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お題「チキンカツ」

最近お気に入りの定食屋に入り、本日のおすすめであるチキンカツ定食を注文する。


窓際の席に腰掛け、通りを流れる仕事帰りのサラリーマンの群れを眺めてみると皆顔に疲労をにじませつつもしっかりとした足取りで歩いていた。

時折ぶつかっている様子も見受けられるが、まるでお互いが見えていないかの様に手だけで謝罪し一瞥もくれる事なく過ぎ去っていく。


そんなありふれた平日の夜景だが、窓で区切られたこの空間から見るとこの国における社会の有様を感じられて一種の風刺画を見ているようである。


「おぁたせしぁした~」


接客にこなれてきたのであろう半ば省略するような声と共に店員が料理を運んできた。

髪を染めた店員が飲食店で普通に働いているという事実に時代の流れを感じはするが、至って真面目に働いている様子を見るに己の感覚が偏見にまみれていると自省すべきなのだろう。


おおよそ食事に関係ない事をつらつらと思っていると、目の前に置かれたプレートから味噌汁の落ち着く匂いが漂ってきた。出来立てのご馳走を前にして思考に励むのは無粋という物だろう。

私は無用な考えを放棄した。


口に溢れてきた唾液を飲み込み、何から手をつけるか悩む。

初めはカツから豪快に行くべきか、しかし店特製のドレッシングがかかった千切りキャベツも捨てがたい。味噌汁、漬物から攻めるのもありだろう。


贅沢な悩みに囚われる事数分、とても難題だったが私の心は決まった。

やはり、ここはカツからだ。


「いただきます。」


誰に言うでもなく挨拶をしてから、箸に手を伸ばす。

黄金色の衣がまぶしいカツを一切れ持ち上げかぶりつく。


サクッサクッと心地よい音のする衣による一瞬の抵抗の後、肉汁とともに肉の旨味が口内に溢れてくる。

口内を蹂躙する肉汁を堪能する事少し、味の記憶が薄れる前に米をかきこむ。

肉の旨味の前に炊き立ての米を食べる手が止まらない。


カツ一切れで丼の三分の一程を平らげた所でようやく一息ついた。

旨い、その思いで胸が一杯だった。

何も手を加えないそのものの味でこんなにも満足度が高いのなら、専用のたれをかけたなら一体どれほどなのだろう。


もう一切れ食べたい…食べたいが、ここは一度キャベツを挟もう。

ドレッシングの光るキャベツの山を箸で崩す様に掬い、そのまま口の中へと運ぶ。


シャキシャキとした触感はそのままに和風味のさっぱりとしたドレッシングがたまらない。

歳のせいか先程のカツで少しだけ重さを感じた胃をキャベツがリセットしてくれる。


素晴らしい、カツのクオリティから期待は膨らんでいたがこのキャベツとドレッシングは期待以上だ。


次はカツ、その次はキャベツ、そのまた次はカツと交互に無心で食べ続ける。

10分程経って、米が無くなってしまったのを契機に水を飲んで落ち着く。

気づいたらカツは残り三切れ、キャベツに関しては少し前に無くなってしまった。

近くにいた店員を呼び止め、米のお替りを注文し待っている間にこの後の事を考える。


残り三切れのカツと漬物、そして味噌汁…どのように食べ進めようか。

カツにはまだたれをかけていない為、残りをたれで食べる事は確定だろう。先程までのキャベツによる胃のリセットの代わりは漬物でいけるだろうか…まぁ、大丈夫だろう。

味噌汁は最後だな、他を食べ終わった後に締めとして一気にいく。

こんなものだろう、ちょうど米もきたし早速カツからだな。


たれの入った小鉢を持ち上げ、ゆっくりとカツにかけていく。

かけ終わったら逸る気持ちそのままに口へと放り込む。


たれがかかった事により衣のサクサク感は先程までより少しだけ下がってしまったが、それを補ってあまりあるほどに旨味が強くなっている。

何もかけていない状態は肉そのものによる暴力的な旨さだったが、こちらはたれによって洗練、凝縮された旨さだ。

甘さをベースにした濃い味のたれだが、濃ゆすぎず肉の旨味をそのままに調和している。

他に客がいなかったらあまりの美味しさに叫んでいたかもしれない。


間に漬物を挟むつもりが勢いでそのまま最後までカツを食べきってしまった…。

もう少し理性が戻るのが遅かったら、米も無くなっていただろう。


少しだけ反省し、締めに入る。

ちょっぴり残った米に漬物を乗せて食べると、浅漬けのさっぱりとした味わいがたまらない。

丼に残ったいくつかの粒も箸でまとめて口に運び、残すは味噌汁のみとなった。

名残惜しいが、これで最後だ。

茶碗に口づけ、味噌汁を飲み干していく。

温度もさることながら味噌の優しい味わいに心地よい暖かさが胃から体全体へと染み渡る。


全て飲み干し余韻に浸る事数秒、茶碗を置き軽く手を合わせる。


「ごちそうさまでした。」


やはりこの定食屋は最高だ。

会計を済ませ家路を行く道すがらに割き窓までの素晴らしい食事の内容を頭の中で反芻しつつ、明日のおすすめは何だろうかと気の早い事を考えていく。


やがて、何であっても美味しい事に変わりはないだろうといつも通りの結論にたどり着く頃には我が家は目の前だ。

後は風呂に入って寝るだけ、今日も良い日だった。

終わり良ければ総て良しというやつだな。


あっ、肉じゃがもいいな……。

感想・誤字報告等頂けると幸いです。

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