温帯の島・中
瞼に雨粒が当たって、目が覚める。
俺は寝転がったまま、村の広場で気絶していた。
あの海賊侍はもういなかった。殺しはしなかった様だ。
殺す価値もなかったのかもしれないが。
「…あの、ジークさま?」
ひとりの村人が近づいてきた。
最初に出会ったあの女の子だ。
「負けてしまったんですか?」
「…ああ、甘く見てた」
体を起こす。立ち上がるために。
甘く見ていた、そうだ、油断しただけだ。
全力でやれば次はきっと。
「だが、俺は次は」
「オラァ!」
後頭部に衝撃が走り、うつ伏せになって倒れる。
あまりの痛みに声が出ない。のたうち回るしかできない。
「!何をして」
「コイツは負けたんだ!もう媚び諂うこともねえ!」
「でも、この人は魔獣を」
「魔獣なんて俺たちでも追い払えた、コイツが勝手に倒していきがってただけだ」
なんて言い方だ。倒すのと追い払うのでは全然違うだろ
「何よりいきなり外から来た奴に、なんで媚び売って貢いてかなきゃならねぇんだ!!コイツの方がよっぽど邪魔だ!」
「そうだ」
「この人いつも上から目線な感じで嫌だったのよね」
「もう邪魔だろ、追い出すなり殺すなりしようぜ」
…あぁ。結局俺は
「っ!コイツ逃げる気だぞ」
「捕まえろ!!」
「『疾風風塵』ッ!」
「ぐえっ」
「風で砂埃を!逃すな!面倒になるぞ」
走った、走った、走った。
腹の傷が痛む、殴られた頭が痛い。
だけど、死にたくは、ない。
走っているうちに、随分と遠くまで来た。村のはずれの森、前は魔獣の巣窟だった所だが、今は特になんの変哲もない、人気のない森。
「ここまで来れば、っ!」
足がもつれてよろける、しかし足がつかない。
「穴?!なんでこんなところに」
何か掴む間も無く、穴の底へ落下した。
鈍い痛みはあったが、それほど深くはない。たかだか3メートルくらいの洞窟の様だ。
「横にも続いてるな…何度か来たけど何だここは」
「やあ、君も落ちたの?」
突然の声に、心臓が止まりそうになる。
「?!」
「僕もなんだー。いやー嬉しいなー、こんな穴に落ちる馬鹿は僕だけじゃなかったんだね!」
左右に続く洞窟、その右側に誰かいた。
「僕はドルフィン!ちょうどいいから付き合ってくれ。良いかな?『転生者』君」
「…雨が降ってきたな」
少し足を早めた。
この島の気候は僕の故郷に似ている、久々に故郷が恋しくなった。
戦いの後、とりあえずあの男の屋敷を見に行った。
金目のものはいくつもあったが、ごちゃごちゃしていてあの男の性格が窺い知れる。
従者らしき女はあっさりと僕に金品を渡した。人望がなかったのだろうなァと思った。
「おーい、ナミキリさーん」
見れば海の方から仲間が走ってくる。
この村はそこそこ広い、港もあったからそこに船が停めてある。
「どうだった?『転生者』」
僕は心の底から思った事を彼にぶつけることにした。
「めっっっっっっちゃ弱かった」
「あー残念だね」
相変わらずへらへらと笑っている。コイツには闘いなんてこれっぽっちも価値はないのだ。
「島を支配するくらいだからさぞ強いだろうと思ったのに、小物も小物、多分君でも倒せる」
「わざわざ船長にお願いしてここまで来たのにね」
「僕、転生者は圧倒的な力、死んでも蘇る神の加護、異世界の叡智を持った怪物だって聞いてたんだがねェ…」
素人に毛が生えた様な剣術、便利な力頼りのお粗末な戦い方、期待はずれもいいところだった。
「そんな人間うちの船長だけで十分でしょ」
「それはそうなんだけど…そういえばその船長様は?僕の用事が終わったらさっさと出港って言ってなかった?」
「なんか知らないけどどっか行きましたよ」
「勝手だなぁ」
「ですねえ」
雨はまだ止まず、何処からともなく蛙の声がした。
「ふーむ、一回負けただけで用無し扱い…酷い連中だ」
「いいえ…俺が悪いんです。俺が…」
「君がそう思うならそうなんだろうねー」
彼…ドルフィンと名乗った男は俺の前を歩きながら話していた。
「なんで俺が…その転生者だってわかったんです?」
「わかるさ、何度か会ったことがあるからね」
にこやかに彼は笑って言った。
「僕は世界中を旅していてね。その中で色々見てきたのさ」
俺と大して年も違わないはずなのに、彼はどこか達観したような目をしていた。
「俺は…転生したら、無条件で幸せになると思ってた。転生したら、力があって、特別になれると思ってた」
でも、結局俺は
「結局俺は、ただの怠惰で、他人のことも考えないクズのまんまだった!」
舞い上がっていた。酔いしれていた。自惚れていた。
結局本質は何も変わらないというのに。
「あー、えーっと。気にすることはないよ!えーっと」
「じ、…いや、ユウキです」
「ユウキ、気にしなくても良い!大体の異世界人はみんなそんな感じだった!皆傲慢で、ナルシストで、謙虚ささえ飾りで、この世界の全てが格下だと信じて疑わない」
…それは慰めなのか?
「それは勇者もそう、国王もそうだ、魔術師だってそういう奴は沢山いた」
彼は達観したようなその眼差しで、どこか遠くを見つめている。俺には見えない、見ようともしないどこかを。
「それが人間、異世界でもここでも、人の本質なんて大体一緒、つまりはみんな馬鹿かクソやろうかどっちか!強くなるとそれがより一層際立つだけだよ!」
「?!」
「…というのは、たった25年の人生で僕の学んだ数少ないことの一つ。
ちなみに後はおいしいお酒の選び方と競馬の穴馬の当て方と…」
「…ぷっ」
「あー!なんで笑うのさ君!!」
「いえ、ありがとうございます」
「どういたしまして…じゃないよ!」
「そういえばコレどこに向かってるんだ?」
「僕も知りたい、どこに繋がってるの?」
「知らねえよ」
しばらく歩いているが、一向に先が見えない。
ドルフィンが持っている松明の明かりでも、10メートル先すら照らせない。
「あと君唐突にタメ口になったね、いいけど後で後悔するよ」
「…いいんだ、タメ口」
「タメ口禁止にしたら友達作れんだろう」
「…ともだち…高校…」
「なんかトラウマあったの?知らんけど」
ケラケラと笑う彼は一枚の地図を広げる。
「僕も一応この島の地図を持参したわけだけど…こんなトンネル描いてないし」
「トンネル?」
「壁の痕とか、傾斜の感じとか、どうもドワーフ臭いんだよねー」
「ドワーフ…くらいはいるか、魔獣がいるくらいだし」
「魔獣、魔獣もなんだか胡散臭いよね、こんな平穏な良くも悪くも何もない島に湧くかな?」
「湧く?」
「…あー、君魔獣の発生の仕方は知らないか」
ドルフィンはニヤッと笑って
「いいね!新人転生者にこの世界の法則を教えるこの優越感!初めてだけどクセになる感じだ」
「本人の前で言うなよ」
「君だって何も知らない村人に将棋とか教えてイキるの気持ちよかっただろ?アレ普通にみんな知ってるよ、この島が辺境なだけ」
「…やめて…思い出すだけで恥ずかしく」
「僕だってたまにはイキリ散らかしたいんだよー!」
「わかった、だから思い出させないで…」
「ふふん、では行こう!魔獣って言うのわあぁ?!」
彼が説明を始めようとしたその時、地面が大きく揺れた。壁や天井から土が落ち、所々にヒビが入る。
「地震?!」
「…いや、違うな。走るよ!!」
何かに気がついたのか、ドルフィンは突然駆け出した。
「待てよ!」
俺もその後を追った。