだけど、満月の日は生えてしまうんだ。あと魔力の密度も上がってね」
「いいよ。前に夜中、外に出かけたのはそういうことなのね」
「うん。変身したり、魔力が上がると迷惑かなと考えて」
「気にしないよ」
「本当? 獣人だよ?」
「全然」
だって私、転生とかしているし、龍の巫女だしね。獣人くらい全然気にしない。
「ちなみにこの前の東屋破壊事件はライザが?」
「違う。僕ではない。きっと僕以外の獣人」
「獣人って、そんなにいるかしら?」
ゲーム内でも生徒の中に獣人はいないはず。
珍しい個体というわけではないが、一般的な獣人は人里離れた場所で暮らしている。
「僕以外いないはず」
「そうなんだ。それなら誰だろう?」
学院外という線もある。
誰かが夜中の学院に忍び寄り、誰かと争った。
「心当たりは?」
「ない」
「獣人にも色々いる。きっと他の集落から下山した獣人かも」
「ふうん。色んな獣人がいるんだ」
「猫とか鳥とかウサギとか」
「ライザは満月の夜から察するに狼ね」
「……うん」
ん? 間があったような?
「私は魔力が収まるまでここにいるから」
ライザはそう言って、私に背を向け、空を見上げる。
「分かった。私は先に戻るね」
私は花畑を去り、テントへ向かう。
テントに戻る前、私はアリエルの方にも向かう。
河原ではアリエルとシリウスのイベントシーンが行われているはず。そしてそれを近くの木の裏でマーガレットが悔しそうに見ているのだ。
(もう終わっていたりして)
河原が見えてくると、2つの人影が見えた。
2人は河原の方を正面にして体育座りをしている。
(ん? 男?)
両方とも男だった。
しかもその2人を少し遠くから木の裏で悔しそうに見ているのがモヒカンのゼツディン・ディーティー・ボーケイだった。
(……なんだこれ)
呆れた私はその場を去る。
(アリエルとシリウスのイベントは終わってたのか。見たかったな)
残念な足取りでテントに向かっていると、見回りの女性の教師に見つかった。
「そこ! 何をしている!」
「先生、大変です。トイレで目が覚めたら、変な物音が聞こえて、そちらに向かうと男が2人いて、さらにもう1人変な男が!」
私は咄嗟に嘘をついて、河原を指し示す。
まあ、半分は事実だし。
「まったく! これだから若い……えっ!? 男!?」
「はい」
教師は目をぱちくりして、
「そ、そうか。まあ、男同士の友情というやつかな?」
なんだろう?
教師の挙動が少しおかしくなったような。
「そんな感じには見えなかったのですが」
「君はテントに戻りなさい。あとは先生に任せなさい」
なんだろう。教師は何か尊いものを見つけた表情をする。
「はい」
私はテントに足を向け、教師は少し興奮気味の足取りで河原に向かう。
◯
オリエンテーリング2日目。
朝はパンとスープ、サラダと軽めの朝食。
それが終わった後、座学。
座学は青空教室のもとで行われた。
授業中内容はダンジョン探索についてのこと。
そこでまず昨日で指定されたアイテムを全て収集したグループが紹介され、そのグループからアイテム収集の際の注意事項が述べられた。
その後、教師からのそのグループへの評価がなされ、アイテム収集のヒントが教えられた。しかし、そのアイテム収集のヒントがすでに集めたものばかりや自分達には関係のないものばかりでラクリサの花についてのヒントはなかった。
「大丈夫よ。すでにあたりはつけているし」
と、ヴェラは余裕があるよう言う。
座学の後は昨日のダンジョン探索の続き。
昼食はダンジョン内、もしくは外で取るようにと学院側が用意した弁当。
「それじゃあ、行きましょうか」
「それでヴェラはラクリサの花がどこにあると思うの?」
アリエルが尋ねる。
「昨日、分かれ道でライザが花の香りがすると言ってたでしょ?」
「そういえば言ってたわね」
「私の事前情報ではこのダンジョンではラクリサの花は群生しているの。ただ群生している場所を探すのは難しいらしいのよ」
「なんでそんなことを知ってるの?」
「そりゃあ、ここをオリエンテーリングするって分かった時からよ。前もってダンジョンや周囲の情報を知るのは大事よ」
さすが次期生徒会長候補。抜け目ない。
「さあ、行くわよ」
◯
昨日の三叉路で私達は右の通路を進む。
「さあ、ここからは貴女の鼻が頼りよ」
「僕の?」
「私達は花の香りを捉えられないからね。貴女は分かるのでしょ?」
「うん。分かる」
私達はライザを先頭にして通路を進む。
時折、モンスターが現れて戦闘となったが、たいして脅威ではなく、さくさくとダンジョン探索は進められた。
そして少し難航したがなんとか最後の指定アイテムのラクリサの花を採集した。
「これで終わり。疲れたー」
私は大きく息を吐いた。
「どんどん道が入り組んでいくから焦ったわ」
「というかここまでラクリサの花を嗅ぎ分けられるなんてすごいわね」
「そうかな?」
ヴェラはライザに何か含むような目線を向けるがすぐに、「それじゃあ、帰りましょう」と言って、私達は帰路につく。
(これ獣人だと気づかれたかも)
何も言わないということは胸の内にしまってくれるということかな。
そして私達は帰路の途中で大きな揺れを感じ取った。
(きたか)
「きゃあ!」
「アリエル!」
揺れでこけそうになったアリエルをヴェラが支える。
「ありがとう」
「それよりこの揺れは?」
ゲーム通りなら、この揺れはマーガレットが封印されし大型モンスターを解き放ったことにより生まれたもの。
「誰か!」、「助けてー!」、「きゃあ!」
3人の悲鳴が聞こえた。
「この悲鳴は……」
「昨日のあいつらだね。あっちから聞こえた」
ライザが悲鳴の方角を指す。
「行きましょう!」
アリエルが駆ける。
「仕方ないわね」
続いてヴェラも。
その後に私とライザも悲鳴の方へと向かう。
◯
高さが吹き抜け3階分ある大広間に辿り着くとマーガレットのグループが巨大なゴーレムと戦っていた。いや、攻撃を防いでいると言った方がいいだろう。
ゴーレムがマーガレット達に両手の五指を向けていて、その指先から礫がマシンガンのように撃ち出されている。
マーガレット達は魔法でシールドを張って防ぐのが精一杯で動けることができないようだ。
このままだと魔力切れでシールドが破れて礫により蜂の巣にされるだろう。
「助けなきゃあ!」
アリエルが助けに行こうとするのをヴェラが止める。
「待って。このまま助けに行っても、次は私達が狙われるだけよ」
「でも」
「こういうのはどうかしら? 私とライザが攻撃して、あのゴーレムの狙いを私達に変えるの。その隙に彼女達を助けに行って」
「だからそれだと──」
「大丈夫。私とライザは二手に分かれるから。それで狙いを交互に変えていくの。2人は彼女達を助けたら援護して、彼女達には教師達を呼んできてもらうの」
「危険よ」
「大丈夫。足の速さには自信があるから。ライザはどう?」
「問題ない」
ライザは力強く頷いた。
「なるべく目を狙うようにね」
◯
「こっちよ!」
私は魔法『ファイヤーボール』で巨大ゴーレムの頭を攻撃した。
ゴーレムの頭を少し揺らしただけで、たいしたダメージは与えられなかったようだ。
けれどやつは私へと視線を向けて攻撃を開始した。
(成功!)
ゴーレムは私に向けて指から礫をマシンガンのように撃ってくる。
私はそれを相手の死角となる位置や柱などを利用し、走りながら避けていく。
龍の巫女パワーで膂力を上げて猛スピードで走る。
それでもマシンガンの礫は完全に避け切れず、当たることもしばしばで、それらはアリエルが私にかけてくれた光魔法で防がれている。
「こっちだ!」
反対方向にいるライザが巨大な火炎球でゴーレムの頭を攻撃。
狙いを変える程度で良いのだが、ライザは魔力のコントロールが上手くないため、強めの火炎球だった。
でも、ゴーレムはライザを危険な者として認識し、私からライザへと狙いを変更する。
私は柱に隠れ、一息つく。そしてマーガレット達の方を確認。
アリエルとヴェラが合流して、マーガレット達を安全なところへと移動させている。
「よし。上手くいってる」
私は火魔法『ファイヤーボール』でゴーレムの頭を攻撃。
が、ゴーレムは私の方を見ない。
「えっ!?」
私はもう一度『ファイヤーボール』でゴーレムの頭を狙う。
しかし、それでもゴーレムはこちらを振り向かない。
「こっち向け!」
私は『ファイヤーボール』の上位魔法『フレイムボール』を放つ。
ゴーレムの頭以上に大きい球がゴーレムに当たる。
爆音が広間に響く。
ゴーレムが大きく揺れて、膝をつく。そしてやっと私へと視線を向けた。
「ブゥオォォォ!」
ゴーレムは怒りで吠え、手近な柱をへし折って、私へと投げてきたではないか。
「えっ!? ええっ!?」
大きく横へとジャンプして直撃は避けるが、飛び散った破片などが、私に当たる。
アリエルのシールドがなければ危なかっただろう。
起き上がって、体勢を整えようとした時、ゴーレムはすでに2本目の柱を持っていた。
(これはやばい)
ピンチを悟り、どうすればと迷った時、土属性のゴーレムにあまりダメージを与えないであろう風魔法がゴーレムに当たる。
それは反対方向にいるライザでもなく、アリエル達からでもない。
(誰だ! シリウスにしては早すぎる!)
シリウスが来るのはもう少しあとのはずだ。
もしかして私がゴーレムを怒らせたから早まったとか?
「待たせたな! 俺が来たからにはもう安心だ」
2階から誰かが飛び降りてきた。
「ここは俺に任せな」
声の主はモヒカンのゼツディン・ディーティー・ボーケイだった。
さらに男2人が続いて飛び降りてきた。
その2人は昨夜の逢瀬を重ねていた2人だった。
「よし! お前らいくぞ!」
ゼツリンが駆ける。
あとの2人は互いに頷き合い、ゴーレムを攻撃し始める。
2人のコンビネーションは完璧だった。互いに信頼し合っているのだろう。
「ぐわぁ!」
ゼツリンがやられた。
2人はゼツリンが倒されても、一切動揺せずにゴーレムを攻撃する。
けれど、どんなに2人が息を合わせての挟撃でもゴーレムは倒せなかった。
「こいつ、強い!」、「なんて硬さだ」
2人は隠れて悔しそうに呟く。そしてボロボロになった互いの体を魔法で治癒し合う。
もう1人の仲間であるゼツリンは隅っこで倒れたまま。
可哀想に。
女子生徒は4人1組だが、男子生徒は3人1組編成。もう1人いたらゼツリンにもパートナーが出来たのだろう。いや、今はそんなこと考えている暇はない。グループ内でカップルが出来て、気まずくなったとかどうでもいい。
「ノーラ、大丈夫?」
マーガレット達を無事避難させたアリエルが戻ってきた。
「ええ。それよりどうしようかしら」
ゴーレムは柱を武器にして大広間内を暴れている。
「ライザは──」
「僕ならここだよ」
「ひゃあ!」
すぐ近くにライザがいた。いくつか擦り傷があるようだが無事なようで良かった。
「びっくりした。でも、いつの間に?」
「男子3人組が戦っている時、こっちへ移動した」
「そう。それならここから離れましょう」
「あれはどうする?」
「倒せないからほっときましょう」
本当ならここでシリウス達が現れて、ゴーレムを倒すイベントなのだが。
なぜかシリウスは現れない。
「ねえ、あの人達はどうするの?」
アリエルがゼツリン達を指差して私に聞く。
「大丈夫でしょ(たぶん)」
「そうかしら? だいぶ弱ってるわ。それにこのままだとゴーレムに見つかって酷い目に遭うわ」
アリエルが心配そうに言う。
「でも、ゴーレムがめちゃくちゃ暴れてるし……ライザもきついよね」
「少しなら大丈夫」
「……」
私としては彼らは放っておきたいのだが、アリエルは真剣な目で私に訴えかけてくる。
「……分かった。それならまた私とライザで注意を惹きつけるからその隙に」
「ええ」
アリエルは魔法で私とライザに前より強力なバリアをかける。
そしてまた私とライザによる挟撃が始まった。
今回は礫ではなく、私達をペシャンコにするように柱を振り下ろしてくる。
私は龍の巫女パワー全開で回避し、魔法で反撃を繰り返す。
ライザも頑張って対応している。
けれど、ゴーレムの方が強い。
これなら初手に大魔法で攻撃すれば良かったかも。
下手に出し惜しみしたせいか、今では避けて小魔法で反撃が精一杯。
「くっ!」
とうとう私は体力が限界に近づいてしまい、右膝を地面に着けてしまう。
ゴーレムは右手に持つ柱を私へと振り下ろそうとする。
「ホーリーバースト!」
アリエルが大きな光の球でゴーレムの横っ腹を攻撃する。
ゴーレムは弾かれてタタラを踏む。
「ノーラ、大丈夫!?」
「アリエル、逃げて!」
「えっ!?」
ゴーレムは私に振り下ろそうとした柱をアリエルへと──。
「きゃあ!?」
アリエルは目を閉じた。
「アリエル!」
だが、ゴーレムの柱はアリエルを叩き潰すことはなかった。
ゴーレムが持っていた柱は斬られて床に転がっていた。
「やあ、大丈夫かい?」
アリエルの前に立つ男がアリエルに尋ねる。
アリエルはおそるおそる目を開けて、目の前の青年を見る。
「シ、シリウス!?」
「俺達が来たからにはもう安心だ」
別の声がアリエルに向けて言う。
シリウスだけではなく、2人の人物が現れた。
その人物は──。
「ブルー! それにローラン!」
ゲーム攻略キャラがやっとヒロインのピンチに駆けつけたようだ。
「あとは任せな」
「ったく、帰ろうとしたときに」
ブルーはニヒルに、ローランはめんどくさそうに言う。
「さっさと終わらせて帰ろう!」
シリウスがゴーレムに向けて剣を構える。
「しゃあねな。さっさと行くか」
ローランが杖を構えた。
「アイスブロック」
ゴーレムの足元に氷が生まれ始め、足を氷漬けに。
「食らえ!」
ブルーは槍を力一杯投げ、ゴーレムの胸を撃ち砕く。
次にシリウスが剣に雷魔法をエンチャントさせる。
そこへアリエルが補助魔法をかける。
「リュミエール・カーテン」
シリウスはちらりとアリエルに振り向き、微笑む。
それにアリエルは無言で頷く。
シリウスはゴーレムへ向き直り、息を吐く。そして一気に天高く跳躍した。
「せいっ!」
ゴーレムの頭上の高さでシリウスは雷を伴った剣を振るう。
バキッ!
斬撃の音が広間に響き渡る。
ゴーレムは頭は斬られ、さらに衝撃により亀裂は股まで伸びた。
シリウスが着地をした時、ゴーレムは真っ二つに割れた。