温帯の島、序
暖かな光、それと波の音。
「…んん?」
手を動かすと、肌に砂が当たる感覚がした。
かき分けるほど散らばっていたゴミがなくなっている。
目を開ければ、そこは砂浜だった。
ゴミひとつない、ただ白く輝く砂浜。
コバルトブルーの海が、静かに波打っていた。
「これは、なんだ?さっきまで俺は寝て、変な夢を」
…そうだ、俺は夢を見ていた。
よくわからない光るおっさんと喋る夢。
「…だな…、お前に新しい命をやろう」
「はぁ…?」
「…はない…。だが、此方からも…をやろう。存分に…ろ」
「だけど、俺が死んだら」
「問題ない、…する。それに、君は…」
…よく覚えてはいない。会話が途切れ途切れにしか思い出せない。
ただ、新しい命、という事は。もしかすると。
立ち上がって、海の方へ行く。
「体が軽い…声も違う」
足がすいすい動く、二年半引きこもっていた自分ではあり得ない動きだ。
そして、水面に映った俺の姿は、やはり別人のようになっていた。
具体的にはイケメンに、それも二十歳くらいに若返っている。
これが『新しい命』、つまりは転生という事なのだろう。
漫画や小説で散々見てきたが、まさか自分が本当になるとは。
「…貴方は?」
「?!」
背後から声がした、慌てて振り向くとそこには女の子が立っている。
「その格好、島の者ではありませんね。どこかから流されてきたのですか?」
ぼろ切れを羽織っているだけの俺に、よく話しかけてくれたものだ。
「ああ、遭難してしまってね。よかったら人里まで案内してくれないか?」
…そうだ、今の俺は『イケメン』という強ステータスだ。臆する事はない。
生まれ変わったんだ。
「ここが私の村です」
内陸に少し行くと、小さな村があった。
赤煉瓦の屋根の背の低い家が立ち並ぶ、のどかな村だった。
「綺麗だね」
「!…ありがとうございます。」
…この娘、さっきから顔が赤い。
イケメンはいいな、便利に暮らせそうだ。
「きゃあー!!」
「?!今の声は」
「コビおばさん?どうしたの?」
「野犬が、魔獣が」
倒れ込む女性の後ろから、大型犬サイズの異形が何匹か走ってくる。
「助けて!」
…あまりに唐突で、どうすればいいかわからない。
『…をやろう。存分に楽しむがいいだろう』
いや確か、あの光る男から。
俺は懐から剣を取り出した。
「?!」
何故あるのか、どうして気づかなかったのか。
わからないが
「爆烈斬撃!」
「?!凶暴な魔獣をみんな一撃で!」
「すごい!」
…なんでもいいや、転生特権というやつだろう。
ああ、最高に心地いい。
「あんた、どこからきたんだい?」
「よくわかりませんが…神様に遣わされた…的な?」
「すごい!神の使いだ!」
「貴方のその剣は…まさか伝説の!」
「そうなんだ、知らなかったよ」
「ここをこうしたら、ほらこれが将棋だよ」
「すげー、面白い!!こんなのを思いつくなんて天才だ!」
「あははは、大したことないよ」
「生意気な野郎だ、ぶっ飛ばしてやる!」
「斬撃!」
「ぐはっ」
「村一番の戦士を一撃で!君は最強だ!」
「その強さ、素晴らしい!是非村の守神になってくれ!家や使用人もやろう!」
「あははは、大した事はないよ」
ああ、きもちいい。
「ジーク様。どうです?気持ちいいですかぁ?」
「ああ、なかなか」
「ジーク様。今日のお食事です」
「俺は肉が食いたい、変えてくれ」
「はい!申し訳ありません!」
最高だ。
美女にマッサージされながら、俺はこの一ヶ月を回顧する。
持っていたあの剣は、『龍風斬剣』と言って、持ち主の思うままの剣技が使える代物だった。
それがわかった時の村人のあの顔、今でも思い出し笑いが込み上げてくる。
この島には、魔獣なるものがいた。やはり異世界転生というやつだったのだ。
まあ、余裕で全部殺したけど(笑)。
「あれ?大した事じゃないですよ?」
と言った時のリアクションも傑作だった。
ついでにあった『魔力感知』と『鑑定』なるチカラで一匹残らず駆逐した。
その頃にはもう、俺に従わない奴はいなくなっていた。
光る男に与えられたこの力、そのおかげで俺は前世で手に入れられなかったもの全てがこの手にある。
地位も、名声も、金も、女も。
もう俺に、足りないものは何もない。
全てが順調、まさに俺のための世界だ。
「ジーク様…この後」
「ああ…考えとくよー」
適当に名乗ったこの名前にもようやく慣れてきた。
もう俺は、新しい俺なんだ。
「ジーク様!」
前俺が負かした元村最強君が慌てて走り込んできた。
こいつも可哀想だな、俺が強すぎたばっかりに。
「…なんだ、邪魔をするなよ」
「いえ、ジーク様の御力が必要なんです!」
「魔獣?もういないはずだろ」
「いえ…それが」
「?」
「海賊が、海賊がやってきたんです!」
「…お前が海賊か?」
「いかにも」
村に入る入り口に、海賊はいた。
その海賊は、あまり海賊っぽくなかった。
群青色の和服に身を包み、身長ほどもある刀を携えた短髪の男。
というか侍だ、あまりにただの侍だった。
「君が最近噂の『神の使いの剣士』ジーク様かい?」
「ああ、そうだ」
『鑑定』、発動。
『鑑定』は、直接眼で見たものや人間の性質や情報が解るというチカラだ。
所謂スキルなのかはわからないが、今の間に相手の事はわかった。
こいつはただの人間だ。別に魔獣のように魔力で溢れているわけでもないただの男。
「何の用だ?海賊」
「君がずいぶんお金を貢がせてると聞いてね、僕も海賊な訳だから、奪いにきたのさ」
「俺から、奪う?」
「村人から聞いたよ、異世界から遣わされて、特別なチカラがあるんだろう?
見せてくれよ、その力」
アホらしい、やはり無知は罪だ。力の差をわかっていない。
侍は刀を抜いた。
それは背丈ほどもある日本刀で、独特な紋が入っている。
「俺のは『竜風斬剣』って言うんだが。
あんたのもなんか名刀だったりするのか?」
「いやぁ?名剣魔剣の類に頼らない主義でね、古道具屋で五銭で買った」
「ふーん。ま、全力できなよ、海賊さん」
「…舐め腐ってるな」
「だってそうだろ、勝てるわけないじゃん」
とりあえず適当に流せば勝てるのはこの一月で分かった。
この世界の俺は、強い。そもそものレベルが違う。
「いくぜ『疾風斬撃』!」
剣を振りかぶり、地面を蹴って飛び出す。
この剣は、思い描いた動きを、技を自在に呼び出す。
その剣は疾風のごとく、あらゆるものを薙ぎ払う。
「終わりだ」
海賊の横を吹き抜けるようにして、俺は剣を振り抜く。
これを防ぐ事はできない!
「…終わりって」
できない、はずだろ。
「このおままごとで?」
剣は止められていた。
しかも片手で刀を持ったまま、構えもしない。
押しても押しても動かない、岩でも切ろうとしているようだ。
「ッ!『疾風怒濤』!」
ざわざわと、木々が揺れる。
風が吹き、俺を中心に旋風が巻き起こる。
この技を使うのは久しぶりだが、コイツ相手なら仕方ない!
「吹き飛べ!!」
剣に風を纏わせさらに押し込む。
「余裕がなくなってきてるよ?大丈夫?」
「な、なんで」
それでも動かない。
おかしい、鑑定に間違いがあったのか?そんな馬鹿な。
俺は異世界転生したんだぞ、神の力だぞ。
コイツは、なんで倒せない?
「なんで?君が弱いからだろうさ」
「俺は弱くない!どんな敵も一撃で、余裕で倒せて」
「大して鍛えもしてないのに?」
海賊は俺に淡々と告げる
「ある異世界人は言った、俺は無敵だと。
神からもらった無敵の力だ、俺は強いと。
馬鹿馬鹿しい。力が強いんだ、君は強くない。
太刀筋を見れば解る、君は弱くて、臆病で、傲慢なただの」
「うるせえ!俺は生まれ変わった!俺は、俺はもう」
「…別に」
海賊は剣を引き抜いた。
俺は勢いのまま倒れかけたが、堪えてまた剣を構える。
「君が生まれ変わろうが、ここでいきがろうが興味はない」
「『暴龍風斬』!!」
風の奔流、真空と魔力の斬撃。俺の全てを込めて剣を振るう。
「だが、与えられた力を振るっただけで『剣士』を名乗られるのは侍として許せない」
侍は刀をようやく構え、ため息をつくようにして
「汝弱き者、故に我が秘奥魅せるに能わず」
それは、流れる様な刀捌きだった。
風そのものである俺の剣よりも圧倒的に速く、自由だった。
「…あれ」
腹に違和感を感じる、見ればやはり斬られていた、綺麗な斜め傷だった。
膝をつく、見れば侍は刀を鞘に納めて何処かに歩いていく。
追いかけられない。俺はもう、限界だった。