いぶくろ
しずかに雪がふる、さむい冬のある日のことです
おじいさんが森を歩いていました。
歩いているうちにおじいさんはいぶくろを落としてしまいました。でも、おじいさんはいぶくろをおとしたことに気づかずに行ってしまいました。
するとねずみが出てきて言いました。
ちょうどいいや、僕はここに住もう
ねずみはすばやくいぶくろにもぐりこみました。
しばらくするとかえるがあらわれました。かえるはいぶくろ見つけるといいました。
やぁ、やぁ、だれかここにすんでいるのかい?
この冬の寒さはかえるのぼくにはきびしいのさ。だからここに住まわせてくれないかい
かえるはそう言うといぶくろの中にのろのろと入っていきました。
うさぎがやぶの中からあらわれました。
これはこれは、ねぇ、いぶくろに住んでいるのはだれだい?
ぼくもいっしょにはいってもいいかい?
森はとてもしずかです。
ときおり木の枝から雪がおちる音が聞こえるばかりでした。
うさぎはすこしのあいだ、耳を左右にふっていましたが、きゅうにじめんをけるといぶくろの中にとびこみました。
雪は止む気配もみせず、しずかにしずかにふりつづけています。やがていぶくろが半分ほど雪に埋もれるころ、さくさくと雪をふむ音をさせながらきつねがやってきました。
これはりっぱないぶくろだ
なんてつやつやして大きくふくらんでいるんだろう
もしもし、いぶくろにはいっているのはだれだい? ぼくもはいっていいかしら?
こんなにおおきいんだから、はいれないことないだろうさ。ときつねはつぶやくと、いぶくろのなかにそろりそろりとはいっていきました。
それからだいぶたって、いぶくろがすっかり雪の下に埋もれてしまった頃です。木々のあいだからいのししがのっそりとあらわれました。
くんくんと鼻をならしてあたりのにおいをしきりとかいでいます。
どこからかおいしいにおいがしてくるぞ、
いのししはそう言うと、雪を鼻でほりまじめました。すぐに雪のしたからまん丸ないぶくろがすがたをあらわしました。
うん、ここからいいにおいがしてくる。だれかが夕食をつくっているのだろうか?
おおい、ここにすんでいるのはだれだい。よかったら僕にも夕食をわけてもらえないだろうか?
いのししは鼻さきをいぶくろにつっこむとていねいにおねがいしました。
ことしの冬はきびしくて、ずっとはらぺこなんだよ。ちょっとでいいからわけてくれないかい
いのししは体の半分をいぶくろにつっこむともう一度おおねがいしました。
このままだと、しんでしまう。なにがなんでもわけてもらうぞ
いのししはだんことした声でさけぶといぶくろの中にすっかりとびこんでいきました。
ながくふっていた雪がようやく止んで、月あかりが森を照らすころ、のそりのそりとくまがすがたをあらわしました。
これはまちがいなくおいしそうなスープのにおいだ
どうやら、このいぶくろからにおってくるようだぞ
やあ、やあ、中に入れておくれ 僕にもスープをのませておくれ でないと、おまえたちをたべてしまうぞ
くまはおなかがぺこぺこで少し気がたっていたので、すこし乱暴にそう言うと、有無を言わせずずんずんといぶくろの中に押しいりました。
「やれやれ、やっと見つけたわい」
おじいさんは手にしたランプをかざすと、雪にうもれていたいぶくろをひろいあげました。
家にかえった後に、いぶくろを落としてしまったことに気づいたおじいさんは、ずっといぶくろをさがしていたのです。
「これで、ばあさんにしかられずにすみそうだわい」
おじいさんはいぶくろをもとのばしょにもどすと、家にもどりはじめました。
「しかし、なんだな。年はとりたくないものじゃわい」
歩きながら、おじいさんはつぶやきました。夜どおし、夕食も食べずにいぶくろをさがしまわっていたのにかかわらず、どうにも胃がもたれてしょうがないのです。
おおきなげっぷをすると、後でおばあさんからくすりをもらおうと、おじいさんはふくらんだおなかをさすりながら思うのでした。
2023/01/07 初稿
深読み厳禁。 寓意もなにもありません。ただ勢いのみです。念のために。
参考文献
『てぶくろ』(ウクライナ民話 訳 内田 莉莎子 @福音館書店)