ウデ・クツシターVSアシ・グンテー 9回戦
ウデ・クツシターVSアシ・グンテーの9回戦です。次はお前だw
「姐さんもこの吸い付くようなやわ肌で何人も男を手玉に取ってきたんでしょうねぇ。いやぁね、何年もあんまをやってると分かるんですよ。この毛づや、腕に絡みつくこのしっぽ。へっへっへ。たまりやせんねぇ」
「なおぅ~ん!」
寒さしのぎに膝に乗せた猫をからかいながら旅のあんま・腕の屈伸太郎は人を待っていた。とっとと宿場を出てもよかったのだが、ずっと追ってこられても面倒だと思ったのだ。
追ってきたのは賭場の用心棒・百足群泥五郎左衛門であった。
「待っていたのか。ついでに胴巻きの金も素直に渡してくれればわしの手間が省けるが」
「旦那にそこまでの義理はありやせんねぇ。かわりにこいつで勘弁しておくんなさい」
寒風のなか放り出された猫が迷惑そうに走り去る。
「せっかく温まった懐だ。足を伸ばして湯治としゃれこむつもりだったんですがねぇ……いい塩梅で一杯やって、晩には遊郭へとつつーっと行くってえと馴染みの女が『あ~らおまいさんしばらくだったね?』『 忙しかったんだよ』『本当かい、浮気でもしてたんだろ?』『しないよ~』『してたに決まってるよ~。おまいさんぐらいもてる人ぁいないんだからほんと悔しいね~』ってんで肘んとこぎゅうっとつねってくるから『よせよ~本当によせよ~よせよって言ってんだろ! はっはっは』とか言って……」
「そのへんでやめておけ。サゲまで聞いてはおれんのでな」
「へっへっへ。違えねえ」
百足群泥五郎左衛門の苦笑いに腕の屈伸太郎も頭を掻く。
「湯治もよかろうが、賭場でお前に虚仮にされた『えびなます一家』の親分『ぼやきの鮒造』はいい面の皮だぞ」
「勝負は時の運でがしょう。賭場の外まで追ってきて意趣を返そうなんてぇやつは斬られたって文句は言えねぇ。そいつをすっ転ばしたぐれぇで勘弁してやったんですぜ。礼ならまだしも恨まれる筋じゃねぇ」
「転がった先が悪かったな。肥だめに落ちた鮒造は子分どもに『えんがちょ!』『バーリア!』『お前の母ちゃんモルボルグレート!』『ついでに父ちゃんインキンタムシ!』などとからかわれ『もう故郷の会津若松に帰ってお花ちゃんとソバ屋をやる!』と言って聞かんのだ」
「そりゃあなんとも……へっへっへ。とんだ不調法でござんした」
「まあ見えていないお前に言っても詮無いことだがな。それでもわしも鮒造には飲み食いさせてもらった恩がある。手向けに仇の腕の一本も供えてやろうと思ってな(注:死んでません)。わしの愛刀『無用長物大釈迦乳切丸坦々(やや辛)』も血に飢えておる。覚悟してもらおうか」
「そう上首尾にいきやすかねえ。かといって旦那を転ばすのは無理そうだ。俗の銘だが『転ばし泣き寝入り藪小六』、お手向かいさせていただきやしょう」
百足群泥五郎左衛門が無用長物大釈迦乳切丸坦々(やや辛)を地面に突き立てるや、そこから八筋の影が伸び大蛇となって腕の屈伸太郎に向かって走った。
四方八方から腕の屈伸太郎を取り囲んだ大蛇は、しかし鎌首をもたげた途端に抜き打ちの転ばし泣き寝入り藪小六に切り刻まれる。
「噂に聞いたことがある。居合いは極めれば影をも斬るとな」
「へっへっへ。あっしが斬ろうと思って斬れねぇのは納豆の糸ぐれえのもんでさぁ」
「なかなか楽しませてくれるではないか。なればこそあっさり死んでくれるなよ」
言うが早いか百足群泥五郎左衛門は九字を切って呪文を唱え出す。
「天網恢恢疎にして漏らさず、心頭滅却火もまた涼し、寿限無寿限無五劫のすり切れ五代十国三面六臂八方美人十六茶九蓮宝燈麻婆豆腐究竟涅槃三世諸仏阿耨多羅三藐三菩提、吽! 七色拉麺男、急急如律令!」
打ち鳴らす柏手に呼応して、大山鳴動の地響きと共に角に火をつけられた牛どもが数百、山を駆け下り迫ってくる。
「これぞ飛騨忍法牛遁の術! 見えぬお前にかわす術はなかろうて。ハハハさらば!」
言うなり百足群泥五郎左衛門は大蛸に抱えられ空に舞い上がる。
「垢舐ろてぇ。それで勝ったつもりですかい?」
腕の屈伸太郎は鼻で笑って籠手をはずす。手の甲にはぎょろりと睨む魔眼があった。
「あっしゃあ見えねえわけじゃねぇ。かえって見えすぎるぐらいでねぇ、普段は見ねえようにしてるんだ。旦那は面白ぇもんに乗っていなさるようだが、へっへっへ。空に飛んだのが運の尽きでさぁ」
腕の屈伸太郎の魔眼が妖しい光を帯びる。
「テトラグラマトンテトラグラマトン、天地の分かれし時ゆ神さびて、ゆく河の流れは絶えずして諸行無常の響きあり姉さん六角蛸錦二人三脚脚立六脚この竹垣に誰竹立てかけた赤ミルフィーユ青ミルフィーユ黄ミルフィーユあやちゅうちゅうこやちゅうちゅう錦さらさら五葉の盃、ピッカリピーン!」
腕の屈伸太郎の踏む卯歩に導かれ、往年の料理の鉄人3人と地獄の料理人雷電爲右エ門が姿を現わす。牛どもはたちまち牛鍋、カルパッチョ、青椒肉絲に料理され、大蛸は相撲四十八手の荒技で骨抜きにされ海のもずくと一緒に三倍酢で和えられた。
「もはやこれまでか。せめて一口だけでも……」
言い残す百足群泥五郎左衛門を後にして、腕の屈伸太郎は牛丼を手に歩き出す。
「黄泉路は暗うござんすよ。ちゃんと眼を開けてお行きなせぇ」
その伸びる影に後を追う姐さん猫・安寿奈の影が重なる。
(くぅ~、さすがあたいが惚れた男だねぇ。おっとこうしちゃいらんめえ!)
ついに9回戦。感慨深いものがありますね。
ラストのセリフは自分も言ってみたかったのでw どうかご寛恕ください。