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耽未さんは寝取らせたい

作者: 青月 巓

現実逃避のために書きました。相変わらず全身に毛の生えた人型の生物が大好きで仕方がないです。

「お疲れ様です」


 僕は雪の降る駅前に立っている女の子の首筋に後ろから缶コーヒーを当てた。背丈の低い僕の目線の先にあるうなじに当てられたそれにびっくりするようにその女の子は前に一歩可愛らしく飛び出す。


「うわ……それが許されるのはイケメンだけだよ」


 その子は僕の顔を見るなり怪訝そうにそう言うと、しかし言葉とは裏腹に僕の持っていた缶コーヒーを素直に受け取る。


「あはは……そう言われると返す言葉もないと言いますか。で、どうですかこれ。今日の服。似合ってると思うんですけど」

「イケメンなら似合っただろうけど、葵くんにはどうも。本当に馬子にも衣装って感じかな。センスだけはいいよね」

「そんなこと言われても嬉しくはないんですけど……とりあえず映画行きましょっか」

「うん、了解。あ、そうだそこのエスカレーター故障中だって……」


 自己紹介が遅れてしまったが、僕の名前は木林きばやし あおい。映画、小説、漫画、アニメ、ゲーム、そのほかetc…創作物ならなんでも大好きな大学二年生。まあそれだけの至って平凡な男子。

 そんでもって僕と映画館へと雑談をしながら歩いている美人がメインは映画オタクではあるものの、僕と同じで創作全般が好きな耽未たんみ ニナさん。SNSで知り合ってから何度も遊んでいるお姉さん。見る作品は一貫して何か基準があるらしいんだけれども、その共通点は見当たらない。ただ、興味のある映画は映画館に行っても借りてきても見るタイプ。テレビにもちょくちょく出てるらしいけど、映画オタクの中の映画オタクが見るような番組なのか今まで遊んでいて声をかけられているところを見たことがないので多分嘘なのだろう。

 彼女はお姉さんと言っても実は歳の差なんて一歳しか違わなくて、それでいて後々知ったことなのだが僕と同じ大学に通っているらしい。サークル活動なんてコロナで全部なくなってしまったし、そもそも学年が違えば大ホールで受けるような授業以外は他の学年とバッティングすることもない順調な履修をおこなっていた人間だったためか最初はそれに気が付かなかった。

 さて、言わんでもこの会話でわかると思うが僕の顔は残念ながら良いとは言えない。もちろん悪くもないと自称しているのだが、これまで知り合ったどの子も総じて「お前と付き合うならもっといい男子を見つけられる」と言ってくる。

 僕としても趣味の合う相手と遊ぶことは楽しい。だが、だからと言って彼女が欲しくないわけではない。ただ、現状で耽未さんからはそういう目で見られておらず、また僕に一欠片の勇気も無いためかそのことをこれまで一切口に出すことができなかった。

 耽未さん的にはそういう話題も大丈夫らしいのだが、向こうからもそういう話題を振ってこないがためにこっちもあまり振らないようにしている。一度だけ、なんで僕なんかと一緒に映画見ても平気なのか、といったような話になった時に耽未さんは「葵くんはそういう話題、あんまり話さないじゃん。興味はありそうだけどね」と言っていたからそこも信用してもらっているのだろう。


「じゃ、チケット取ってくるから、そこで待ってて」

「了解です」


 映画館に着くと、ワクワクとした様子で耽未さんは券売機に走っていく。僕も彼女もポップコーンは買わず、飲み物もほとんど飲まないからいつもチケットを買いに行かない側はそこらへんのベンチで待っているのが通例だ。

 今回は耽未さんがチケットを買いに行く係を担ってくれた。普段は僕が買いに行くことが多いのだが、耽未さんが見たかった映画だったりする時はこうなることが多い。

 事前に何を見るかは聞いてはいなかったが、今回見ようと話していた映画もそういうことなのだろう。耽未さんの好みがわからない以上、聞いていたとしても毎回タイトルとあらすじ以外の情報が僕の中にあまり入らないことはネタバレ的な意味では救いではある。


「さ、じゃあ行こっか。じゃーん、今日は隣同士が取れちゃった」


 耽未さんのこっちをその気にさせるようなこういった素振りがずるい。ときどき僕を試すようにこういったことをしてきては、僕が動こうとすると「あ、そう言うのじゃ無いから。イケメンになってから出直してきて」と言ってくる。言われた通りだいぶ身なりには気を使うようにはなったのだが、やはり顔面の構造から変えないと耽未さんの好みにはなれないようだ。


「あ、じゃあ上映中に手なんか繋ごうとしたら……」

「あはは、そうだねぇ。もちろん半殺しした上で連絡先は全部消すよ?」

「あ……はい、そうですか」


 そうは言いつつも僕はいつもこうやって確認だけはしてしまう。そしていつでもこうやって笑いながら耽未さんは突っぱねてくるのだ。

 もうテンプレートと化したようなその会話、ただ今日の僕は少し違っていた。覚悟が決まっていた、といえば良いだろうか。つまるところ僕は耽未さんに嫌われても良いから一度好意を持っていることをつたえようと思っているのだ。

 映画が終わればもしかすると僕と耽未さんとの関係は終わってしまうのかもしれない。でも、それでもまあ十分楽しめたかなってそう思えるくらいには楽しかった。それでいて、この思いは伝えないとなんとなく損だと思ってしまっていた。

 まあそんな考えはありつつも、ただ


「いやぁ、面白かったねぇ。三時間あるとは思えない迫力……トリウッド映画も侮れない」

「最初ヒンドゥー語が聞こえた時は僕は何を見せられるのかと思いましたけどね」

「あれ、ヒンドゥー語じゃなくてタミル語だよ。だからボリウッドじゃなくてトリウッド」

「へぇ、言語によって違うんですね。というか、さすが耽未さん、色々先に調べる派の能力が遺憾なく発揮されてますね」

「あはは、褒めても何も出ないよ。それに、厳密には言語で分けてるわけじゃ無いけどね」


 などと映画館から出ながら話している間も、僕の頭の中の七割ほどは耽未さんにどう想いを伝えようかということでいっぱいだった。面白いことに僕の創作を受診する筋肉が鍛えられていたのか、そんなドキドキの中でも映画は楽しむことができた。それにしてもすごいアクション映画だった……。


「ま、立ち話もなんだし、ファミレスでも行きますか。いつものとこでいいよね」


 耽未さんのその言葉のまま、僕たちはファミレスへと向かった。相変わらずいつ何時でもまばらにひとがいる店内。まばらにしか人がいないからこそ、二人でも四人がけのボックス席に座ることができた。

 大きな声でないにせよ、映画のネタバレをこうやっておおっぴらに話せるような場所は映画オタクにとって便利この上ない。僕と耽未さんは席に鞄を置く。


「葵くんはドリンクバーだけでいいよね。じゃあ私は……」


 耽未さんはメニューを眺めながら僕にそう言う。耽未さんは毎回僕と映画を見に行き、その後に行くファミレスでいつもこうなのだ。映画を見た興奮であまり空腹感もないような僕に対し、食事かと思うほどの量を食べる耽未さん。創作を摂取するとカロリーを消費してしまうのだとか言っていたが、あまり理解はできない。

 耽未さんはしばらくすると「よし、決めた」と言ってメニューを閉じた。


「今日は何食べるんですか?」

「ジェノベーゼパスタとポテト。一緒に食べる?」

「じゃあポテトだけ。それよりもあの展開凄かったですよね。邦画が悪いわけじゃないんですけど、今どきあそこまでゴリゴリの三幕構成をかっこよく決めてくる感じとか」

「あれ? 葵くんはあんまりインド映画とかは見ない感じかな。あの監督、だいたいあんな感じだよ。テンプレートな映画の構成なのに、場面とか効果とか、役者の見せ方とかがすごいの。って、そんなオタクみたいなことは話さなくていいの! どこが面白かった? やっぱりさ〜カムラが湖渡るとこ意味わかんなくない? だって300kmあるんだよ?」


 などと、まあ割合的には僕4の耽未さん6ほどで会話は弾んでいく。何度かドリンクバーに足を運びつつ、窓の外が暗くなるまで僕たちは感想を言い合った。

 耽未さんの食べていたパスタの皿はもう片付けられ、テーブルの上には何杯目か忘れてしまったジュースとコーヒー。もちろん僕がジュースで耽未さんがコーヒーなんだけれども。

 この辺りになってくると僕たちはいつも会話は関係のない方向に脱線し始める。元々映画以外にも創作であれば比較的広く浅くで摂取する二人だからだろうか、今期のアニメや最近読んだ小説、昨日見た夢の話まで雑多に話すことが多い。


「でさ、やっぱり一気に2クール作るべきだと思うんだよね。……葵くんどしたの? 体調でも悪い?」


 自分の想いを伝えるタイミングが全く掴めないまま耽未さんと会話をしている僕は、どうやらわかりやすく上の空で話を聞いていたらしい。


「あ、いえ特にそんなことはないんですけど……その、ちょっといいですか」

「何ー? 改まっちゃって。ちょっとドキッとしちゃうじゃん」

「あのですね。まあ、なんというか……耽未さんってもう大学来年で卒業じゃないですか」

「うん。そうだね」

「そんな中で僕なんかと遊んでて良いのかなって。彼氏とか作りたくならないんですか?」


 なんとも遠回しな発言だ。

 もちろんその意図を耽未さんもわかっているはずなのだが、相変わらず何もわかっていないような顔で

「何〜? モテそうなのに性格に難があるからモテないよね私ってみたいなこと?」

とはぐらかす。明らかな嫌悪感もなく、まるで小学生に対して何かいけないことを教えないようにするかのように、それがしかし逆効果だとわかっていながらも耽未さんは言う。

 しかし、今日の僕はここで止まるわけにはいかない。これ以上耽未さんと遊べなくなったっとしても後悔は……多分するかもしれないけど、それでも想いは伝えるべきだと僕の中でもう結論は出ている。


「あの、ちょっと良いですか」


 勇気を振り絞り、会話を切る。どうやら僕のその真剣な空気感を察したのだろう。耽未さんもふざけたように笑わずにこちらを見つめ返してきた。


「何? 真面目な顔になっちゃって。金欠? お金は貸さないよ」

「いえ、ほんとに真面目な話です」

「あ、そう。じゃあ真面目に聞くよ。で、どしたの。突然」

「あの、僕たちってもうだいぶ知り合って長いじゃないですか」

「まあ、葵くんが大学入学する前から一応知り合いではあるね。オフったのは葵くんが大学入ってからだっけ」

「それでなんですけど……あの」


 やばい。言葉が詰まる。これまでの楽しかった思い出が消えてしまうんじゃないかってドキドキする。


「あの、ずっと好きでした。もし良かったらで良いんですけど、付き合ってもらえないでしょうか……気持ち悪いことを言っているのは重々承知ですし、耽未さんが言ってたように無理なら連絡先を消されるのも全部覚悟の上です」


 ファミレスの中はあいかわらず何人もの客が居るにも関わらず、僕の耳には何も届かない静寂の一瞬がそこにあるような気がした。


「うん、良いよ。いつ話し出してくれるかなって私も思ってたし」

「あはは……そうですよね。僕なんかじゃ到底……え?」


 耽未さんは全く僕の言葉に動じず、まるでいつでも大丈夫だったかのように即答で返事を返してきた。それは僕にとって良いものであったのだが、唐突すぎて現実味を帯びていなかった。


「え、あの、良いんですか。僕のことイケメンじゃないとか子供だとかこれまで散々……」

「あはは! それが付き合わない理由になるんだったら、もう私は葵くんとオフなんかしてないって。むしろ私は葵くんがもう付き合ってるって勘違いしてるんじゃないかとばっかり」


 ずず……とコーヒーを一口啜りながら、耽未さんは答える。段々と追い焚きをしている風呂の中に入っているような、自分の周りが温かくなっていく感覚。実感、そう名付けられたこの現象を僕はひしひしと肌で感じていた。


「ただし、いくつか条件があるんだけど、良いかな」

「いくらでも! って言っても無理難題はアレですけど」

「ありがと。まず、これからも一緒に映画、見てくれるよね?」

「もちろんです。これまで通りそこはぜひ」

「それに……そうだね、一回私の家に来てほしいかな。映画鑑賞会ってあんまりやったことがなかったし」


 思ってもみない提案だった。ただ、よく考えれば恋人関係になった相手の家に行くことくらいは普通なのだろう。これまで映画館でやっていなかったような映画は個々人で見て感想を言い合う程度だったのだが、確かに効率の面から見てもそっちの方がいい。

 むしろ僕としてはそっちをお願いしたいくらいだ。


「それは願ったり叶ったりといいますか……あれ? でも耽未さんって実家暮らしですよね?」

「いや? 一人だよ。時々お兄ちゃんとか弟とかが泊まりにくるだけで」

「あ、そうなんですね。じゃあいつにします? 僕の予定は耽未さんも知っての通りいつでも空いてる感じなんですけど」

「あ、その前にあと一つ! ニナって呼んでほしいな」

「……っ!?」


 この人の破壊力は半端じゃない。ドキドキさせられるなんてものを通り越している。


「ニ、ニナさん……」

「だめだよ。ニナって呼んで」

「……ニナ、よろしくお願いします」

「よろしい。じゃ、行こうか」


 ニナはそう言うとコーヒーを一気に飲み干し、伝票を持って立ち上がった。


「え、どこか行く予定が?」

「何言ってんの。来るんでしょ? ウチ」

「あ、はい……」


 もう何も考えられなかった。順調に進みすぎたまま、僕を置き去りにして話が進みすぎている。結局僕がぼーっとしている間に全部の会計をニナがいつの間にか終わらせていて、なぜかその足でそのまま僕が帰る方向とは逆方向の電車に乗っていた。

 僕は気もそぞろに、しかし母さんには「友達の家による」とだけ連絡を忘れなかった。父さんも母さんも元々軽く放任主義で、勉強さえしっかりできていればこうやって連絡を入れるだけで基本的に夜遅くまでの外出を認めてくれているのだ。

 そんなことを気にしながら電車でスマホをいじっていると、耽未さんは僕の服の裾を引っ張る。どうやらそろそろ降りる駅のようで、気がついて顔を上げた僕にアイコンタクトをしてきた。これまでの低身長人生で女の子を見上げることは多々あっても、彼女を見上げるということは無かった。だからこそあまり意識していなかったのだが、これはここまで違うのだという恥ずかしさと実感がふわふわと僕の中になにかいけないものをこみあげさせるような気分にさせられる。

 降りた駅は高原ヶ原駅。通過したことはあっても降りたことはなく、都会と田舎の中間地点のような駅だった。何もないわけではないが、ここにわざわざ降りるくらいなら数駅先のさっきのところの方に行く。そんな場所だ。


「さて、じゃあ手…・・・つなぐ?」

「ぜ、ぜひ」


 冬の空気に僕のはく息が混ざって、しろく世界を染めていく。全く知らない道を、憧れの耽未さんと歩いているという現実によって、僕はまるで地面を踏んでいないと思うほどに浮き足立ってしまう。

 ーーいや、待ってくれ。それにしても地面の感覚が無さすぎる。真綿の上を歩いたとしてももう少し踏んでいるような気にさせるはずだ。まるで、まるでこれだと……


「耽未さん!? 僕たち浮いてません!?!?!?!?」

「あはは! ニナって呼んでって言ったじゃーん。と、冗談は置いといて、もうちょっと我慢してくれるかな。もう直ぐだから」


 先程まで目の前にあった駅前のスーパーが今はもう眼下に見えるのみだ。それでいて僕たちのことを通行中の人たちはなんら気にもとめていない。


「いやっ! 色々考えたけどやっぱり無理ですって!」

「ハァ……ほんとに葵くんはビビリだなぁ。じゃあわかった。目、つぶってて」

「は、はいっ!」


 僕がぎゅっと目を瞑ると、耽未さんは握っていた僕の手を腰の前に回しーー僕を後ろから抱き付かせた。

 良い香りのする背中に、僕の頬が押しつけられる。


「次からは慣れてもらうからね! じゃ、出発〜」


 怒っているような嬉しそうな声色で、耽未さんはゆっくりと歩き出した。


「もういいよ。目を開けても」


 しばらく歩かされたあと、耽未さんにそう言われて僕は目を開ける。そこはまるでさっきの光景が嘘だったかのような住宅地の一角で、ドッキリなのかと一瞬疑ってしまう。しかし、後ろを振り返ると僕の立っている後数m先は雲のように白い地面が続いており、そしてその向こうには飛行機でしか見たことないような景色が続いている。


「あの……」

「さ、じゃあちょっと散らかってるけど中に入って。説明はあとあと!」


 彼氏を家に上げることがそれほどに嬉しいのだろうか、耽未さんは耽未さん然とした顔で僕の背中を押して家に連れ込んだ。

 家の中もべつだん特筆するようなものではなく、一点違和感があるとすれば明らかに外から見た家の想像できうる広さ以上に玄関があることくらいか。ただもう空を飛んでここまで来た以上その程度は全く気にもならないのだが。

 耽未さんはさっさと靴を脱ぎ、階段を上がっていく。


「大きいでしょ。お兄ちゃんとか弟とかがさっき言ったように泊まりにくることもあるから、一階はそのための部屋にしてるんだ。今度葵くんも泊まっていっていいよ」

「へぁっ!? あ、あのそういうのは多分もうちょっと後で話し合ったほうが……」

「あはは、何言ってるのさ、葵くんは私の彼氏なんだから気にしなくてもいいの」


 そ、れ、にと段差を一つ一つ登りながら耽未さんは言う。ちょうどその三歩で2階に到着したためか、その言葉はしかしそこで途切れてしまった。

 2階には扉が2つあり、右側の扉に耽未さんは入っていく。僕はそれに続くようにして耽未さんの部屋に初めて入ることになった。

 女子の部屋、というものにあまり入ったことがなく、これが常識かどうかはわからない。薄桃色がベースの壁紙には何枚かポスターが貼られており、それらのタイトルは誰でも知っているような有名タイトルばかりだ。本棚とテレビにテレビ台、小型の冷蔵庫とベッド、そして部屋の中央にはテーブルが置かれている。

 本棚は一段一段の高さが文庫本用ともハードカバー用とも違う、同人誌を入れるような高さになっており、ぎっちりとパンフレットが詰め込まれている。

 元々暖房が付けられていた部屋であることもあるのだが、フローリングの床に敷かれたカーペットが外の寒さを全く感じさせないような気にさせた。


「お邪魔します……」

「まま、くつろいじゃって。お茶がいい? それともジュース?」


 部屋に置かれている冷蔵庫を開けながら、耽未さんは問うてくる。


「あ、水でいいです」

「えー、水はないなぁ。はい、お茶。で、どこまで話したっけ?」


 耽未さんは座っている僕の前にお茶のペットボトルを置き、机を挟んだその向こうに腰を下ろした。自宅だからくつろいでいるのか、その座り方は効果音をつけるならばドカっと座ったと言うべきような印象だ。


「何か耽未さんが言おうとしてやめた、みたいな」

「あぁ、そうだったそうだった。……ただ、それよりもニナ! そう呼んでくれなかったらこれ以上話さないから」

「あ、あぁ、ごめん……ニナ」

「はい、良いよ。で、じゃあおさらいからしていこっか」


 ニナ……呼び慣れないが耽未さんとここから先に呼んで機嫌を損ねられるのも嫌なのでニナと呼んでいくことになれないといけないなぁ。


「おさらい?」

「そ、おさらい。私と付き合う条件。これからも一緒に映画を見ること。私をニナって呼ぶこと」

「それくらいならお安いご用ですよ! 元々一緒に映画を見る友達ってことでしたし」

「うん。それと最後に一個だけ、いいかな」

「はい。いくらでも。って言っても無理難題じゃなければ」

「うん、大丈夫。葵くんなら守れる条件だって信じてるから」


 言い方に少し疑問符を浮かべている僕をよそに、ニナはふぅと一息吐くと上着を脱ぎだした。


「耽未さんっ!? ちょ、ちょっとそういうのはまだ早いですって……!」


 僕はその行動に焦りながらもまだ耽未さんに触ることもできない青臭い青年だからか言葉で止めることしかできない。

 僕の静止なんて全く意に介さないように耽未さんは服を脱いでいく。いくら恋人同士とはいえ、今日なったばかりの相手に対してだいぶ段階を飛ばしているのではないかと思うのだが、童貞の常識は一般常識ではないことも多々あるためよくわからない。

 僕は今日何が起こってもいいという覚悟を告白する時にしたはずなのだが、それはそれとして目の前で女の子が突然脱ぎ出しても平静を保っていられるほどの覚悟の決まり方はしていない。

 そんな僕の戸惑いなんかを無視して、耽未さんもう上半身は下着だけになっていた。


「最後の条件の前に、私のコレから説明しないとね」


 綺麗な肌だ、と思う前にそこにある、人間ではありえないもの。違和感。

 そこにあるのは赤黒く、深い、コウモリのような羽だった。


「私、普通の人間じゃないんだよね。まあ、ここまで来た方法から普通はわかると思うんだけど」


 僕に見せ終えた耽未さんはそのまま語り出す。服を着ず、だ。暖房のスイッチを入れていた記憶はないのだが、特に寒いと感じるような室温じゃないこともあいまっているのだろうか。


「で、じゃあそうだなぁ。葵くんって映画以外にも色々見たり読んだりするんだよね?」

「え、ええ。一応は……でもそんなに全体的に詳しくってわけじゃないんで」

「今そんな謙遜はいらないの。じゃあさ、サキュバスなんて種族も知ってるかな?」


 サキュバス。和名で表すなら女夢魔。淫らな行いをして男性から精気を吸い、それを糧にして生きていく種族。男性はインキュバスと呼ばれているとか、耽未さんはコウモリの羽が生えていたけど、厳密には悪魔とはにて非なるものだと表現されることもあるとか。


「まあ、葵くんの考えている、そんなところかな」

「……僕の頭の中を読んだんですか」

「うひひ……エスパーだよ、ってね。嘘嘘、だいたい創作を手広く摂取してるような人なら思いつくこともほとんどわかるよ。ただ、ちょっと違うことといえば淫らな行為は私は全くしないってことかな」

「あ……そうなんですね……」

「あー! 露骨に残念がってる! ひどいなぁこの顔面偏差値50くんは」


 僕の露骨さも悪かったとは思うが、その悪口は彼氏彼女の関係になっている相手から出ていい暴言のギリギリ外ではないだろうか。話題が脱線しかけていたので口には出さないけど。


「で、本題はなんなんですか」

「あ、そうそう。じゃあなんで生きてるかって言うと、恋愛感情なんだよね」

「恋愛感情?」

「そ、私自身に向けてだったり、誰かに向けられたものだったりを食べてるの。あ、ちょっと待ってね。服を着直すから」


 背中の羽を見せるためだけに脱いだ服をまた耽未さんは着直す。別にそんなことをしなくても信じたのだが……いや、見せられるまでは信じなかったかもしれないからこれで正解か。今日のニナのコーディネートがオーバーサイズだったこともあってか、僕の名残惜しさなんて無視するようにさっさとその肌は隠されてしまった。


「何? もっと見たかった?」

「あ、あはは……それよりも条件ってじゃあ何なんですか?」


 露骨に話題を変えたことに笑いながら、耽未さんは一口ペットボトルに口をつけた。


「私のね、お兄ちゃんのことなの」


 湿った唇がゆっくりと動き、僕を彼氏としてというよりも一人の人間として頼りにするような口調で耽未さんは言う。その真面目な空気感に僕はその場で姿勢を正した。


「さっきも言った通り、私はサキュバスで恋愛感情を食べて生きてるわけなんだけど、それは私の家族も一緒なわけ。パパも、ママも、お兄ちゃんもお姉ちゃんも弟も妹も、みんなそう。でも、やっぱり恋愛感情を持たれるって難しいんだよね。私なんかはママの血を濃く貰ってるからこんな感じで美人だし、街を歩くだけで食事が済んじゃうんだけど、お兄ちゃんは別で」


 確かに、耽未さんのような人が街中を、今日みたいなのじゃなくてもっとタイトな服で歩けば誰しもの目を引くだろう。僕との待ち合わせでなんどもナンパされているところを見かけたことがある。……というか僕が到着した瞬間、ナンパ師が露骨に逃げていくのは男を待っていたからじゃなくて耽未さんが恋愛感情を食べていたからなのだろうか。そうだったらなんというか……僕にもあると思っていた迫力がないことになってしまうのでそれは僕の実力だと思っていたい。


「で、その中のお兄ちゃんの一人なんだけど……聞いてるんでしょ! さっさと入ってくる!」


 耽未さんはそう言うと立ち上がり、おもむろにガチャっと部屋の扉を開けた。その瞬間、まるで聞き耳を立てていたかのようにその向こうの壁にピッタリと張り付いていた何者かが突然開いた扉に対応できずこちらに倒れてきた。

 扉を背に座っていた僕の真上に、である。人間、咄嗟にできることなんて頭を守ることしかないのだ。

 ガシャン! と後頭部に机の角があた、あた……あた…………らなかった。


「だ、大丈夫かい? ごめんよぉ……」


 僕の後頭部に添えられていた手がテーブルにぶつけるはずだった僕の頭を守ってくれていたのだ。


「あ、いえ。大丈夫です。むしろありがとうございま……どぅわっ!?」


 手のひらとはいえ軽く衝撃があった自分の後頭部を撫でながら目を開けた僕の眼前には、虎の顔。

 虎の顔が人間にくっついている。そういえばとばっと振り返った僕の眼前には肉球の付いた素肌すら見えないほどに黄色と白の被毛に覆われた手。


「あーあ、驚かせちゃった。お兄ちゃん顔面だけはイカついんだからもうちょっと気にしないと」

「あぁっ! ごめんよぉ……。俺の見た目がこんなだから驚いちゃったんだ。大丈夫! 俺こう見えても全然怖くないから!」


 動揺したままの僕に虎は手を差し伸べる。今ここでこの虎の全体をまじまじと見ることになったのだが、たしかに全体的に見れば今にも食ってかかってきそうな虎の顔をしている。ただ、じっと細かくみれば着ている厚手のパーカーで隠されてはいるものの中肉中背よりかはすこし重そうな体つきに、手に爪もなく、それでいて垂れた目をしているからか全く怖くはない。

 ある意味可愛らしいという点では耽未さんと似たようなモノだったが、まあ耽未さん以上に存在が非現実的すぎてどうにも頭が回らない。冷静な判断をしてしまっているのもこれが原因というところもある。

 やけにくらくらが続く頭の最低限のキャパシティは、そんな感じで今視界にとらえているものを識別することで精一杯だった。


「というわけで、このお兄ちゃんなんだけど、見た目がコレだからあんまり人から恋愛感情を向けられることってないんだよね」


 耽未さんはそんな僕の様子を全く気にしないように話を続ける。


「だから、葵くんはお兄ちゃんと恋愛してほしいなって」


 意味がわからないことの連続と、たぶんさっきので守られたとはいえ打ちどころが悪かったのだろう。脳みそがショートしたまま、僕の意識はそこで途切れていった。


ーーー


 見たこともない天井。目を覚ました僕の視界に広がるのは、自室の見慣れた淡いベージュの壁紙が貼られた天井ではなかった。寝起きのもやのかかる頭の中で起きたことを反芻する。そうだ、僕は確か耽未さんの家に連れてこられて意味のわからないまま……。


「なんか、変な夢見ちゃったな。虎人間なんて居るわけないのに」

「ん〜? 居るよぉ。あんまり普通の人は慣れてないかもしれないけど」

「そうなんですか? ならまあ、そうなのかもしれないです……ね!?」


 ガバッと飛び起きた僕のその突然の行動に、ベッドの脇でスマホをいじっていた男の動作が止まる。その姿はさっき見た光景が夢ではないことの証明であるかのように間違いなく二足歩行……いや、人間の骨格に虎の毛皮がついた何物かだった。


「ニナなら今はちょっと出かけてるから、俺が看病中〜。大丈夫? 頭、まだ痛い?」

「あ、いえお気遣いなく」

「ならよかったぁ。アイツも説明が下手だから、ちょっと混乱させちゃったかもねぇ。でも、ニナがあそこまで心配して、それでいて愛おしそうに人を見ることなんてなかったから、君は幸せ者だねぇ」


 窓の外を見ながら虎男は言う。なんというか、その事実も嘘じゃないことが目の前の非現実的存在によって証明されているような気がして少し恥ずかしかった。


「あの、そういえばお名前って聞いてませんでしたよね……?」

「あぁ、そうだっけ。俺の名前は耽未 ヤマト。カタカナでヤマトね。君は木林 葵くんだよねぇ。ニコからよく話は聞いてるよ」

「あ、はい。そうです」


 数瞬の沈黙。会話が続かない。ヤマトさんがどういう人間なのかもわからず、見た目にうかつに触れても良いものなのかもわからない。ただ沈黙だけは何か違うような気がして僕は咄嗟に何も考えず口を開くしかなかった。


「あの、恋愛感情を食べるって……」

「あぁ、わかりにくいよねぇ。言った通りではあるんだけど、普通の人が理解できる範疇じゃないかなぁとは俺も思うよ」

「あはは、ですよねぇ」


 話していて不快感はない。むしろ話しやすい相手だと思う。多分、恋愛感情を抱かせるための技術は相当にあるのだろう。こちらが何をどう振っても会話が弾みそうだと思わせるほどのそれだ。

 だからこそ、男女間から外れた先にある恋愛観を僕が背負えるとは思えない。友達であることの楽しそうさはあれど、僕がヤマトに恋愛感情を抱くことは残念ながらないと確実に言える。


「でも、残念ながらそれは僕には難しいかもですね。僕は……うーん、まあそもそも男性を好きになることもないですし、それにほら、ヤマトさんって見た目が」

「そこもまだ説明されてなかった? キミが恋愛感情を抱く必要はなくて、俺がキミに恋愛感情を抱けば良いっていうかぁ」

「……? それって食べられるんですか?」

「うん、食べられるよぉ。自家発電。全く味も変わらないし、サキュバス、俺の場合はインキュバスに属するんだけど、基本的に相手に恋をさせるよりも自分が恋をして食事を賄ってる子も多いんだよねぇ」

「でも、お兄ちゃんは誰かに恋したことがないんだよね?」


 いつの間にか耽未さんは帰ってきていたらしい。コンビニの袋を手に持ったまま、そこに立っている。


「あ、美味しそうなにおい。葵くんはちゃんとニナに恋してるんだねぇ。ねぇねぇどんな気持ちなの?」

「お兄ちゃん、それだいぶ変態くさいよ」

「だってぇ。俺正直ネットに写真上げてるだけで食事は賄えるから急いでってわけでもないし」

「子供みたいな言い訳しないの」


 耽未さんはテーブルにコンビニ袋を置き、中から出したスポドリを僕に投げる。


「あの、気になったんですけどなんでヤマトさんは食事を賄えるのに恋愛感情の自家発電が必要なんですか?」

「ヤマトでいいよ。それにそうだよねぇ。俺も別に今のままでいいと思うんだけどねぇ」


 朗らかな表情で耽未さんに渡されたプリンを食べながらヤマトさん……ヤマトは言う。口にスプーンを加えて後ろにのけぞって耽未さんの方を見ているのだが、そうするとその少しだらしない体格が如実に服の上からでも確認できる。


「お兄ちゃんはそのでっかい腹とケツをなんとかした方がいいって言ってんの。いくらインキュバスでも体調崩しちゃうから」

「んえ〜、ちょっと大きく柔らかくなってちょっと空飛ぶスピードが遅くなっちゃうだけじゃん。何が問題あるの?」


 僕をほっといて耽未さんとヤマトが兄妹喧嘩を始める。

 それにしても不思議な生き物がまだ知らない世界には山ほどいるんだなぁと思わされる。新しく覚えなければその言葉が町中に溢れていることに気がつかないように、もしかすると視界に入っていても僕はこれまでの人生で耽未さんのような人たちをするーしていたのかもしれない。……いや、ヤマトほどの人間がいればそれは流石に気がつくとは思うが。


「あの、質問なんですけど」

「なに? 葵くん」


 耽未さんはさっきまでの怒っていた顔をふっと解き、僕の方に向く。その変化にヤマトは少し不満げな顔を浮かべていた。


「ヤマトさん……ヤマト、はその、インターネットに写真をあげて恋愛感情を掬ってるわけじゃないですか」

「うん、そうだねぇ。俺の主食はそこ〜」

「それの何が問題なんですか?」

「あ、それも説明しそびれてたね。葵くんは恋愛感情を持ったことはある? ……ってあるか。私に! なんて冗談は置いておいて、そうだね」


 耽未さんは首を捻りながら、まるで正しい表現を探しているような逡巡した顔を浮かべている。


「ニナ〜、素直に言っちゃえばいいじゃん。葵くんも中学生じゃないんだからさぁ」

「ま、まあそうなんだけど、なんとなく、なんとなくね! あの、えっとね」

「も〜、あのねぇ葵くん。恋愛感情の中でもえっちな感情になるの、あるじゃん? アレとキミがニナに向けるような感情、どっちも俺たちの食事なんだけど、前者の方がなんというか……カロリーが高いような濃い味なんだよねぇ」

「あー! もう! お兄ちゃんのバカ! せっかく濁して話そうと思ったのに。まあいいや、そういうこと。私はあんまり好きじゃないんだけどこのデブ虎はそればっかり食べてるから、一旦ダイエットとして変な感情の入っていないものを与えることにしたってわけ」


 なるほど、と同時にネットに上げられたヤマトの写真にそういう感情を持つ層が居るという事実を察してしまった。SAN値チェック、とまではいかずとも世界の広さを垣間見てしまったような気分になる。


「デブ虎ってひどいなぁ。あれ美味しいのに」

「そうなんですか?」

「いや! 全く美味しくない! あんなごってりした豚骨ラーメンみたいな感情を毎日食べられるお兄ちゃんのきがしれない!」

「それはこっちのセリフだよぉ……。むしろこんなあっさりしたのだけで満足してるニナがおかしいんだって」


 水掛け論のような口論がまた始まってしまい、僕はベッドから降りて二人の間に入る。


「で、僕は何をすればいいんですか?」

「葵くんはこのバカデブ偏食舌バカ虎お兄ちゃんに正しい恋愛感情を教えてほしいってわけ」

「言い過ぎでしょ! まあ、でもそういうわけ。でも俺、人に恋愛感情を抱いたことなんてないからキミはニナと仲良くしてるだけでいいよぉ」

「お兄ちゃんも仲良くするの! 葵くん、お兄ちゃんを惚れさせなかったら別れるから!」

「えぇっ!?」


 元々条件として言われていたことではあったが、もしかして耽未さんは無理難題をふっかけて僕と別れたがっているのではないだろうか。そんな悲しさが胸に刺さったところで今日のところは耽未さんの家をお暇することとなった。時間もそろそろ夜の9時を回りそうであり、もう少し遅くに帰っても怒られはしないだろうが母さん父さんが心配し始める時間であるからだ。

 駅まで送ってもらうのかと思ったら、耽未さんの家を出たそこが僕の家の最寄駅だった。ハウルかよ。


「はぁ、なんか……耽未さんは僕をどうしたいんだろう」


 耽未さんと別れた帰り道、街灯のせいでほしの見えない暗い夜の空を見上げて僕はひとりごちる。白い息、今日で終わりだと思っていたはずだったのに、今日でむしろ裸を見る以上に重要な耽未さんの秘密を知ってしまったかもしれない。

 そんなことを思っていると、ポケットに入れていたスマホが震えた。帰り際に交換したヤマトの連絡先からだった。


ヤマト:やっほ。これ届いてるかな?

AOI:届いてます。一応これからよろしくお願いします

ヤマト:あいあい。ニナも色々言ってると思うけど、アイツの癖で俺のことについでのようにキミ巻き込んでしまっただけでキミのことを根本的に嫌いってわけじゃないから、そこは勘違いしないで大丈夫


 その白い吹き出しに書かれている文字の羅列は、僕に気をつかっている優しさが見てとれた。

 ヤマトの年齢は多分耽未さんのお兄さんってことだから、インキュバスの年齢がどういう基準になっているのかは知らないが確実に僕よりかはだいぶ大人なのだろう。インターネットに写真をあげて間接的に恋愛感情を摂取するなんて行為、人生が何周あってもよっぽどの経験をしていなければ思いつかない。

 ただ、変な人でも気遣いができる人なのだと感じさせられる温もりだけがそこにはあるような気がした。


ヤマト:あ、そうだ。明日暇かな。一応ニナがああなった以上、多少の仲の良さは演出して、アイツが居ない時に適当言っておけばなんとかなると思うし

AOI:明日は一日中暇なんで大丈夫ですよ。ただそっちへの行き方がちょっとまだわかってないんですけどどこかで合流しますか?

ヤマト:それに関しては気にしなくても大丈夫。俺が葵くんの家の前に行くよ。何時がいい?


 その後、自宅に着くまでに僕は何度かチャットで予定を詰め、明日ヤマトと遊ぶ約束になった。


ーーー


「おはよぉ」


 僕が準備を終えて家から出ると、ヤマトがもうすでにそこに立っていた。僕の家を教えたわけでも、約束の時間を決めたわけでもないにも関わらず、である。

 ただ昨日のことがあったのもあってかもう僕の中でそんな不思議な力もあってもおかしくないと無意識に変換していた。ある意味、さまざまな創作物を摂取していたおかげでもある。


「おはようございます。見た目、そのまんまなんですね」


 ジャケットやショルダーバッグなど、昨日の部屋着のそれと違いヤマトの服装はよそゆきのおしゃれなものに変わっていた。しかし、見た目は虎人間のままである。少し腹の出た優しそうな雰囲気を相変わらず醸し出しているのにも関わらず、だ。


「んえぇ? あぁ、そうか。一応他の人からは人間に見えるからだいじょうぶい。って言っても顔とか触られちゃうとバレはするんだけど、わざわざ人の顔を触る変人の言うことなんて誰も信じないからねぇ」

「なるほど。で、今日はどこに行くんですか?」


 事前にヤマトは何が好きかも聞かされず、ただ今日のプランは練ってあるとだけ聞かされている。もちろん楽しくなかったら言ってほしい、なんていう安全策まで打たれているのでお任せするしかない。


「葵くんの定期ってどこまで行けるんだっけ。稲葉駅の方まで行こうかなって考えてるんだけど」


 稲葉駅、電気屋街の真っ只中にあるような駅である。簡単に言ってしまえば秋葉原の劣化版だが、劣化版である分なぜかオタクの濃度も高い。


「そっち方面なら定期で行けます。なんなら僕も結構行くんですよ」

「なら良かったぁ。一応俺はニナと違ってアニメ漫画専門のオタクだからね。葵くんもよく行くなら好都合。ま、こんなこと言ってるけどニナからアニメ漫画系も葵くんはいけるって聞いてたから組んだんだけどね」


 そういうわけで、僕の人生で初めての同性相手とのデートはまさかの彼女とのデートよりも先に行われることとなる。まあそう言っても実質友達と遊ぶこととなんら変わりはないのだけれども。

 駅まで歩く中で、思っていた以上にヤマトの作品に対する造詣の深さが窺えた。こっちが適当に振った話題に対して、いろんな方面から返してくれる。

 映画が主な趣味であるが故に詳しくない部分も相当あるのだが、僕の反応をみて不用意にネタバレを踏まないようにしながらおもしろさを説明してくることもあり、僕の今度見ようリストに大量のアニメタイトルが追加されていく。

 稲葉駅に着いてからもその調子は健在で、これならば自分が恋をしなくとも他人からのそういったもので賄えるのではないかと思うほどに話が面白い。もしかするとネット経由で恋愛感情をもらっているのもこうやって籠絡しているのではないかと思うほどだ。


「残念ながらそううまくは行かないのが世の常なんだよねぇ」


 夕方、すでに三つ紙袋を両脇に抱えたヤマトと一緒に入ったカフェで素直にぶつけた疑問に、アイスコーヒーを啜りながらそうヤマトは語った。


「話してて面白い人ってそれだけなんだよねぇ。結局は見た目っていうか、それに今はニナに言われて変えようとしてるけど元々味の濃い恋愛感情が好きだからねぇ。どうしても性に寄っちゃってる感じの恋愛感情の方が好きだから俺も逃げちゃうっていうか」

「そうなんですね。まあでも僕は楽しかったですよ。まあ恋愛感情を抱くって言うよりも話してて楽しい友達って感じですけど」

「あはは、わかるよ。ニナに向いてる時の葵くんからするようなにおいは全くしないし、かといって俺が嗅ぎ慣れてるにおいもしないからねぇ。まさしく友達って感じ。ネットではよく見かけるけどリアルはほとんど絡みがないから新鮮だねぇ」

「あ、あんまりオフとかしないんですか? ヤマトさんって」

「だからヤマトでいいってばぁ。今日一日遊んでて思ったけど、葵くんって敬語抜けない派だから無理にとは言わないけどねけ。でもま、そうだね。人に会う気はあんまりなかったかも」


 アイスコーヒーの氷がからんと音を立てる。ここは普通のカフェだから静かな雰囲気なのだが、階下にあるコラボカフェから聞こえてくる喧騒がbgmのように流れていた。

 客の少ない夕方のカフェ、そんな中で来店した一人の客に、この落ち着いた雰囲気は崩されることとなった。


「あー! やっぱりここに居た! お兄ちゃん、私も一緒に遊ぶって言ったじゃん!」

「お前今日仕事だって言ってたじゃんかぁ。あとから合流って約束だったし」

「じゃあせめて何処にいるかだけでも連絡して。ほんとに稲葉駅の周りでめちゃくちゃ探したんだからね!」


 耽未さんだった。話を聞くにどうやら僕とヤマトのスマホにいくら連絡しても出なかったらしく、息を切らしながらヤマトが行きそうなところを虱潰しに探していたらしい。


「あ、すみませんコーヒーをホットで。キリマンジャロってあります? あ、じゃあそれで。で、お兄ちゃんと葵くん、返事をしなかった理由は?」

「気がつかなかったんだよぉ……」「右に同じです……」


 テーブルに肘をつきながら僕たち二人を交互に眺める耽未さん。しかしその表情は怒っていると言うよりも半分拗ねているような顔だ。


「あのねぇ、お兄ちゃん。一応葵くんは私の彼氏なの。葵くんもだよ! せめて返事くらいはしてよね」


 運ばれてきたコーヒーを飲みながら耽未さんは言う。もちろん反論などなく、僕たち二人は猛省するしかない。

 が、その怒りも一過性のものだったらしく反省した僕たちの顔を見て耽未さんはすぐに顔を綻ばせた。


「ま、いいや。で、どうだった? 葵くんは。お兄ちゃん的にもタイプかなって思ったんだけど」

「ん〜、何もかなぁ。友達として話してて過去イチで楽しかったけど、そもそもそんな簡単に出来たらニナもこんなことしなかったでしょ」

「じゃ、葵くんは? 楽しかった?」

「え、ええまあ。高校の頃の趣味の合う友達がこんな感じだったんで、普通に楽しかったです」


 僕とヤマトのその返答に満足そうな顔で耽未さんは頷く。この人僕の彼女のはずなんだけど、自分の兄が自分の彼氏に惚れるかどうかの話でなぜここまで満足げにできるのだろうか。


「二人とも楽しそうで良かった。じゃ、お兄ちゃんはここまで! 葵くん、今度は私とデートしよっか」

「えぇ!? ニナ、俺はこれからどうするのさ」

「お兄ちゃんは葵くんを好きになるための努力! ただし着いてこないで」

「そんなご無体な……」


 ガックリとヤマトはテーブルに項垂れる。


「じゃあお兄ちゃんも来る? 今回はホラー映画のつもりだけど」

「あ、やめときます」


 ホラーは苦手なのか。なんとなくアニメでもホラー作品はあるし、そこに関しての話題もすんなり話していたから意外だ。

 なんて思っていると二人とものカップの中のコーヒーが同時に空になった。すでに僕の前に置かれていたオレンジジュースは氷まで無くなっていたからここで雑談は終了だ。名残惜しそうに、と言うよりも荷物を重そうに持ちながらヤマトは帰って行った。


「改めて聞くけどどう? 楽しかった?」

「楽しかったですよ。マッツミケルセンになれたかって言われるとどうだかって感じですけど」

「あはは、もし葵くんがル・シッフルだったらこっちから告白してたよ。でも、お兄ちゃんがあそこまで誰かと一緒に楽しそうな顔してるのは久しぶりに見たかな」

「なんでですか? 結構友達多そうな感じでしたけど」

「うーん、ちょっと難しい話になっちゃうから先に映画のチケット取っちゃおうか」


 言われるがままに僕は耽未さんと映画館に向かった。レイトショーが目当てなのか、映画館は思っていた以上に人が多い。ただ僕たちの見るホラー映画は稲葉駅に来るような人たちがこぞって見るような映画ではないのだろう。予約もしていなかったにもかかわらず良い席を取ることができた。

 チケットを二枚持ち、僕は耽未さんの座っている真横に座る。


「はい、チケットです。で、話の続きなんですけど」

「ん、ありがと。そうだね、じゃあまずは常識的な話から。葵くんはサキュバス、インキュバスって聞いて何を思い浮かべる?」

「そうですね、人の精を食らう悪魔、みたいな」

「半分正解。じゃあ精って何?」


 この人、悪魔だ。多分説明上仕方のないことなのかもしれないが、童貞のオタク野郎が美人にあっさりと言えるようなものではないことは重々承知だろうに。


「あの、えっと……精気、生きる糧とかそういう生命の部分的な」

「はは、冗談冗談。意地悪な質問だったね。まあでも下ネタ的なそういうもので生きる悪魔だと思われてるわけだ。でもさ、現代社会において人間の生きる糧ってどうだと思う?」

「どうって言われましても……」

「じゃあ言い方を変えようか。私たちは欲求を食べて生きる。その欲求の中で一番わかりやすいのが性欲、睡眠欲、食欲。その中で性欲が私たちの言う糧ってこと。でもさ、最近の人って性欲ないって人多いでしょ?」

「まあ、そうですね。そっちよりも推し活みたいな人は多いかもです」

「そうなんだよね。で、年々私たちにも変化が現れるの。概念で生きてる以上、人々の認識によって形が変わるのが私たち。で、さっき葵くんが言ったように性欲のない推し活なんかが増えちゃってる以上、私たちもそういう方の糧をメインの栄養にする体に変わっていくわけ」


 つまり、僕みたいな人間とは違う体の構造をしているということ。耽未さんの体を解剖すればそこにあるのはもしかすると空洞かもしれない。概念を食べて生きる夢魔としての存在はそういう壊れかけのヤジロベーのようなものなんだろう。


「で、それがヤマトとどう関係してくるんですか?」

「サキュバスはその変化に対応して生きてるんだよ。もちろんインキュバスも。でも、根本的な構造は一緒だからどんなに変わっても性欲を食べることはできるの。で、お兄ちゃんは数少ないそういうタイプ。偏食家って言えばいいかな。それであんまり周りに馴染めなかったり」

「でも、話は面白かったですしそんなに馴染めてないってこともないような」

「あはは、葵くんは特別なんだよ。私たちはどうやっても仲良くなった相手には正体がバレてしまう。恋愛感情を食べて疎遠にならないと迫害されかねない。楽しく話をしていても相手が化け物だとほとんどの人が怖がっちゃうから」

「僕みたいなビビらないで遊べる人が少なかったってわけですね」

「そういうこと。さ、そろそろ映画が始まっちゃうよ。行こ」


 僕はもしかすると、結構大変なことをしているのかもしれない。そう思いながらスクリーンに向かった。

 映画の上映が始まる。今回見る作品は典型的なJホラーだ。誰かが口火を切るように呪われ、それが伝染していく。グロテスクな描写もジャンプスケアも無い分、しっとりと椅子の後ろから冷たい手ではがいじめにされているような恐怖を植え付けるような作品だった。

 横を見れば耽未さんはじっとスクリーンを見つめている。この人は相変わらず僕と連続で席を取った時は間の肘掛けを勝手に使っていることも一緒に確認した。

 映画を楽しむ人間として上映中にこういったことをしてもいいものか悩んだのだが、どうしても我慢ができず、僕は自分の中で「映画の内容は絶対に見逃さない」という制約を課して……耽未さんの手に僕の手を重ねた。

 一瞬、僕が触れたことに驚いたようにピクリと動いて、少し震える。そしてそれが瞬間、止まった。

 滑らかな手だった。シルクの布を撫でているような手触りで、ぎゅっと握ることに躊躇いを覚えるほどだ。ただ映画は見逃さないように前を向いている。

 ーー耽未さんがどんな顔をしているか見たい。映画の中ではゆっくりと男性の後に和服の幽霊が出現するシーンで、この先を見なければいけないわけでもない。映画の内容はここで目を逸らしても全く問題がない。どうしようか。自分の中に課した制約は映画の内容は見逃さないというだけだ。

 悩む時間は瞬間だけだったと思う。ただ、僕の頭の中では何時間も悩んでいたような気がする。そんな決断ができないまま、僕は映画をずっと見続けた。その間も僕の手は耽未さんの手の甲の上に乗せられている。

 いくぞ、と決意しゆっくりと隣を見る。映画はもう何が起こっているかわからない。ただ僕の心臓だけが映画をかき消すようにどくどくとなっている。

 耽未さんは笑ってこっちを見ていた。いつから見ていたのかもわからない。ただ、まるで僕の顔を待っていたかのようにこちらを見ている。そして手を翻して、僕の手を握ってきた。


「葵くん、結構積極的なんだね」


 そのまま顔がこちらに近寄ってき、小さく耽未さんがそうささやいた。もし僕がここでちゃんと耽未さんを見つめ続けられていれば口元まで見れたのだが、恥ずかしがってしまったがために耽未さんのその吐息まで全てを耳で受け止めてしまう。

 スクリーンでは先ほどとは打って変わって空き地の前で女性が何かを考え込んでいる。なぜか今度はくっきりと音声が聞こえる。怪奇現象が科学的では無いことを延々と考察し続けている。その周囲には段々と怪異が蠢く様子が見えていき、彼女を取り込もうとしているようだ。

 もう一度と耽未さんの方を見る。耽未さんはぎゅっと相変わらずずっと握られていた手を見つめており、僕の視線に気がつくとハッとした顔でまた笑いかけてくる。僕はその笑顔で改めて恋に落ちた。


「キャー!!!!!!」


 ギョッとして僕は目をスクリーンに移す。どうやら空き地で何かを考えていた女性が幽霊に驚かされたシーンらしい。耽未さんも驚いたようで、視線を戻すと驚いた顔でこちらを見ていた。

 同じ感情を持っていたことに僕ら二人は笑い合う。手はずっと握ったまま、ただそこから先はいつも通り映画を見ていった。

 エンドロールは今どき珍しくNGシーン集で、よくできたホラー映画の雰囲気をあえて壊すように作られていた。それも終わり、シアタールームが明るくなる。僕と耽未さんはそこでやっと手を離した。

 映画館のルール(個人的)として僕と耽未さんはあまり映画館の近くでは映画のことを話さない。ネタバレを聞いてしまった人に迷惑がかかりかねないといった当然の理由だったが、今ここでのそれは全く別の何かから来ているような気がした。


「えいっ」


 映画館を出た時、耽未さんは何を思ったか僕の手を握ってきた。それはある意味恋人として正しい行動だったのだが、まるで恋愛経験のない僕には劇薬も甚だしい。ただ、離したくはない。


「あはは、びっくりしちゃった? ちょうどさっきの映画の女の人みたいになってる。さて、と! 葵くんはこれから暇? もちろん感想のこと語りたいよね?」


 いつの間にか手は恋人繋ぎに変わり、それを楽しそうに耽未さんは前後に振る。こんな冴えない普通の男子大学生と、知っている人はテレビなんかでも見かけたことあるような美人が手を繋いで歩いている。それは少し恥ずかしくて、でも少し嬉しかった。


「はい、そうですね。とりあえず耽未さんの家に行ってもいいですか? ヤマトさんに渡してたフィギュアも受け取らないとですし」

「あー! また耽未さんって呼んだ。しかも敬語で! お兄ちゃんも一応耽未姓だからそれだとお兄ちゃんも振り向いちゃうよ。はい、ニコ。言える?」

「あ、その、ニ、ニコの家に言ってもいいかな?」

「よろしい。さ、行こうか」

「あ、でも駅は逆方向で」

「あ、そっか。最初の一回は葵くんを信じさせるためにやっただけ。ほら、こうやってどこにでも繋げられるのだ」


 そう言いながら耽未さんはどこに通じているかもわからない非常ドアをがちゃりと開けた。確かにその向こうは昨日入った耽未さんの家である。違いといえば玄関を開けた瞬間にヤマトの「おかえり〜」という声が聞こえてきたくらいだ。


「ただいま〜。あ、お兄ちゃん! 葵くんに何か買ってあげたの? いいなあ私にも買ってよランボーのフィギュア」

「バカ言うなってぇ。figmaのフィギュアと数万円のランボーの模型を一緒にされたら俺の懐も死ぬし何よりランボーの模型が泣いちゃうよ。それに俺は葵くんになにも買ってあげてませーん。アイスが冷凍庫に入ってるから、それ食べて我慢して。あ、葵くんのもあるから食べちゃっていいよぉ。いっぱいあるから好きなの選んでちょーだいねぇ」

「ありがとー! お兄ちゃんマジ天使。さ、葵くん、アイス選んで持ってっちゃお」

「あ、はい。お邪魔しまーす」

「お邪魔されましたぁ」


 玄関で靴を脱ぎ、2階へと上がる。どうやらヤマトは居間のテレビで今期のアニメを見ているようだ。あれは多分ロボアニメの最新シリーズだろう。あとで内容聞こ。


「さて、お疲れ様。どれから話す?」


 耽未さんは部屋に入り、荷物を下ろしてテーブルの上にアイスを置いた。それにならうように僕も荷物を置く。


「どれって、映画以外になにかあるんですか……?」

「あれー? あんなに上映中は勇気あったのに、そういうところでどもっちゃうんだ。じゃあ私から言っちゃおっかな」

「あー! 言う! 言います! わかりました。あの、手、めっちゃ良かった……です。すべすべしてて、あの」

「いいねぇ。うぶだねぇ。そういうところが好きなんだけど、ま、今回はこれくらいで許してやろう。葵くんのその積極的さに免じて、だけどね」

「あ! でもあの! あの、これから先もしまだ色々デートする時でも、僕から手を握ってもいいですか?」

「えぇ、それくらいならいつでもいいよ。何度でも手を握って、いろんなところに行こう」


 にっこりと笑う耽未さんの笑顔がなんとなく眩しくて、面映くて、僕はそっと目を逸らしてしまう。


「さ、この話は終わり! なんか私まで恥ずかしくなってきちゃった。あ、というか葵くんちゃんと今日の映画みてた? 私に見惚れててみてなかったなんて言ったら怒るからね」

「そこはちゃんとみてましたよ! やっぱりミステリー作品でよくメガホンをとる監督の作品だからか結構ちゃんとストーリーが組まれてましたね」

「あ、ちゃんとみてる。偉いねー、確かにストーリーはしっかりしてた。でもさ、ホラーにわかりやすいストーリーはあわなくない?」


 映画の感想を言い合う。何度もファミレスでやLINEのやりとりなんかでやったはずなのに、その行為一つ一つがこれまで以上に意味を持っているような気がした。

 話はいつの間にか同じ監督の作品や別のホラー映画なんかに飛んでいて、結局いつもの無意味なくらいにいろんな話をするだけなのだが。


「でも、楽しかったなぁ。なんか久々に映画で楽しめたかも。お兄ちゃんが言ってたこともなんとなくわかるなぁ」

「あはは、そう言ってもらえると嬉しいです。それに、僕もなんかいつも見るよりも楽しかったですし」

「そう? 勇気出して私の手を握って良かったね」

「そういうわけじゃない……と思いますけどね! というか、久々に? 耽未さん……ニコって結構色んな人と付き合ってるとばっかり思ってました」

「んー、まあそうだね。色んな人と付き合ってたよ。でも私に合わせようとみんな無理に映画を見てたりとか、逆に変にオタクすぎちゃったりしてウマが合わなかったんだよね。うん」


 遠くを見つめる耽未さんは、どこか悲しそうな顔をしていた。趣味が合わないだけではそうはならないような哀愁の漂わせ方だ。

 そう思わせたのも束の間、瞬きをしたその一瞬でいつもの耽未さんの朗らかな笑みに戻っていた。


「やっほぉ、お話は終わったかな? まだお邪魔そうなら戻るけど」


 タイミングを見計らうように部屋の扉が開き、ヤマトが部屋に入ってきた。片手には僕が買ったフィギュアの箱とさらにもう一つ見覚えのない箱が乗っかっている。


「いいよいいよ。ちょうど話も終わったとこだし、しっぽりやるほど葵くんとはまだ仲良くないからね」

「ほんとぉ? 葵くん、ニナって割と奥手だからさっさと手を出して既成事実作っちゃったほうがいいよ。なにせニナはね〜」

「バカデブ兄貴! 変なことを言わない! で、何か用があって来たんじゃないの?」


 耽未さんはヤマトの口を飛びかかって塞ぐ。


「そうだったそうだった。はい、葵くんが買ったやつと、俺からのプレゼント〜。ニナは何かもうあげた?」

「いや、まだだけど」

「じゃあ俺が一番乗り〜。はい、ガンストのジャックのフィギュア。俺、買ったは良いんだけど箱のまま置いちゃってたからさ、ガンスト好きだって言ってたしいるかなって」

「良いんですか!?」


 ガンスト、アクションアニメの中で僕が一番好きだとヤマトに教えた作品だ。昨日の今日どころか数時間前に話したにもかかわらずこんなに準備してもらえるなんて、相当に気に入られたのか、もしくは今日の何かがヤマトのツボにハマったのだろうか。


「あー! お兄ちゃん抜けがけだ! まだ葵くんに恋愛感情抱いてないくせに!」

「なんだよぉ、別にいいじゃんか。楽しかったんだし。それに、もしかするともう抱いちゃってるかも……?」


 僕の方を見ながらヤマトは舌なめずりをする。僕はその一瞬でまるで蛇に睨まれたカエルのように恐怖を覚えてしまった。


「そんなわけないでしょ。一個もそんなにおいしなかったし。葵くんも冗談をまに受けない!」

「えへへぇ、まあでも楽しかったのは事実だし、これからもよろしくってことでそれは受け取ってもらえないかなぁ?」

「あ、恐縮です。むしろこんなのもらっちゃって良いのかなって」


 僕は目の前に積まれた2個の箱に目を動かす。今日買ったfigmaも欲しかったものだが、ガンストのフィギュアはそれ以上だ。値段的にはそこまでしないものだろうが、そんなことはどうでもいい。何かもらえることが嬉しかった。


「いいよいいよぉ。ま、これからも何回か付き合ってもらったら」

「そんなことでよければぜひ! むしろヤマトさんに惚れてもらわないとニナとの約束が守れないんで」

「あ、そうだっけ。ほんとに葵くんもめんどくさいのに巻き込まれちゃったねぇ。俺のことは気にしなくても大丈夫。そんなことで別れるなんてニナが言い出したら俺に言いな。ちょっと手助けしてあげるから」


 じゃあね〜、とヤマトは語りたいだけ語って部屋を出ていった。まるで台風が過ぎ去ったように耽未さんは疲れ切っているっぽいが、僕はどうしてももらったフィギュアの箱から目が離せない。


「はあ、葵くん、お兄ちゃんに結構気に入られたんだね。まあそれ自体は悪くないけど、でもなんかそうだなぁ……」


 ぼそぼそと耽未さんは話す。


「何か言いました?」

「いや、まあ大丈夫かな。さっきも大丈夫だったし。ねえ、葵くん、ちょっとこっち向いて」

「はい?」


 耽未さんはそう言ってフィギュアを眺めている僕の顔を両脇から耳を包むように支え、そしてキスをした。

 深いものではない。ただ耽未さんとの甘い口付け。さっき食べたアイスのバニラの味が僕の初恋の味。ゲロでもなければコーラ味の飴でもない、正真正銘の初めてのキスの味。

 こんな時間が永遠に続けば良いのにと思うその間に、耽未さんの口は離れてしまった。少し離れたからこそ、潤んだ瞳がよく見える。

 僕の今日二度目になる恋に落ちる体験。何度感じても良いと思えるほどに、それは初めてを重ねるごとにこれからも感じていくのだろう。幸せがもし続かなかったとしても僕の記憶はこれを忘れないと思う。それほどに衝撃的で甘い恋の味だった。

 なんて詳しく考えているものの、結局僕の頭の中はキスで支配されていたわけで、唇が離れてもなお現実に戻って来れていたわけではなかった。


「ふぅ、どう? キスの味は」

「あ、あの、美味しかったです」

「……はは、ははは! アイスがちょっと残っちゃってたかな。突然こんなことしたらそうだよね。何も考えられないよね。ちょっと私トイレ行ってくるから待ってて!」


 自分がしたことなのに、耽未さんはまるでキスをされた側のような反応をして去っていった。


「へへぇ、葵くんもやるねぇ」


 そんな中、扉の隙間からヤマトの声が聞こえてくる。


「あ、見てましたか」

「ん〜、見たって言ったら嘘になっちゃうからみーてない。でもなんとなくわかるよぉ。ニナとちゅーしたんでしょ」

「あはは、当たりです。って言っても僕からじゃないですからね!」

「わかってるよぉ。それにしても動じないんだね」

「あはは、まあそうですね。多分今日、家に帰ったら眠れなくなると思います。でもなんでか今はスッキリしてるんですよね」

「へぇ、特に突然ちゅーされて嫌とかはないんだ」

「……? 嫌なことなんて無いですよ。僕から耽未さんに告白したんですよ? むしろ嬉しいくらいです」


 やばい。言語化すればするほどテンションが上がってくる。気分が高まって疲労感に変わっていくほどだ。


「ふぅん、ニナもいい彼氏を持ったんだねぇ。そんな子に俺、惚れちゃえるかなぁ」

「そこはまぁ、惚れてもらわなければちょっと問題があるんでできれば早急によろしくお願いしたいんですけれども」

「そういえばなんだけど、なんで俺を惚れさせたいの?」

「え、いや耽未さんとの約束ですし……そうじゃないと彼氏彼女の関係も解消しちゃうんで」

「ほんとにぃ? ほんとにニナがそんなんで別れると思ってる?」


 とぼけた顔をしているが、目は笑っていない。ヤマトの素の表情が朗らかなだけにわかりにくいが、今のこれは確実に真剣な顔をしている。


「まあ、約束は約束だしねぇ。可愛い妹と将来俺が惚れるであろう人の幸せのためにお兄ちゃんいっちょ頑張っちゃいますかぁ」

「僕としてはあんまり同性から惚れられても嬉しくは無いんですけどね」

「あはは、ひどいなぁ。喋らなかったら虎の獣人なんて男女の見た目一緒なのにねぇ。っと、そろそろニナが帰ってくる頃かも。一旦俺はお暇しますねぇ」


 そう言うとヤマトはそそくさと立ち去っていった。まるでそれを予測していたかのように入れ替わって耽未さんが戻ってくる。


「ごめんごめん。あんまり突拍子もない事しちゃったから色々と体がおかしくなっちゃたのかも。とりあえずどうしよ……何か見る?」


 露骨にまだ動揺が隠しきれていない耽未さんはベッドの下の引き出しを開く。そこにはぎっしりと映画のDVDが詰められていた。


「じゃ、じゃあこれ見ましょうか」

「お、時計仕掛けのオレンジ。センスいいね。葵くんはこれ見たことあるの?」

「ストーリーはある程度知ってますけど、詳しく見たことはないですね」

「そう、結構映像は古いから、飽きちゃったら言ってね」

「モダン・タイムズ見れる派なんで、そこは気にしなくても大丈夫です」


 耽未さんは僕の言葉に頷くとデッキにDVDを入れた。今どきサブスク系でも色々と見ることはできるのだが、こうやってDVDをデッキに入れるのもまだまだロマンがある。

 そこから先、進展があるかと聞かれるとなかったと答えるしかない。映画館は暗かったから手を握れたのだと改めて実感させられるほどに、僕は自分から耽未さんの手を握ることができなかった。耽未さんも耽未さんで映画に集中していたのか、さっきの積極的な行動はどこへヤラと言ったように全くなにもしてこなかった。

 その分映画は楽しめたのだが。

 とくにもどかしいと言うような気分はなかった。もうすでに1日に摂取できるキャパシティを超えていたのかもしれない。いわゆる賢者モードというやつだ。エンドロールが流れる間に僕はまるで大学の講義でこれを見せられたかのように社会学と絡めてこの映画の表現したかったことを理路整然と纏められるほどに落ち着いていた。

 耽未さんがDVDをしまっている間に僕がちらりと時計を見ると、もう時刻は18時を回っていた。この前と違い遅くに帰ると親に連絡していない以上、あまりここに長居するわけにもいかない。


「すみません。そろそろ帰らないといけないかなって感じなんですけど……」

「あえ? 葵くんの家って門限とかあるの?」

「あ、いえ特に無いんですけど、夕食の時に事前連絡なしで欠席するのはなんとなく家族に悪い気がしてあんまりしてないんです」


 事前連絡もなく帰宅が遅れても特に心配する両親ではない。もう大学生なのだからとむしろ軽く放任主義的だ。ただ、僕のイメージの中で自宅で両親が自分のところをあけて食事しているシーンがどうしてもチラつくのだ。映画表現の手法に洗脳されていると言っても過言では無いのだが、なんとなく一人かけた食卓を作ってしまうことの物悲しさと罪悪感は拭えない。


「あはは、真面目だね。まあでもそうか、食事ってそういう認識なんだ」

「サキュバスの常識からはちょっと考えにくいかもしれないけどね」

「ま、食事って行為自体は好きだからちょっとはわかるよ。アイスも好きだし。でも、そうだね。これまで映画でなんとなくスルーしてた……というか視野に入ってなかった部分がなんとなく理解できた気がする」


 誰一人かけることのない食卓を知らない。世界にサキュバスやインキュバスが存在していることを僕が意識できなかったように、耽未さんもそういった視野の外があるのだ。

 

「っと、あんまり話し込んじゃって葵くんのご両親に迷惑をかけるのもアレだね。あ、今度ちゃんと挨拶に行かないと。うちの扉開けたら多分葵くんの家の正面のお家から出れると思うから。ちょっと私は片付けとかもあるしお見送りはいいかな?」

「え、そうなんですか。じゃあお先に失礼します……」

「ごめんね! ほんと、できればお見送りしたいんだけど」


 申し訳なさそうに耽未さんは手を合わせてこっちにお辞儀する。そこまでされるとどうしようもない。後手に扉を閉め、僕は一階に降りた。

 一階、玄関脇の部屋の前にはヤマトが立っていた。僕を手招きするようにヤマトは部屋の扉を開ける。

 耽未さんに言った以上あまり長居はできないのだが、それでもその手招きに応えて僕はその部屋に入っていった。

 部屋の中は一言で言ってしまえばヤマトの自室のようなものだった。フィギュアやゲーム、漫画、アニメのDVDにパソコン、何枚ものタブレット端末。綺麗とは言い難いが汚いとも言えないような部屋だった。


「耽未さん、一人暮らしって言ってた割にヤマト用の部屋なんかも用意してるんですね」

「んー、まあ俺が勝手に借りて勝手に巣にしてるだけだけどねぇ。さ、座って座って。すぐに終わるから」


 座布団を一枚こちらに投げ、ヤマトも正面に座る。


「ま、あんまり回りくどいこと言っちゃってもあれだから直球に言うけど、ニナのことどう思ってる?」

「え、耽未さんのことですか?」

「それ以外にここに誰が居るんだよぉ。で、ちゅーもしたんでしょ? 今ニナのことどう思ってる?」

「いや……好き、ですけど。ここで好き以外に何を言えばいいんですか」

「ふーん。たとえば、たとえばだけどね、好きじゃなくなったタイミングとかってある?」

「いや、ない……ですね。それがどうしたんですか?」


 何が言いたいのか全く読めないまま、ヤマトの質問だけが延々とつづく。そこから先もずっとこの調子で、僕がまるで耽未さんに関してどこかのタイミングで興味を失っているのではないかと信じ込んでいるほどだ。


「あの、ほんとにどうしたんですか? なにか理由があって聞いてるんですよね?」

「うん、まぁ……そうだねぇ。言っちゃってもいいかぁ。葵くん、ニナとちゅーしても何もなかったわけだし。葵くんってさ、ニナからサキュバスとかインキュバスについてどう聞いてる?」

「え、恋愛感情を食べるってことくらいですかね。ヤマトの場合はそれに性欲が加わってて、大元のサキュバスと同じだから少し違う、みたいな」

「うーん、だいたい三割しか知らないって感じか。まぁ、教えておいて損はないから教えとくかぁ。あのね、普通サキュバスとかインキュバスとか、もうめんどくさいから全部サキュバスにしちゃうんだけど、サキュバスって食べる量が調節できないんだよぉ」


 食べる量、多分恋愛感情を摂取する量のことだろう。


「で、満腹になるまで際限なく食べちゃうんだよねぇ。そうなるとどうなると思う?」

「え、死んじゃう……とかですか」

「あはは! そこまではいかないよぉ。でも、たとえば誰かが俺に恋をしたとして、その感情を俺が全部食べちゃったら、その子は俺のことを全く認識しなくなるんだよねぇ。好きでも嫌いでもない。無関心。自分にとって相手は善でも悪でもない、中立のどこにでもいる平凡な人間と捉えられちゃうわけ」

「なるほど」


 嫌な予感だ。だが、ヤマトの語り口調はそんな不安感を感じさせない何かがある。


「そうだねぇ、あと二つパズルのピースを説明して、最後にがっちゃんこするからよく聞いてねぇ。まず一つ、俺たちは皮膚やら粘膜からそれを摂取するのが一番効率よく、超高濃度で摂取できるんだ。もちろんそうじゃなくても俺みたいにネット経由でだったりもあるけど、やっぱりそこはサキュバスだからねぇ。で、二つ目は一回食べ始めたら満腹まで食べちゃうってことなんだよねぇ。で、キミはニナに触れて、ちゅーまでしちゃったわけだ」

「まぁ、そうなりますね」

「つまり、きみはニナに今日だけで二回も、あ、映画館で手繋いだのは知ってるから。まあとりあえず二回か、あるいはそれ以上の回数恋愛感情を吸い取られてるってわけ」


 言われてみれば違和感はあった。耽未さんに触れた時、一瞬何かが飛んでいくような気がしたのだ。だが、すぐに目の前にいる耽未さんにまた恋をした。映画の上映中も、上映が終わった後も、キスをした時も。耽未さんを見るだけで僕はなんども初恋を味わったのだ。


「俺さぁ、これまでニナが何人も男の人から無視されてるの見てきたんだよねぇ。五人くらい一気にやって一斉に無視されたりとかもあったんだよ。それくらいにニナのキャパシティって大きいわけ。だからそれを受け止められる子が居ることも、偶然出会えることも俺、奇跡だと思ってるんだよねぇ」


 ぽん、と毛だらけの手が僕の肩を叩く。


「あ、ちょっと吸っちゃった。やべ。まあ、そう言うわけだから、俺も色々手伝うししばらくニナのそばにいてほしいなぁなんて、思ったりね」


 確かに、今急にグッと耽未さんが僕の中から抜け落ちるような感覚に陥った。だが、確かに僕の中に耽未さんを思う心は残っている。


「もちろんですよ。こんな映画以上に面白い人たちと一緒に映画とかアニメの話とかできるなんて手放すはずないじゃないですか」

「いいねぇ。若いねぇ。ま、そういうことだから俺の方もキミに恋愛感情を持てるよう極力努力するよ。なんならしばらく毎日デートでもする? ニナが嫉妬するくらいラブラブを見せつけてもいいんだよぉ?」

「あはは、流石に僕ケモナーじゃないんで、そっち方面の趣味は……」

「ははは、冗談だよぉ。それに俺は間に合ってるしね」


 そう言いながらバシバシとヤマトはパソコンを叩いた。僕にはわからないが、常日頃からあそこ経由で流れてきているのだろう。

 僕はそのままヤマトに見送られる形で自宅へと帰ったのだった。


ーーー


 大学生の休日の概念というものはあやふやで、丸一日全く授業がない日もあれば一日中授業の日もある。耽未さんに告白したのが土曜日、手を繋いでき、キスしたのが日曜日、そして今日、月曜日は一日中授業がある日だ。

 そして、残念ながら耽未さんはもう大学四年。単位も取り終えて彼女はほとんど大学に来ていないため一緒に授業を受けるということもままならない。

 というわけで憂鬱な気分のまま、僕は大学で授業を受けていた。


「と言うわけで、多目的方面から社会性を取り払われた18世紀の欧州社会は混乱に……」


 スライドショーが進んでいく。ノートに必要な部分はメモをとっているし、そもそもスライドショーを印刷したものが手元に配られているため板書も必要がない授業だ。つまりここで訪れるのが睡魔である。

 あそこまで余裕ぶっていたが童貞の性か、結局昨日は一睡もできなかった。人生での初体験と人地を超えた向こう側の常識と、それに僕が特別だという実感が渦巻いて布団に入る気にもなれなかった。


「横失礼するよぉ」

「あ、すみません。すぐカバンどかしますね……ヤマトさん!?」


 ぼーっと受けていた授業、そんな中で横の席に突然ヤマトさんが座ってくれば驚いて誰しもが声を上げるだろう。もちろん昨日と同じように僕にだけ虎の姿で見えるせいかただただ突然僕が授業中に奇声を上げただけの変人として周囲に見られている。


「あの、ところでどうしたんですか」

「あはは、ちょっと近くまで来ちゃったから寄ってみただけぇ。ちなみにこれから何か予定はあったりする?」

「あ、一応一時間から二時間くらい間をあけて次の授業って感じです」


 今度は周りに迷惑をかけないようにボソボソと話す。大教室での講義の良いところはこんなことをしてもあまり怒られないことだ。もちろん授業態度はあまりよろしくなく、授業内容を聞き逃すためおすすめはしないが。


「なるほどねぇ。じゃあさ、ちょっとだけ散歩とかしない?」

「良いですよ。ただすみません。睡魔がちょっとひどくて……」

「あらあら、眠れなかったんだねぇ。かわいそうな葵くんにえいっ」


 ヤマトはそう言うと僕のデコをピンと軽く弾いた。その衝撃で睡魔がどこかに吹き飛んでいく。


「なんですか、これ」

「恋愛感情、っていうか欲求を司どる夢魔だからねぇ。こんなこともできるんだよ。でも睡眠欲を取り除いただけで疲労が取れたわけじゃないから、今日は帰ったらちゃんと寝なよ」

「なるほど。そういうのもできるんですね。わかりました。ありがとうございます」


 時間は変わって授業後に飛ぶ。眠気は確かに去ったのだが、言われた通り倦怠感は多少ある。それでも歩けなくはなく、ヤマトと大学構内を散歩する程度の体力は残っていた。

 カンと打てば響くような青空の下、少し強い北風に葉のついていない木の枝が揺れてガサガサと音を立てている。学食やぽつぽつと置かれたベンチには何人かの生徒が座っており、遅い昼食を食べるものや談笑するものなど様々な休憩時間をとっていた。


「で、突然どうしたんですか? 昨日何か伝え忘れたとか?」

「ん? そんなことないよ。ただ暇だったから来てみただけ。メガネ似合ってるねぇ」

「そうなんですね。一応大学に居る時はつけてるんです。って言ってもほんとにちょっと弱い視力を補う程度なんですけどね。そういえばヤマトさんはどこの大学に行ってたんですか?」

「俺? 俺はどこの大学も行ってないよぉ。なんてったってインキュバスだからね。ニナみたいなのの方が珍しいんだよ」


 そんなもんなのか。確かに人間であれば衣食住が必要不可欠で、それを賄うために就職をするために大学に行く、なんて理屈がある。これが正しいかは別として、だ。ただ、サキュバスたちであれば食を賄え、住もなんとかなっている様子である。あとは趣味と衣だけをなんとかすればいいだけであれば確かに高給を目指して大学に通う必要なんてないのだ。

 羨ましい限りである。と同時に、そんな中でも大学に通っていた耽未さんの異質さは確かに珍しいものになるのだろう。


「気楽に肩肘張らなくても良いんだよぉ。これもデートの延長線上ってことで。なんなら俺ともちゅーしちゃう?」

「いや、それはちょっと……捕食みたいになっちゃうんで」

「うわ、拒否の仕方がオブラートに包んでるようで新しいトゲを生み出しちゃってるよ。俺だって人間の顔にもなれるんだぞぉ。ま、なったら疲れちゃうからならないけど」


 大学の中を歩くだけの散歩。しかも僕の通っているキャンパスが小さいこともあってか一周に15分もかからない。


「あ〜疲れたぁ。あ、そこあいてるし休憩しない?」


 だいたいそんな小ささのキャンパスを一周しただけでヤマトは疲れを見せ、あいているベンチを指差した。

 僕の返答を待つ前にヤマトはそのベンチにどっかりと座った。猫背なのか前傾した姿勢で、しかもこの前みたいなダボッとしたパーカーを着ているわけでもないからだろうか、昨日よりもさらに全体的な肉付きの良さがはっきりと現れているような気がする。


「それにしても、ほんとに恋愛感情なんてわくのかなぁ。一応俺も男相手に色々やってる身としては同性間でそう言うことが起きるとは思うんだけど」

「え!? ネットに写真あげてってそういうことだったんですか!?」

「ん? 何を今更。女の子の裸が男に需要があるように、男の裸も男に需要があるんだよ」


 じう、と散歩の最中に買っていた紙パックのオレンジジュースを啜りながらヤマトは項垂れる。確かに僕の方でも色々と考えなければならない話題だ。そうなのだが……いかんせん恋愛感情をどうやってこの虎人間に生やせば良いのかわからない。


ニナ:ってわけで、私に連絡してきたと

AOI:そうなりますね……


 あれから結局悩みに悩み抜き、そのまま結論は出ずにヤマトとは別れた。一日中、授業の間も考えていたのだが全く思い浮かばない。


ニナ:そうだね〜、味すら多分知らないからなぁお兄ちゃん

AOI:味?

ニナ:そう。恋愛感情にも味があるんだよ。私がお兄ちゃんに食べて欲しいのは純なやつ。葵くんとかが発してるやつね。で、お兄ちゃんが常日頃食べてるのは前も言ったように性欲の加算された濃いやつ。

AOI:なるほど。それは使えるかも。ありがとうニナ

ニナ:LINEじゃなくてちゃんと現実でも言ってね。葵くん、お兄ちゃんの前でまだ耽未さんって私のこと呼んでるでしょ。お兄ちゃん戸惑ってたからね


 その後、他愛もない会話を繰り返しながら俺は自問自答する。味を知ってもらう、たとえばにおいを知ってるだけでは認識できなかったものも味を知った後であればそのにおいにも記憶と結びつく何かがおきるのかもしれない。

 僕は布団に寝っ転がりながら天井を眺める。明日は午前こそ授業があれど午後からは休みだ。なら思いついたことは片っ端から試していくしかないのかもしれない。

 授業に備えて早く寝るよう、耽未さん……ニナとのLINEを早めに切り上げて、僕は部屋の電気を消した。


ーーー


「それにしても色々集めたねぇ」


 現在、昼の2時。ニナの家のキッチンにヤマトと二人で立っている状況だ。とりあえず授業が終わった後、初恋や恋の味と小説、映画なんかで言われているようなものを片っ端からかき集めてみた。スーパーに売っているものもだいぶ買ったのだが、存外出費が少なく済んだのは半分をヤマトが出してくれたからだ。


「果物は柑橘系かなぁ。俺こういうのあんまり食べないからわかんないなぁ」

「でも食べれるんですよね? プリンとか食ってましたし」

「うん。栄養にも何にもならない娯楽だけど、食べれることには食べれるよぉ。ねぇ? ニナ」

「うん、そう。で、多分これらでなんとか味の再現はできると……思う」


 ダイニングからこちらを眺めつつ、ニナは反応する。できればもっと確証を持ってやって欲しいのだが、この中で唯一恋愛感情の味を知っている乙女はあまり舌に自信がないのかもしれない。


「じゃあやっていこうかぁ。とりあえずノンアルコールカクテルみたいに適当に作っていこう。俺は握力あるから果物絞ってるし、葵くんは果物のカットとかペットボトル開けてもらったりしても良いかなぁ?」


 指示通りにテキパキと果物のカットをこなす僕の横で、どこまで力があるのだと言わんばかりに即座にそれを絞り切るヤマト。多少料理をしていた経験がこんなところで活きるとは思いもよらなかったがそんなことを考えている間にも一つ目、二つ目とカクテルはできていった。

 結論から言ってしまえば、大惨敗だった。


「なんか違うんだよね。お兄ちゃん、豚骨みたいな濃さってよくいつも食べてるの表現するけどさ、実際の豚骨ラーメンってあんな味ではないわけじゃん。そういうのに近いのかな」

「うーん、わかんないなぁ。どうしよ、もう材料もほとんどないよぉ」


 キッチンはすでに片付けのタイミングに入っていると言っても過言ではないほどに材料がなくなっている。絞ったり注いだりしているだけで僕もヤマトも逐一キッチンを拭いているおかげもあってか、だいぶ絶望的な状況だと言わざるを得ないことがありありと手に取るようにわかってしまう。


「ん〜、最終手段、使っちゃうか」


 ニナはカクテルの飲みすぎでしんどそうにしながら言う。


「何? 最後の手段ってぇ」

「いや、ん〜、そうだね。葵くん、こっち向いてもらってもいい?」

「え、はい」


 なんだろう、既視感。デジャブというには最近見た記憶すぎる。そしてその記憶と同じようにニナは僕の両耳の上から手を当て、僕の顔をぐっと動かしーーそのまま九十度横に折った。

 今多分首から鳴っちゃいけない音がした。グキ、とかそういうレベルじゃないやつ。なんか逆に首が痛くないのが怖い。それに唇に柔らかい感触があるし、鼻をブラシのような何かが刺激してくる。全体的に起こったことの判別がつかない。何が起こったのかもわからない。ただ一つわかることは、多分僕は今、なんとなく自分で避けていた部分を強制的にニナにぶち抜かれたんだということだけだった。


「ほら、お兄ちゃん。この味、どっかで食べたことない?」


 ぬるり、と口の中に分厚い肉塊が入ってきそうになって瞬間的に頭を下げる。大馬鹿かこの虎??? 仮にも妹の彼氏とキスして舌入れてこようとしやがった。


「ん〜、もう一回やってみていい?」

「オッケー。ほら! 葵くんもさっさと立って向かい合う!」


 しゃがみ込んだまま動けない僕の背中を、いつの間にかキッチンに入ってきていたニナ……耽未さんが叩く。


「いや! まって! 耽未さんは良いんですか? 一応僕彼氏ですよね!?」

「あー、まだ耽未さんって呼ぶんだ。そんなこと言う子はわかるまでやるしかないね。お兄ちゃん、脇抱えて脇!」

「あいよぉ」


 計画的だったのかと言わんばかりの兄妹の連携に僕はなすすべもなく空中に持ち上げられる。


「気合い入れて、ニナってこれから呼ぶって約束してくれる?」


 後ろからそう言いながらニナが抱きついてくる。背中に触れる柔らかい感触、今この状況でなければマックスで楽しんでいたいのだが、状況が状況だけにそんなものを楽しむ余裕は一切ない。ただそんな感情とは裏腹に心臓はドキドキとうるさいくらいになっていて、僕のチョロさを代弁しているようだ。


「わかった! 呼びますから! ちょっと一旦下ろして! 待って!」

「またなーい。手伝ってくれるって言ったの、葵くんだからね」


 目の前で彼氏が虎人間と、しかも実の兄とキスをすることになっていると言うにも関わらず、ニナは全く動じない。むしろ楽しそうにしながら宙ぶらりんの僕の腰に胸を当ててくる。それにどうやっても逃れられず、僕の胸はずっとドキドキしたまま、もう一度僕は虎の唇が案外柔らかいということを再認識する羽目になるのだった。


「げほっ……げほ……」

「はーい、終了でーす。どうお兄ちゃん、わかった?」

「うん、良い味だったねぇ。みんながこれを食べる理由もわかったかも。それにちゅーする前にめちゃくちゃにおってきて、鼻にまだこびりついてるよぉ」

「それはよかった……」


 なにも文句が言えないほどに疲弊し切った僕は、キッチンの床にへたり込んだままでそう答えることしかできなかった。


「お疲れ様」


 そんな僕の耳元でニナが囁いてくる。耳の管を通ってそのただの空気の振動は脳に電気信号へと変化され送られていく。あぁ、そうか、これもまた初恋なんだ。

 大なり小なり、僕は今ヤマトに恋愛感情を吸われた。ヤマト自身の満腹までのキャパシティがどれほどなのかはわからないが、それでもなおニナに対して無関心にならずにいられたということは僕がニナを好きだと言う気持ちが強かったか、あるいはいわれていたとおりなんども好きになっているか、のどちらかだ。

 多分今回も後者なのだろう。昨日何回も感じたあのときめきを今さっきも感じたのだから。


「で、僕の、僕の! 助力でヤマトは何か掴めそう?」

「ん〜、まあ結論から言っちゃうとねぇ」

「お! お兄ちゃん、何か掴んだの?!」

「これ、俺多分よく食べてる感情だねぇ。いつも食べてるやつの途中にこんなのも混ざってた気がするから」


 ……は?


「おぉ、やっぱりお兄ちゃんそうだったか。なんか怪しいと思ってたんだよねー」

「あの、つまりこれって……」

「事実確認ってやつだねぇ。お疲れ様」


 ヤマトはいつものニコニコと笑った顔で僕の肩を叩く。テメェこのやろう……という感情が沸々と腹の底から湧いてくるのだが、今はもう誰をどうする気力もなかった。


「まあ、でも良いか。これで条件達成ですもんね?」


 僕はそう言うとニナを見上げる。ニコニコとした様子で笑うニナはしかし、まだ満足げではなさそうに見えるのは気のせいだろうか。


「何言ってんの? お兄ちゃんはまだ恋愛感情の味を知って、それが常日頃食べてるものだってわかっただけだよ。葵くんはこれから定期的にお兄ちゃんにその感情を摂取させるか、お兄ちゃんを惚れさせて自家発電を可能にしてもらわないと」

「まあ、なんとなくわかってましたよ……」

「俺としては食料の供給源が増えるだけだからなんでも良いけどねぇ」


 酷い言いようである。が、あながち間違いでもないのだろう。多分ヤマトは今後一生他人に恋愛感情を抱くことはない。だからこそ食料源の確保は大切で、僕のことは友達でありながらもそういう人間として見ているということだ。

 ただそれは下卑た目で見られているような感覚でも、僕を家畜だと思っているような感覚でもない。彼ら彼女らにとってそれはそこに当たり前のように存在して、多分僕一人で賄おうとしているからこうなっているのであって、普段はさまざまなひとから少しずつもらっているような生き物が、そのもらえる先を一つ増やしたと言うことだ。


「じゃ、お兄ちゃんは後片付けよろしく! 私は葵くんとデート行ってきまーす」

「あいあい、今回は文句も言わずお兄ちゃんが掃除しておきますよっと」


 疲れ果てている僕をニナは玄関まで引っ張っていく。もう立てるほどの気力はあるのだが、なんとなくニナに引っ張られる方が楽しくて引っ張られるままに玄関にたどり着いた。


「さ、靴履いて、外に出て」


 ほっぽり出すように僕の目の前に靴を出し、ニナは先に扉を開ける。


「まぶしっ……!」


 扉の向こうから流れてくる黄色くて強い光。瞬間的に閉じた目を開いて恐る恐る玄関の向こうを見ると、そこにあったのは冬の短すぎる夕焼けだった。もうすでに黄色い光はだんだんと山の向こうに沈みかかっている。そんなに時間が経っていたのかと一瞬驚いたがそれもそうだろう。買い物をして、何杯も果物を切ってはジュースと混ぜてカクテルを作っていたのだ。普通に料理をする程度の時間はかかって当然なのだ。


「綺麗、でしょ?」


 すでに扉の向こうに経っていたニナがそう言う。逆光で見えないまでも、その顔が笑っていることだけは手に取るようにわかる。

 僕もそれに倣うように靴を履いて外に出た。そこは全く見知らぬ土地で、開けた視界の向こう側には遮るものが何もない。まるでその景色を見るためだけに存在するような場所だ。

 振り返ってみれば僕が出てきた出口は廃墟に繋がっていて、後ろはすこし茂みが多い。目の前は見晴らしのいい崖、後ろは人が入ってこれないような植物たち。まるでこの景色を独り占めするために建てられているような廃墟だった。


「綺麗です。とても」

「でしょ。大体十分位で終わっちゃうんだけど、いつもちょうどよく見れるんだよね。私の豪運。そして、これまで見たどんな映画よりもいつ見ても変わらずに綺麗。……嘘。言いすぎちゃった。新海誠監督の作画には負ける。でも、素敵でしょ」


 見惚みとれるほどに綺麗な景色に、見惚みほれるほどに綺麗なニナが合わさって相乗効果のようにどちらも感動的な美しさを誇っている。そんな奇跡のような黄色く、赤く染まった景色も暗色に染められ始め、いつの間にかと言う他ないほど突然に夜が天蓋を包み込んだ。

 僕は日が沈んでもその景色を眺め続けるニナの横に寄り添う。

 二人だけの世界、なんてロマンチックなことは言わずとも、二人だけで見た映画のようで、今日のことは特別な記憶になるのだろう。


「最初はね、葵くんのこと使い潰すつもりだったんだ」


 ぽつり、とニナが話し始めた。


「お兄ちゃんが偏食を治すか、自分の食べているものがどういうものかちゃんと自覚して欲しかっただけなんだ。サキュバスとかインキュバスとかが食べるには性欲の混ざった感情は栄養が高すぎるってのが私たちにとっての当たり前の常識だから。だから極力私から葵くんには触らないようにしてた。目的達成の前に私の存在を忘れられると間接的にお兄ちゃんのことも忘れちゃいかねないから。それに、せっかくできた映画のことを話せる友達だったし」


 真っ暗な中、ニナの声だけが聞こえる。そこにいる事はわかっているのに、さっきの逆光よりも明らかに見やすい状況なのに、そこには何もいないと感じてしまう。


「最初、映画を見てる時に手に触れてきた時はだからびっくりしちゃった。失敗したと思った。だって私もお兄ちゃんも一人から恋愛感情をもらうと一気に全部持っていくタイプだったから。これまでもそうだったし。でも葵くんは違った」


 何もない空間が突然ニナに変わり、僕に抱きついてくる。


「こーんなことしても全然大丈夫なんだもん。キスもできた。ほんとにびっくりしちゃった」


 確かに今、一瞬何かが吸い取られるようになくなって、ニナの顔を見てまた恋をした。


「最初はそういうつもりだったんだ。ごめんね。何度も言うけど葵くんのこと好きでもなんでもなかったんだ。映画のことをいっぱい話せる友達。これから先の人生、何度でも出会えると思ってた。でも、変わった。だからさ、私の今の気持ちを改めて言わせて」


 好きです。


 ニナの口がそう動いた。それは紛れもない愛の告白。


「僕もだよ。ニナ」


 付き合って二度目のキスは柑橘の味がした。

 しばらくの間、静かにお互いを見つめ合う。最初に恥ずかしくなって向こうを向いたのはニナの方だった。


「あの、それでなんだけどね」

「なに?」

「最後に一つだけお願いがあって……」

「うん。ニナのお願いならできることはなんでもする。好きだから」

「ちょ、ちょっと恥ずかしいなそのセリフ。でも嬉しい。じゃあお願い」


 僕の後ろに回されていた腕がニナの前に出る。そして両手を、合わせて……?


「お兄ちゃんと葵くんがキスした時、お兄ちゃんに葵くんが取られちゃったと思ってちょっと良いなって思ったんだよね。だから定期的にお兄ちゃんと葵くんでキス、してくれないかな?」


 前言撤回。この彼女、寝取られ趣味と薔薇を拗らせ始めていました。

 良い雰囲気が一気にぶち壊され、まるで感じなかった冬の冷たい風が今になって耳元を通り抜けていく。一気に暖かかった体温が冷めていくように感じて、僕は立ち上がった。


「さ! ちょっと体温下がってきちゃったし家に入ろうかな! 何も聞かなかったことにして!」

「えぇー。時々! 時々で良いから!」


 早足で家に戻る僕を小走りで追いかけるニナ。世界中を探しても視界の中に入れることはできないであろう、人が認識をしない外の生物。扉の向こうにいる虎人間も、僕の小走りに追いついてきて上から覆い被さってくるかわいい年上の女の子も、本当はすれ違って一目惚れした感情をちょっとだけ持っていかれるだけだった存在。

 そんな相入れなさそうな相手と映画みたいな恋をした三日間は、これからの人生の中で大きくターニングポイントになっていくのだと思う。

他にも色々書いてます。もしよければ評価やコメントと一緒に私のプロフィールページから読んでいただけると幸いです。

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